イケニエのニッキ   作:チクワ

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残酷に課された私の使命

 

 テレビも無ければスマホも無く、大変暇な故郷の夜。

 脱走をさせない為に連絡手段を断つのはいいが、仮にも僕だって年頃の高校生だ。

 一つ二つはマトモな遊び物、本の一冊でも置いていってくれれば良かったのに。

 

 しかし何をしていなくてもお腹は減る。

 食糧がないかと部屋を歩き回っていれば、固く鍵のかけられた扉の前にあったのは段ボール。

 開けば野菜や魚、肉が入っており、これだけ見れば悪くない待遇だ、キッチンもあるし。

 ......ただ、スーパーの特売シールぐらいは剥がして欲しい物だが。

 神に捧げると言う建前があるなら、もう少し良い暮らしをさせて欲しい物である。

 アステカの一年テスカトリポカの文化なんて、神になれるんだよ?

 

 適当な食料をキッチンに引っ張り出し、まな板の上に乗せた魚を見下ろす。

 彼が何か悪い事をしたわけではない。

 ただ...... ただ、溢れる怒りが抑え切れなかった。

 

 右手に持った包丁を握り締め、思い切り──

 

 

 

 

 

 ダン、というハンドルを叩いた音に3人ひどく驚いた。

 現在搭乗しているのはでっかいジープ、悠太の母親──

 平沢 雪さんの愛車だ。

 

 何故乗っているのかと言われれば、会社で軽く話をした後に深刻な顔で彼女が立ち上がったのだ。

 

 『ここで話すのはアレだね、家に行きたいんだけど......いいかな?』

 

 勿論私たちはそれに了承、彼らの住むマンションに向かっているわけだが、彼女がこんな調子なので俺たちは少しの恐怖に怯えている、というわけだ。

 雰囲気だけでいえば最悪な中で駐車場に辿り着き、そのまま流れで部屋の中へとお邪魔する。

 

 小綺麗なリビング、片付けられたキッチンに中ぐらいのテレビ。

 棚の上には中学の修学旅行で私と撮った写真があり、彼の思い出に私も加わっているのだと思うと変な安堵が心を染めた。

 ......しかし、その横にあるヘリの中での写真。

 彼は何か変な服装をしており傷だらけで、その横には可愛らしい女性と男性たち。

 何処で撮ったのだろうと疑問に思っていれば、平沢さんがコップに作り置きの麦茶を入れて椅子を引いた。

 困惑しきりの私達も誘われるまま椅子に腰を下ろし、『何処から話したものか』と視線を下げた彼女の一挙手一投足に注目する。

 

 「その、ゆーたが消えた事に心当たりがあるんですか?」

 

 「んー...... 悠太がいなくなった時、急に走り去った車がいたんでしょ? それのナンバーとか覚えてる?」

 

 呑気にお茶を飲んでいた誠に会話の矛先ぐ向き、彼は思わずコップを机に置いて畏まる。

 

 「は、はい。 一応目がいいんでナンバー...... というか都道府県のヤツが見えたんですけど、長野県の車でした。」

 

 その報告を聞いて疑問が確信に変わったか、一際大きなため息を吐いてから平沢さんはポツポツと語り始める。

 それは私たちの知らない悠太の過去。

 知られたくなかったのだろう、忌まわしの記憶。

 

 「そうだね、これはまず...... 私と悠太が本当の母子じゃないところから説明しないとダメかな。

 悠太というか、平沢って家はね──」

 

 

 

 

 

 

 

 料理を作り終わり、1人で座布団の上に座る。

 手を合わせて『いただきます』と小さく呟こうとしたところ、目の端に何やら動く物体が見えた。

 何事かと箸を置き、見えた影が潜んだ方向を見る。

 かなりのスピードと共に現れたそれはゴキブリ── などでは無く、蛍光灯の光に白い体を輝かせて机の上に登った。

 焼き魚を見て舌をピロピロと出し入れする姿に驚きこそしたが、何故だか不安はなく。

 少しの沈黙が流れたのち、その()は口を開いた。

 

 『これは君が作ったものか?』

 

 「そう、だけど......」

 

 『むう、よく出来ている...... おっと、困惑させてしまった。 此方は蛇、言の葉を知る蛇。 

 ......すまないが、お裾分けというやつを頼めないだろうか?』

 

 

 

 

 

 

 魚を半分に切り分け、もう一つ皿を持って来て蛇の前に置く。

 すると彼はご機嫌にその肉を啄み、嬉しそうに体をくねらせた。

 

 「美味しい?」

 

 『うぅむ久しい旨み! 其方は魚焼きの名人か?

 ......とはいえ、やはり魚は刺身が美味い。 アジはともかく横の鮪などは生でも構わなかったろうに。』

 

 「そう? ......でも、生の肉って食えないんだ。

 これは僕の問題でもあるんだけど。」

 

 生を食えない理由が口から出そうになるが、咄嗟に野菜を詰め込んで塞ぐ。

 いくら蛇、それも話すタイプでニフラと似ているからとはいえ、そう易々と話すことではない。

 世に出せば忌避され、排他されるべきと言われてもしょうがないものだ。

 ......話したことの無いわけでは無いが。

 

 しかし蛇というのはその軟体を使ってどの様な隙間にも入り込む。

 それは心の隙間も同様。

 その白蛇は魚から口を離すと、スルスルとこちらの腕に絡みついた。

 

 『何、此方は蛇とは言え『るしふぁー』という堕天使では無い。 其方を貶める事はしないと誓おう。

 ......だから教えてはくれないか、眠っていた間にこの地で起きた事を知りたいのだ。』

 

 滲む様なため息を吐き、アジの腹を開いた。

 そも、喋る蛇などおかしな話。 そんなおかしな存在がきちんと礼を持ち、こちらにお辞儀をしているなど大爆笑ものだ。

 ......そこまでの姿勢を見せられては引くこともできない。

 アジの様に文字通り腹を割って、話すことにした。

 

 「この町が村だった頃、ある飢饉が起きた。」

 

 

 始まりは戦国か江戸か、そのあたりで村の人間が半数近く死ぬ飢饉が起きた。

 作物は育たず魚はおらず、人々は先に死んだ同族の血肉をすすって生きながらえていた。

 近隣にあった村は壊滅し、助けを求め様にもこんな辺鄙な地に出向く様な救世主など存在しない。

 だからこそ人は神を信じた。

 自分達の理解を超えたこの飢饉を神の怒りとし、その怒りを鎮める為に自分達に差し出せるものを差し出そうと。

 その時に差し出された贄は野菜でも無く果物でも無く、果ては魚などでも無い。

 

 その時代に生まれて来てしまった双子、その片割れ。

 結果として飢饉は明け、この地には根強くその神への信仰が残っている。 その神の名を三救那(みくだ)

 三度の危機から人を救ったとされる神様だ。

 

 ......そして平沢は、その神に捧げられた子の片割れに連なる系譜。

 生まれた時から女は双子を産むことが義務付けられ、男は例外なく生贄として捧げられる呪われた家だ。

 

 時は進んで現代、前の代の生贄を捧げる祭りにてあることが起きる。

 その年の生贄は双子の内身籠る気配の無かった妹、平沢 雪が捧げられるはずだった。

 

 ──だがその妹は、正体不明の手助けを受けて町外へと脱走してしまったのだ。

 とすれば、生贄の矛先は僕の母であり姉の平沢 春へと向かうわけで。

 生贄にはそもそも純潔である事や処女である事など、あのハゲが設定したのであろうことがあったがあろうことかそれを全て無視。

 祭壇の前で、僕の目の前で母を──犯した。

 ......もとより訳がわからないルールだ。 『まっさらなゼロである純潔を神の前で破り、その肉を食す事で我らは三救那(みくだ)様に認められる』など。

 もっとマシな事を考えろ、そんなの自分達が肉を食いたいだけだろう。

 尤も──

 

 

 『ほぅらぁ、食べなきゃあ三救那(みくだ)様に認められんよぉ?』

 

 『......いただきます』

 

 

 食べてしまった僕も僕だ。

 あのカニバリズムのせいで生肉とか生魚とか、そういうのは食感が似てて無理。

 せめて焼かない事には。

 

 「神様にも弁解して欲しいよ。

 こんなつもりじゃなかったとか言われたところで、苛立つだけだけど......」

 

 『......そうか。』

 

 「本当にあのハゲ、何が純潔どうこうなんだ。

 そもそもアレが夜這いして来たせいで僕も純潔とは程遠いよ。 

 夜這いさえ無ければ、今も女性や男性に興奮できたんだろうけどね。」

 

 『いや本当に、其方には嫌な事を思い出させた。

 ......時に、その逃げ出した叔母に対して恨みを抱いた事は無いのか?』

 

 恨み、叔母さんに対しての恨み。

 ......確か母が死んでから彼女が連れ出しに来るまではあったはずだ。

 でも考えてみれば彼女もハゲの夜這いを受けているわけで、その上で男と付き合ってもトラウマが出て来て長続きしないというのだから。

 もう恨むのすら可哀想だろう?

 

 蛇はその言葉を聞いて俯き、まるで自分のことの様に謝罪を重ねる。

 やめてくれと頼むが、彼は話を聞いていただけなのにどうにも責任を感じている様だった。

 食事を終え、皿洗いする中で肩に巻き付いた蛇にある提案をした。

 

 「すまんすまんって謝るんだったら、しばらくこの家にいてよ。

 話し相手もいなくて暇なんだ。」

 

 『いいのか? おお、助かる助かる。

 この気温はどうにも変温動物に厳しくてさ......』

 

 「恒温動物にもきついよ。」

 

 

 祭りまであと何日だろう?

 それまでは、退屈せずに済みそうだ。 後は自分のスマホが彼らの手に渡っていればいいが──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「──ってわけ。 私はあの子に恨まれても仕方ない。

 それと同時に町の人間も悠太を連れ戻す可能性があったの。」

 

 「そんなのって......!」

 

 怒りに手が震える。

 生贄など許すべきでは無い行為だ、ましてや本人の可否も無しにそうなる事を決めつけられるなど反吐が出る。

 そんな私を彼女は諌め、『そういうものなの』と続けた。

 

 「小さい子が恋占いに花をちぎって花弁を抜く様に、彼らは豊穣を願って人の命を摘み、その肉を神と分ける。

 そこらにあるものか、同族か。

 それだけの違いでしか無い。」

 

 「それでも!」

 

 「ええ、私たちはそれを良しとはしない。

 望んだ未来に上から被せられて、ぜんぶぐちゃぐちゃにされたらたまらない。」

 

 その目に炎を宿し、平沢さんは立ち上がる。

 

 「あなた達を家に送ってから向かう。 一応協力してくれる人はいるけど...... あの人、電話持ってないのよね......」

 

 これは暗に『付いてくるな』と言っているのだろう。

 しかし親友が理不尽に殺されそうになっているのに、家でのうのうと宿題をやりながら待つ者がいるだろうか?

 いや、いない。

 何か出来ないか...... 手助けできないかと、頭の中を3人で探った。

 するとヒナちゃんが何かを思い出した様で、スマホを取り出して誰かに電話をかけ始める。

 

 「──去年文化祭に来た、金髪サラサラヘアーの人!

 あの人、困ったら何でもいいから電話しろって悠太や私達に電話番号教えてくれた!」

 

 「あー! テスなんとかさん!!」

 

 通話をスピーカーにして机の上に置き、4人でそのスマホに注目する。

 一、ニとコールが鳴り、三度目で通話が繋がった。

 

 『もしもし兄弟、お前から電話をかけてくるって事は──』

 

 「ゆーたいません! 攫われました!!!」

 

 『うおっ』

 

 

 

 

 

 『──状況は分かった、奴に戦士ではなく生贄として死なれる訳にはいかん。

 そっちに向かうための足は手に入れよう。』

 

 「ありがとうございます!」

 

 『お嬢、クルマは丈夫か?』

 

 「お嬢...... わた、私? まあジープだし、丈夫だけど......」

 

 『ならオーケーだ。

 多少の脚色は必要だが── 最上の戦いを用意しよう。』

 

 電話が切れると、平沢さんは頭を振って深いため息をついた。

 しかしその口元は笑っており、良かったと口の端から言葉が漏れ聞こえてくる。

 

 「あの子、いい友達を持ったんだ。

 いいな、うらやまし。」

 

 『ンー......』

 

 どこか悲しげな表情を浮かべた平沢さんの肩にどこからか現れたウサギが乗り、『自分がいる』とでも言いたげに頬ずりをする。

 真っ白で可愛らしく、優しそうな兎さんだ。

 

 「うさぎだ、可愛い......」

 

 「ん、ニフラって言うんだってさ。

 変な名前だよね、悠太に聞いてもそう言う名前としか言わないし。」

 

 『ミー!』

 

 「あぁごめんごめん、くすぐったいな。」

 

 名前を馬鹿にされたことに怒ったか、頬擦りから一転突進に変わる。

 しかし優しい一撃で、モフモフと擬音が聞こえて来そうな可愛さだ。

 ......私たちにできるのはここまで。

 どこまで行っても高校生、力不足をこの時ほど痛感した事はないだろう。

 だから待つ。 彼の帰りをどっしり構えて、いざ帰って来たら抱きついてめちゃくちゃ喜んでやるのだ。

 それが無力な俺たちの、唯一であれる事だから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 眠る子の胸にトグロを巻き、その寝顔に俯いた。

 どうすればこの子に笑顔を贈り、自由でいさせることができる?

 ボソリと、造った光に問いかけた。

 

 『八岐大蛇(ヤマタノオロチ)様、夜刀神(ヤトノカミ)様、建御名方神(タケミナカタノカミ)様。

 此方はどうすれば良いのです......』

 

 

 

 

 

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