「レイシフト完了しました。
──ドクター、ここは......」
今回もまた、例によって微小特異点。
前回のニューメキシコみたいに誰かが欠けて到着、なんて事はなく、シャルルマーニュテスカトリポカ、アースさんとマシュの全員が揃ってアスファルトを踏みしめた。
見渡す限りのビル群、怖いほど透き通った青空を区切る様に天を衝く光の壁。
例に漏れず、この特異点においてもおかしなことが起きているという事か。
マシュの問いに少しの時間を置き、ドクターが通信先より応える。
『ああ、そこは日本の東京...... その中にあるアキハバラ、という都市だね。
僕も少し行ってみたいが、今回はここに遊びに来たわけじゃない。
......あー、行ってみたい......』
「メイド喫茶に行ってみたいとたまに愚痴をこぼしているドクターはさて置き、この特異点で何が起きているのかを現地の人に聞きにいきましょう、先輩!」
『え!?
マシュ、アレ聞いてたのかい?!』
うん、と。
意気込んで歩き出したのはいいのだが......
前提として、東京と言えばその小さな23区に魅力的なものや最先端のもの、果ては一種のレトロまで詰め込み海外からの人間も多数来るいわば
そんな東京、かつアニメ文化などを司るアキハバラの日中でこんなに人が少ないことがあるだろうか?
シャッターを開けている店はほとんど、というか一つも無く、日常において誰が見るわけでも無い広告を流していたのであろう大きなモニターは光無く眠っている。
まるで衰弱した愛玩動物の様に、街全体に生気がない様にも思える。
何も無い道を進む中、神妙な顔で俯いているアースさんの姿が気になって駆け寄ろうとすれば、静寂を切り裂く様に轟音一閃。
同時にひとつふたつ道を挟んだ先からここからでもわかるほどの閃光が届き、それを合図にして騒がしい銃声と人とは思えない奇怪な叫び声が街を埋める。
『この先で戦闘...... ああ、その様子だとわかっているみたいだね。
銃声の時点で民間人では無いだろうが、現地人の可能性がある以上は放っておけない!』
「了解しました、ドクター!」
「よし、ここはマシュと俺が行く!
マスターも出来る限り早く追いついて来てくれ!」
そう言って戦場に向かうシャルルマーニュ達に気をつけて、と告げ、気を取り直して不可解そうな表情を見せるアースさんの顔を覗き込んだ。
何か異常でもあったのかと老婆心から心配して聞くが、彼女は『問題ありません』と言い放ってこちらの体を横に居たテスカトリポカの方へと突き飛ばす。
その行為に不快感を覚える事こそないが、急だったものでバランスを崩しその背を彼に預けた。
「戦闘に支障はありません。
ですが......どうやらこの大地は弱体化している。
それこそ私が引っ張られてしまうほどに。
──作戦を思案する際は、私を過剰な戦力として捉えない様に。
足元を掬われます。」
前線に向かってその背中をこちらに見せる彼女の言葉に思わず口を押さえるほど驚いてしまう。
まず彼女はどの様な状況であっても強力なサーヴァントであり、その実力は今自分を小脇に抱えてビル群の上を飛んでいくテスカトリポカも認めるところ。
そんな彼女が『自分を弱く見積もれ』と?
──この特異点に、何が起きている?
「そら、もう着くぞ。
舌を噛むなよ?」
考える暇もないまま戦場に到着し、テスカトリポカに投げ飛ばされながらも幾度となく空中から落とされて手慣れてしまった五点接地で着地。
低く屈んだ体制のまま正面の戦闘状況を見てみれば、そこにあるのは特殊部隊然とした服装に身を包み銃を持って戦う大小様々な兵士達。
既に死体と化した仲間を振り返る事なく彼らが銃口を向ける先には、成人男性より少し大きめな──
口に出すことすら憚られる醜い見た目をした、悪鬼と形容する事しかできない怪物。
それが三体。
薄ら笑いを浮かべながら狂気の戦場に走り出したテスカトリポカをよそに、未だ息がありながらも立ち上がることの出来ない兵士を引っ張って物陰へと連れて行き、無事を確保する。
結局のところ自分の指示なんてたかが知れていて、特にテスカトリポカに関しては自由にやらせた方が強い。
ならば自分に出来るのはこうやってやる人助けくらいだ。
幸いに怪物
いや待て、二体。
ならばもう一体はどこに?
そう思ったのも束の間、兵士の背中を引っ張って物陰に連れ込もうとした所に頭上から怪物が大口を開けて迫り来る。
どうする、今この瞬間、この時点で引き摺っている彼を突き飛ばして両者ともに回避するという選択肢は消え去った。
ならば自分だけ回避するか?
それはいけない。
それでは人としての何かを失ってしまう気がする。
ならば選択肢はひとつしかない。
ちょうど掴んでいた脇の下あたりにあったショルダーホルスターの留め具を外し、中に入っていた古臭い銃を蹴り上げて右手で掴む。
幸いにもセーフティが付いていないことを確認してハンマーを下ろし、ボヤける右目で狙いをつけた。
しかし怪物も迫っており、距離が足りない。
これではたとえ1発入れたとて構わずその口の中で咀嚼されるのがオチだ。
ならばと引っ張っていた彼を触った様な姿勢から寝転ばせ、その上に背中からダイブする形で自分も寝転ぶ。
これにより多少の距離が生まれ、猶予が生まれた。
指先に力を入れ、セミオートの弾丸を全て撃ち尽くす勢いでトリガーを引いては戻し引いては戻す。
1発3発5発6発と命中し、こちらの頭が覆い被さった怪物の口の中に入る事こそあれ噛み砕かれる事はなかった。
......だが、少し不快。
スライドストップのかかった拳銃を投げ捨てて頭を口から引っこ抜いたはいいが、体全体にかかった血液の様な物から香る酸っぱい匂いだとか唾液みたいな液体のぬめりだとか。
どうやらほか二体の怪物はサーヴァントのみんなが頑張って倒した様だが、どうしたものか。
そう思っていると下敷きにしていた男の人が咳き込みながらも意識を取り戻し、ペシペシと腰を叩かれて『忘れていた』とその上から自分の体を退ける。
彼は何事もなかったかの様に立ち上がると、服に付いていた唾液の様な液体をぱっぱっとばっちぃ物を払う様に手で拭いとる。
......それ、こちらにあたっているのだが。
「──いっっっ、てぇ〜......
まったくさあ、アイツらも少しぐらい手加減して食わねえのかな〜。
ま、取り敢えず助けてくれてありがとな、ヒナ......
──は?」
身体をフリーズさせて彼は疑問符を浮かべるが、みてわかる通り自分は『ヒナ』という人間では無い。
というかこの声、どこかで聞いたことがある。
カルデアに来る前に何処かで......
と、処理を終えた様子でマシュ達がこちらに来る。
あっちも無事だった様で女性らしいシルエットの兵士を連れているが、もしかしてアレがヒナ、だろうか?
すると彼女も何処かで聞き覚えのある声を発し始めた。
「
そっちの方、彼を助け...... たす、け......
......は?」
「先輩、どうやら彼女達は──」
「ごめんマシュさん、ちょっと待ってね?
誠、ヘルメット脱いで! 今!」
「ちょっと待っ、脱げねえコレ!」
「遅い!!」
「い゛っ〜!!?」
......なんなんだろう。
ことあるごとに『は?』と言われるし、身体は臭くなるし。
彼の付けているやたら近未来的なヘルメットが思い切り彼女に脱がされたが、別に彼らの顔を見たところで──
──え?
白日にさらされたその顔を見た時、彼や彼女らとまったく同じ顔と行動をしてしまったのは2年にも満たない短く濃い関わり合いが生んだシンクロだろうか。
見覚えのある顔を3人付き合わせ、何年振りかの自己紹介が始まる。
「俺、
「私は
自分は──
「いや分かってるからいい。
じゃあ行くぞ?」
「「せーの。」」
せーの。
「「何でここにいるの!?」」
何でここにいるの?!
何を隠そう、小学生からの友達である。