白い息を吐く。
体が熱い、血が迸って全身が軋む。
確かにこの力、『ゲーティアと戦える
これを持つべきは神に属する者なのだろうが── 今この瞬間この時において、人と神の境界線はここに無い。
ただ使命を成すために動く両者のぶつかり合いである。
「貴様ら!!」
ゲーティアがその腕をめいいっぱい広げると、体に入った亀裂の隙間から幾重にも重なる様な瞳がこちらを覗く。
未来はアレが五月雨の如き矢となる事を教えてくれた、ならば回避しないわけにはいかない。
──だが、それは次につながる行動か?
回避行動に入っていた足を止めて、大きく開いて踏み込んだ。
一つ先の未来、激痛を避けるだけならそれで構わないだろうが、この戦いにて知るべきは
自分の成すべき事を成すために右手へ力を込める。
「──僕を信じて!!」
叫ぶ。
これが今の在り方。 言ってしまえばマシュを猿真似しただけの、情け無い守人。
だが、今までもそうだったはずだ。
非力なマスターが少し変わっただけでしか無い。
既に決まった因果をグッシャグシャに掻き回して、その中から出てきた勝利という輝きを掴むためにする事は一つ、酷く馬鹿正直な正面突破。
そんな特攻隊の両翼を行くは神と王。
両者共に口角を上げ、『そうでなくては』と笑みを浮かべた。
「ああ、最初からだ、マスター!!」
「良いな、とても良い。 それでこそだ。」
光の螺旋から抜け出した2人の英雄に気付くのが遅れ、ゲーティアは咄嗟に閃光を止めて防御姿勢に入る。
しかし令呪によるブーストと命令により解放されたリミッターにより彼らは堅牢な体皮を切り裂く力を与えられ、筋骨隆々の腕と胸部に傷を付けた。
予想だにしなかったこちらの行動、そして先ほどまで圧倒できていたはずのサーヴァント如きに遅れをとったという事実が憐憫の獣の動きを止め、その顔面に平手打ちの様な盾の殴打が加えられる。
「ヌウッ!?」
「ゲーティア!!」
盾での戦闘というのは映画に登場するキャプテンの様にうまく行くものではなく、防具としてならともかく攻撃にはてんで向かない便利とも不便ともならないもの。
加えて、自分にとってこの様に近接戦闘する事はカドモンとの一戦以来であった。
力の付与があるとは言えブランク有りの自分がどうしてゲーティアの反撃をシールドで受け止め、返しの一撃を入れられているのか?
それはひとえに、
『はぁぁっ!!』
「──マシュならこうした!」
恐れ、怯え、勇気、力と技。
彼女は自分の目の前でそれを見せてくれたのだ。
彼女にとってそれらの動きは『マスターを近くで守る』という思考に紐づいた行動だったのだろう、しかし僕にとっては、いわば継承の義。
彼女が見せてくれた勇気を持って立ち向かう。
──しかし、攻勢はそう長く続くわけではない。
防御の手を翻し、テスカトリポカとシャルルを蹴りと振りかぶった拳で一蹴すると、こちらを構えた盾ごと殴り飛ばした。
足は地面に踏ん張るよりも先に宙へ浮き、壁に叩きつけられてえずきと共に崩れ落ちる。
そこに間髪入れず殺意の拳が届けられ、思わず左手で防御する、が。
「──がっ、ァァァァアああっ!!!」
肩口の根本から千切れ、気の飛びそうな激痛と共に左腕は奈落へと落ちていった。
涙を流して苦しみ悶える暇もなく頭を鷲掴みにされ、神々しさと不気味さを同居させた様な獣の顔面が視界いっぱいに広がる。
「知ったか、貴様は何をしようと人間だ!!
神でもなく怪物でもなく、何かを極めているわけでも戦いを愉しんでいるわけでもない、英雄になり得ない愚かなただの!!
人間の貴様が何故立ち向かう?!
貴様を突き動かしているものは、一体何だ!!!」
その声に超越者の様な余裕はない。
ロマニにガワを剥がされ、自分が信じる事、成すべきことにしか縋れない1人の人を見ている様な気分。
だから、笑んだ。
べっ、と舌を出して子供を挑発する様に笑った。
喧嘩で負け惜しみを吐く子供の様に。
「うっせ...... バーカ......!」
「──ならば死ね。
マシュ・キリエライトに詫びながら、絶望と共にこの世界から消え失せろ!!!」
空いた片手によって繰り出された拳。
──しかしそれが届く事はなく、背後に突き刺さった光の衝撃により手を離し、落ちる自分の体をその光が受け止めた。
シャルルの手に包まれながら間合いを取り、礼装の応急処置能力で左手の出血を止めた。
正直言ってさっきの特攻、あれを切り抜けられたのは良いが、その代償として受け止めていた右手の握力がもうほとんどない。
しかしやらねば。 持ち手と盾本体の間に生まれた隙間に右手を突っ込み、落ちない様に持ち上げてからゲーティアへ向き直る。
全力を出せるのはあとどれくらい?
わからない。
「この世界は狂っている!
その狂気を、たった1人消えるだけで修正出来ると言うのに...... 何故だ!?」
......そうだ、この世界は狂っている。
でも砕きたくない、自分が歩いてきた過去、ここにいたる現在を否定されるのは嫌だ!!
「兄弟、やってみせろ。
神であれ人であれ、捧げられた命があるのならその光に感謝し報いるべきだ。
......それを成した時、
気張れ、わかるな?」
「......うん、ああ。 バッチリ。」
テスカトリポカの言葉に頷き、手元に見える白いモノに目を落とした。
『二兎追うものは一兎をも得ず』という言葉がある。
これはまさにそれだ。
正直嫌だ、失いたくはない。
だが......それでも成さねば。 我が儘を通すには、受け継いだものが多いから。
『いいよ。 食べて。』
「ありがとう、ニフラ......」
ゼリーの様に一兎を飲み込めば、逆再生の様に左手が生えてくる。
邪魔になってしまっていた手袋を取り出し、新しくなった手のひらに装着する。
ただ一言、行くよとだけ。
その言葉を呟くと同時にシャルルマーニュが走り出し、先手を打たんと冗談から切り掛かった。
だがゲーティアは見逃さない。
対空する様に地面から残った魔神柱の切れ端を射出し、空中の人影を貫いた──かの様に見えたが、それはフェイク。
王らしくあるためのローブが身代わりとなり、本人は既に懐の内。
光り輝く王勇が炸裂した。
「──無限の色彩よ、我が王権よ。
全て、全てこの輝きに屈せよ!
その名は! 『
行け! テスカトリポカ!!!」
「グッ、オオオオオオオ!!!」
「思い出せ。呼び覚ませ。
始まりの世界、ナウイ・オセロトルの黒い陽を。
『
これより行うのは正真正銘、最後の未来視。
テスカトリポカの展開した冥界に突入し、目指すは一点ゲーティアの胸。
最後の抵抗と言わんばかりの光線を頬を焼かれながら回避し、渾身の力を、思いを込めてシールドを投げつけた。
風を切って飛んでいったそれはもう少しと言うところで掴み防がれ、ゲーティアは嘲笑うように必死な声色て叫ぶ。
「結局貴様はこの程度だ!!
その力では殺す事など──」
「まだ、まだ
そう、僕が見たのは『ゲーティアが盾を受け止める未来』ではない。
その未来は正真正銘の
残ったもう一体のウサギを投げつければそれは光り輝き、あっという間に人となって蹴りで盾を押し込む。
ナイフがケーキを切る様に、ザックリと盾の鋒が獣の胸に突き刺さった。
「オオ、オォ、オオオオオオオオオオ!!!!
矮小な複合神性如きに、など......!!」
「矮小で結構!!!
私は信じてくれる人を信じただけ!!
──行って、マスター君!!!」
ニフラに礼を伝え、走る。
一つの決着、一つの未来を求めて。
「貴様、貴様、貴様ッ!!
貴様だけが邪魔だ、貴様1人だけが!!
1人の人間を排除すればいいと言うのに、何故こんな人間一人を、
崩れていく......!
「──終わりにするぞ、ゲーティア!!」
「終わりなど我々の前で語るな......!
まだ貴様を殺す意志は、貴様を殺すための拳は残っている!!」
固く拳を握った。
ホルスターに手を付けた。
「──お前という人間の真価を、我々は計れていなかった。
不愉快だが聞こう! 何故貴様は屈しない?!
何故戦う?! 何故、何故!!
何故ここまで、戦えたのかを──!!」
「......空っぽを埋めてくれた友達の為に、託してくれた人達の為に!!
──死が怖くても、成すべき事を成す為に!!」
拳を避けながら銃を構え、手袋の集中力強化を起動。
引き金へ指をかけ、力強く叫んだ。
「──それが僕自身に僕が課した、ただ一つの
弾丸が発射され、それは盾の曲面に反射してゲーティアの脳天に突き刺さる。
「人理を守る為でなく、友達の為......?
は、ははは、我々の間違いだ、過大評価にもほどがあった。
死を恐れながら永遠を望む我々を打倒し、それで守ろうとしていたのは両手で囲める範囲など。
何と言う愚かさ、救いようは無く手に負えぬ。
はは── ははははははははははははッ!!!!」
未来は見えなくなったが、確かにこの手に掴んだのだ。
血の出る右目を抑えながら、物憂げに天を見上げてみた。
空は勝利を祝って光り輝く事などせず、いつまでも変わらないままだった。
ゲーティアを打倒し、限界を超えた魔力放出で片腕の吹き飛んだシャルルマーニュ、傷だらけのテスカトリポカと共に帰路へ着く。
勿論ニフラは力を使い果たし、ウサギになって肩の上だ。
ダヴィンチちゃんが言うに、全ての話は後、今はただ帰還ポイントに向けて走れと。
悲しみを振り切る様に走って、走って走って──
立ち塞がった、それとも待っていた?
どちらでも意味が変わる事はない、佇む眼前の人間と向き合った。
「それが、
「そうだ。 ようやく共通の見解を持てたな。
お前を生かして帰すつもりはない、私と共に、ここで消え果てるがいい。
......人理焼却は無効となり、私も七十二柱の残滓に近い。
たとえここで何をしても敗北は覆らない、結果は何も変わらない。
何の意味もない戦いだが、私にも意地ができた。
その意地をもってここに立とう。」
「──それでも、僕には成さなきゃ行けないことがある。
貴方を止めて、進む。」
「それでいい、私は譲れないもののために君を止めよう。」
ゲーティアが高速で懐に飛び込み、まず手始めに周りを浮遊している指輪、それから出てくるレーザーでシャルルの足を切断し、蹴り飛ばした。
テスカトリポカも槍を刺そうとするが砕かれ、何らかの魔術で吹き飛ばされる。
「──譲れないものがあると言った。」
そう呟いたかと思った次の瞬間、自分の視界が揺れて意識が遠のく。
心臓を叩かれたか?
聞こえてくるのは薄れていく心音と、皆の声、だけ──
「終わりにしよう。」
「マスター、マスター!!!
──テスカトリポカ、ニフラ!! マスターを!
守るぞ、ジュワユーズ!!!」
全ての決着をつけようと、ゲーティアが光線を放とうとした瞬間。
シャルルマーニュが剣を抜き、片手片足のままインターセプトに入る。
それは身を削る魔力放出。
苦悶の表情を浮かべながらその熱を受け止めるシャルルマーニュの背後では、テスカトリポカがマスターの心音を確認していた。
「──
......嬢ちゃん、着いてこい。」
「助かるのよね、彼は助かるよね!?」
「......ま、アイツの返答と王様の耐え次第だがね。
行くぞ。」