朝早くから医務室に呼び出され、眠い目を擦りながら不機嫌さを表に出さないよう顔を取り繕って二、三度扉を叩いた。
いつものようにドクターの『どうぞ』という優しい返答が返って来て、それに感謝しつつ遠慮せずに扉を開ける。
椅子に座ってココアを差し出され、いの一番に聞かれたのは悪夢について。
これまでずうっと嫌な夢を見続けて来たが、幸いにもカドモンの遺言を聞いてから見たことは無い。
彼女が守ってくれているのかもしれないと言えば、彼はそうかもしれないねと安心した微笑みを見せた。
「それで、呼び出したのはある事を君にして欲しいからなんだ。」
そう前置いて言われたやって欲しい事とは、対ソロモンに向けたサーヴァントの選出。
いくら魔眼による魔術回路の増築、カルデアのバックアップがあるとしても自分のキャパシティでは無尽蔵に英霊を呼び出す、なんて事はできやしない。
だからこそ強力で、かつ連携が可能なサーヴァントの選抜が必要だというのだ。
そう言われてまず出て来たのはいつもの三騎だが、聞けば14人選べと。
そうなってくると話は変わるし、指示や作戦などに手が回らないところが出てくるだろうと返せば、ロマニは痛いところをつかれたと言いたげにため息を吐いた。
「そうなんだ、そこが少しね......」
......ひとつだけ考えついた事がある。
決していい考えとは言えない、二分の一を六回繰り返さなければいけない考えだ。
サーヴァント六騎をそれぞれAチームに任すというのはどうだろう?
レイシフト適性が下がっているとは言えゼロなわけじゃ無い。
レイシフト出来ませんでした、となっても死ぬわけでは無いだろうし、それに対ソロモン戦となれば残存する戦力を出し切ってでも勝たなければ。
「確かに。 じゃあ、Aチームに任せるサーヴァントは...... 君に任せよう。
それぞれが希望していたサーヴァントの情報はあるけれど、きっと君の方が僕より彼らを見ているだろうし!
じゃあお願いしても構わないかな?」
気安く返答を返し、ココアを飲み干した。
......薄いと思ったら、下の方に粉が固まっている。
そりゃあ美味しく無いよな......
というわけで、よろしくお願いします。
「ああ、よろしく。
......あの机の上にあるのは何だ? やけに散らかってるが......」
出来れば気にしないでもらえると助かる、そう言うとカドックは正直にそれから視線を切って、こちらを見据えながら椅子に座った。
ここは自室、昼前のこと。
早速先述の事を進めようと思い、手始めにカドックを呼び出した。
ドクターからもらって来たココアを差し出し、手始めに希望するサーヴァントのクラスを聞いてみる。
「キャスターがいい。
......キリシュタリアやオフェリアと違って、僕は基礎的な魔力量がそもそも少ない。
戦闘用サーヴァントではすぐにガス欠を起こすだろうからな。」
キャスター、確かに戦闘を特別得意とするサーヴァントが少ないクラスだ。
しかしソロモンの居城へ向かうということは必然的に戦闘があり、そこに例えばアンデルセン。
アンデルセンをマスターとの二人で置いてしまえば、きっとタコ殴りにあうだろう。
そうなると彼の要望とは別に戦闘がある程度できるサーヴァント、しかもある程度の魔力を賄えるタイプを探さなければいけない。
となれば、だ。
タブレットに彼と動いてもらう英霊を映し、彼女で構わないかと最終確認を取れば少しの思考時間をとって返答が返ってくる。
「アナスタシア・ニコラエヴナ・ロマノヴァ......
構わない、英霊達を見て来たおまえが言うなら
どうやら納得してもらえたようだ。
あとはアナスタシア側だが...... どうにかこちらの方でお願いしておこう、もちろんカドックからも歩み寄ってもらわなければどうにもならないが。
......アナスタシアの霊基再臨、終わらせなければ。
氷の生成をダヴィンチちゃんに頼んでおこう。
次の事に思考を移して立ち上がれば、まるで引き留めるようにカドックの声が鼓膜に刺さった。
何かと振り返れば、それは気軽で大事な日常会話。
「それと...... 以前教えたロックは聞いたか?
気に召さなかったら悪かった。」
とんでもない、好ましい音楽だった。
脳を揺らされるというのはああいう音楽を言うのだろう、学校に登校するときに聞けば重い足取りも羽のように軽くなって、ひとっ飛びできそうなほどだ。
「そうか。
......じゃあ、今度はおまえの好きな音楽を僕に教えてくれ。 ギブアンドテイクだ。」
「──ムゥアスタァ!!! そこで終わりではありません、あと一回、いや、あと10回!!
その10回が貴方の筋肉を勇気づけ、育み、そして友として高めていくのです!!!」
レオニダスの喝を受け、トレーニングルームにあるよく分からない器具を動かして20回目。
カルデアに来るまでろくに運動をしてこなかったのが響いたのか、ローマでは大変迷惑をかけた。
それ故に随分前からトレーニングを始めた、のだが......
レオニダスの指導は文字通りのスパルタ。
今日分のノルマはこれで終わりだが、このあとご飯を食べてすぐにローランやシャルルマーニュと剣術の訓練がある。
死にそうにはなるが、事実これが合ったからこそ色んな特異点を歩いてこれたわけである。
最後の一回をこなし、ヘロヘロとティッシュが空から落ちるかのように地面に倒れ伏した。
死にそう。
「マスターさーん、生きてますー?」
仰向けに寝転がれば、たまたま来ていた徐福がその辺から水筒を取り出し、オムライスにケチャップで絵を描くように口に叩き込んでくる。
普通に渡してくれればいいのにと思わないでも無いが、それでも水をくれるだけ嬉しいので良し。
どうにかベンチに座り込めば、今度はアイスバーが口に捩じ込まれる。
だから普通に渡せと。
「それにしてもマスター、貴方も
......いえ、悪く言っているわけでは無いのです。
帰る場所を無くし、無力感に苛まれ、心を砕かれ...... それでも諦める事をしない。
それは良き事ですから。」
「ほんとですよねー、使命なんて投げ捨ててぐっ様の事をやってた私が言えたギリじゃ無いですけど、たまには休んだら?」
そういうわけにも。
やれることはやっておきたい。
「うへ、聞き分けない......」
レオニダスと徐福に手を振り、シミュレーターに向かう。
思えばレオニダスとも付き合いはそこそこ長いし、キャメロットの対トリスタンではギフトの影響で攻撃が強烈になっていたのに耐え切った時は流石、と思ったものだ。
徐福も宝具なり何なりでそれをサポートして。
......あれがソロモンの持っている魔神柱にも出来るのなら、戦力として大きなものになるだろうか。
「よーし、いい太刀筋だマスター!! これまでで1番!!」
模擬刀を振り、ローランの脳天を破る勢いで振り下ろすがそれが届くことは無い。
両手で尚且つ体重を乗せた渾身の一撃であろうが片腕で受け止められてしまう、というのはなかなか心に来る。
そこから連撃を入れようと四苦八苦するがひとつも届くことはなく、結局疲れ切ってこちらが倒れてしまった。
やっぱりローランはすごい。
「おっと、嬉しいぜ!
......脱ぐか?」
「脱ぐなよ、絶対脱ぐなよローラン!」
ローランも凄いが...... いや、シャルルマーニュ十二勇士がそもそも凄いのか。
それぞれが一つ二つの欠点を持ちながら、実際に向かい合ってみればそれらがどうでも良くなるほどの格好良さ。
流石というかなんというか。
事実自分がカドモンに会うまで折れずに入れたのはシャルルの快活さのおかげもあるだろう。
常に元気で、気安くて、ちゃんと周りを見て動ける。
彼は自分の友であり目標でもある。
「マスター、俺は!?」
ローランは...... めちゃくちゃ強くて素敵なパラディン?
そういうとローランは目を輝かせ、脱皮でもするかのように服を脱ぎ捨てて少年のように草原を駆け出していく。
シャルルマーニュが止めるが、すでに遅し。
「イエーッ!!!」
「ローラァァァァアン!!!」
それはそれとして綺麗な体であった。
ふぅ、と息を吐いて座り込み、綺麗な空へと視線を移しながらシャルルマーニュの声を聞く。
「マスター、実はな。 俺はアンタの事を誤解していた。
巻き込まれてプレッシャーに押され、仕方なく人理の修復をやってるんだと思ってた。
でもさ、マスターはマスターとして覚悟の上でやってたんだって気づいたんだよ。
だから俺はついて行くぜ! 我が命は君の為に......
──ってな!」
拳を突き合わせ、笑い合った。
二人の笑い声と優しい風、ローランの裸が、草原に広がっている。