イケニエのニッキ   作:チクワ

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関係

 

 エプロンを着け、じゅうじゅうと鳴き声をあげるフライパンの上から目を逸らして端末の中にある情報に目を通す。

 

 『増長天、持国天は2014年の9月に日本全土に住まう、彼等から見た成長しない者や国に仇成すものに対して宣戦を布告。

 手始めに日本国の領域を光の壁で囲い、海や空のいかなる方法でも脱出を不可能にした。

 さらにこの出来事による混乱に乗じて醜い怪物達を世に放ち、それらの容姿と古い文書に描かれたものが一致。

 牛頭の怪物を『鳩槃茶』、口から体液を垂らす怪物を『毘舎闍』(後にピシャーチャへと改名)

 と政府は呼称し、自衛隊を投入しての戦闘が始まった。

 

 しかし無尽蔵に現れる敵に対して自衛隊の人員や物質が不足し始め、全国のヤクザや組織から不法所持として弾薬や銃を徴収、自衛隊の不足する武器の補給とした。

 その政策は『銃狩り令』や『弾狩り令』と呼ばれており、現在我らの武器が前時代的な物であるのはそれが原因。

 加えて政府や自衛隊上層部はより速い事態の終息に向けて当時戦場で多大な戦果を残した女性兵士である現総司令、橘 仁美(たちばな ひとみ)を総司令とした自衛隊に代わる対怪物・悪鬼対策部隊を設置。

 現在持国天らに支配された西日本から攻め込む怪物達に対抗しているが、敵の首魁がどこに居るのか不明な以上不利と言わざるを得ない。』

 

 この誰が書いたのかわからない情報書に目を通してポケットにそれを仕舞えば、フライパンの上に置かれた餃子が完成した事を告げるストップウォッチのけたたましい鳴き声。

 また暫く滞在することになるだろうなという面倒さと、古い友人と一緒にいることが出来る嬉しさに挟まれながら上手くいったメインディッシュを皿に乗せ、食卓へと差し出す。

 

 「おぉー! キタキタ、美味そう!」

 

 そう言って興奮のままつまみ食いに走った誠の手首を掴んで止め、せめて味噌汁が出来上がるまで待てと牽制する。

 しかしそれで止まる様な彼ではない...... ので。

 

 「ああっ何何?!」

 

 「我慢しないと......こう!!」

 

 日向に彼を固めてもらった。

 関節技をかけられた形の誠は痛みに悶える声を部屋に響かせるが、まあ当時よく聞いた声だ。

 そんなに心配しなくても大丈夫と横で慌てるマシュを諌め、味噌汁の完成を急いでまた厨房に戻る。

 

 

 

  

 いただきます、と元気な声が部屋を埋め、数多の箸が食器を鳴らす。

 取り敢えず自分も貸して貰った灰色の服に着替え、その輪の中に入らせてもらうことにした。

 香ばしい香りを鼻に届ける湯気を辿って箸を伸ばせば、その先に掴んだのは白い照りとざらついた焼き目のバランスが丁度良い肉を包んだカプセル。

 口に運んで一度二度噛めばその皮が開き、肉の油と野菜の食感や甘さが口いっぱいに広がってはご飯の代わりとして出されたオートミールを胃袋に誘っていく。

 我ながら上手くできたものだと味噌汁を啜りながら思うし、どうやら横にいたアースさんも気に入ってくれたらしい。

 

 「この、味噌汁...... カルデアにいる赤い弓兵の作るものとは違い肉が入っている様ですが、これはどの様な意図で?」

 

 飲み干して器を机に置いてから、確かにちがうなと思いアースさんの疑問に答えることにした。

 まあ一般的に味噌汁といえば白菜とか大根とか、あとは地域差で様々なものを入れたりするものだ。

 正直簡単に言ってしまうならば『地域差』と言うものに甘えるのが最も楽なのだが......

 その言葉だけでは語れない理由があるのも事実。

 

 かいつまんで言えばこれは母親からもらった二つのうちの一つで有り、水という『海』と味噌、その元である大豆を『大地』に見立て、そこに鳥を入れる事で陸海空をこの身に宿すという考えの味噌汁。

 家族内だけで共有された縁起物の様な、そんな感じ。

 

 ......まあ、そういう考えの中で鶏肉を入れたら美味しかっただけ。

 

 そう返されると彼女は器の中に作られた水面に視線を落とし、一息にその泉を飲み干して箸を置き、ごちそうさまでしたと手のひらを合わせる。

 

 「......郷に入っては郷に従えと言うのでしょう?

 その様な目で見るものではないと思いますが。」

 

 彼女に対して肉を頬張りながら首を振り、気にしているのは貴女が日本式に順応している事ではなく器用に箸を使いこなしている事だと伝える。

 確かに前回長野に行った時、2人で焼きそばを食べたが...... その時はてんやわんやの大変さだったのだが、それから日にちが経っていないと言うのにここまで上手くなっているのは驚き。

 すごいと思う。

 

 「そう、ですか。」

 

 食器をこちらの物に重ね、彼女は月光浴の為にベランダに向かった。

 でも自分は知っている。

 ネモに泳ぎを教わる様に、エミヤに箸の扱い方を指南して貰っていた事を。

 洗い物をしていた時、エミヤの投影した初心者用箸に彼女の名が書かれていた事を知っているのだ。

 

 だから自分の中にある少しの親心というか何というかが笑みを浮かべる。

 良かったね、と。

 

 

 

 「うっし! 皿洗いは任せてくれ!

 やろうぜ、マシュ!」

 

 「はい、シャルルマーニュさん!

 マシュ・キリエライト、迅速に皿洗いを終わらせます!」

 

 怪我しない様にと意気込む2人に釘を刺しながら、誠と2人きりになったリビングでゆっくりと寝転んだ。

 こっちの方が都合が良いからと彼らの家にお邪魔したのは良いが、やっぱり人の家というのは落ち着かないものでキョロキョロと周りを見てはため息を吐いてしまう。

 

 「綺麗な人だよな、あの...... お姫様? で、いいのか?」

 

 多分いいのだと思う。

 見た目も所作もそういう感じだし、そう呼んでも文句は言われなかったので。

 すると怪しげな笑みを浮かべ、彼が耳元で囁く。

 

 「それで、あの人の事好きなのか?」

 

 ......。

 近づけられた顔を鷲掴み、鍛えてきた握力を発揮しながら無理やりその顔面を遠ざける。

 本当すぐに調子に乗るクセはどうにかならないのだろうか?

 サッカー部の人にもよく言われていただろう。

 

 「......おぉ〜痛え......

 サッカー部の奴らか、あいつらも懐かしいな。

 ......あんまりこういう事を言うもんじゃないってのはわかってるんだけどさ。

 いや本当に、市民の人達よりいい飯を食って普通の家に住んで、娯楽こそ無いけど過不足ない生活を送っておいて言うべきことじゃないけど。」

 

 お調子者の表情から一転してその顔に影を落とし、深刻な表情のまま口を開く。

 その言葉に他意はないのだろうが、聞いている自分にとっては重大な選択を突きつけられている様な、そんな感じがした。

 

 「──俺達、もちろんお前も。

 一般人から兵士になって、生き残って、一般人に戻った時。

 友達や世界からやってきた事を否定されたらって思うと、戦う理由って本当にあるのかなって思うんだよ。

 俺はこの争いが終わった後にサッカー部に戻って、皆と同じ様に成長できるのか。

 人理修復を終えて一つの心配も無く、一人ぼっちの学校に戻って成長出来るのか?

 ......俺、そう言うのがない世界が良いなって。

 お前はどうよ。 自分の役目が終わって世界に順応できなかった時、違う場所に行きたくなったりしそうかい?」

 

 少し考え、行きたくなったりしないと返す。

 そうなる事はもう特異点の修復を始めた時からわかっていたんだ。

 そもそも他の人たちは時が止まっている様なものの中でカルデアだけがその中を進んでいるのだから、きっと自分は誠の言う様な状況に置かれてしまうだろう。

 それでも逃げないでここまでやってきたのは人理を取り戻す、と言うよりは消えた友達を取り返すためで、いつかもう一度こっちの時代に居る誠や日向に会うためだから。

 これを初めて少しの時に『めちゃくちゃな辛さはない』と言ったが、それは頑張ればいつか会えるからという前提があったから。

 

 つまるところ焼却されてしまった世界に叔母さん、友達がいる限りよっぽどのことがなければ折れても立ち直れるだろうから。

 ......よっぽどのことというのは仲間の死を何回も見てループするとか、友達をこの手で殺してしまうとかだけど、それは本当によっぽどのこと。

 そうそう起きやしない。

 

 彼は聞くと満足した様な、はたまた憐憫を見せるかの様な表情のまま寝転がり、棚に置いてあった写真たてを引き寄せて蛍光灯の光にかざす様に見た。

 覗き込んでみればそれは小学校卒業の時に3人で撮った写真で、小綺麗な姿の古い自分達は慣れないピースを見せてははにかんでいる。

 これも忘れやしない、大切な思い出。

 

 「──俺が守りたいのはコレなんだ。

 母さんよりも級友よりも、ここに居る2人が笑顔でいられる世界。

 こっちのお前はまだ長野にいるんだろう、そこに居るお前を守りたいからこんな危険な事に首を突っ込んでる。」

 

 そこまでして守る存在なのか?

 日向はともかく、自分は── と言い切る前に、デコピンで口を閉じられる。

 

 「卑下するのはやめた方がいいって昔も言ったろ?

 ......ま、なんだ。 お前がそう思わなくたって俺やヒナにそう思わせるモノが、この関係の中にはあったのさ。

 さあ皿洗いも終わったみたいだし、風呂入って布団敷いて寝ようぜ!

 なーヒナ、風呂まだ?」

 

 「何開けてんの?!」

 

 卑下するのはやめろ。

 そう言った彼の言葉がデコピンされた後から染み込む様で、俯いて考える。

 ともかくとして彼の言った事柄は自分にとっても無関係でないだろう、しかしそれでも走ってきてしまったのだから、ここで特異点修復の先を自分の意思で閉ざすわけにもいかない。

 

 ......こんなんじゃ遂に辞めたくなったとしても、カルデア職員達からの視線に怯えて渋々やり続けるんだろうなって。

 そんな自分が嫌いになりそうだ。

 

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