壊滅状態だった所内もある程度復旧し、少しばかりの平穏が訪れた様にも感じられる。
しかしそれはこのひと時だけ。
第一、第二と特異点を解決してきて今は第三の特異点を探しているが、それが見つかればまた緊張感がこの施設と自分を飲み込むはずだ。
しかし第二の特異点、ローマにてレフ・ライノールは一刀両断された以上、これからは誰を敵として見ればいいのだろう?
少なくとも彼が語った無駄口の中には、もう一つ上に何かがあると言うことを示唆する様なものがあったが......
『目に見える敵』と言うものがない以上は暗黒の中を手探りで歩かなきゃいけない様なもの。
何にしたって目標というのは必要なのだから。
......昔家にあった漫画を読んで、敵にイライラした事がある。
『どうして主人公にそこまで嫌がらせをするのか、身を表さなければ邪魔されないだろう』と。
思えばアレはよく考えられていた。
先が見える様にして読者の読むモチベーションを保たせ、ボスによく顔出しさせることで最終目的を忘れさせない。
いわばカレーに入れるスパイス。
スパイスの入ってないカレーなんて味気ない淡々とした味の続く汁だ。
まあ、言ってしまえば気が抜けているということ。
人類最後のマスターなんて言ってもこうしてやる事がなければ暇で、素材集めに行こうなんてすれば特異点の捜索が遅れてしまう以上動けない。
だからこうして誰もいない食堂で水を飲んでいる。
泣き言だって溢したい、でもそれをするほどの気力も湧かない。
どうしてなんだろうな、叔母さんに連れられて出てきた時はやる気があったはずなのだが。
なんで〜?
......ご飯を食べるところでそんな事を考えていても仕方ないか。
立ち上がり席を仕舞って自室へと戻る事にした。
「ようマスター、元気か?」
首を縦に振って挨拶をし、キャスターのクー・フーリンとすれ違う。
彼は少し前に召喚することが出来たサーヴァントで、特異点Fの時の様に頼れる存在だ。
たまにマシュへセクハラじみた事をしているが、出来たらやめてあげてほしい。
自室へ戻り、ベッドの上に座って俯いた。
最初から設置されていた机の方を見れば、そこでは作家が作家として原稿に向かっている。
サーヴァントと言えば英雄で、英雄といえば力強いイメージがあるが...... 先日来た彼はそうでもない。
『締め切りが近いんだ』と吐き捨てる様に言った彼の邪魔を極力しない様、控えめにそうっとお茶を置く。
それを手に取って一口二口飲んだかと思うと、その辺に置いて夜に食べようと思っていたドクターのお菓子が強奪される。
それを茶菓子に雑なティータイムに興じながら、彼は足を組んで太々しく振り返った。
「ふむ、安物にしては悪くない、茶も菓子もな。
まあちょうどいい気分転換だ、資料集めも兼ねて少し休ませてもらうぞ、マスター。」
締切はいいのかと問えば彼は笑い、『脱稿出来るかどうかは運』と自信満々に語っては配布された端末を使って何かを見ている様だ。
別に休む事はどうこう言う気はないが、平常な作家と言うのは締切を守るものではないのか?
「──平常? いいや平常な作家こそ、こうして
読者は病気で咳を撒き散らされた原稿に書かれた物語を求めるのか?
否だ!
......それに、作者の調子がいい方が自ずと作品は良くなる。
つまるところこの休憩は理に適っている、わかるなマスター?」
言わんとしている事はわかるが......
決まりを守る事は大切な事だ。
後日本には宮沢賢治がいる。
「ええいイーハトーブと比べるな!
それに宗教も違う、考え方の相違などあって然るべきだろう!
......まあ最期に関しては似たようなものか......」
そう呟いたアンデルセンはこちらに端末を投げ渡し、続いて先ほど食べられたお菓子よりも少しだけ良い物が投げられる。
戸惑いながら受け取れば彼は笑顔のままペンを握り、机に向かってまた書く音が響き始めた。
「休憩は終わりだ。
さあ出ていけ、これでも執筆で忙しい。」
さっきと言っていたことが違くはないだろうか。
まあお菓子は年相応に好きなのでもらうが......
「こちらは度重なる周回でその顔に飽きている、さっさと......
そうだな、あの王様のところへでも行くといい。」
そもそもここは自分の部屋......
「──さあ行け!」
......放り出されてしまった。
「──ははは、あの作家殿もマスターが嫌いってわけじゃあないだろうし、気にする事は無いんじゃないかい?
ほら、フランスの特異点で取ってきた紅茶。」
シャルルマーニュの部屋にお邪魔し、差し出された茶を受け取って口の中へと流す。
美味い。
紅茶の良し悪しはわからないが、昔飲んだ午後の紅茶の次に美味い。
こう、古き良きと言うか、そんな感じの味がする。
「つーかマスター?
ちゃんと飯、食ってるか?」
たべている。
......と、虚言を吐いた。
カルデアの食糧問題はレイシフト先から肉やらなんやらを持ってくる事である程度はどうにかなっている、が。
それでも、誰よりも先に食糧へとかぶりつく気にはなれないのだ。
確かに前線で戦うのは自分だが、前へ出てサーヴァントに指示を出す為の前提としてカルデア職員達による存在証明が必要だ。
24時間体制でバックアップしてくれる人達と、前に出て指示するだけの自分。
優劣はつけられないだろうが、当人としてはどうしても自分を下に置きたくなる。
Aチームだったらこんなこと考える間に人理修復を終えてしまうかな。
そんな事を考えながら紅茶を嗜んでいると、軽ーいデコピンが額を叩く。
カップを持つ手と逆の手を叩かれた所へ当て、何で? と困惑していると、座っている場所の向かいへシャルルマーニュも椅子を置き、座った。
眉を八の字にして困った顔をしているが、こちらも急な刺激にびっくりしてるのだけれど......
「ダメだぜマスター、またフランス行く前みたいな顔だ。
......正直言って、俺にあんたの考えてる事はわからねえ。
エスパーとか、そういう魔術が専門じゃないから当たり前、といえばそうなんだが......」
少しもにょもにょと言い淀んで、シャルルマーニュはこちらをまっすぐと見つめた汚れなき目を向ける。
これから言い放つことが間違いの無い真実だという様に。
「俺たちはマスターを通してカルデアと契約して、人理修復の旅に協力してる。
でもなマスター?
それは義務的なものじゃ無い。
マスターの事を
アンデルセンも、キャスターのクーフーリンも、かのアーラシュ・カマンガーもみんな。
マスターがあの味気ないスティックを食べる理由が自分を認めてないからって言うなら、そうだな......
『俺たちが認めている』。
それじゃ、マスターが自分を認める理由にはならないか?」
返事を求められる様に送り出されたその言葉に、自分でも驚くほどに言い淀んだ。
期待は嬉しい。
認めてくれたことも、同様に。
でも、自分が自分に思う認識というのはそう変わるものじゃ無いから。
その悩みを忘れさせるように、シャルルマーニュはいつもの様にあっけらかんと笑った。
『悪い、そんな考える様な話じゃ無い』と。
「──ははっ、いや、悪い悪い!
少し前に食糧担当の職員から相談を受けてさ。
『彼がもう少しちゃんと食べる様に言ってくれ』って。
まあ、俺とマスターって主従っぽく無いもんな〜。
友達、が一番近いんじゃないか? アンタが俺のことを友達だと思ってくれるなら、だが!」
友達か、いいな。
それならば喜んでお受けしたい。
だってシャルルマーニュ、かっこいいから。
「おっ、そうかい?
じゃあ今日は2人でカッコよさの極みを目指そうじゃないか!
まずは元気にいただきます、全部平らげてご馳走様、からだな!」
「ふう。」
ティータイムを終えて帰っていったマスターを見送り、シャルルマーニュは安堵の息を吐く。
それはマスターが味気ないスティックから味も悪く無い肉に食事を変えてくれるから、とは違う。
先程の会話の中で表情を強張らせることが無かった事への安堵だった。
それは昼過ぎ、廊下を歩いていたとき。
食糧担当から相談を受けた。
『──ああ、お安い御用さ!
マスターにちゃんと飯を食べろっていえばいいんだろう?』
『はい、お願いします。
いやあよかった、彼が食べてくれないと......』
『
そう言って嬉しそうに歩いていく彼女に、手を振る事はできなかった。
今思えばその行為、カッコ悪かったのかもしれない。
でもそんなのないじゃないか。
年端も行かない少年を死地に送り出して。
彼が食べないのはプレッシャーからかも、戦うことへの辛さからかもしれないのに。
その彼が食べてくれないと自分達が死ぬからと。
もう少し言い方はなかったのか。
食べないと頑張れないから、とか、元気が出ないから、とか。
自分達が助かる事だけを考えて、ただやるしか無くて送り出された死地にいる少年は──
ただの