イケニエのニッキ   作:チクワ

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獣を超えた先にあったモノ

 

 霧が立ち込める地平線。

 目が覚めて立ち尽くしているここは時間神殿とは似ても似つかない静寂の世界。

 何故こんなところにいるのか? 頭を回して見れば、至極簡単な事だとすぐに理解した。

 

 ──僕は恐らく、人となって立ちはだかったゲーティアに殺されたのだ。

 であればここは冥界か。

 驚くほど冷静な頭に自分でも驚きつつ、死してなお満たされる感覚を覚えたこの領域を歩く。

 

 

 ......アステカ神話において、戦いとは試練だ。

 試練に負けて死んだ者はテテオカンという楽園に送られる。

 東、西、北、南。

 それぞれ戦死者と人身御供、出産で死んだ女性、子供を受け入れるが、唯一その役割が明確にされていない楽園がある。

 それは北、静寂と休息を与える領域、ミクトランパ。

 

 そしてその支配者は──

 

 

 

 「──来たか。 まぁ、座れよ。」

 

 死を運ぶ全能神、テスカトリポカ。

 彼に誘われるまま丸太の上に腰を下ろし、静かに、けれど確かな熱を持って燃え盛る焚き火に目を下ろした。

 

 「疲れているんだろう? 少し休め。

 だが、目は閉じるな。

 ......今までの戦いで死者が出なかったのは実力に裏付けられた必然じゃない、いわば運、偶然だ。

 そして運は平均化する。

 運悪くそれを受けたのが、盾のお嬢とあの男、そしてお前だったと言うだけだ。」

 

 それはそうだ。

 そこに対しての反論は無い。 最初から、運が良かったからレフの爆破を避けられた。

 シャルルマーニュやアースさん、テスカトリポカを召喚することができた。

 そう、全ては運と── そこに付随する運命に導かれていたのだと。

 

 ふと空を見上げれば、映ったのは崩壊する時間神殿の一幕。

 助けに来てくれていた英霊は皆退去し、残ったのはシャルルとテスカトリポカのみ。

 シャルルマーニュはその身を削りながら、既に魂の消え失せた自分の身体を守っているでは無いか。

 腕が飛ぼうと足がなくなろうと目から希望を消さず、前を向き続ける。

 それは王として、僕の憧れた格好の良いシャルルマーニュそのものだ。

 何に命令されるでもなく、丸太の上から腰を上げる。

 

 「......戻りたいんだ。」

 

 「アレは死んでいるお前とは世界が違う。

 それでも辿り着きたいと?」

 

 「まだ、成すべきことがあるから。」

 

 「そうか。

 ならば武器と交換に道標を授けよう。

 ......と、言いたいところだが、既に受け取っていてね。」

 

 そう言って笑ったテスカトリポカの手の内には、にこやかに手を振るニフラの姿。

 色々、溢れそうになった感情を抑えて一言、『ありがとう』とだけ。

 だが、ただ助けられるのは嫌だ。

 これは抵抗でもあり一つの決断、意思表示でもある。

 拳銃を取り出し、テスカトリポカに投げ渡した。

 

 「──目を疑う愚かな判断だが、同時に目を奪う決断だ。

 受領しよう。

 お前を死の運命から遠ざける。

 これはれっきとした取引、ビジネスだ、泣きそうな顔などしなくて良い。

 ......この武器に込められた願いを手放す覚悟に、オレは賞賛を贈ろう。 

 名を聞いていなかったな、カルデアの男。」

 

 「僕の、名前は......」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 叩き起こされた様な衝撃や音と共に立ち上がり、テスカトリポカに指示を出してシャルルマーニュを光から引き剥がす。

 その肉体、霊基はぼろぼろで、もう戦うことすら難しいだろう。

 

 「ごめん、シャルルマーニュ......」

 

 「謝罪は要らないさ、よく戻ってきてくれたよ、マスター。」

 

 ゲーティアが表情を変える事はない。

 まるで帰ってくる事を信頼していたかの様に、真っ直ぐとこちらを見つめてくる。

 その目に燃えているのは、手に入れたばかりの執念か。

 

 「──我が怨敵、我が憎悪、我が運命よ。

 どうか、このわずかな時間に残る私の物語を見届けて欲しい。

 このあまりにも愛おしい時間こそ、ゲーティアと名乗った者に与えられた()()()()()だ。」

 

 「......うん。」

 

 テスカトリポカもシャルルマーニュも、加えて自分もほとんど限界だ。

 残っているのは令呪一画に擦り切れて使えなくなった魔眼だけ。

 

 しかしそれはゲーティアも同じ事。

 すでに体は崩壊を始めており、この戦いを終えた暁にはどの様な結果であれ消え去って行くだろう。

 だからこそ。

 次のぶつかり合いが最後になるだろう事は、この場にある皆が理解していた。

 

 マシュの盾も無ければニフラもおらず、カドモンの銃も手元から消えた。

 ──ここからは意地だ。 人王ゲーティア。

 二人に目配せし、誰がゴングを鳴らすわけでもなく走り出す。

  

 「がっ、ぐ......!!」

 

 ゲーティアの放ったレーザーが脇腹を貫き、内臓を焼き尽くす。

 しかし止まる事はない。

 進む事をやめると言う事は敗北だ、その敗北を許したらここまでの軌跡を全て否定することになる。

 

 テスカトリポカが霧を生み出し、ゲーティアの視界を曇らせると同時に視界外からの連撃を繰り出す。

 まるでゲリラ戦法の様なそれは確かに身を削いで行くが、どんな戦法であれ慣れと言うのは訪れる。

 人王は光を剣の様な形で形成し、テスカトリポカの突進に合わせて心臓へと突き刺した。

 血液が口から溢れ、拳あたりまで入った腕を汚す。

 ──ここまでは人王も対応できたろうが、ここからが真骨頂。

 

 「悪いが、まだセノーテに落ちるわけにはいかなくてね......」

 

 「──っ!」

 

 テスカトリポカかは自分を貫いた手を掴み、それを封じ込める。

 と同時に、霧の中から出てくるはずのない英霊が現れたのだ。

 それはシャルルマーニュ。

 足を失ったのであれば、片足で走る事などできない。

 しかしシャルルマーニュは走ってきたかの様な勢いと力強さを持ってその剣を槍に変形させ、自身が焼かれることも厭わずゲーティアの体にぶつけたのだ。

 

 「──借りるぞアストルフォ!!!

 『触れれば(トラップオブ)転倒!(アルガリア)』!!」

 

 それはシャルルマーニュのスキルによるもの。

 聖騎士帝である彼はジュワユーズを他の十二勇士の武器に変え、宝具すら扱うことができる。

 そしてゲーティアも理解した。

 何故シャルルが現れたのか。 それはひとえに、身の回りに展開するこの霧こそ、その元凶。

 テスカトリポカの権能だ。

 

 シャルルの扱った宝具は、槍先で突いたサーヴァントの脚部を強制的に霊体化、立ち上がらせなくするもの。

 ならばトドメを刺すもう一人がいる。

 

 それは霧の中から現れ、ジュワユーズを掴み、令呪を輝かせる者。

 先程貫いたはずの脇腹は手袋による治療魔術で軽く修復されており、令呪による純粋魔力を得たジュワユーズは伝説の通りにその刀身を輝かせる。

 

 「くっ!!」

 

 しかしまだ終わっていない。

 予想外でこそあったが、ゲーティアとマスターの距離は遠い。

 今からでも反撃すればまだ撃ち落とせる── 筈だったが。

 

 「テスカトリポカ!!!」 

 

 その一声と同時に、放ったはずの光線は何故かシャルルマーニュに着弾した。

 それはテスカトリポカの力、先と後の入れ替え。

 つまりマスターは──

 

 「──ウォオオオ!!!」

 

 懐に入っているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 迸る何かが手を伝わって剣に行く。

 僕は聖騎士帝では無いし、全能神でも無い。

 それでも意地がある、成すべきことがある。

 

 「行け、マスター!!」

 

 だからたとえ偽物でも叫ぼう。

 これが僕にできる、初めて見た宝具の──!!

 

 

 「王勇を示せ、遍く世を( ジュワユーズ)巡る十二の輝剣(・オルドル )!!!!」

 

 

 それは、偽物としか言えない宝具。

 十二本の剣など何処にも無く、繰り出されたのは五大元素を操るジュワユーズの力を少しだけ使った、サーヴァントからすれば貧弱な一撃。

 

 それでも、思いがこもっていた。

 その一撃は崩壊を始めていた人王を両断するのに、過不足無い一撃だったのだ。

 

 

 

 「──いや、全く。

 不自然なほど短くて面白いな。

 人の、人生というやつは......」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「シャルル、テスカトリポカ......」

 

 「行け。 お前は勝った。

 なら勝利者として、帰れる場所へ帰るべきだ。」

 

 「俺たちはもうダメみたいだからな......

 我がマスター...... いや、俺のマスター。 お疲れ様は、カルデアでな!」

 

 

 消えて行った彼らを見送り、応急処置しか出来なかった脇腹を抑えながら走る。

 激痛、疲労、色々なこと。

 その全てが足枷の如く重しとなり、帰還点への足取りを遅くさせる。

 

 『マスター君、カルデアも時間神殿から離れ始めた!

 急ぐんだ、君が帰ってくる事をAチームも待っている!!』

 

 そう言ってくれるのはありがたい。

 ダヴィンチちゃんは優しい......

 

 「......はあ。」

 

 階段に転び、崩壊する中で地面に座り込んだ。

 もう走る事も歩く事もできない、お手上げ状態というやつ。

 まだやるべき事は残っている、待ってる人もいると言うのに...... 何故だろう、何処か満足していたのだ。

 

 結果良ければ全て良し、過程良ければ全て良し。

 僕はきっと後者を求めていた。

 

 仲間と走ったこの一年を、後悔や怒りに攫われそうになったこの一年を。

 日記に書き記してきたこの戦いを。

 全ていい思い出として、この胸に抱こう。

 

 ああ、眠たい。

 

 「......ネックレス、揃わなくなっちゃうな。」

 

 

 

 『──それを許すと?』

 

 刹那、手に握った黒曜石のネックレスから光と鎖が溢れ出た。

 その鎖は自分の体に巻き付くと、帰還点から現れた人影の手元へと収まっていく。

 信じられなかった。

 嬉しかった。

 

 そこにいたのは──

 

 「──マシュ! アースさん!!」

 

 「まだ諦めないで、先輩!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『──起きて、私の信仰者さん。』

 

 頬を舐められる感触に瞼を開けば、そこにいたのは覗き込む瞳。

 兎のそれに驚きながらも、良かったと抱きしめた。

 

 『起きたー!!』

 

 「おかえりなさい、先輩!!」

 

 

 結果として、人理修復は成された。

 ダヴィンチちゃんからの話を聞くに、明日からは魔術協会の使節団が来るらしい。

 人理焼却にて失われたものは、たくさんあった。

 ロマニも、この一年も。

 それでも僕たちは帰ってきた事を喜ばずにはいられないから。

 

 「帰って来たか。

 ......カドックの電話番号を渡しておこう、一般人に戻った後もカルデアへの連絡は兎も角、個人的な電話なら可能なはずだ。」

 

 「待てデイビット、何で僕のなんだ? キリシュタリアのを渡せばいいだろう?!」

 

 「はっはっは。

 カドック、僕は携帯電話を持っていない。 頼んだよ、君がテーマパークへの鍵だ。」

 

 

 

 「......そう、魔眼は無くなってしまったのね。

 でも...... アナタが帰って来て本当に良かった。」

 

 「後輩、後でお茶買って来なさい。

 お釣りは要らないわよ。」

 

 

 「ふふ、流石ね。

 私も似合わないのに、手に汗握っちゃったわ。」

 

 「はぁ〜あ、これから退屈ってやつかねぇ?」

 

 

 Aチームも皆、生きている。

 

 ふと気になった。

 人理が戻って来たのなら、外はどうなっているのだろう?

 ダヴィンチちゃんに聞けば自分で見た方が早いと。

 

 その言葉に誘われるまま扉を開けば、そこに広がっていたのは一面の銀世界と晴れ渡った青空。

 優しい光が体を包み込んで── 思わず、涙が出た。

 

 

 「......やった。」

 

 

 小さく喜びの声を漏らす。

 

 

 「マスター、隣いいかい?

 ......うーん気持ちいいな!! やっぱり青空ってのは良い、最高の気分だ!」

 

 「よう兄弟、夜は切り抜けた様だな。

 それとそこの兎はネックレスの代金だ、置いていくぞ。」

 

 「いいの?」

 

 「取引は公平で無くちゃならん。 あの銃込みで考えれば、その兎はお前の元に戻すべきだ。

 だから素直に受け取れ。」

 

 『これからもよろしくね! 普通に喋れる様になったから!』

 

 「......改めてよろしく、ニフラ。」

 

 

 残ってくれた彼らと語らう中、一つだけ疑問に思ったことがある。

 アーキタイプ:アースは何処へ行ったのだろう?

 

 「姫様なら...... おっと、噂をすればだ。」

 

 「......」

  

 ──ダヴィンチちゃんが言っていたが、今カルデアに残っているのは職員やマスター、それと『マスターの先が気になって残った奇特なサーヴァント』だけらしい。

 優しげにこちらを見守るアースさんに走って抱きつき、困惑する彼女に出来る限りの感謝を伝える。

 

 「その、えっと...... 鎖とか、色々と......

 ありがとう。 僕は貴女が大好きだ!」

 

 「......ええ。 よくぞあの獣を超え、ここに辿り着きました。

 貴方が私や彼らに向ける様に── 私も、貴方が好きなのでしょう。

 ......ああ、私は。 貴方にそう言ってもらいたかったのかも知れない。」

 

 

 

 

 

『──以上が、僕がマスターだった1年間です。

 これらは全て真実であり、2016から2017の間に起きた事。

 誰が信じまいと、確かに残った事なのです。

 この言葉を持って、この日記を最後のページにしたいと思います。

 

             2017年1月2日 元マスター』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2017年の春、僕は受験生となった。

 右手の甲にはもう何も無く、右目に見えるのは前の席にいる男子の頭。

 朝のホームルームを眠気の残る頭で待っていれば、先生と共に現れたのは金髪で驚くほど身長が大きい女の子。

 男の先生と同じか、それ以上はあるだろうか。

 

 「はいホームルーム始める前に、今日から授業を一緒に受ける転校生です。

 自己紹介出来る?」

 

 

 「え、えっと...... 奈良、から来まし、た。

 加藤・グラハム・未来、です...... よろしくお願いします。」

 

 

 びっっっくりした。

 そのまま先生に導かれる形で自分の隣に座ったが、その日の授業は昼ごはんまで全く手につかなかった。

 昼時、弁当を取り出して食べようかと思えば、隣で加藤がオロオロとしている。

 何事かと覗き込めば、どうやら昼飯を忘れた様子だった。

 

 椅子を引っ張り出して彼女の机の前に置き、鞄の中からおにぎりを取り出して差し出す。

 

 「どうぞ。 美味しいと思う。」

 

 「あ、ありがとう......」

 

 すると彼女は優しくそのラップを剥がし、目を輝かせながら食べ進める。

 どうやら梅干しに出会ってしまった様で、慣れない酸味に彼女は口を窄めた。

 ああ、懐かしい。

 

 「美味しいけど酸っぱい...... 」

 

 「唐揚げならあるよ、食べる?」

 

 「食べ、まふ!」

 

 よく食べる。

 喉に詰まらないかが心配だったが、杞憂に終わりそうだ。

 水を飲んだ彼女に向き直り、軽い問答を交わす。

 

 「学校、怖い?」

 

 「......少し。」

 

 「僕も。 どうせ僕も、この学校に友達が居ないんだ。

 去年転校して来てさ、空白の一年があったから。

 どうだろう、友達にならない?」

 

 「え、いいの!

 なるなる友達!」

 

 

 

 

 「......友達って何すればいいの?」

 

 「自己紹介かな...... 僕はマス、じゃない。

 ──僕は平沢、平沢 悠太(ひらさわ   ゆうた)。」

 

 「えーっと......俺? 私?」

 

 「どちらでも。」

 

 「じゃあ私は加藤(かとう)・グラハム・未来(みらい)

 前は大っきいから『加藤モンスター』で『()()()()』って呼ばれて、ました。

 よろしくね、ゆーた!」

 

 「よろしく、加藤。」

 

 

 

 きっと他人の空似だろう。

 それでも手を伸ばさずには居られなかったのだ。

 

 僕と同じ2色の目を持った、転校生に。

 

 

 

 

 

 

 

 

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