耳鳴りがする。
ノイズがかかった、砂嵐の様な視界が徐々に晴れ──
『──奴ら、舐めた真似をしてくれる!』
視界、思考が鮮明となって自分の目の前をもう一度映した。
ハテナを浮かべ、さっき貫かれたはずの鳩尾あたりをさすりながら周りを見渡すが、テスカトリポカは未だにマガジンへ弾を装填している。
おかしい。
あり得ない。
そう消えいる様な声で呟くことしか、この心を表面に出す事はできない。
さっき自分は死んだはずだ。
臓物をばら撒かれ、消えていく意識を見送ったのは自分自身に誓って間違いない。
ならばどうして!
ここに!
......自分の体があるのか。
生き返ったのならばテスカトリポカがどの様な形であれ、『そう』と説明する筈。
であれば、何かしらの魔術的な何か。
もしくはもっと別な常識外の力が作用して、自分の記憶はそのままに時間を戻したと。
死の痛みに震える右手を見つめながらそう考えていると、またしても軍人の端末から隊長らしき人物の声が聞こえて来た。
記憶が正しければと心の中で呟き、頭上を見れば手の鋭い爪を天井に突き刺して移動しながら、こちらへ狙いをつける化け物の姿。
同じである事を確認し、テスカトリポカがこちらへ指示を飛ばす前にハンドガンを構えてそのトリガーを引いた。
反動、銃声と共に血潮が飛び散り、茶色く血で彩られた皮膚を持つソレが吹き飛ぶ。
流れのままウィーバースタンスへと構えを変え、警戒しながらその姿を観察する。
「キャォォォオ!!!!」
やはり今まで見て来たゾンビと違い、耐久性も段違い。
胸に一発打ち込んだだけでは死なないのならば、殺害へのアプローチを変える必要があるとして狙いを付けた。
奴はビクビクと体を痙攣させながら飛び起き、体勢を立て直してこちらへ走り出そうとするがそんな事は許さない。
一発二発とその両足に弾丸が撃ち込まれ、膝崩れとなって前方に倒れそうな体をその両手にある剣の様な爪を杖として堪えた様だ。
──だが、逆に都合が良い。
俯いたその顔面に渾身の回し蹴りを喰らわせ、ゾンビに近しいものとなっていた事で脆くなっている体、その首から上を壁へと弾き飛ばす。
残った体は力を失い、その場に倒れ伏す。
一旦の危機を超え、大きくため息を吐いた。
一足遅れて弾の装填を終えたテスカトリポカが隣に立ち、しゃがみ込んで首のない死体を凝視し始める。
どうにも疲れたと肩を上下させていれば、テスカトリポカから疑問が入る。
「良くやるもんだ。
その回し蹴り、どこで覚えた?」
端的に、吐き捨てる様に返した。
李書文とシャルルマーニュに習ったのだ、と。
肉体を作るところまで遡ればレオニダスやらも関わっているが、今はそこまで説明する気にはなれない。
色々と頭に詰め込むものが多すぎる。
彼もこちらの意図を察したのか『そうかい』とだけ返し、唐突に現れた新たな脅威に警戒心を強めながら都市部へと向かう。
『──この、化け物が!
うっ、うわぁぁぁ!!!』
『ジェイ、おいジェイ!!!
クソ、これが
奴等め、どこでこんなものを......』
先程の死体から持って来た端末に録画されている映像はここまで。
気になったのはこの地獄を作り出した元凶であろうD-ウイルス。
もし、映像の中にいる人たちが軍人なのなら、見る限り後4人はいるはず。
この情報をテスカトリポカと共有し、ひとまず考えを共有した。
「......軍人か。
助けを求める事自体は否定しない、オレは柔軟に物事を見れる神な事はお前も知っての通りだ。
......本音を言えば、この体でずっと動き続けるのが怠くなってきただけだがね。
行くか。
さて、今度は当たれば良いんだが。」
戦闘を避けながら進む中、少しだけ葛藤していた。
さっきの生き返った様な現象を言うべきか、言わぬべきか。
結局言う事は無かったのだが、言ったところでと思うのだ。
それを認識できたのは自分だけ、その記憶を持つのも自分だけ。
そんなもの教えられてもなんと言って良いかわからないだけだ。
ゾンビを撃ち、取り付けられたナイフで首を切り、時に顎を蹴り上げ。
だんだん慣れて来たなと感じる。
......たまに考えるが、これが人間だったら。
果たして撃てるか?
もしこんな感じに知り合いが這いずって来て、こちらを殺そうと爪を突き立てて来たとして、今みたいに首を切れるか。
願わくば、そんな時が来て欲しくないと思う。
工場地帯を歩きながらそう考えていると、網を通した向こう側でゾンビに襲われかけている人間を見つけた。
目的の軍人でもゾンビでもなく、人間。
この特異点に来てから初めて見た人間だ。 無言でテスカトリポカの方を向けば『はぁ』と息を吐いて頭をかき、一発威嚇射撃の様にゾンビの集団へ撃ち込んでは一歩を踏み出す。
いくつかのゾンビはこちらを向き、歩き始めた。
「......ま、お前のやることに意見は挟まない。
結果が出た時に、あれこれ批評はさせてもらうがね。」
ありがとうと一言だけ残し、工場横の階段を駆け上がって適当なところからジャンプして柵を飛び越える。
ボロボロになったワンピースを着た女の子の腰を小脇に抱えて一旦距離を置き、適当な物陰に隠れさせてからゾンビへ視線を移す。
銃を構えて危険を取り除こうと思い片膝から立ちあがろうとすれば、件の女の子に袖を掴まれて転びそうになった。
危ないなと文句を言えば、涙目でさらに掴む力を強め始める。
「いや、だって怖いんだよ?!
女の子置いてってあの死体に構うのおかしくない?!」
勿論おかしくない。
その女の子を守る為にその死体と戦おうと言うのだから、少し黙ってくれないか?
ほら、声に反応してこちらに来ている。
しかし彼女はそれでも声を上げ続ける。
やかましい。
「いーやー!
ひとりにしないでー!
うう...... たまには遠出でもってここに来たのに、なんでこんな目にぃ......」
もういいだろうか。
さっさと対応しなくては、こちらも食われる。
「みくだにいさん......
なんでこんなちんまい人が助けに来るの......
頼りない......」
なにもうこの人きらい。
馬鹿にされた事への文句を喉で抑え、強引に腕を振り払って銃を構えながらゾンビへと近づく。
幸いにも大半のゾンビは足が遅い。
たまに走ってくる奴もいるが、大した脅威でもなくなって来た。
数にして5体、そのうち一体が腕を振りかぶって振り下ろしてくるが、体の外側に避けながら脇の下へナイフを滑り込ませ、肉を切る要領で引き切る。
そうすれば腕は飛び、守ることの出来ない横側から頭へナイフを突き刺して引き金を引いた。
残りは頭に弾丸を打ち込みながら倒していき、最後の一体はしっかりと狙って弾丸を喰らわせた。
戦いの後に飛び散った血潮や臓器は見るのも嫌悪する様な見た目であり、D-ウイルスというのが相当のものだという事を教えてくれる。
さっきの女の子の元に戻れば、何やらモゾモゾと落ち着かない様子。
大丈夫かと手を差し伸べるが、涙がこぼれそうなその姿を見るに大丈夫ではない様だ。
「大丈夫じゃない!! ちょっとあっち向いてて!!
うう...... なんでこの辺トイレがないの......?
もー、パンツが......」
耳を塞いだ。
他人の下事情など進んで聞きたくはない。
と、油断したのも束の間。
「きゃああっ!?」
物陰に潜んでいた、牙が異常に発達した化け物が女の子へ襲いかかる。
耳を塞いでいたせいで反応が遅れ、このままでは間に合わないと銃を構えたその時──
「キョウッ!?」
正確な銃撃がその立派な頭を撃ち抜き、化け物が動かなくなると同時に銃を持った容姿端麗な伊達男が現れた。
金髪であるからかテスカトリポカかと思ったが、そうでない事は次の瞬間に始まった自己紹介で理解した。
「無事か!?
エージェントのメイソンだ、其方のお嬢さんは州知事の娘の友人で間違いないな?
お友達からの願いで助けに来た。
......おっと。」
「みーなーいーでーよー!!!」
「......コイツは、失敬。」