イケニエのニッキ   作:チクワ

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 「いっっ...... てぇ〜......」

 

 確かな激痛は意識を失わないために夜中に摂取するカフェインの如く瞼を開かせ、砕けた家屋の破片を持ち上げながら目の前に現れた異形に目を向ける。

 鳩槃茶の左半身からピシャーチャが生えてきた様な、突然変異にも感じられる敵異形は左手にフランべルジュを思わせる剣を引きずっており、誠と2人して吹き飛ばされたのが盾の様に大きな右腕でよかったと比較して安心した。

 

 とは言え強化魔術を咄嗟にかけなければ壁に叩きつけられて2人とも死んでいたろうし、どっちにしても食らったらまずいのは確かだ。

 どうしたものかと作戦を思考していると、道を一つ挟んだ先から日向が駆け寄ってくる。

 基本は冷静な彼女も今回は予想外だった様子で、こちら2人を心配しながらも融合した怪物に驚愕しては闘争心を燃やした。

 

 「大丈夫?! 取り敢えずあっちはマシュさん達に任せてきたけど......

 ──何この人、こんな人がいるなんて聞いてない!!」

 

 「クソ...... 俺も聞いてねえよ。

 あのクソ上司、上の立場なのに情報共有も出来ないって言うのか!?」

 

 確かに端末へ届く敵情報の中に奴は居なかった。

 多くの兵士に信頼されて作戦を期待される司令官といえども、流石にそちらまで気配りが足りなかったと評するべきか?

 しかしこんな無駄口を叩いている暇などないとでも言う様に、目の前の怪物は錯乱したかの様に剣を振り下ろす。

 大振り故に回避は容易いが、予備動作の見えない近距離でアレを速度そのままにやられたらと思うと、背筋が冷える。

 

 とは言え左右の肉体が合体前と変わらないと言うなら打開策は当然ある。

 一旦物陰に隠れ、左右で銃を構える彼らに小さく耳打ちする。

 危険は危険だが、これをしなければサーヴァントのいない戦場で生き残れない。

 2人とも自分の記憶と変わらない力を持っているならばやれる筈だ。

 『面白え、やろう』とサムズアップを見せた誠に鏡の如くその行動を返し、1番危険な役目でありながら笑みを返した日向には彼女の長所を伸ばす様に、強化魔術をかける。

 さあ、ここから。

 

 

 「何が何でもだ! いけるぜ、ヒナ!!」

 

 見たところ奴に知能らしい知能はない。

 ならばどうやって右手を使い防御しているのかと言われれば脊椎反射に近しいもので、音と閃光から弾の飛んでくる方向に右手を向けているだけ。

 カンカンと誠の放った弾丸が弾かれる音がするが、真打はここから。

 右手に付けた盾が生み出す死角から突如として超スピードの日向が現れ、強化された拳でピシャーチャ側の貧弱な腕へ、強烈なストレートが叩き込まれる。

 

 「フッ!!」

 

 予想通り、彼女の馬鹿力は昔から変わっていない!

 

 鳴き声を上げる左側の腕はひしゃげ、切れ味鋭いフランベルジュがその刀身を地面に付けると同時に自分が拾い上げ、こちら側に先ほど同様の手痛い拳が叩き込まれる前にピシャーチャと鳩槃茶の境目をなぞる。

 融合する境目は常に蠢いており、それは転じて脆い事につながる。

 加えて、こう見えてもローランやシャルルマーニュに指導を受けている身だ。

 両断する程度ならば容易い。

 

 逆袈裟から切り上げた刃が途中で止まる事はなく、二分された身体の首を右から左へと一閃。

 沈黙した怪物へと手向けるが如く剣を投げ捨て、静寂に包まれた市街地にカランという金属音が響く。

 

 

 

 

 「なあ。」

 

 「そうだね。

 埋めて、あげようか。」

 

 「おう。

 ......悪かったな。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 「──おっと、なぁにそれ?」

 

 夜中。

 いつものように屋根の上に座って待っていた加藤さんにラップで覆った三角形のおにぎりを差し出す。

 こう毎日夜中に飛び回っていてはろくに休めてもいないだろう、今回は話をするのではなくご飯を食べて休んでほしい。

 ......冷めてしまっているが。

 彼女はまるで初めて見るものを壊さない様に弄る子供の様にそれを眺めたかと思うと、そっとラップを外して大きめの一口を頬張った。

 すると目を輝かせ、すぐに一個目を食べ終わってしまう。

 まるで餌を目の前に置かれた飼い犬だ、焦って食べて米を喉に詰まらせなければいいのだが。

 

 「うぐっ?!」

 

 詰まったか?!

 そう思って少し焦るが、表情を見て安堵し、微笑む。

 二個目のおにぎりに入れておいたのは梅干しで、おそらく不意に拳を喰らったくらいの衝撃が舌を襲ったのだろう。

 絵本などでよく見た、酸っぱいものを食べた時の(アスタリスク)に口を窄めて我慢している。

 何だか可愛らしい。

 

 だが、今時梅干しとおにぎりにこんな反応を見せる人なんて珍しいのではないだろうか?

 とは言え喜んでくれるなら、作り手として何でもいいのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ふぁ...... あれ、先輩?」

 

 夜中、影になって時計が見えないため何時なのかはわからないが、月が輝く夜に起床する。

 別にコーヒーを飲んだわけでもないのに起きて、1番最初に気づいた事は床についた筈のマスター、先輩がいない事だ。

 トイレは......水を飲んでいなかったし、寝る前に行っていたから違う。

 だからと言って遠くに外出はしないだろうし、リビングにもいない。

 ──まさか、何者かに攫われ「マシュさん?」

 

 不意に自分の名を呼ばれ、振り返ってみれば髪を下ろして右手にホットミルクを持った日向さん。

 彼女ならば何かを知っているのかもしれない、念の為に聞いてみる事にした。

 

 「日向さん...... 先輩を知らないでしょうか? 

 姿が見えず、もしやどこかに。」

 

 「あぁ...... 多分屋根の上じゃないかな。

 あっでも、今は行かないであげて? たまには1人でああ言う気分になりたい時もあるんだって。

 ......きっと、彼なりに色々考えてるんだと思う。」

 

 リビングの椅子に座らされ、ホットミルクを手渡された。

 取り敢えずは攫われていない様で安心した、手元のミルクの様に心の中も暖かくなる。

 しかし彼女も起きているなんて珍しい、まるで示し合わせた様。

 そう思いながら向かい合っていると、カチカチと秒針が進む中で彼女が口を開く。

 

 「......マシュさんには、帰る場所があっていいね。

 知らないと思うけれどさ、私達を含めた兵士のみんなって帰る場所を失っているの。

 家族、兄弟、友達、子供...... 皆、心が帰るべき場所を失って、傷を舐め合う様にここに来る。

 死ねば向こうにいる家族に会える、生きていれば自分と同じ様な人と心を分かち合える。

 みんな仲が良くて助け合ってる様に見えて、その実この組織にいる人達は互いを都合よく利用しているだけなんだよ。

 乗り越えての成長を止めてまで、ね。」

 

 「それは、つまり。」

 

 「うん、私も誠も。」

 

 彼女は一息に沼のような黒さのコーヒーを飲み干して、机の上で手に持ったビー玉を転がす。

 

 「彼はサッカー部の仲間と母親、私はおじいちゃんおばあちゃん。

 あと...... ()()()()()()()()()()()()()()()。」

 

 キュッと、胸が苦しくなる。

 彼女や誠さんが、マスターととても仲が良いのは聞いた通り見た通りだ。

 だからこそ初めてこの時代にレイシフトしてきて、再会を果たした時にあそこまで喜んでいたのだろう。

 

 「......彼は、私と誠の間に生まれてしまった『利用し合う関係』という壁を崩してもう一度私達を友達に戻してくれた、いわば未来の恩人だから。

 だから、もし。」

 

 優しく包むような声が、鋭く刺すような声色へと変わる。

 

 

 

 

 

 

 「美味しかった〜...... あ、ねえ。」

 

 急に真面目な顔になり、こちらを呼んだ彼女に対して何だろうと思いながら皿を回収する。

 感謝の言葉ならばいつでも受け付けているが。

 そう言うと彼女は笑いながら手を振り、教えて欲しいものがあるとしてこちらの体を持ち上げ、膝の上に乗せてロングコートで包む。

 

 「キミの()()を教えて欲しいんだ。」

 

 過去?

 過去ならば教えた筈、特異点での──

 

 「──違うよ、それよりもっと前。

 キミが、()()()()()()()()()()()を聞かせて欲しい」

 

 少し、渋る。

 阿国さんが言ってくれた事があるからでもあり、彼女がこれを聞いて自分から離れていく事が怖くてたまらない。

 正味誰でも受け入れられるような過去ではないのだ、それは阿国さんとの会話で理解している。

 どうにも話すと言う方向へ、踏み切りがつかなかった。

 そんなこちらを見かねてなのか、何なのか。

 彼女は何を思ったのか、こちらの手のひらを掴んでその胸を掴ませた。

 これには流石に驚き、手を離そうとするが彼女の方が力が強く、離れる事が許されない。

 耳元で囁く。

 

 「別に俺は、キミが何を話そうと受け入れるさ。

 私を友達と言ってくれたのはキミだろう? 私にとって大切で大切で仕方がない1st友達が何を言っても、果てにはこんな事をしても俺の心はキミから離れることはないよ。

 ......でも、うん。

 これはちょっと恥ずかしいな、やめよっか!」

 

 そう言うと彼女はついに手を離してくれた。

 まだ柔らかさが残っている。

 

 ......とは言え、ここまでいってくれた彼女に対して、逆に自分の事を言わない方が失礼か。

 一度心を落ち着けるように深呼吸し、話し始める。

 

 これは夏の、とある夜のこと。

 

 

 

 

 

 

 

 「──だからもし、カルデアが彼の心や身体をズタズタにしておいて酷い扱いをするようであれば、私はすぐにでも貴女たちを敵として見るよ。

 これはきっと誠も同じ。

 ......だからその、彼が折れそうになってしまったら、どうか親身になって寄り添ってあげて。

 これはアーキタイプさんにも伝えてあるから。」

 

 そう言い残して寝室へ向かった日向さんの後ろ姿を、私は追う事ができませんでした。

 

 『マシュ、大丈夫さ。

 僕たちも努力する。』

 

 「ありがとうございます、ドクター。」

 

 貴女たちを敵として見る。

 その言葉を何度も何度も反芻して、私は手元に残った冷めて冷たくなったミルクのように冷え切った心のまま、ベッドに入って思うのです。

 メンタルチェックの波形が常に平坦だと言っていたドクターの言葉を、初めて会ったあの日から微笑みを見せてくれていても、ただの一度も激情を見せたことのない先輩の事を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「......もしもし。」

 

 『どうした、今日はそちらからか。』

 

 「うん、まあ、色々と。

 ──少し早めたいんだけれど、良いかな? 司令。」

 

 『......構わん、好きなようにすると良い。

 それと、司令はやめておけ。』

 

 「ん、ありがとう...... ふう。」

 

 キミは何故、誰かの為に死地を走って、生きる為に努力したのか。

 理解はできた、論理で考えればそれは理解できて当然だ、ちゃんと通るべきルートを通ってその答えに辿り着いているのだから。

 ──でも、それじゃああんまりだろう。

 あんまりだから、早く終わらせる事にする。

 

 「もしもーし、寝てた?」

 

 『......ンン゛ッ、ええ。』

 

 「俺の権限で少し早める。

 私の部下として、出来ることをやって。

 ──本部にあるでしょ? 多聞天と広目天の。

 あと...... ありがとう。」

 

 『了解しました。

 ......色々とメールで見たので。 ああそれと、高橋さんと門倉さんが亡くなりました。

 それでは。』

 

 「......死んじゃったか、仲良し二人組。

 最後はバラバラなんて可哀想だけれど。」

 

 私の。

 俺の。

 フレンドリーに脳を焼いたキミのために。

 私も動いてみようと思う。

 

 

 

 

 

 







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