それはひどく乱暴で
月を見上げてどれだけ経ったのだろう。
私は私がわからない。 誰かを記憶に残す事もできなければ、誰かの記憶に残るわけでもない者だ。
ただ一つわかる事はある。
私は......
カルデアから離れ、2年が経った。
今現在自分は高校二年生。 コンビニの死角で少し伸びて来た髪の毛を退かしながら、スマホに映る動画サイトを下へ下へとスライドしている。
結局、今の今まで長野県に戻る事はなく、進学先も東京だった。
特別頭が良いわけではなく、本当に可もなく不可もなしな高校だ。
加藤は『授業が退屈だ』と言っていたが、それは頭のいい奴ができるサボりの口実であり僕の様に必死で勉強している男にとっては、親の仇の様に憎むべき思考である。
......あくまで憎むべきは思考そのものであり、決して加藤が嫌いなわけではない。
ただ顔を急接近させてくる事はやめていただきたい、どうにもカドモンと混同してしまう。
「悠太ー? 麦茶買って来たぞー?」
さて、待ち人来たれり。
夏の昼間、特に夏休み突入の知らせを告げる終業式の後は欲に任せて走り出したくなるが、そういうのは明日から。
今日は大人しく飲み物を飲み、友との帰り道を楽しむ時だ。
思えば奇跡の様な再会だ。
サッカーが強い高校ではあるが、まさか誠や日向が来ているなど誰が予想できよう。
......この世界では増長天、持国天は地上への侵攻をしていない。
サッカーのプロを目指している誠もスポーツトレーナーを見据える日向も、ある種正常な因果に戻った、ということか。
考えるのはここまで。
さっさと誠の元へ赴き、お茶を受け取って自宅へ帰ろう。
「ありがと── ?!」
──と、感謝を伝えようとした口が封じられる。
同時に目にも何かを被され、抵抗しようにも唐突な眠気や倦怠感が全身を襲った。
死角に立って日陰にいた事が災いし、恐らく誠が気づく事はないだろう。
なすがまま車に連れ込まれ、ドアが閉じられる音と共に意識が途切れていく。
「──うわっ、危ねえ車!
悠太ー? 何処......って、これ悠太のスマホか?
......本人、居ねえけど?」
それは可笑しな話だ。
自分が他人に誇れる友は手から物を落とすところを見せた事がない。
加えて置いていくなどおかしい。
......さては部活中の二人に会いに行ったか?
試しに電話をかけてみる。
『はいはい、今帰るところだけどどうしたの?』
「そっちに悠太居ないか?」
『ゆーた君なら居ないよ?
俺の方は今ヒナちゃんと一緒に帰るところだし...... 何かあった?』
「いや、な?」
「──というわけ。」
『うーん...... どうだろ、その近くに彼のお母さんがいる会社があるはずだから、心当たりがあるか聞いてみるといいかも。
ヒナちゃん背負ってそっちに行くから私が着くまで動かないでね!』
『ギャ?! やーめーろー!!』
電話が切れ、静寂の駐車場にひとりぼっち。
恐らくそこに居たはずの親友、その残滓を見つめながら、ポツリと誰にも聞こえない声でつぶやいた。
「......何処行ったんだよ、悠太?」
生贄、というものがある。
村や国、大小様々だが信じられた神様に人間が送る、貢物の様な感じ。
多くは豊穣祈願、災害避けを願って行われる。
生贄として扱われるものは家畜動物だったり、何でもないその辺の適当な動物だったり。
......時には、人間が扱われることも。
さて、話は変わるが日本にも生贄文化はある。
長野県のとある町、そこでは土着信仰の末に生まれたとある祭りの中で人を生贄として、
そしてその祭のラストは──
眠りから覚め、起きたのは布団の中。
服は着替えさせられ、死装束の様に真っ白な着物の下には何も着せられていない。
布の擦れる感覚に気持ちの悪さを覚えながら起き上がると、すぐ横の座布団に座る二人がいた。
その二人は何年経とうと変わらない表情でこちらを見つめ、ニタリと笑ったかと思えば涎を垂らす。
「よく帰って来たぁ、悠太......
お前があの女に連れて行かれたせいで、かの神に捧げるべき祭りが三年も遅れてしまったよぉ。」
「ほっほ、とはいえ見つけ出せた事には喜ばねばなりますまい。
そりゃそうだろう、髪を切ったのは自分の意思だ。
偶然に髪が伸びていたから奴らに見つかったが、それはそれで好都合。
正座のまま深々と礼をし、身内の粗相を謝罪する。
勿論形だけのものであるが。
「申し訳ありません、お手数をおかけしました。
ですが心配なさらぬ様。 私は...... 女も男も味わうことの無い、清廉な身でありますので。」
2人の片割れ、坊主の小太りが近づいて来て顔を寄せる。
あらい鼻息が耳にかかるが、もう気持ち悪いとすら思えない。 慣れてしまったものだ。
「そぉうかぁ......!
うんうん、それは良し良し! なんであれ、
......だが、求める様なら言うんだよぉ?
ウフ、ウフフフ!!」
「お戯れを。」
ああ気持ちが悪い。
自分の遺伝子にこの男のものが二分の一で入っていると思うと吐き気がする。
だから僕はこの町が──
『やめて、やめて......!』
『フフ、いい具合だぁ......!』
『ごめんね、悠太......』
『逃げるんだ。』
『私を食べたのに辞めちゃうんだ。』
『望まれたらやらなきゃねえ。』
『どうせ死ぬなら役に立とうよ。』
『どうせ死ぬんだから、ほら。』
『やれよ』
──僕は母を見殺しにしてのうのうと生きるこの町が。
母の愛を呪いに変性させたこの町が、大嫌いだ。
「ごめん下さ〜い。」
コンコン、と二度ノックする。
ここはとある雑誌の編集部、確か漫画誌の部署だったか。
「うおお、萎縮する......
本当にここであってんの?」
「この前来たから間違いなし! 巨人に乗ったつもりで安心してね!」
「......あ、このマンガ見たことある!」
怖がってるマコちゃんやその辺に置かれた有名マンガの看板に目を惹かれるヒナちゃんを尻目に待っていれば、扉を開けて小さめの女性が現れた。
その目つきは鋭く、声もドスが効いて低い。
しかしこちらを見るとすぐに理解してくれた様で、心を許した優しい声へとその姿を変えた。
「あ゛ぁ、誰ー...... あら未来さん、どったの?
「「「こんにちは!!」」」
「おお、現役は気迫があるなぁ。
柊さんと牧原さんね、悠太から話は聞いていますよー。
......忘れてた、それで?」
「それが...... ゆーたが、消えてしまったんです。」
私は、その時の彼女の表情を忘れる事はないだろう。
絶望や後悔、懸念や疑問に贖罪。
その全てが混ざり合った、まるで色を混ぜすぎた絵の具の様な表情。
それはきっと、私の知らない彼らの過去にあるはずの物だと言うのは心で理解できた。