魔眼相対
「後輩、メロンパン買ってきなさい。」
「後輩、茶!」
「後輩──」
と言うことがあった。
芥ヒナコ......というか、サングラス水着女サーヴァントの正体である虞美人。
先日召喚して今向かい合って将棋を指している項羽と夫婦の仲である訳だが、こう、扱いが何とも......
「主導者よ、どうか虞を許してくれ。
妻も悪気の上でしている訳ではない。」
一手一手互いに短時間の思考で指しながら、並行して会話を繰り広げる。
これはある種の鍛錬であり、この眼で見た未来とは別の結果が訪れたとしても冷静に指示を出せる様、演算による未来視を持つ項羽に協力してもらっている、という訳だ。
実際オセロ、あっち向いてホイ、そして将棋とやっているが、そのどれも未来視が役に立っていない。
つまり全敗。
申し訳無さそうに顔を下げた項羽に対して本当に気にしていないと伝え、むしろ虞美人はいい先輩であるとプラス方向に会話を持っていくこととした。
そもそも自分は先輩との関わり合いというものが少なくて、そこから考えるとこうやって形はどうあれ、絡んで来てくれることに不快感を感じる事はない。
メロンパンを買った時も『金額の不足分? あんたの財布から出しときなさい』とか。
お茶の時も『これ違う!』とか。
あと......
「......銀を置き、王手。」
あ、あー......
......負けてしまった。
そろそろ目から血が出てきそうになったのでやめようと折りたたみ式の将棋盤を仕舞えば、自室の扉を開いてここ数日よく現れる先輩が、話の議題の先輩が登場する。
「後輩、ちょっと...... 項羽様!」
本当に仲の良い夫婦だ、微笑ましい。
きっと自分に何か要求しようとしたことすら忘れているのだろう、まあ、それはそれで楽だが。
棚に将棋盤を仕舞い、戸締りを任せて部屋を出る。
後ろ側では項羽が彼女を諌める際によく口に出す『虞や、虞や......』と言う声が聞こえてきた。
......なんか、後で怒られそう。
とはいえ、やることが無くなってしまった。
科学者集団が作ったのであろう訳わかんない飲み物が大量に置かれた自販機から、水を買って近場のベンチに座る。
どんな形でも右目を使えば疲れてしまう。 受け継ぐと決めた事であってもそれが連続すればこうして──
「「はぁ......」」
ため息も出る。
......ん? 二重に重なったため息に疑問を抱いて右を向けば、そこに居たのは右目を眼帯で隠したオレンジぎみの茶髪をたなびかせる女性。
オフェリア・ふぁる、ファソ、ファ......
......現代の戦乙女!
「......ファムルソローネ。 その呼び方はやめて。」
正直覚えていなかったので、こうして本人に訂正してもらうとわかりやすくて良い。
教えてもらいこそしたが、多分オフェリア、としか呼ばないことを差し引けばだが。
彼女がこうして一人でいる事は別に珍しくない。
しかし、こうしてため息を吐いているところを見るのは初めてであり、珍しい事だと思いどうしたのか聞いてみることにしたが、彼女は突き放すようにやんわりとそれを拒否する。
「いいえ、アナタが気にする事じゃないわ。
......本当に。」
そうは言うが、放っておくわけにはいかない。
彼女は側から見てもマシュの友達であり、彼女が辛そうであればマシュも辛くなってしまう。
だから、たとえ彼女自身が大丈夫と言っても首を突っ込む理由がこちらにあるのだ。
そう言うと彼女はまたため息を吐いて、観念したようにポツポツと話し始めた。
──それは、自分がカルデアに来る前。
「あの頃のマシュは何処か自分を諦めているようで── そう、人形みたいだった。
そんな彼女と私は友達になりたかったけれど...... 私はぺぺとは違うもの、出来なかった。」
そしてコフィンの中でレフの罠を受けて先日ようやく解放され、マシュとお茶会をして驚いたと。
あのマシュが、自身の感情を表に出して外交的に振る舞ったのだ。
自分にとっては見慣れた事であるが、Aチームにとっては驚くほどの変化。
「私達ではその変化を与えられなかった。
......無力よね、臆病でいれば誰も変える事はできず、かと言って歩み寄る勇気も無い。」
少し考え、メガネを外して腰のホルスターに手を伸ばす。
勇気が出ないのは仕方がない、誰であれ拒絶や否定に怯えるものだ。
だから勇気を出してもらおうと思う。
もう見たので大丈夫だとは思うが。
彼女はこちらの行動に疑問符を浮かべているが、次の瞬間その疑問符は驚きの『
それもそのはず、先ほどまで真剣に話を聞いていた人間がいきなり腰から銃を取り出して自分の頭に突きつけているのだから。
「──何をしているの?!」
勿論セーフティはかかっていない。
手を伸ばせば届くところではあるが、既にトリガーへ指がかかっている。
手でやるよりもこちらの方が確実だと言わんばかりに眼帯を投げ外し、ある言葉を叫ぶと同時に瞳が光り輝いた。
「私は、それが輝くさまを視ない!」
その輝きと同時にトリガーが引かれるが、弾丸が発射される事はない。
つまり脳漿がぶち撒けられる事はなく、唐突な拳銃自殺は未遂に終わった。
セーフティレバーをちゃんとしてホルスターに仕舞い、ホッと胸を撫で下ろして安堵する彼女の呼吸を落ち着けるように背中をさすれば、半ギレなんてものではない剣幕で問い詰められる。
「アナッ、タは! 何をしているの?!
急にこんな事──」
胸ぐらを掴みそうな勢いを諌め、でも勇気は出ただろう?と聞けば、ハッとした顔でその場に治る。
彼女には勇気があり、その上でその勇気を形として振るうことができるほどの力がある。
臆病を捨てて動いてくれたからこそ、こうして自分は生きている。
生きるか死ぬかを動かせたのだから、一人の女の子と友達になる事など造作もないはずだ。
とは言え......
「えっ?」
へなへなとベンチに寄りかかり、ズルッと力が抜けてしまう。
未来を見てわかっていたとは言え、怖いものは怖い。
ヨボヨボのおじいちゃんのようになってしまったこちらの足腰を見て、彼女は初めて楽しそうに笑った。
それが何と言うか......少し嬉しくて、自分も鸚鵡返しするように笑う。
「ふふっ......!
アナタがこうして先を歩いたから、マシュもああして正直になれたのかしら?
......そうね、その、そのうちで良いから、アナタが見てきた特異点のことを教えて欲しい。
ライブラリに映像はあるけれど、そこに行った人からの話でしかわからないこともあるから。」
勿論だと返し、遠くから寄ってきたニフラを頭の上に乗せる。
どうやらおやつのパンを貰ってきたようで、三分の一をこちらにくれた。
......欲張りがすぎないか。
「そう言えば、この兎はどこから来たのかしら?
ここは雪があるとは言え、そう簡単にカルデアに侵入できるとは思えないし。」
まあ神様なので。
「え?」
「──オフェリアさん、ご一緒にお昼の方はどうでしょうか!」
「ええ、喜んで。
......そうだ、マシュ。」
「はい?」
「アナタの先輩のお話、聞かせてもらえるかしら?」
「はい、喜んで!」
自室へ戻れば、机の上に麦茶。
重しとして使われたそれの下にあった紙には達筆で『礼』と書かれていた。
本当に良い先輩である。