夏のある日、家の2階。
腹を開かれ、鬼の形相で息絶えている母親を前に口周りを血だらけにした子供の横に寄り添い、袖でその口を拭く。
夏と言うこともあり蝉がやかましい。 しかし蝉がいなければそれはそれで寂しい物だ。
必要悪、そういうものか。
手元にあった水を子供に渡して二人で喉を鳴らせば、全てを諦めた目の子供はこちらを見据えて口を開く。
無垢でありながら真っ黒。
そんな瞳の奥には、どこか悲しみが見える。
「お兄さんは平気なの?」
「うん、平気さ。
色々と見慣れたし、今は話せる人もいる。」
「そうなんだ。
......僕にはそういうの、無さそう。」
「そうでもないよ、自分らしくあれば良い。
自分らしくいて、その末に死んだのなら後悔しない筈だよ。」
「本当に?」
「......たぶん。」
「なにそれ。」
そう言って、彼は初めて笑った。
戻れないからこそ自分らしく、そう考えるべきだと思う。
そうあれと願われた役目のまま死んでやるギリなんて、この世のどこにもないのだから。
彼は立ち上がって一階に降り、顔を洗って着替えてきたかと思えば机に向かう。
宿題がまだ終わっていなかったのだろう。
少しペンが動いた後、こちらに振り返った。
「僕もそうなれるのかな?
そうなら、もう少し頑張ってみる。」
「ああ、なれるよ。」
そう、なれる。
だって君は、昔の──
『オキルー!』
「フォウ、フォフォウ!」
......。
起こしに来てくれたことは嬉しいし、もちろん起きるのだが。
顔面の上に乗られては息が出来ない苦しいですたまったものではない、すぐさまフォウくんと口をこじ開けて入ってこようとするニフラを枕横に退かし、上体を起こした。
ずいぶん寝てしまった、現在時刻は十二時過ぎくらい。
日にちは三日経っている。
......三日?
いや、流石に三日も寝ているわけがない。
遅刻した時に八時に起きるわけが無いと現実逃避する様に、また布団の中に入ろうとすると扉が開いた。
ゾロゾロと現れたマシュやテスカにシャルルマーニュ......皆こちらを見て驚愕している様だ。
おはよう、と一言発せば、マシュがダッシュで廊下へ消えていく。
「──ドクター!! 先輩が起床しました!!!」
......本当に三日寝てた?
「ええ。
よく寝ていましたが、約束は覚えていますね?」
そうだ、アースさんとは今日お茶をする約束をしていた。
第4の特異点から帰ってきたあの日から約束を忘れない様にしているため、今回はちゃんと覚えている。
それだけ聞くと『よろしい』とだけ言い残し、出口から出ていく。
「そら、朝飯だ。
弓兵に茹でてもらった、遠慮なくかぶりつけ。」
「俺からはオレンジだ、マスター!
──ともかく良かったさ、また変な特異点に巻き込まれないで!」
シャルルマーニュとテスカにもらった朝ごはんをニフラやフォウくんと分け合いながら、二人に簡単な感謝を伝える。
とうもろこしは好きだ、甘いし食いごたえもあるし、何より芯も頑張れば美味しい。
綺麗に食べようと挑戦すれば毎回面倒になってかぶりついてしまうが、まあそれぞれの食べ方ということで── と、楽しいブレークファストを味わっていれば目から入ってくる未来の情報。
謎の金髪大男が入ってくると扉を向けば、やはり入ってくる金髪の男。
彼はこちらを向いて微笑みを笑顔に変えると、近づいてきて手を伸ばす。
それは握手を求めたもので、誰だかわからないまま手と手を結んだ。
「やぁ、君が......
いや、自己紹介が遅れたね。 私はキリシュタリア。
キリシュタリア・ヴォータイム。
Aチームのリーダー、ということになっている。」
わあ。
どうやら因果を断ち切る事は成功し、これまでいたはずのレールとは別の場所にカルデアというトロッコは乗った様だ。
少しの達成感が降り掛かった後、寂しさが来る。
なんせAチームの復活だ、つまるところ自分はもうたった一人のマスターではなく優先度の下がる底辺のマスター、ということになる。
そうすればもう特異点に出張る事はできないだろうし、自然とサーヴァント達との会話も減っていくだろう。
とはいえ喜ばしい事だ、それで上手くいくなら。
「ああ、その事だが。
少し話したい、良いかな?」
?
何だろう、英霊達の好きな食べ物を知りたい、とかだろうか?
朝ごはんもそこそこに立ち上がり、ニフラを頭に乗せて連れられるままに歩き出す。
辿り着いた部屋に入れば、何だか不思議な様子の男性が一人。
勧められるままに椅子に着席すると、神妙不可思議な雰囲気に部屋が包まれ、話が始まる。
「時間が惜しい、単刀直入に聞く。
お前は、
マリスビリー、といえば所長の父親で、カルデアスを作り出した人。
その人の人理保障と言われても今行なっている人理修復では無いのか?
そう思ったが、この感じからして恐らく違うのだろう。
ならば自分の答えは知らない、その一言だけだ。
一瞬の間を置いて、部屋の中から緊張感が消えていく。
......どうやらミスは無かったらしい。
「......そうか、なら、いい。
懸念は消えた。」
「すまないね、デイビットと私にとっては最も大事な事だった。
......せっかくだ! カドックやベリルも呼ぼう!」
えっ。
「──何だキリシュタリア、急に...... そういうことか。」
えっ。
「よう後輩! 男子会ってやつか?」
うわ......
最後に呼ばれてきたベリルにだけ嫌な雰囲気を感じて顔に出しそうになるが我慢し、何だかクセの強いメンバーでの男子会が始まった......のは、良いが。
なにを話したら良いのだろう、肩身が狭い。
「君は日本出身と聞いた。
日本といえばフジヤマゲイシャという印象が強いが、どこか私たちの様な外国人でも楽しめそうな場所はあるかい?」
キリシュタリアから唐突に振られた話題に驚きこそすれ、沈黙の場を砕くそれには感謝する。
やはり話に聞くのは俗にいうUSj、『フジヤマ』関連で言えばふじQ?
そのどちらにも行った事はないが、人気どころと言えば遊園地などだろう。
「ほう、行ってみたいものだ!」
遊園地というのに行った事はないが、確かに少し行ってみたい気持ちはある。
その時はご一緒させて欲しい。
「もちろん。
デイビットやカドックもどうかな?」
「......生憎だが1分1秒が惜しい
そう冷静に言い放つが、目の奥はどこか寂しげ。
ひとりぼっちは寂しいもので、それを助けられるのは基本的に他人だけだ。
ここはキリシュタリアと目配せし、デイビットを囲み込んで逃さない体制に入ることとする。
「君にとって時間が大切なものだという事は理解しているよ。
だからこそ、私達が消費した時間に見合う楽しさを提供する。 どうかな?」
日本は小さい島国だが、人一人が退屈する様な場所は無い。 必ずや満足する体験をプレゼントすると、日本人として約束する。
どうだろう、全てが終わった後の遊園地参加。
どうだろう?!
デイビットの表情は予想外と言ったものに変わる。
恐らくこれまでの生活でここまで踏み込んでこられたことがなかったのだろう。
これは会話の中で不意に見せる隙であり、自分とキリシュタリアの二人にとっては缶詰を開けるためにあるプルタブを掴んだ様なもので、いわば『ゴネればチャンスアリ!』な状態。
チャンスがあれば突っ込むのが必定。
待てるワードを使って攻め込めば、デイビットは一度目を伏せて白旗を上げた。
「これ以上言葉を投げつける必要はない。
時間を無駄にするのが俺の抵抗だと言うならば、折れたほうが早いだろう。」
やった、と微笑んで、次の目標へと視線を移した。
狙われた男として視線を一身に受けるカドックはわかりやすく狼狽える。
「クソ、忘れてると思ったのに結局僕に来るのか?!」
「どうかな、カドック?」
どうだろう、遊園地とかそういうのが嫌であれば秋葉原に行く手があるが。
すると秋葉原という単語に反応して、彼は態度を軟化させる。
やっぱり効くのか、秋葉原。
「それなら、まぁ......」
「よし。」
よし。
と、話がひと段落すると、ベリルがどこか申し訳なさそうに会話を遮る。
「ちょっと良いかい? 長いこと寝てたせいで嫌われたのかまだ会えていないんだが......
もちろんこの発言は自分に向けたものであろうが、どうにも自分はそれを答える気になれなかった。
それがなぜかと言われれば、マシュの彼に対する発言。
前に一度だけAチームの名前と特徴を聞いたことがあるのだが、その時のこと。
『Aチームの方々、ですか?
キリシュタリアさん、ペペロンチーノさん、オフェリアさん......
......呼び捨てにする事なんて殆どない子だ。
そのマシュが呼び捨てにするぐらいの人に情報を渡すのは何とも。
「多分本人に聞いたほうが詳細に教えてくれると思いますよ」
「なんか冷たくねぇ?」
その後、そろそろ茶の時間という事で迎えにきたアースさんと共に部屋を後にする時。
そう言えばとキリシュタリアに聞く。
マスターはどうなるのか、と。
すると彼は少し顔を曇らせ、こう言った。
「すまないが、引き続き君に努めてもらうこととなるだろう。
私達はレイシフト適性が下がってしまった様で、不確定要素である以上君に任せるほかない。
詳しい事はドクターに聞くと良い、本当にすまない。」
そう言われて落胆することも喜ぶこともない。
自分は自分としてやるだけで、そこが変わることなどないのだから。
というか、ニフラどこ行った?
「オフェリアさん、彼女に好かれているんですね!」
「──頭に乗るのはやめて欲しいけれど......」
「私には近づいてくれないのよねぇ...... どうしてかしら。
ほら、餌よ〜?」
『フゥァー!!!』
「どうしてよーう!!!」