神は今も未来も見通すとされる。
だからこそ無限であり、有限である人間と分かりあうことなどないと。
故に、それこそが神の弱点でもあった。
無限だからこそ、有限のモノが生む爆発的な力を知り得ないのだ。
神にあるのは力を恒常的に平均値で出し続ける能力。
そして、有限である人間がそれに勝るのは、ここ一番というところでのリミッター解除。
刹那に生まれる爆発的な力の発揮だ。
この理論が唱えられた時、ある疑問が生まれる。
『人の爆発力、神の恒常的な力の発揮が混じり合えば、その力はどこまで辿り着くのか?』
その結果は皆さんご存知の英霊達がその身を持って示しているはずだ。
ヘラクレス、アキレウス、オリオン、アスクレピオスにカルナやアルジュナ。
人の血と神の血が混ざり合った結果、その身体には至高とも言える力を秘めている。
さて、今ミクダがニフラを交えて僕に唱えた勝利への道はそれに近いもの。
端的に言えば、ミクダとニフラを同時に体内に入れ、平沢悠太という一人の人間に神の力を内包させる、と言うのだ。
無茶苦茶な事だ、その場にいる全員がそう思ったろう。
しかしやらない手はない。 ここに立ち、目の前の神──
『自ら現世に色濃く関わってかつ生贄を求めると慣ればそれはもう神としてではなく、悪霊の類。』
そう、阿国さんの言葉を借りるのなら悪霊。
目の前の悪霊に勝つのなら、手を尽くすべきだからだ。
しかし、ここで渋ったのは提案者であるはずのミクダ。
行動に移そうと伸ばした僕の手をその体で絞め、『ダメだダメだ』と駄々っ子の様に頭を振る。
『ミクダ兄さん、そんな事をやってる場合じゃ!』
『──そんな事、などではないんだ!
彼の記憶を辿ったからわかる、彼の体には既に他の神の力が流れ込んでいる! その目、そして特異点とやらでテスカトリポカ神から受け取った力もだ!
器に果物を詰めれば重みに負けて割れるように、悠太の身体や精神に悪影響を及ぼす!
肉体の崩壊、記憶の喪失、自我の霧散!!
私はもう、平沢の子を......
神とは思えぬ必死な駄々。
こういうところを見ると、ニフラとは兄妹の様なモノだろうかと色々考えてしまう。
右手に絡みついた彼を撫で、肩に乗っているニフラにも語りかける様にして僕自身の覚悟を示す。
何も貴方方が気負うことはない、これは僕の我儘なのだと。
「──大丈夫、僕は戦士だ。
肉体の崩壊でも自我の霧散でも何でも襲いかかってくればいい、僕はそれらと戦って、最後まで平沢悠太であり続ける。」
『君は...... 君は何故、そこまで前を見る!
何かあれば親友の名前や顔すら、愛した者の全てをも忘れてしまうのかもしれないんだぞ?!
私は、私は──』
「やめておけ。 兄弟の覚悟を無駄にするつもりか?
神に出来るのは祝福だ、人の自由意志までは止められん。
......良いんだろう?」
テスカトリポカに礼を言い、観念した様にその拘束を解いたミクダを肩に乗せて胸を張る。
ここからは人間と、この地域に生きた神の戦線。
戦の神はあくまで見届け人として下がってもらう。
『ニフラ、同調は任せた。
私はコントロールと素体強化に行く。』
『いや、こっちで素体強化と回復する。
中にもう私が入ってるから、人体の理解はミクダ兄さんよりこっちの方が高い。』
『話は終わりか? ......ならば食う。
絶えぬ渇きを埋めさせてもらおう!!!』
その巨体に見合わぬ速度。
瞬間の速度は流石に全身筋肉の蛇をモチーフにしているだけはあり、ここに居たのが人間ならばすでに胃袋へと落下していただろう。
しかし── ここに居たのは、渾然一体、人神一体とした覚悟のヒトガタ。
左眼の瞳孔は獣の様に縦長となり、既に軽く身を逸らして避けた反撃に下から上へ、あまりに鋭い手刀が繰り出される。
それはウロコごと悪神の体を裂き、あわや両断と言わんところまで深く傷を残す。
しかし悪神とはいえ、その身に宿す成分は八岐大蛇。
即座に裂かれた部位から双頭の蛇になるよう再生し、目の前で起きたことを再確認する様に自問する。
『──何? 切り裂かれたと? 私が。
フハ、油断したわ。 人の力を得たというのならば、それは喰らった私と同じ立場に上がったというだけの事。
ならば── 双頭と化した我が力に叶うはずは!!』
「無い、訳が無い。」
上下からねじれを加えて牙をぎらつかせる片方の顎を蹴り飛ばし、もう片方は鷲掴んで放り投げる。
木々が薙ぎ倒され、黒蛇が山を転がって行く中でヒトガタの視線は腕に向かっていた。
神の力が入っているとはいえ、その肉体の大元は人であることに変わりがない。
つまるところ、先程の投げで腕の骨が木っ端微塵になりかけていたのだ。
「ニフラ。」
しかしその傷に特別な感情を向けることはなく、妹の名を呟けばみるみるうちに再生して行く。
蛇の再生能力にニフラと名乗る神の回復が合わさり、数秒後には怪我をする前よりも力強く再構成された腕がそこにはあった。
どこか遠くを見る様な目で黒蛇の方向へ歩いていけば、暗闇に紛れてある者が懐に飛び込んでくる。
それはジープをひっくり返した黒い何かであり、脈動しているところを見るに食った人間の心臓、恐らくそれを爆弾へと加工した物だろうと。
しかしヒトガタは見逃さない。
それを投げ込んだ方向に見えた、こちらの姿を真似した悪神の姿を。
それは刹那的に怒りを引き出すトリガーとなり、落ちてくる爆弾が爆発する前に蹴り返すことを容易くする。
プロサッカー選手と見紛うほど美しいフォームは平沢悠太の記憶にあった物。
親友とサッカーをした時、教えてもらった動き。
それによって打ち返された爆発物は弧を描き、悪神の元へと里帰りかの様に帰っていった。
爆発の衝撃に草木が揺れる。
一陣の風を吹かせたその衝撃が止む頃、すでにその場にヒトガタはいない。
爆発の勢いに乗じて逃れようとした悪神の目の前に、ひどく冷静でありながら心を燃やして立っていたからだ。
悪神はあり得ないと動揺しながら、不完全な擬態のせいでぐずぐずになった人差し指を向ける。
『ぐっ、何故、そこまでに!?
条件は同様のはずだ、ステージが違うなんてことは言わせない!! それに......それに!! 俺が倒される理由が、存在していない!!!』
「──あるさ。」
ヒトガタは憂う表情で星空を見上げ、昔を懐かしむ。
人から生まれ、人と共に過ごした数百年前。
黒い弟と空を見ながら思いを馳せた未来はこの様な物ではなかったと、何一つ止められなかった自分の無力さを恨みながら。
「人と分かりあう事だ。 自分であり続け、かつ自分を受け入れてもらえる様な友を見つける。
お前は兄である私の後ろにくっついてずうっと真似をしていたが、私は...... お前に名まで真似することは無く、自分自身を生きて欲しかった。」
『──黙れぇ!!!』
手のひらに集めた穢れから剣を生成して切り掛かるが、その刃が届くことは無く、カウンターの肘打ちが心臓に刺さり転げ回る。
見上げた黒蛇が見たのは、満月を背にパキパキと音を立てる人であり人ならざる者。
「けじめをつけよう。 罪のない人を喰らい続けた罪と、そんなお前を愛していた私への罰を。」
『俺は...... 俺は! 俺は
「──私は
人の子の力、妹の思いを借りなければ自分自身のけじめもつけられない情け無い神。
......そして、この姿がお前のたどり着くことのなかった神人一体の姿。
八岐大蛇様より賜りし、尾の刃を持って終わりにしよう。」
皮膚が硬化し、鎧となる。
それはニフラが終局特異点にて見せた機動性重視の姿とは異なり、人と神の確かな繋がりを表すかの如く白く輝く鎧の姿。
尾を引き抜き、夜の刀として月明かりに照らされたそれは赤色に輝く。
それを地面に突き立て、ニフラの見せた超越的な格闘を手始めに叩き込んだ。
正拳、回し蹴り、膝蹴り、肘打ち。
月のウサギはパスでもするかの如く悪神を蹴り上げ、すぐさま刀を回収し高く飛び上がった。
「......またいつか、私の弟。」
空に浮かんだのは黒く染まった血飛沫。
蛇神は地に降り立ち、月を見上げる。
守ろうとした人間は何かを失うだろう。
弟は以前の戦いで全力を出しきれず、今回はこの手で斬った。
妹のニフラを平沢悠太が忘れれば、信仰は失われて彼女も消えるだろう。
町の人間は明日も明後日も、何も知らずに生きて行く。
「......誰が、幸せになったんだ。」
「ん......」
「おはようさん、よく寝たか?」
暖かな感触に触れて目を覚ませば、それはテスカトリポカの背中。
横を見れば人型になったニフラとミクダがおり、ミクダの背中には頭を手当てしてある叔母さんの姿が見える。
すでに朝日は登っており、自分は何時間寝たのだろうと心配になった。
「心配は無用だよ、対して時間は経っていない。
......ほら、見えてきたぞ。 あれが私の隠れ家である宿だ。」
ミクダが指差した先には、いかにもな感じの旅館。
その玄関先には着物に身を包んだお淑やかな女性が出てきており、こちらを見るや否や嬉しそうに手を振った。
「ミクダ様、お久しぶりです。
皆様はじめまして、私は平沢 神奈。 そこにおられます悠太様の、先祖にあたります。」
「先祖? そんなに昔から?」
「おっと、女性に歳を聞くのはやめておいた方がいい。
私は一度殴られている。」
聞けば、ここはミクダが愛したあの女性が開いた旅館なのだそう。
なんと生まれは明治時代なのだそうで、その年に生贄にされることを見かねたミクダが初めて助けた人なんだと。
それ以降は叔母さんを助ける際に協力したりなど、ミクダの良き協力者として動いていたらしい。
「あの方々がいなくなったのなら、こんな所に宿を置いておく必要はありませんね。
京都にある2号店に世話になろうかしら?」
......なかなか強かな方の様だ。
取り敢えず迎えの車が来るまで待つ事になり、風呂に入って着替えてからゆっくりとしていると、隣の椅子にテスカトリポカが座った。
その手にはコーヒーを持っており、一口啜ってからこちらに語りかける。
「良い戦いだった、お前の戦士としての集大成と言っても良いだろう。
だが、まだ終わらない。
お前は死ぬまで戦士だ、戦い続ける運命からは逃れられん。 ......わかっていて受け入れたのなら、その道を進め。
期待しているぞ、兄弟。」
「うん、戦う。 僕であるために。」
朝焼けに溶けて行く心を感じ、ゆっくりと瞼を閉じる。
......僕は朝焼けの様に美しい光に走ってここにいるのだと、気付いた気がした朝だった。