イケニエのニッキ   作:チクワ

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ナイフ

 

 第五の特異点にレイシフトを完了し、未だアメリカの生まれていない時代である1783年にたどり着いた。

 前回向かったニューメキシコもアメリカではあるが、そこと違って今回は北アメリカ大陸。

 時代のこともあって違いは大きいが、まあ少し先の未来でアメリカという巨大な国になることは間違いない場所だ。

 

 しかしアメリカ、アメリカ。

 この大陸において何を持って歴史を破壊するのかと考えると、やはり独立戦争における勝利者をイギリスにする、ぐらいだろうか?

 だがマシュが言うに、それだけでは歴史の流れが変わる事はない、と。

 

 「アメリカが独立の意思を見せた、と言う事は。

 たとえ20年や30年遅れたとしてもアメリカ合衆国という国家は生まれるでしょう。」

 

 だから単純にイギリスが敵、と言う事はないだろうと。

 そっか、と単純な考えを切り捨てると同時に、少しばかり安堵のため息を漏らす。

 イギリスと戦う事になったら、またアマーストの様なサーヴァントとやり合う事になるだろう。

 それはあまり気乗りしない。

 裏切られた方は結構辛いし、苦手意識も持つ。

 

 ひとまず情報収集をしなければ始まらないと言うところで森を抜けようとしたその時、ドクターがワイバーンでも現れたのかと言いたくなる様な焦り顔で通信を開いた。

 

 『着いた早々緊急事態だ!

 どうやらこの先で大規模な戦闘が発生している!

 これはちょっと、普通の規模じゃないぞ!?』

 

 もしやサーヴァント同士の争いだろうか?

 それならば行かない理由はない、複雑に木の根が絡み合った森を手慣れた足取りで抜ければ、そこに広がっていたのはウエスタンのセットかなと見紛う様な景色。

 

 戦闘の衝撃によって吹いた風を受けて転がるタンブルウィード。

 立派に育って天を衝くサボテン。

 激突したのであろう、岩の近くに止められた馬車の荷台と思しき物は、その車体をひしゃげさせて修復不可能な程に破壊されている。

 そんな光景とは裏腹に、戦闘を行う二つの陣営はチグハグな印象を持たせた。

 

 「怯むな、機械化兵団の精鋭よ!

 この陣地を死守するのだ!!」

 

 そう言って指示を出す旧式銃を構えた兵士はこの時代にあった服装や装備に実を包んでいるが、問題は機械化兵団と呼ばれた側の人間。

 人間?

 

 「先輩、バベッジさんです!

 召喚されていたのでしょうか?!」

 

 いや、バベッジではないとマシュを落ち着けるが、確かに似てはいる。

 そしてそのエセバベッジと相対するのはこれまたレトロな風貌の兵士。

 ファンタジーに出て来るドワーフの様な姿形の彼らは理解不能な言語を叫びながら、槍一本でバッタバッタと敵を薙ぎ倒す。

 その姿は勇士と言ってもいい。

 

 まるで様々な世界からタイムトラベルして来た者達が殴り合っているかの様なカオス。

 鑑賞するだけならこんな愉快な光景は無いが、忘れてはいけないのが自分たちもそのカオスの構成材料だと言う事。

 

 傍観を続けていると不意にエセバベッジの銃口がこちらを向き、放たれた弾丸を危機一髪のところでマシュが防御する。

 冷や汗を拭いマシュに礼を伝え、ひとまずはそのロボを退ける事とした。

 

 「了解です、マスター!」

 

 

 

 

 

 

 

 ぜえ、ぜえと息を吐きながら、襲い来る戦士達を退けた事に胸を撫で下ろし、残骸の残る戦場の端を歩く。

 機械化兵だけならばまだしもドワーフの様な兵士も乱入してきて、もうわけがわからない。

 だがただ疲れただけでは無く、ちゃんと情報も入手した。

 それが今目の前にいる負傷兵。

 礼装に搭載された魔術で腹部の傷を治療し、ひとまず物陰で話を聞く事にした。

 

 どうやら彼らはアメリカ独立軍であるようだが、見せてもらった国旗は現実にあるアメリカ合衆国のそれとは違うもの。

 とりあえず、自分たちが味方するべきは彼らの軍だろうか?

 悩んでいる余裕はない、このままでは危険な為後退しようとした、その時。

 

 

 

 「後退を── 先輩!!」

 

 「危ない!!!」

 

 えっ、という疑問を発する間もなく自分の体が宙に浮いた。

 先程助けた彼も自分を庇って飛んでおり、互いの体から飛び散る血の玉は昼のプラネタリウムの様に視界を彩る。

 しかし何事にも終わりは来るもので、ドサっと2つのものが落ちてそれは終わった。

 暗くなる視界の中、フォウ君の鳴き声だけが聞こえて来る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 紆余曲折あり、ここはアメリカ独立軍の全戦基地。

 何とか看護師でありサーヴァントでもあるナイチンゲールの手足切断、右目摘出という行為を止め、治療魔術のスクロールを使っても痛みが残る右目を撫でた。

 手足は歩ける程度にはなったが、深い傷を受けた右目はそううまく行かない。

 ピントは合わない、視界がぼやける、まだ少し痛いと、3連コンボを喰らってしまった。

 

 ともかく命まで吹き飛ばなかった事は幸運だし、砲弾なりを受けてこの程度と考えれば上々だろうと、目の前で寝転ぶ包帯だらけの彼を見て思う。

 

 「──ああ、来ていたのか。」

 

 ええ、と申し訳なさとどうしたらいいのかわからない感情が混じった返答を吐き出し、壁に寄りかかって俯く。

 すんでのところでこちらを庇った彼は腕を切断、両目の光を失った。

 その肉体はズタボロになり、今後生きていくことも難しいだろう。

 小さく空気を吸い込んで言ったごめんなさい、という言葉に彼は微笑み、肘までしかないその右手を振ってこちらを心配させない様に戯けて見せた。

 

 「なに、気にしないでくれ。

 君を庇ったのは俺の正義感だ、それに俺には親友や妹がいるからな。

 彼等のために戦って受けた傷......ではないが、名誉の負傷というやつさ。

 ......名誉の負傷、ああそうだ......」

 

 しかしてその微笑みにも翳りがある。

 声も震え、既に見ることが叶わない自身の姿に絶望を抱えて、その悲しみは怒りに変わる。

 

 「こんな姿じゃ妹の世話にもなれない。

 こんな姿じゃあいつの農園を手伝うこともできない。

 何が名誉の負傷だ、正義感だ!!

 ......先も見えないのに、どうやって生きていけば良いんだ...... 誰か、教えてくれよ......」

 

 

 その苦しみを理解する事は、きっと自分には無理だ。

 そもそも彼も自分の絶望を誰かに理解してほしいとすら思っていないだろう。

 彼には輝かしい未来があった。

 妹の結婚を喜んで、友達の農園を手伝ったり自分自身の趣味や恋愛に心を躍らせ、孫や子供に見守られて死んでいく。

 そんなハッピーエンドを奪ったのは自分だ。

 

 頭痛に苛まれ、自分への不快感が募る中。

 ひどく平坦な声、抑揚の無い声で、彼からとある頼みを受けた。

 それは近くの棚に置かれた銀色の物を使ったとある事。

 自分はそれを握り締め、彼の胸を見た。

 

 

 「悪い、君を勝手に庇ったのは俺なのに責任を感じさせる様な事を言ってしまったな。

 ......そうだな、最後に一つ頼みを聞いてくれるかな?

 そこにあるナイフ......ああ、メスでもいい。

 

 ──それで俺を殺してくれるか?」

 

 断れなかった。

 今の彼の幸せは、きっと全ての責任や今後訪れる辛い状況から逃避できる死、そのものだろうから。

 ナイフを逆手に握り、震えたまま胸の前へと持って来る。

 

 葛藤、恐れ。

 様々なものが心の中を支配した。

 

 

 

 

 

 

何で自分が?

 

 ごめんなさい。

 

 自分が奪ったからだ。

 

 

こっちだって目を失いそうになった。

 あっちは腕。

 

 もう嫌だ。

 

 

マスターじゃなければこんなことしなくても。

 Aチームがいれば。

 

 

やらなきゃ

 やるんだ

 

 

責任を

 

 殺せ

 

殺して助ける

 彼のハッピーエンドを

 

 

 

殺せ

 

刺せ

 

終わらせろ!

 

 

 

 

 振り下ろした手が、華奢で綺麗な白い手によって止められる。

 固く握った手のひらからナイフが容易く取り出され、次の瞬間には小さな鉄屑へと変貌していた。

 何故止めたのか。

 涙が溢れそうな目と声でアースさんに問うた。

 彼女は悲しげな目を見せて、『貴方は私にとって数ある魔術師の1人である』と前置いてからこちらへ振り向く。

 

 「──その前提は余程の事が無ければ変わりません、が。

 ......その微笑みが見れなくなるのは、()()()()()()()()

 理由はそれで構わないでしょう?」

 

 そう言うと、未だ彼から視線を離さずにいた自分の腕を掴んで医務室から連れ出した。

 彼は自分に手を下されない事を理解し、泣き叫んではドクターに宥められていた。

 自分よりも身長の大きい彼女を見上げると、こちらの視線に気づいてその赤い目でこちらの瞳を覗き込む。

 数秒。

 時が止まった様な感覚に包まれたのち、手を離した彼女は優しく笑ってもう一度前を向いた。

 

 「私に手を取らせたのです。

 この特異点からの帰還後、相応の対価を払う覚悟をしておく様に。」

 

 えっ、と抜けた声が出てしまったが、彼女は気にする事なく前に進む。

 自分は置いていかれない様に着いて行くのが精一杯で、呪いの様に絡みついた『自分が奪った』と言う事実を気にする暇もない。

 

 

 『──思えば、アースさんなりの優しさだったのかな、と思う。

 今日はここまで。』

 

 

 

 

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