石で出来た段差の上に座り、足を揺らしながら着替え中の姫様を待つ。
ニフラがついてるとはいえ自分で『俗世には疎い』と言う様な人だ、無事に着替えを終えられるのかと心配する気持ちが無かったかと言われれば『あった』と言うほかないのだが、どうやらその心配は杞憂だった様である。
適当に見繕った上下から彼女が選んだのは動きやすそうなパンツスタイルで、恐らくここに辿り着くまで歩いた距離を考えるともっと歩くことになるだろうと言う予想からそれを選んだのだろう。
靴もハイヒールからパンプスへと履き替えており、何だか新鮮でびっくりしてしまう。
いやいや、見とれている場合ではないと頭を左右に振り、段差から飛び降りてアースさんより少し前を歩き始めた。
既に家の鍵は閉めているので気にする必要はない。
手始めに近めの駅まで歩くことにする。
──ああ、忘れていた。
彼女の手を革手袋で包まれた右手で優しく握り、逸れないようしっかりと。
アースさんは少し驚いた表情を見せたのち、『良い心がけです』と笑う。
素人なりのエスコートではあるが出来る限りの努力をしよう。 ですのでどうか、多少の粗相はお許しいただけますよう。
『キャッ』
ニフラは並んだ自分と彼女の肩を反復横跳びしながら、両者の頬にすりすりと自分の体を擦り付けている。
ふわふわだし可愛いが、急にどうしたのだろう。
そんな行動をしていると思えば急に遠くに見えた神社に視線を向けることもあるし、何か病気にでもかかったのか?
......アスクレピオスは動物も診れるだろうか。
『ヤーッ!?』
「......不必要に彼女を驚かせる事は、利口とは言えませんね。」
冗談。
そんな他愛無い話を繰り広げながら駅で切符を購入し、数分に一本の電車に乗り込んだ。
この近くには中学校があり、この時期は夏休みということもあって今の自分と同じかそれ以上の身長を持つ彼ら彼女らの姿も多い。
ニフラは喋るし一応神様ではあるが、見た目はただのウサギなので自分の帽子と頭の間に押し込めている。
窮屈だろうが我慢してほしい。
「電車というのは...... 中々、心地よい揺れがありますね。
窓から見える景色も目紛しく変わり、退屈しない。
......少々日光が眩しいですが。」
首を振って座席後ろの窓に視線を移した彼女に滞在する様に真似をし、振り向いてみればその通り。
木々の生い茂る森が見えたかと思えば涼やかな川。
急に視界が暗闇に包まれたかと思えば、数秒経つ頃眼前に広がったのは人々の生活が根付いた住宅街。
電車というものに乗ったのは初めてだが、車と違ってこれはこれで退屈しなくていい。
だが電車にも弱点はあるわけで──
『エキ! エキ!』
帽子の中から聞こえてきたニフラの声に目的地を思い出し、現在の停車駅がその場所なことに気づいて椅子から飛び起きる。
その様子にアースさんは呆れた様子でため息をついた。
「貴方は...... 新たな発見に心を躍らせる気持ちは理解します。
ですが忘れない様に。
これは貴方から私に支払われる対価であり、あくまで一般的な里帰りとは違うものなのですから。」
肝に銘じておきます、と切符を通しながらしょげていると、先程まで同じ電車に乗っていた幼稚園くらいの子供がアースさんを見上げている。
迷子かな? と思っていれば、目を輝かせたままその子は口を開く。
「お姫様だ! すごい!」
......すごいな、やはり純粋な子供は人の本質を見抜きやすいのだろうか?
件のお姫様はこちらの帽子からニフラを取り出すと、肩に乗せてしゃがんではその子と目線を合わせた。
優しげな声色は高貴な雰囲気を醸し出し、その所作は本物のお姫様と言われても10人中10人が頷く美しさ。
「ええ。 ですが少し声を小さく。
......今日は
この事は内密。 貴方と私、2人だけの秘密です。
よろしい?」
「はい! よろしいです!」
「ふふ。
......ほら、あちらでお母様が待っていますよ。」
微笑ましい光景だ。
自分もあれぐらい素直な子供でありたかったし、アースさんの様に優しく諭せる様な人になりたかった。
向かう予定の出口とは逆方向に走っていった彼女に手を振るお姫様の顔を覗き込み、『......何でしょう?』と問われれば別に何でも無いですよ、と返す。
やはりオーラというものはあるんだな、と気づいた朝だ。
「全く......
姫とは如何なる時も涼やかであるもの。そう心掛けてはいますが......
私と言えどほんの少し、気が緩むこともあるでしょう。
剣があったらつい握ってみたくなるものでしょう?
貴方はその時々、細やかに適した行動を取る様に。
出来ますね?」
はい、と手を差し出して答えれば、『よろしい』とその手を取って彼女が返した。
彼女が一般人の様な行動をした時は自分もその様に。
お姫様として動いたのなら、それに付き従う従者の様に。
つまりはそういう事。
喜んでやらせていただきます。
というわけで駅を出たが、ここで重要なことを一つ。
だってあの町を出たのはカルデアに来る5日前だ。
それまではあの町で閉じこもってたのでそもそも長野県に何があるのかもわからないし、名物だとか祭りだとかはもってのほか。
そんなこんなで取り出したるは、さっき駅で取ってきた観光用パンフレット。
これを見ながら行くと言う事は地元民だけが知る穴場、みたいなのに行く事はないと言うわけだが、まあ別に彼女もわからないだろう。
疑問に思うところがあったとて、そこは人の世で生きてきたと言う知識的アドバンテージを使って丸め込もう。
「......」
目線が冷たい。
バレたかな。
まあ止まらなければ大丈夫。
とりあえずすぐそこまで昼飯時が迫って来ているので、先ずは昼ご飯の予約をするところから始めよう。
「ふう......」
『ダイジョブー?』
「ええ、サーヴァントにこの程度の坂は容易い。
彼の方も......心配はなさそうですね。」
戸隠そばの名店らしいところに名前を書き込み、二時間待ちだというので来たのは戸隠神社。
身近に神様がいっぱいいるのに今更神頼み? と言われたらそんな単純なものではないと言いたい。
神様というのは、見えないからこそ神様であると思う。
結局のところ、目の前に現れて人の姿をとっていればそれは人間だ。
実際テスカトリポカは肉体を作ってからそれに乗り移る形であの姿らしいし、ネモだってトリトンが混じっているとはいっても見た目は男の子である。
だが目に見えない神はどうだろう。
姿形を見せないからこそ、こちらの想像力を掻き立てる。
その点で言えばニフラは獣の形をとっているから神様だと感じやすい。
どうあれ、姿が見える神と見えない神では信じ方が違うのだ。
というわけで辿り着いたのは戸隠神社の奥社。
振り返って見れば神秘を身に感じさせてくれる杉並木が広がっていて、自身の小ささと自然の大きさに思わず息を漏らした。
気を取り直して先に辿り着いていたアースさんの方へと向かい、社殿にて手を合わせてゆっくりと目を閉じる。
天手力雄命を祀るこの社は心願成就の御利益があるらしく、願うのは勿論無事に人理修復を終わらせられます様にというもの。
とはいってもレイシフトから帰ればこの神社も焼却に巻き込まれているわけで、効くかどうかはわからないが......こういうのは気持ちの問題。
流れのまま九頭龍社でもお参りを済ませ、帰路に着く中でアースさんが疑問を投げかけてきた。
「日本人というのは、皆貴方の様に丁寧にお参りをするものなのですか?」
少し悩み、そうでもないと返した。
人によっては所作がわからないままする人もいるだろうし、中にはあまりやってはいけない事を普通にやってしまっている人もいるかもしれない。
だが、何より大事なのは信じる心だと自分は思う。
『信じる者は救われる』じゃないが、信じて敬意を払えば彼らは人の心、その拠り所になってくれるから。
「それは、貴方も?」
......まあ家がそういう家系と言う事もあって、神様にいろいろ思うところはある。
今の心の拠り所は...... どうだろう、どこにあるんだろうね、と笑う。
下山しながら自然に触れ、マスターとして生きて荒んだ心が癒やされていくのを感じた。
「──美味ですね。
甘みがほんのりとあり、とても香り高い。」
いやぁ、疲れた体に蕎麦の喉越しの良さとつゆの濃さや風味が染み渡る。
天麩羅ももう、何と言うか凄い。
非常に美味しくて、2人して早々に食べ終わってしまった。
長居して客の回転率が下がっては迷惑かと思ってすぐに店を出、ベンチに座り少しゆっくりする。
どうしようかなとパンフレットを開くと、横からずいっと身を乗り出したアースさんがとある写真を指差した。
そこに書かれていたのは花火大会。
丁度今日の夜からである。
思えばアースさんはカルデアで起きたイベント......というか馬鹿騒ぎに参加したところを見たことがなく、彼女なりに良さそうな祭りを選んだと言う事だろうか?
彼女は指を写真に刺したままこちらに視線を向ける。
「日本で言うところのフェスティバル、でしょう?
行きましょう、祭りの様子を眺めるのは......もう、飽きました。」
仰せのままに、と立ち上がり、食後の運動も兼ねて歩き出す。
花火大会までにやる事をやっておくためでもあり、このままだと寝てしまいそうだから、と言う理由もあるが。
『ハナビーッ!』
人が多いからあんまり喋らないでね、とウキウキのニフラに釘を刺しながら、逸れないように彼女の手を取る右手の手汗に多少の気持ち悪さを覚える。
......手袋をつけていてよかった。
平静を装っているのに緊張から手汗が凄いだなんて、彼女にバレれば笑われてしまう。
問題の彼女はと言うと、見たことの無い人混みや賑わいに興味津々の様子。
その姿は綺麗な浴衣姿であり、髪は後ろにまとめていて普段とは違う雰囲気にやられそうになる。
......そうだ、少しだけ意識している。
特異点内でそんな事を考えていれば死んでしまうし、今まで余裕がなかったから思う事もなかったが...... やっぱり綺麗な人だなと思った。
しかし彼女がこちらにそう言う意識を向ける事はないだろう。
何だろう、自分だけが彼女に意識を向けていて、尚且つそれが彼女にバレたら恥ずかしいと言う思春期的思考の下冷静を装っているわけだが。
ここからなら見えるだろうと言うところに腰を落ち着かせ、ライブラリで見た東京の花火大会よりも空いている状況に快適だな、なんて思いながら、皆へのお土産として買ってきたものを突っ込んであるビニール袋を手首から外す。
その中にはエミヤへの蕎麦関連のものとか。
もちろんカルデアの人たちに対してのものもある。
「良い...... 良い、景色です。
騒がしく、涼やかで...... 」
ともかく、そろそろ花火の開始時刻。
スピーカーから何かの声が聞こえて少しすると、小さな光の玉が軌跡を描いて空に登り──
『オーッ!』
「これは......」
耳を裂く様な音と共に、驚くほど美しい光の華が夜空に咲いた。
それは息を呑むほど綺麗で、眩しくて。
心が落ち着く暇もないほどに多く眼前に咲き誇る。
でもそれ以上に、お姫様が初めて見たものへ向ける瞳の輝きが美しくて、思わず持ってきていたスマートフォンのシャッターを切った。
花火の音にかき消されてバレなかったのは良かったか。
光に包まれる感覚に優しさを覚えながら、楽しい今日の終わりを告げる花火を心ゆくまで、楽しむ。
「良いものでした。
これは城にこもっていては見られなかったものでしょう。」
イベント終わりの静けさ。
疲労感と幸福感に包まれながらベンチに座っていると、お節介焼きなのであろうおばちゃんが声をかけてくる。
「あら、カップルさん?
綺麗な浴衣ねえ、せっかくだからお二人の写真、撮りましょうか?」
カップルではないのだが......
とは言えこの場所でこうしていられるのはこの時だけ、ならば写真に撮って思い出として残しておくのもひとつだろう。
写真と聞いて寝そうだったニフラもやる気を出し、鼻息荒く自分の肩に登ってきた。
アースさんも『よろしくお願いします』と乗り気なので断る理由もない。
「撮るわよー...... はい、チーズ!」
自分のスマホに入った先ほどの写真を見る。
既に花火会場から人は失せ、残るのは闇とニフラの寝息くらいのもの。
そろそろ帰る時間かと思い立ちあがろうとした時、左半身に柔らかな重みがのしかかった。
肩にはアースさんの頭が乗り、予想だにしなかった状況に混乱するが彼女の声色はいつもと変わらない。
「気が緩む時もある、と言いました。
その時貴方には適した対応をとも。
......わかりますね。」
とはいえどうしたものか、と。
ひとまずいつも通り冷静に、真っ直ぐ暗闇を見つめることにした。
すると囁く様な彼女の声が耳を撫でる。
「──ニフラより聞きました。
私は矜持を持て、と言いましたが弱音を吐くなと言った訳ではありません。
貴方と共に歩んできた道で一つの命として外界と触れ合うことは、新鮮で、微弱で、悲しいものですが……決して、無意味なものではありませんでした。
貴方は強い訳ではなく、むしろ弱い。
だからこそ、その弱さを見せて受け入れてもらうべきだと。
......ニフラの受け売りですが。」
そう、と息を吐く様に声を出して、腿の上で寝ているニフラの頭を撫でる。
でもそれは自分の芯を折ってしまう様で何か怖い。
強くあろうとした自分を打ち捨てるのが本当にいい事なのだろうか。
「細やかに気を回せ、適した対応を取れ、エスコートを忘れない様に。
先の花火、スターマインの様な
......許します、言いなさい。
受け止めましょう。 このまま、帰る時間まで──」
数日経った朝。
いつもの様に最悪な目覚めの中で長袖のインナーに袖を通し、傷跡を隠すための手袋を嵌める。
麦茶を飲もうとしたところでマシュからの呼び出しがかかり、通信を開けばまたも特異点の発生だと。
『ンー......』
心配そうに首を舐めるニフラに大丈夫だよ、と。
悪魔のネタが増えるのは嫌だけれどねと笑いかけて廊下に飛び出した。
道中出会ったアースさんと喋りながら道を行く。
「よく眠れましたか?」
最低でした。
真っ暗です。
「なら、我が光で道を照らしましょう。」