甲龍歴417年 


その日、フィットア領と呼ばれた肥沃な大地は消滅した。

後世の史家曰く『フィットア領転移事件』である。



そして、その全ての生命が消えうせた地に、一人の少女の姿があった――




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りゅうじんのおしごと

 

 

 

 

 

 

 

 

――気が付けば、そこは何もない一面の荒野だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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私は目を見開いたまま、硬直していた。

視界に映る世界が、私の脳内キャパシティを超えていたからだ。

 

 

そこは、先刻までの、飽きるほど見慣れたコンクリートの街並みでは無い。

 

 

見慣れない荒野。

 

草一本すら生えていない、ひび割れた地面。

 

地平の果てまでドス黒く変色した死の大地――。

 

 

こんな光景は、生まれてから一度も見たことがなかった。

火星?月面?大干ばつで砂漠化した国?

草も木も死に絶えた、生命の気配など少しも感じられない枯れ果てた世界。

 

 

いや――むしろこれは、学校で見せられたヒロシマの……。

 

 

ていうか、ここ、どこよ。

ふざけないでよ。なによこれ、意味わかんない。

冗談じゃないわよ。なんなのよ。

普通に怖いし。意味わかんないし。怖いし。意味わかんないし。訳わかんないし。

 

 

周囲には誰もいない。

アキも、クロも、誰もいない。なんか変なオッサンが見えた気がしたけど。

 

 

なんなのよ、コレ。意味わかんない。

 

 

 

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私は静香。七星静香。高校生。17歳。

平凡な女子高校生――だった。

 

 

よくわかんないけど、……バカと思われそうだけれども。

私は、突然異世界にトリップした。

 

 

平たく言えば、異世界に次元転移した。

……全然平たくない。バカみたい。意味わかんない。

 

 

今、私は道無き道を歩いている。足が痛い。ふざけんな。

何故歩いているか?

目の前を歩く男に、私がヒヨコみたいにくっついているからだ。

 

 

目の前の男――名前は多分、オルステッド。

多分というのは、言語が解らないからだ。……解るわけ無いじゃん。そもそも何処よここ。

アメリカとか英語ならともかく。でもフランス語とかスペイン語は知らない。

英語でも、テスト問題ならともかく、日常会話とか死ねよバカ。

 

 

……はぁ。どうしても、言葉が悪くなるわね。もう、ヤダ。

 

 

話を戻します。……はぁ。

 

 

私こと、七星静香は、平凡な女子高校生でした。……でした!!

今は何故か、訳のわかんない世界で、トボトボ歩いています!!キレ気味で!!

革靴のままだから、すっごく足痛いし!微妙に寒いし!意味わかんないし!

 

 

…はぁ。意味わかんない、とか何度目だろう。

小学校の先生からも、意味を考えろって何度も言われてたのに、つい使っちゃう。

……便利なのよね、物事を深く考えなくていいし。

 

 

なんか、どうでもいい事ばっか言ってる気がする。

気がする、っていうか言ってるし。

 

 

えーと、私は元の世界から異世界にワープ、転移してしまったらしい。

……何回、このセリフを言えばいいんだろう。まぁいい。

 

 

らしい、っていうのは、実際、よく解らないからだ。

マンガとかラノベ的に考えて、それが一番しっくりくるから、転移かなと。

 

 

私はこの世界に来る前の記憶を掘り起こす。

幼馴染でクラスメイトのアキ――篠原秋人と口論していた。

理由は……思い出したくない。言いたくないし。

 

 

実際、きっかけは些細な事で、本当につまらない口論だったと思う。

日直の仕事がどうとか。

約束した事を守らないとか。

遊ぶ時間に遅れたとか。

クラスの女の子の方が優しいとか。

相手の気持ちが解らないとか――。

 

 

そんな下らない、些細でありふれたケンカ。

 

 

アイツとは、いつもそうだったし。

いつだって、仲直りできたし。

別に、いつも通りだと思ってたから、気にもしなかったし。

 

    

だから、同じく幼馴染のクロ――黒木誠司が仲裁するのも当たり前だったし。

 

 

アキと私がケンカをして、クロが仲裁する。それが日課。それが日常。……だった。

 

 

その日、その日常は、あっさりと崩れ去った。

ギャンギャンと下らないケンカをしていた私達。本当に、下らないケンカ。

そしたらトラックが私達に向かってきた――んだと、思う。

気がついたら荒地にいたんだから、草が生えちゃうわよね。……生えないっての。

 

 

一人で座り込んで呆然としていたら、遠くの方から一人の男が近づいてきた。

 

 

背の高い、やたら怖い顔の男。

外国人だと最初は思った。日本じゃまずお目にかかれない、綺麗な銀髪。

白髪じゃなくて本当に銀色なのだ。

それに、瞳の色は金色。カラーコンタクト?

 

 

男は少し離れた場所で、私の様子を伺っていた。

それから周囲を見回して、また私を見て、ゆっくりと近づいてきた。

私は持っていた鞄をギュッと抱きしめて、怯え固まってしまう。

 

 

すると男は止まり、「何もしない、安心しろ」とでも言いたげなジェスチャーをした。

何もしない、安心しろ、とか言われたって、安心できる訳ないでしょ!

しかも、見た目外人だし!怖いし!デカいし!なに、パンク?ロックな人?

私はさらに警戒を顔に出して、後ずさる。

男は溜息を吐きながら、その場でしゃがみこむ。

 

 

「━━━━━━?」

 

 

なにか言葉を発した。

でも、よくわからない。法則性はあっても、聞いたことも無い言語。

男は再度、同じ音の言語を話した。しかし、理解出来ない事を察したのだろう。

自分の胸元に手を当てて、こう言った。「――オルステッド」と。

もう一度同じ言葉を言って、私に手を向けた。んっと顎をしゃくる。

それで、名前を名乗っているのが解り、私の名前も聞いているのだと解った。

 

 

「……七星。ナナホシ、シズカ」

 

 

私は未だ警戒の残る声音で、自分の名前を伝えた。

男は口の中で「ナナホシ、ナナホシ……」と繰り返し呟いた。

 

 

彼は長考した後、「ここに残るか、自分についてくるか、どうする?」というジェスチャーをしてきた。随分、いきなりだわね。

知らない男にホイホイついて行くのもどうかと思ったけど。

いきなり見知らぬ土地に放り出されて、頼れる相手はどこにもいない。

警戒しつつも、私は彼について行くことにした。

 

 

 

 

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この世界に来て、多分、一週間が過ぎた。

六度寝て、六度起きたから、だけれど。

この世界、一日の時間は地球とそんなに違いは無いみたい。

リズムが狂わなくていいのは助かる。

 

 

そういえば、目の前を歩く大男。曰く、オルステッド。

彼はずっと無言だ。黙々と歩いている。

目的があるのか、それとも無いのか。よく解らない。言葉わかんないし。

まぁ、一週間で異国の言葉を覚えられたら、それは天才よね。

 

 

で、そんなオルステッド氏と私。

最初は、すぐ街にでも着くのかと思ったけど、全然そうじゃなかった。

行けども行けども、同じ風景ばかり。

空気は美味しいし、風景は綺麗なのはいいんだけど、流石に飽きた。

 

 

それに、一日中歩くって、凄く精神的に辛い。ローファーで足も痛かったし。

早々にマメを作ってしまい、凄く落ち込んだ。ベソもかいてたと思う。

 

 

――そうだ。マメで思い出した。発見というか、驚いた事があった。

 

 

過日、私は足の痛みに耐えかねて、歩けなくなってしまった。

すると、彼がうずくまる私に近寄ってきた。

どうした?というような事を言ってると思うので、靴を脱いでみせた。

靴下にはマメが潰れて血が滲んでいた。

 

 

オルステッドがそれ見て、唸りながら顔をしかめた。

それから私の足に手をかざして、なにかブツブツ呟いてたら、温かい光が掌から溢れ出した。

数瞬の後、私の足は痛みが引き、すっかり元の状態に戻っていた。

 

 

びっくりした、というより、信じられなかった。

超能力?霊能力?それとも別のなにか?

ゲームでよくある回復魔法って奴なんだろうか。ホイミとかケアルとか。

そんな、それこそマンガかラノベみたいな事があるなんて、今も信じられないでいる。

しかし、現実なのだ、これは。

ああ、ここは別世界なんだなと、ちょっとテンションも上がってしまった。

 

 

と、まぁ、驚いた事もあったけど。収穫もひとつ。

案外、このオルステッド氏、信用出来そうな人だと思った。

傷を癒してくれたのもそうだけど、あれから何くれとなく気を使ってくれていた。

私が疲れてると見るや、休憩をこまめに挟んでくれたり。

食事を用意してくれたり(捕まえた動物の焼いた肉とか、木の実とかだけど)。

 

 

あと、私が寝ている間に、野兎?の毛皮を使って、ブーツを作ってくれていた。

フカフカしていて、革靴より全然足に心地よかった。

なにげ、顔に似合わずマメな人らしい。マメ事件の後だけに。

 

 

それまでは私の方も、疑心暗鬼でビクビクしていたので、これにはかなり安堵した。

安堵すれば、余裕も出来る。

盗み見るように、オルステッド氏をチラチラと見た。

怖い顔も、よくよく見れば、私の様子を伺っている雰囲気だった。

きっと、彼の方もおっかなびっくりだったのかもしれない。

言葉もわからない女の子が一人、野っ原で泣いていたのだから。

彼だって、扱いに困っていたのかもしれないよね。

 

 

とはいえ、その日以来、私とオルステッド氏の距離はそれなりに縮まった。

私は話しかけるようになったし、彼も余所余所しさが薄らいだ。ほんのちょこっとだけね。

 

 

言葉は相変わらず解らないけど、私は自分勝手に話しかけていた。

案外、誰かに話しかけていると、気が紛れるものだ。

それと、休憩した時とかに、持っていた鞄の中身、つまり教科書とかを彼に見せた。

オルステッド氏は受け取ったそれを、興味深そうに読んでいた。

ふと、とあるページで彼の目が止まった。見れば不思議そうな顔をしている。

 

 

――あ。やばい。やばいというか、痛い。アイタタタ……。

 

 

そのページは、掲載されている人物の顔写真全てに、イタズラ描きしてあったんだ。

うへぁ、恥ずかしい。

なによこの顔、額に「肉」とか書いてあるし。目が少女漫画風だし。

オルス氏の顔は不思議そうであり、……困惑気味だった。

 

 

 

 

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その日、オルステッド氏は不思議な行動を取っていた。

大きな倒木を抱えてきたと思ったら、川に渡して橋みたいにしたり。

別段、そこを渡る訳じゃなかったから、何をしてるのかよく解らなかった。

 

 

他にも色々していた。

森の中で、熊か恐竜かよくわからない巨大生物を倒したり。

道に大きな岩を置いて塞いだり。

 

 

っていうか、この人、物凄い腕力だし、物凄い強さを持っていた。

そもそも、巨大生物をあっさり倒していたし。なに、武者修行かなんかの人?

俺より強い奴に会いにいくとかそういうの?

 

 

でもね、問題は、今の問題は、そういう事じゃないの。

とてもね、切実なの。女子的には絶対確実に、問題なの。

 

 

――トイレ、行きたい。

 

 

さっき、あんまり喉が渇いていたから、湧水をガブガブ飲みすぎた。

今になって、その結果がこれとは……浅はかすぎた。

どうしよう。オルス氏はまだなにかゴソゴソしてるし……。邪魔しちゃ悪いし。

 

 

……こっそり、してきちゃおう。

 

 

 

 

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あんまり離れるのは怖いし、さりとて現場を目撃はされたくは無し……。

キョロキョロと周囲を伺いつつ、私は木立の奥に分け入っている。

よく覚えておかないと、絶対に迷う。

っていうか前に一度迷った。だから警戒する。

 

 

暫くすると、丁度良さそうな物陰があった。

……丁度良さそうって、なんだろうか。

とりあえず、私はそこに入り込もうとして、

 

 

「――えッ?」

 

 

――誰かに押し倒された。

 

 

「いッたァ――」

 

 

痛い!頭打ったし!って……ヒッ!!

喉元に、ヒヤリとしたなにかが押し当てられた。

直感的に悟った――ナイフだ。

 

 

私の喉に、ナイフが押し当てられている。

それをしているのは、私に馬乗りになっている奴。

多分、男。年齢とかそんなのはわからない。それどころじゃないもん!

 

 

なによコレ!意味わかんない!怖い!怖い!怖い!意味わかんない!

私はパニックだ。目を見開いたまま、怖くて固まっている。

 

網膜に、男の顔が映った。

薄汚れていて、でも思ったより若くて、外国人?日本人には見えない。

なんだか必死な顔をしている。クマの出来た目が特にやばい。血走っている。

 

 

男は押し殺したような声で、何かを喋っている。でも理解出来ない。

私は震えるまま、男を見ている事しか出来なかった。

 

 

「ひぅ――」

 

 

グイッと、喉に当てられたナイフが押し込まれる。やだっ死んじゃう――!

しかしそれは単なる恫喝だったようで、痛みはそれほどでも無いし、血も出てなかった。

男はまた声を上げる。多分、何者だ!?とかそんな感じだろう。

そんな事言われても、私は何も言えない。言っても理解されないだろうし。

それよりも、怖すぎて声が出ない。身動きも出来ない。

 

 

平和な日本じゃ、こんな事、ありえなかった。

ネットのニュースなんかじゃ、どこかの国でレ〇プがあったとか、殺人とかあったってのはよく見る。それこそ毎日お目にかかる。

 

 

でも、自分の周囲じゃそんな話、滅多に聞くことは無かった。

私が知らないだけで、実は結構あるのかもしれないけど、少なくとも、私は初めての経験だ。

自分が襲われて、薄い本みたいな展開があって(ふざけんな)、最悪……、

 

 

最悪――死ぬ?

 

 

やだ、怖い。そんなの、ヤダ。

だって、家じゃお母さんもお父さんも待ってるだろうし、それに――。

脳裏に、一人の男の子の顔が浮かんだ。

 

 

「~~~~ッ!!」

 

 

男はなにか喚いて、ナイフを振り上げた。

 

 

――助けて、アキ……ッ!!

 

 

私は願うように心の中で叫び、目を瞑った。

 

 

 

………。

 

 

……・

 

 

…・

 

 

 

――アレ?何も起きないぞ?

 

 

こじ開けるように、私は瞼を持ち上げた。

 

 

男は馬乗りになったまま、ナイフを振りかざしたまま――硬直していた。

 

 

――この世のありとあらゆる凄絶な恐怖を、その顔に張り付かせたままで。

 

 

男の視線の先を追う。

そこには、見慣れた人影があった。

 

 

――オルステッド。仁王立ちになった彼が、そこには立っていたのだ。

 

 

「…………ッッ!!」

 

 

男は絶句した。絶句したまま、凍りついていた。

オルステッドが一歩踏み出す。バキリと枯れ枝が折れる音がやけに響く。

 

 

「ヒィィィッ!!」

 

 

男は悲鳴を上げた。

私から飛び退くと、2,3歩後ずさって、腰を抜かした。

オルステッドがスッと動き、私の横にしゃがみこむ。

私の無事を確認したのだろう。少しホッとしたような表情と雰囲気。

 

 

それから、ジロリと男の方を睨む。

 

 

「はわわわわ(しょわー)」

 

 

男は口をパクパクさせ、失禁した。

それを見てもオルステッドは表情を変えなかったが、小さく溜息を吐いた。

そして「行け」とばかりに顎をしゃくる。

男はそれを見ても腰を抜かしたままだった。

オルステッドが二本の指をクンッて動かすと、男の足元の地面が爆散した。

 

 

「ヒィィッ!!」

 

 

その爆発で、男は四足で這いずるように、森の奥に逃げていった。

オルステッドはそれを見て、フゥッと息を吐く。

それから私の方を向きなおして、

 

 

「……ブジ カ ナナホシ」

 

 

と、若干訛った日本語を喋った。

 

 

「――あ、うん、平気」

 

 

あまりの急展開に、私も普通に受けごたえしてしまったが。

 

そんな事より、大問題があった。

 

なんていうかね、

 

 

……温かかったのよね、あそこが。

 

 

それに思い至った私は、思わずオルステッドの顔をガバッと見る!

彼は見ていた。じっと、そこを見ていた。

しょわ~という謎の水音と、立ち上る湯気を、彼はじっと見て――

 

 

 

「――ギャァァァァァァァァッ!!」

 

 

 

私は叫び、思わずオルステッドに右フックをかましてしまった。

 

 

 

 

-------

 

 

 

 

「……ぐすん」

 

 

そうして、私は今、汚れてしまった下着とスカートを洗っている。

場所は、さっき通り過ぎた川べり。

向こうでオルステッドが焚き火を起こしてくれていた。

 

 

今の彼は、軽装だった。着ていたコートを私に貸してくれたのだ。

白くて、動物の革なんだろうけど、凄く暖かいし着心地が良かった。

 

 

私は鼻をすんすんと鳴らしながら、焚き火の方へと向かう。

彼の対面に座り、彼にできるだけ見えないようにして、下着を乾かす。

オルステッドはじっと炎を見つめていた。

 

 

しばし、無言の時間が過ぎる……。

 

 

「……あの、オルステッドさん。さっきは、あの、ごめんなさい」

 

 

私は何から話せばいいか解らず、とりあえず、謝罪した。

助けてくれたのに、お漏らしを見られて、恥ずかしさのあまり殴ってしまったのだ。

そんな彼は、別段表情も変えず、私の顔を見た。

 

       

「問題ナイ。俺ノ龍聖闘気(ドラゴニックオーラ)ハ、アノ程度デハ、びくトモセン」

 

 

ちょっと癖のある日本語で、彼は私に応えた。確かに、殴った私の拳の方が痛い。

……でもなに、龍聖闘気って。厨二病?

 

 

 

それはともかく。

 

驚いた事に、彼はこの一週間ほどで、日本語を覚えてしまったようだ。

私が一方的に、アレコレと話しかけていたこと。

教科書を読み、言葉の法則性を掴んだことで、ある程度理解してしまったらしい。

なにより、この世界の言語が、日本語に近かったから、だとか。

やだ、この人、天才じゃなかろうか。

とはいえ、これで、意思の疎通が可能になった。

 

 

それから小一時間、正確には下着が乾く間、色々と私達は質問しあった。

勿論、彼も完全に言葉を操れていないので、半分は私の脳内補完だ。

 

 

この世界の事。

 

元の世界の事。

 

お互いの出自。

 

彼の目的。私の願い。

 

 

とりあえず解った事は、この世界は、地球じゃないこと。

私は知らない間に、日本から、地球世界から、この世界に転移してしまったこと。

オルステッドも、異世界からの転移者に出会うのは、初めての事だったらしい。

 

 

それから、オルステッドのこと。

彼は、龍族と呼ばれる一族の出らしい。

その一族で、最強の存在なんだそうだ。「龍神」って称号を持っているとのこと。

……願いの叶えられる玉とか、作れそう。

 

 

そして、彼の目的。

この一週間、あちこちを歩き回って、あれこれとなにかをしていたことの意味。

それは、未来への布石。フラグ立て。

簡単にいうと、オルステッドは、誰かの生命を助けるのが仕事なのだそうだ。

助かった人は、巡り巡って、将来自分を助ける足がかりになるからだ、と。

それと同じく、邪魔な人物の妨害や排除。

それも、巡り巡っての布石らしい。

うーん、龍神のお仕事……ね。

 

 

それから彼は、指輪とかの装飾品を、いくつか私にくれた。

それぞれに、不思議な性能を付与された物らしい。

今回みたいに、私が単独で危険な目にあった時を考えてだ。

いくつか例に上げると、

 

 

・物理的な衝撃波を出せる指輪

 

・危険が迫ったら彼に教える発信機的な指輪

 

・受けるダメージを減らせる首飾り

 

 

「これは?」

 

 

無骨な感じの指輪を彼に聞いた。

 

 

「……悪魔ニ、見ツカラナイ」

 

 

悪魔……?穏やかじゃない言葉。なんだろう、それ。

だけどオルステッドは、それ以上詳しくは教えてはくれなかった。

ともかく、この指輪を付けていると、その悪魔から感知されなくなる効果があるのだそうだ。

なら、私がそいつになにかをされたりはなくなるのだろう。ありがたい。

 

 

そうこうしてるうちに、下着とスカートが乾いた。

 

 

「……ちょっと、あっち向いててくれますか」

 

 

私がそういうと、素直に彼は後ろを向いた。

とても広い。ガッチリとした、大きな背中だった。

なんとなく、お父さんの背中を思い出してしまう。

 

 

――おっと、見とれている場合じゃなかった。

 

 

そそくさと履き直し、私は元の場所に座り込んだ。

それでも律儀に後ろを向いたままのオルステッド氏。

それを見て、私の中で彼に対する信頼感がアップした。

 

 

なんかね、家で飼っていた、豆柴のムーコにそっくりだったから。

小さい癖に、自分は番犬だからと、家の玄関でキリッと座ってたムーコ。

その後ろ姿が、今の彼になんとなく似ていたからだ。

 

 

「もう、こっち向いていいよ、ムーコ」

 

 

私がそう声をかけると、彼はこちらに向きなおした。

その顔は、どことなく不思議そうな顔をしていた。プスス。面白い。

 

 

 

 

 

-------

 

 

 

 

 

その後、私はオルステッドと共に、世界を旅して回った。

 

 

基本は徒歩。日本のJKでは一番長距離を歩いたんじゃないかしら。

時には、謎の遺跡を使って、別の場所に行くこともあった。

 

 

旅の合間に、彼からこの世界の言葉と文字を教わる。

彼はなんでも知っていた。教え方は、かなり不器用だったけど……。

 

 

彼は私との旅の間、いくつもの人命を救い、それ以上の命を奪ったりした。

前もって彼の仕事の内容と意味を聞いていたから、まだしも自分を納得させることは出来た。

でも、やはり日本人の私には、人殺しという行為に忌避感が強い。

 

 

私は最初、彼が殺人を犯すのを見て、かなり怯えた。拒絶反応もあった。

彼はそんな私を見て、弁解することは無かった。ただ、酷く寂しげな顔をした。

 

 

そのうち、彼は私を安全な場所に置いて、仕事にでかけるようになった。

私に自分の仕事を見せないようにとの配慮だろう。

それとも、仕事をこなした後の彼を見る、私の目と表情を見たくなかったのか。

どちらにせよ、私は長くひとつの街に逗留することが増えた。

 

 

その街で顔役をしている人物に向けての手紙とお金を預かり、向かわされる。

門番みたいな人にそれと、渡された指輪を見せる。

彼らは訝しみつつも手紙を上役に持っていく。

そうすると顔役の商人、貴族、王族は青い顔をしつつ、私の身柄を預かってくれた。

 

 

たまにそっけなく追い返される事もある。

その時は、オルステッドが屋敷に乗り込み、主人に直談判をする。

相手はやっぱり「はわわわ(自主規制」となる。

 

 

ひとつ気になったのは、彼を見る人達の態度。

まるで、猛獣に出会い頭にぶつかったような感じに見える。

確かに彼は巨漢だし、怖い顔をしている。それにしても異常なほどの怯えようなのだ。

私が不思議に思って尋ねると「呪イダ」と彼は答えた。

 

 

彼には生まれつき、人から嫌悪され、畏怖される呪いがかかっているのだとか。

どんな屈強な人間でも、徳の高い聖職者であっても、彼をひと目見た瞬間に、怯えられ、かつ忌避されるのだと。

どれほど善行を積んでも、それは解消されないのだとか。

 

 

私は彼に、別に貴方を嫌いじゃないし、そんな風には思わないけど、と言った。

すると彼は少しだけ黙って、それから口を開いた。

 

 

「俺ノ呪イガ発動シナイ奴ハ、同族以外デ、オ前デ、二人目ダ」

 

 

へー、他にも居たんだ。

何気なく、どんな人で、今はどこにいるのか尋ねた。

すると、彼は少しだけ俯いて、ポツリと言った。

 

 

「今ハ、イナイ……」

 

 

私は軽く聞いたことを後悔した。

こんな強い人が、こんな寂しそうな顔をするなんて。

よほど、なにか深い理由があるのだろう。

もしかして、恋人さんが、死んじゃった……とかかな。

 

 

そういえば、以前、彼は同じような顔をしたことがあった。

旅をし始めた頃、私が彼の仕事を目の当たりにして、怯えた時のこと。

彼は私の態度を見て、寂しそうな顔をしていた。

 

 

あれは、世界にたった二人しか居ない、自分を嫌わない人間から、怯えられたことが悲しかったからなのだと、私は今になって思い至った。

私は彼に、心の底から謝罪した。

彼はやっぱり、不思議そうな顔をしていた。

そして、私の頭をそっと撫でてくれた。

 

 

「気ニスルナ。モウ、慣レタ――」

 

 

錆びた声で、そう言った。

 

 

――嘘つき。ちっとも、慣れてなんか、無い癖に。

 

 

私は頭を下げたまま、ちょっとだけ涙ぐんだ。

 

 

この日から、私は彼に、できるだけ優しさを持って接しようと決めた。

 

 

 

 

-------

 

 

 

 

――この世界に転移して、三年ほどの年月が過ぎた。

 

 

 

相変わらず、私はオルステッドと旅をしている。

最初の一年は、無我夢中に過ぎていった。

二年目から、少し余裕が出てきた。

 

 

今は、少しウンザリしかかっている。

 

 

この世界は過酷だ。

 

環境は整備されていないし、そこいらに危険が満ち満ちている。

盗賊や人殺しは普通に潜んでいるし、危険な野生生物も多い。

街中なら安全かというと、そうでもなかった。

倫理観の欠如した輩も本当に多かった。

 

 

オルステッドのいない間、一人で街を散策していると、攫われそうになることがよくあった。

その都度、彼にもらった衝撃の指輪を使い、撃退した。

見てみれば、ついさっき、リンゴを買った露天商の売り子のお兄さんだったり。

子どもだってそうだ。ぶつかってきたと思えば、お財布を盗んでいった。

その時、お気に入りのキーホルダーも落としてしまう。ふんだりけったり。

 

 

――ここは日本じゃない。安全なんて、自分で確保するしか無い。

 

 

私はようやく、警戒を強く持つようになった。

 

 

何を今更、遅すぎるだろう。そう思うかもしれない。

でも、今まではオルステッドと一緒だったから、それほど気にしなくて済んだ。

一人になって思う。安全な国で生まれ育った感覚は根強いものだと。

日本じゃ、夜に外を出歩いてコンビニまで行っても、何も起こらなかった。

でもここでは、昼日中ですら、襲われたり誘拐されたりする。

 

 

守られている、ということが、どれほどありがたいことだったか。今にして痛感する。

それを理解している人間が、どれほど元の世界にいたことか。

安全だから、他国から侵略されても平気だと思い込んでる人だって多かったし。

でも、世界は薄皮一枚剥げば、殺伐とした世界に早変わりするのだ。

 

 

他者に警戒心を植え付ける為に、無骨な仮面をかぶることにした。

私の本心を隠すため。危険から、身を守るため。

一日中、息苦しい仮面をかぶらないといけないこんな世界……大嫌い。

 

 

――早く帰りたい。一刻も早く。

 

 

日に日に、私の願いは募っていった。

 

 

 

 

-------

 

 

 

 

また、ある程度言葉が解り、文字を読めるようになった頃。

私は自分と同じように、こちらの世界に来た人間がいないか、尋ねるようになった。

――結果はゼロ。皆無。ナッシング。

 

 

はぁ…。溜息を吐く。

鞄から、手帳を取り出す。

そこに入れられた、一枚の写真。

 

 

――元の世界には、ありふれていたモノ。

 

――ありふれていたけど、今ではとても大切なモノ。

 

 

薄れつつある、元の世界の記憶。それを繋ぎ留める、大事な宝物。

 

そこに映っているのは、二人の男の子。その間にいる私。

 

 

――篠原秋人 アキ。

 

――黒木誠司 クロ。

 

 

二人に会いたい。

お父さん、お母さんに会いたい。

私はこの頃、強くそう想っている。願っている。

願わなければ、心が萎れてしまうからだ。

 

 

家族に会いたい。みんなに会いたい。

 

 

――アキに、アイツに会いたいよ。

 

 

その日、写真を手に持ったまま、寝入ってしまった。

 

 

 

 

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――私は今日もオルステッドと旅をしている。

 

 

 

今では、彼のくれたコートのお陰で、随分旅が楽になった。

身を軽くする魔法が付与されたコートなのだとか。ありがたい。

 

 

この日は「赤竜の下顎」と呼ばれる難所を越えていく予定だ。

岩がゴロゴロとした、険しい山道。

ここ以外に通り道が無く、無理にショートカットをしようものなら、赤いドラゴンに食べられてしまうとか。

オルステッド一人なら、問題なく通過出来ると言っていた。

でも、私は足でまといだ。彼にすら、時折ドラゴンは襲いかかってくるという。

その戦いの余波で、私が怪我をしないとも限らない。なので、遠回りだが安全な道を行くことにしてくれたのだ。申し訳ない。

 

 

ここ数日、行き交う人はまるで見なかった。

飛行機も車も無い世界だ。好き好んで、危険な旅をする人も大勢はいないのだろう。

 

 

――と、思っていたら、かなり遠くから、馬車がやってくるのが見えた。

 

行商人だろうか。でも、御者席にいる人は、商人とは違うように思う。

 

 

まぁ、なんでもいい。私は早く元の世界に戻りたいだけ。

今回の仕事が終わったら、またオルステッドは、空にいる王様の所に連れて行ってくれると言っていた。

あの王様でも、私を元の世界に戻すのは無理かもしれない。

でも、チャンスはあるはずだ。どこかに、きっと――。

 

 

ふと、馬車の中から視線を感じた。

 

中学生くらいの男の子だ。可愛らしい顔をしている。

 

……?

 

なんだろう、その視線に奇妙な既視感を覚えた。

 

 

――その直後。

 

 

 

 

「うん……? お前、もしかしてスペルド族か?」

 

 

 

 

突然、オルステッドが声を上げた――。

 

 

 

 

-------

 

 

 

チャンスというのは、どこかにあるものなのだろう。

 

 

 

私にとっては、この日、この出会いが、チャンスそのものだったようだ。

 

 

 

「赤竜の下顎」で出会った少年。

 

 

 

――ルーデウス・グレイラット。

 

 

 

彼との邂逅は、私にとって、大いなる転機をもたらすことになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、それに気が付くのには、さらに数年を待たなければならなかった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

        「りゅうじんのおしごと」  ~完~

 

 

 

 







(店`ω´)はい、どうも。てんちょっぷです。

単話「りゅうじんのおしごと」いかがでしたでしょうか。

これは2016年二月頃に、Twitterの相互様の誕生日リク返しで書いたものです。

正味三日で書いたので、粗がある割にお気に入りの作品です。

JKになったつもりで、じゃない、ナナホシになったつもりで、ナナホシ視線でこの世界を俯瞰して書いたつもりです。

いわばナナホシ/プロローグ・ゼロですね。

閲覧、ありがとうございました。
楽しんで頂けたなら幸いです。

それでは、また。


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