トン、と頭と頭がくっつく音がした。
片や小さな蛇の頭、片や大きな人間の額。
側から見れば蛇が獲物を品定めする一定の行動の様に見えるが、ここにおいてこの行動は別の意味を孕んでいる。
白い蛇が瞳を輝かせて探るのは、自身に何の疑いも持たず魚を分け与えた青年の優しさと、その優しさとは完全に分離され燃え上がっているこの町への復讐心。
その二つが生まれた源泉を探る記憶の旅は、白蛇にとっては刺激的で退屈の二文字の無い驚きの世界であった。
『......驚いた。 これが、其方が外に出て見たものか?』
白銀の世界に立った天文台、戦う事を強いられる人理修復という地獄でもあり希望でもある旅。
七つの世界を巡り、果てに取り戻したこの青空。
蛇は感嘆の息を小さく漏らした。
同時に怒りを覚えた。
無論、目の前の人間にでは無い。 苦しい一年の中を寿命を削ってでも走り抜けた彼に、のうのうとただ大口を開けて腹を満たそうとしている30近い町人。
それらが信じる
その熱を冷やすかの様に人の胸から降り、月の光が入らない部屋で強く身体を
三又に引き裂かれた体はみるみるうちに形を形成し、瞬く間にそれぞれが兄弟と見紛う同一体が生成された。
それぞれの蛇は互いの顔を見合わせ、各々向かうべき場所へと飛び出す。
一体は山の麓、一体は南へ。
そして最後の一体は──
『其方よ、どうかこの悪夢に耐えてくれよ......』
見守る様に、その人間の横でトグロを巻く。
その目には怒りでは無い優しさが輝いていた。
「──と言うわけだ、外出させてもらおう、万能の天才。」
「ダメだ。」
一方、工房に出向いて外出する理由を書きしたためた紙を突き返される神が一人。
天才に拒否されると見るからに機嫌を悪くし、その否定に理由を求め始める。
彼にとっては、自身の認めた戦士が戦いの中ではなく生贄に捧げられて死ぬかどうかの瀬戸際。
自身ならともかく、極東の端神に捧げられるなど理解に苦しむ出来事だ。
しかし天才はその凄みに揺るがず、あくまでカルデアの職員としての意見を述べる。
「そもそも、前回の『文化祭に行く』なんて外出も本来は許されるものじゃない。
キミは神とは言えサーヴァント、カルデアと言う楔で常世に繋がれた存在だ、そうだろう?
そしてそのキミが出向けば、送り出したカルデアにそれはもう罵詈雑言と変わらないご意見ご感想が五月雨さ。 ゴルドルフくんもひどく憔悴していた。」
「......ならそのサーヴァントが勝手に出ていったことにすればいい。 魔術師と言えど、この天文台にいる大半はオレ達の脱走を止められないだろう? 責任逃れの理由としては悪く無いと思うがね。」
否定されれば代替え案を出す。 それはテスカトリポカの良いところであるが、それでもダ・ヴィンチの首が縦に振られることはなかった。
「そもそも平沢悠太はもうキミのマスターでは無い、一般人だ。
彼がこのままでは死ぬと言うことも、テスカトリポカがその結果に満足しないこともわかるが...... それでもそれは私達の預かり知らぬことだ、人同士の事に神は介入するべきでは無い事は、歴史が物語っている。」
「......チッ。」
悪態を吐きこそすれ、それは彼にも分かっているからこその話。
そこに介入するべきでは無い、平沢悠太はマスターではなく守るべき対象では無い。
分かっている事だ。
だが、気に入った戦士を見届けられない事は神として屈辱なことでもある。
『それならば』と最終手段の霧へと入り込もうとした時、ふと横から見覚えのない魔力が感じ取れた。
「──何者だ?」
銃を取り出し威嚇のつもりで構えるが、その魔力源は狼狽えることもないままに姿を人へと変える。
白い肌、黒い髪や口髭を伸ばし、筋肉質な体を隠す様に着込んだスーツにはセンスが光る。
中年の様な立ち振る舞いの男は両手を上にあげ、敵意がない事を示してから言の葉を紡いだ。
「不快感を与えたならば謝ろう。
──さて、どうだ? カルデアに責任が向かわない方法を、俺は取れる。
何、魔術協会とやらに勘づかれなければいい。」
「ほう? ......名を聞こう。」
互いに手と銃を下ろし、男は胸に手を当てて自身を語った。
「僭越ながら。
......何も言わないところを見るに構わないな、万能の方よ?」
「ああ、もう、うん。
......できるだけ事を荒立てない様にね?」
諦めたダヴィンチに会釈をし、
テスカはニヤリと笑い、携帯を取り出す。
「必要なものはあるか、蛇の男?」
「そうだな...... まずは下着が必要だろう、あの様な姿では少々可哀想だ。」
「──陵辱か。
その行為自体を咎める気は無いが...... 血を流さず、戦士として在らず、ただその快楽だけを求めるならば。
......尤も、
「......んー? どうしたの、ニフラ?」
『──来る。』
「はえっ?! 喋っ......!?」
『あの人が来る。』
「冷た......」
顔に張り付いた縄の様な生き物を引き剥がし、多分朝だと思われる部屋の中で起床した。
下半身を見ても何もないので、特別手を出されたと言う事はなさそうだが......
『むう、どうかしたか?
......これは。』
扉に挟まれていたのは祭りの始まりが明日である事を知らせるチラシ。
つまるところ、明日が自分のタイムリミット。
......本当、こう言うところだけは仕事が早い。 前回叔母さんに連れて行かれたことから、早めにやる事でそういう助けが来ない様にしているのだろう。
これでわかるのは、まず先んじての助けは来ないと言うこと。
こうして攫われてしまう事を予期して文化祭の時、テスカトリポカに色々頼んでおいたがそれが間に合う事はなさそう。
なんだかんだでカルデアから日本まで、と言うのは距離があるだろうし。
そうなると期待したいのは祭りの中での乱入。
......やるか、最終手段。 正直一番嫌だったのだが、時間稼ぎとなるとやらざるを得ないわけだ。
蛇に一言断りを入れて口に咥えてみる。
......よし。
『此方は良くないが?』
それはすまない。
どうだろう、お詫びも兼ねて今日は白蛇の食べたいものを作ろうか。
本来生贄はその日の前日食事を抜くのだが、それは万が一の最後の抵抗という事でめっちゃ食ってやろう。
胃を開いたら消化物がたくさん出てくるぐらい。
『......其方は前を向いているな。』
「なにさ急に?」
『いや、生物であるなら凹む事もある。
それは此方も同様で、例えば...... そう、愛した女性に『臭い』と言われれば気は落ちるだろう?
其方はそれの比にならないほどの苦しさを歩んできたというのに、よく前を向けるな。
不満の吐き出しどころでもあったのか?』
「......まぁ、あったよ。
花火を見たあの日から、世話になりっぱなしだけれど。」
今でも光は、僕を照らしているだろうか。