「虎杖くん!!」
声が上空から聞こえてきて、顔を上げると金髪の男が虎杖を抱きしめ、庇って上空から落下してくるところだった。咄嗟に恵は式神を使って受け止める。
「あっつー。大丈夫? 先生」
落ちてきた虎杖は、頭を押さえてよろりと立ち上がり、金髪の男に手を差し伸べた。
「自分は大丈夫や。虎杖くんは怪我ない?」
「ないよ、大丈夫!」
「そか、良かった」
虎杖を気遣ってから、その手を取って立ち上がる金髪の男。
なお、本物? の虎杖は恵の隣でポカンと事態を見ていた。
東京都立呪術高等専門学校。その校庭で、一年生である虎杖悠仁、伏黒恵、釘崎野薔薇は体術訓練をしていたのだ。
「この式神、恵くんやな。ありが……あれ? 恵くんは?」
立ち上がった金髪の男は、周囲を見廻し、恵を透明人間かのように素通りさせて首を傾げた。
「俺です」
「えーと、初めまして……? 自分が探してるんは禪院恵くんて言うて、この式神出した子なんやけど」
「俺です」
「???」
正しくは伏黒恵というのだが、禪院家は伏黒の父の実家。自分のことで間違いはないだろう。
いきなり喋る犬にお前の友人だと言われたような顔で、金髪の男は困惑の色を見せた。
面識があるはずだがない。
不可思議な状況だが、実際虎杖が2人いる不可思議な状況なので、恵の頭には並行世界だのパラレルワールドだのが飛び交う。一応、呪詛師という線はないはずだ。
なぜなら、見知らぬ人間の呪力反応があれば、セキュリティに引っかかりアラームが鳴るはずなのだ。
金髪の男は、不安そうに周囲をキョロキョロと見つめる。
最後に、じっと見つめて、困惑する。
「えっと、無個性……? 五条家の人なんか?」
「えっ 恵が人間ちゃん? てっ」
虎杖(偽?)の言葉に即座に金髪の男は頭を叩いた。
怒られたことで、虎杖(偽?)は少ししゅんとする。
「それって五条家が無個性って悪口ですか」
「いや、そうやない……けど。ここどこや? 東京都立呪術高専やないの?」
「それで合ってますが?」
金髪の男はむぅ、と考える様子を見せる。多分、金髪の男の頭にも同じ可能性は浮かんでいるだろう。
ここは似て非なる場所だと。
「君の個性聞いてええ?」
「個性……平凡?」
おそらく、そういう事を聞きたいのではないだろうな、と思いつつも、そう答える。
「はい嘘ー! 伏黒の場合、クールとか?」
釘崎野薔薇が補足をすると、金髪の男は四つん這いになってわかりやすく落ち込んだ様子を見せた。
しかし、分かってない様子なのが虎杖(偽?)。こちらもわかりやすい言葉をくれた。
「そうじゃなくてさ、ほら。あるだろ、釘崎みたいに茨を操ったりさぁ」
「ああ、術式の事? 私はそんなことできないわよ」
「釘崎!? 嘘だろ!? 釘崎が」「虎杖くんストップ。自分がいいって言うまでお口チャックな」
虎杖(偽)は動揺する。しかし声が釘崎だし、だのモゴモゴ言っているので、多分、外見が違うのだろう。
どう違うのか聞くのが怖い。そして金髪の男は悩み出す。
「えーと。えーと。あかん、こういう時誰を頼ったらいいのか全く思いつかん……。パパ? いや、こういう時は動かんで大人しく助けを待つべきか……。とりあえず、学長に案内してもらえるかな? 自分ら、世界規模で迷子みたいやし」
でしょうね。恵と野薔薇は納得したので、学長の元へと案内することにした。
かくかくしかじかまるまるうまうま。
つまり、自分は禪院直哉でこの学校の教師で、虎杖悠仁は生徒です。
なんらかのトラブルがあって、落下する虎杖を庇うのが精一杯の状況で、気がつけば並行世界に。
ということで、怪しいものではありません。そしてとっても困っているのです。
「なるほど、並行世界から来たと?」
「せや。えーと、呪霊ってこっちにおる?」
まずはそこから確認である。
「いますが」
「せやったら、自分ら呪霊討伐受けるから、しばらくこっちに置いてくれへん? それと、滞在するにあたっていくつか買いたいものがあるんやけど。あ、ちょっと煩くなるから、滞在する寮は隅っこでお願いしたいわ。虎杖くん、まだ目を離せへんから、同じ部屋にしてほしいわ」
「目が離せない、とは」
「自分がまだ虎杖くんの事、信じてあげられへんねや」
うるさくなるとか同室とかはわからないが、宿儺の器だ。監視はそれは必要だろう。
この時、学長は無意識に虎杖(偽?)もまた受肉したのだろうと判断した。
しかし、それならば教師が何故最強呪術師、五条悟ではないのか。
「なるほど。ちなみに、そちらには五条悟は?」
「悟くん? おるよ?」
「こっちの世界では、虎杖悠仁の担任は五条悟なのですが。任せてみるつもりはありませんか」
「は??? 悟くんが教師? そんなん絶対……あー。そうか。ん、せやったら、もしかして術式あるかみてもらう事って……いや、ダメやな。駄目や。無理はいえん」
並行世界の直哉は、何か世界の違いに腑に落ちた理由で、そこから逆算して悩みつつもお願い事を口に出した。
「それくらいなら、頼んでみましょう。生徒の為ですし、悟は快諾するかと。ただ、こちらの虎杖くんに術式はなかったと思います。受肉前は見えなかったぐらいですし」
むしろ、傲慢とクズを絵に描いたような直哉を思い出し、並行世界の直哉の控えめな様子に内心驚きながらも、助け舟を出す。無意識に、向こうの五条悟は協力してくれないのだろうかと思い、こちらの五条悟はいい教師ですよと言外に含めて言った。
「っ!! 気持ちだけでもありがたいわ。虎杖くんはしっかり自分が見とるから、五条家の手は煩わせんよ」
何かまずいことに思い当たった様子で、直哉はそれを辞退。ただ、気持ちだけでもありがたいというのは嘘ではなさそうだ。手を煩わせないというのも、「口出しするな」ではなく、「迷惑はかけられない」よりのニュアンスだった。
「そう、ですか」
「悠仁はそれでいいか」
虎杖はコクコクと頷く。
「せやったら、悪いけどすぐにでも依頼が欲しいわ」
「禪院家に連絡しましょうか?」
「うん、でも多分、向こうも探してくれとると思うから。本当に戻れなそうやったら、それから実家頼るわ」
「そうですか」
何もわからぬ並行世界とはいえ、全てにおいて遠慮がちなのだな、と思いながら、警戒するのもわかるため、一旦引く。ただ、一つ言っておかねばならない。夜蛾は学長であり、教師であるからして。
「虎杖くんの授業はどうします? 目を離すのが不安なら、臨時の副担任として授業につくとか」
「こっちの授業にも興味はあるけど、授業内容が一緒とは思えないんよなぁ。並行世界やし」
心の底から困った様子で言われ、確かにと頷いた。
直哉の様子から、どうも大きな差異がありそうなのである。
逆に、わずかな差異でも間違った知識を覚えやすいという弊害もある。歴史などの社会系の授業が特にそうだ。
ただ、教師と生徒が互いに1人というのもなかなか大変だ。
高校生なのだ。科目は先生が分担して教えるのが普通で、ただでさえ呪術師もしているだろう直哉が網羅しているとは思えない。
「なら、見学ということで、後から補修をしては。1人で授業は可哀想です」
「せやな」
今度の提案はすんなり受け入れられた。直哉には。
「えっ 俺授業時間のびて可哀想」
不満です! とアピールする虎杖(偽)。元の世界に帰った暁には凄まじい補講が待ち受けているだろう可能性にはまだ気づいていないようで、ただ目の前の授業が少し伸びることに不満を述べている。
実際は少しでもできる課題を片付けていた方がいいのだが。
「教科書ないから、自分の担当教科だけや。安心しぃ」
「はーい」
「では、一応呪専のセキュリティをお教えします」
「その後、依頼あったら行きたいわ」
「必要なものがあるのですか? 事情が事情ですから、流石にその辺は融通しますよ」
「助かるわ。でもあんまり借りを作るのも避けたくてな」
そうして、案内が終わった頃。
ちょうど一年生に特級呪霊というわけのわからない依頼が来たので、直哉(偽?)は虎杖(偽?)を連れてそれに向かう事にした。
「大丈夫なの? 特級依頼なんて」
「特級って何?」
「虎杖は置いてった方がいいんじゃないですか」
釘崎、虎杖、伏黒の言葉である。
虎杖は特級が何かすら分かっていない。恵が心配するのも当然のことだ。
特級とは、呪霊の最高ランクの強さのことを言うのだから。
「俺、特級だから大丈夫!」
えっへん! とチワワがドヤ顔をするかのように、虎杖(偽)が胸を張る。
「はぁ!?」
「宿儺の指いくつ食ったんだよ」
釘崎が驚き、伏黒は心配と警戒の色を見せる。
「宿儺の指? 何それ」
だが、虎杖(偽)は小首を傾げて心当たりがない様子。
そんなのはありえない。宿儺の指を食べて受肉する前は、虎杖は見えない人だったのだ。
「なんやそれ? こっちの虎杖くん、まさか宿儺の指を食べたん!? 無個性で!? なんで!? よく無事やな」
個性とは。思いながら、伏黒は訂正する。
「無事じゃないです、秘匿死刑予定です」
「はあ!?」
「すみませんっ そろそろ時間です」
「あっ そやな」
そうして、2人は出かけた。
色々と聞きたいことはあるが、生徒が特級なら教師が特級もあり得る話。
ならば、心配はする必要はなさそうだ。
それからしばらくして。一年生組が食堂で夕食を食べながらテレビを見ていると、ガス爆発のニュースが流れた。
虎杖(偽)達の向かった任務地である。特級なら威力の高い技の一つや二つは持っているのだろう。
帰ってくるとの連絡があったので、3人は出迎えた。
自分たちの依頼を肩代わりしてくれたのだ。当然である。怪我も心配だ。
「食べたらあかんゆうてるやろ! 秘匿死刑になるで!!」
「えー。こっちの俺が無事なら無事だろ」
宿儺の指を持ってきて、任務完了。
目立った怪我もなく、せいぜい擦りむいていたり、服が煤けている程度。
「恵くん、釘崎ちゃん、悠仁くん、依頼譲ってくれてありがとうな」
笑いかけて礼を言う余裕すらある直哉(偽)。
「いえ」
「逆に助かったし」
「なあ、特級って何?」
虎杖はいまだによく分かっていなかった。
「んー。せやな。ちょっと教えたろか。間違ってたらいうて、恵くん」
「わかりました」
臨時の呪術界の常識の授業。
とはいえ、並行世界の教師が教える授業なので、元から詳しい恵の監督付きである。
いくら初歩とはいえ、直哉(偽)先生の授業はわかりやすく、一年生3人と虎杖(偽)で軽い呪術の授業を夜少し遅い時間まで続ける。
特級任務を押し付けられ、あわや大惨事になるかと思われたその日は、穏やかに終わるのだった。
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