甲龍歴417年
その日、フィットア領と呼ばれた肥沃な大地は消滅した。
後世の史家曰く『フィットア領転移事件』である。
そして、その全ての生命が消えうせた地に、一人の少女の姿があった――
――気が付けば、そこは何もない一面の荒野だった。
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私は目を見開いたまま、硬直していた。
視界に映る世界が、私の脳内キャパシティを超えていたからだ。
そこは、先刻までの、飽きるほど見慣れたコンクリートの街並みでは無い。
見慣れない荒野。
草一本すら生えていない、ひび割れた地面。
地平の果てまでドス黒く変色した死の大地――。
こんな光景は、生まれてから一度も見たことがなかった。
火星?月面?大干ばつで砂漠化した国?
草も木も死に絶えた、生命の気配など少しも感じられない枯れ果てた世界。
いや――むしろこれは、学校で見せられたヒロシマの……。
ていうか、ここ、どこよ。
ふざけないでよ。なによこれ、意味わかんない。
冗談じゃないわよ。なんなのよ。
普通に怖いし。意味わかんないし。怖いし。意味わかんないし。訳わかんないし。
周囲には誰もいない。
アキも、クロも、誰もいない。なんか変なオッサンが見えた気がしたけど。
なんなのよ、コレ。意味わかんない。
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私は静香。七星静香。高校生。17歳。
平凡な女子高校生――だった。
よくわかんないけど、……バカと思われそうだけれども。
私は、突然異世界にトリップした。
平たく言えば、異世界に次元転移した。
……全然平たくない。バカみたい。意味わかんない。
今、私は道無き道を歩いている。足が痛い。ふざけんな。
何故歩いているか?
目の前を歩く男に、私がヒヨコみたいにくっついているからだ。
目の前の男――名前は多分、オルステッド。
多分というのは、言語が解らないからだ。……解るわけ無いじゃん。そもそも何処よここ。
アメリカとか英語ならともかく。でもフランス語とかスペイン語は知らない。
英語でも、テスト問題ならともかく、日常会話とか死ねよバカ。
……はぁ。どうしても、言葉が悪くなるわね。もう、ヤダ。
話を戻します。……はぁ。
私こと、七星静香は、平凡な女子高校生でした。……でした!!
今は何故か、訳のわかんない世界で、トボトボ歩いています!!キレ気味で!!
革靴のままだから、すっごく足痛いし!微妙に寒いし!意味わかんないし!
…はぁ。意味わかんない、とか何度目だろう。
小学校の先生からも、意味を考えろって何度も言われてたのに、つい使っちゃう。
……便利なのよね、物事を深く考えなくていいし。
なんか、どうでもいい事ばっか言ってる気がする。
気がする、っていうか言ってるし。
えーと、私は元の世界から異世界にワープ、転移してしまったらしい。
……何回、このセリフを言えばいいんだろう。まぁいい。
らしい、っていうのは、実際、よく解らないからだ。
マンガとかラノベ的に考えて、それが一番しっくりくるから、転移かなと。
私はこの世界に来る前の記憶を掘り起こす。
幼馴染でクラスメイトのアキ――篠原秋人と口論していた。
理由は……思い出したくない。言いたくないし。
実際、きっかけは些細な事で、本当につまらない口論だったと思う。
日直の仕事がどうとか。
約束した事を守らないとか。
遊ぶ時間に遅れたとか。
クラスの女の子の方が優しいとか。
相手の気持ちが解らないとか――。
そんな下らない、些細でありふれたケンカ。
アイツとは、いつもそうだったし。
いつだって、仲直りできたし。
別に、いつも通りだと思ってたから、気にもしなかったし。
だから、同じく幼馴染のクロ――黒木誠司が仲裁するのも当たり前だったし。
アキと私がケンカをして、クロが仲裁する。それが日課。それが日常。……だった。
その日、その日常は、あっさりと崩れ去った。
ギャンギャンと下らないケンカをしていた私達。本当に、下らないケンカ。
そしたらトラックが私達に向かってきた――んだと、思う。
気がついたら荒地にいたんだから、草が生えちゃうわよね。……生えないっての。
一人で座り込んで呆然としていたら、遠くの方から一人の男が近づいてきた。
背の高い、やたら怖い顔の男。
外国人だと最初は思った。日本じゃまずお目にかかれない、綺麗な銀髪。
白髪じゃなくて本当に銀色なのだ。
それに、瞳の色は金色。カラーコンタクト?
男は少し離れた場所で、私の様子を伺っていた。
それから周囲を見回して、また私を見て、ゆっくりと近づいてきた。
私は持っていた鞄をギュッと抱きしめて、怯え固まってしまう。
すると男は止まり、「何もしない、安心しろ」とでも言いたげなジェスチャーをした。
何もしない、安心しろ、とか言われたって、安心できる訳ないでしょ!
しかも、見た目外人だし!怖いし!デカいし!なに、パンク?ロックな人?
私はさらに警戒を顔に出して、後ずさる。
男は溜息を吐きながら、その場でしゃがみこむ。
「━━━━━━?」
なにか言葉を発した。
でも、よくわからない。法則性はあっても、聞いたことも無い言語。
男は再度、同じ音の言語を話した。しかし、理解出来ない事を察したのだろう。
自分の胸元に手を当てて、こう言った。「――オルステッド」と。
もう一度同じ言葉を言って、私に手を向けた。んっと顎をしゃくる。
それで、名前を名乗っているのが解り、私の名前も聞いているのだと解った。
「……七星。ナナホシ、シズカ」
私は未だ警戒の残る声音で、自分の名前を伝えた。
男は口の中で「ナナホシ、ナナホシ……」と繰り返し呟いた。
彼は長考した後、「ここに残るか、自分についてくるか、どうする?」というジェスチャーをしてきた。随分、いきなりだわね。
知らない男にホイホイついて行くのもどうかと思ったけど。
いきなり見知らぬ土地に放り出されて、頼れる相手はどこにもいない。
警戒しつつも、私は彼について行くことにした。
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この世界に来て、多分、一週間が過ぎた。
六度寝て、六度起きたから、だけれど。
この世界、一日の時間は地球とそんなに違いは無いみたい。
リズムが狂わなくていいのは助かる。
そういえば、目の前を歩く大男。曰く、オルステッド。
彼はずっと無言だ。黙々と歩いている。
目的があるのか、それとも無いのか。よく解らない。言葉わかんないし。
まぁ、一週間で異国の言葉を覚えられたら、それは天才よね。
で、そんなオルステッド氏と私。
最初は、すぐ街にでも着くのかと思ったけど、全然そうじゃなかった。
行けども行けども、同じ風景ばかり。
空気は美味しいし、風景は綺麗なのはいいんだけど、流石に飽きた。
それに、一日中歩くって、凄く精神的に辛い。ローファーで足も痛かったし。
早々にマメを作ってしまい、凄く落ち込んだ。ベソもかいてたと思う。
――そうだ。マメで思い出した。発見というか、驚いた事があった。
過日、私は足の痛みに耐えかねて、歩けなくなってしまった。
すると、彼がうずくまる私に近寄ってきた。
どうした?というような事を言ってると思うので、靴を脱いでみせた。
靴下にはマメが潰れて血が滲んでいた。
オルステッドがそれ見て、唸りながら顔をしかめた。
それから私の足に手をかざして、なにかブツブツ呟いてたら、温かい光が掌から溢れ出した。
数瞬の後、私の足は痛みが引き、すっかり元の状態に戻っていた。
びっくりした、というより、信じられなかった。
超能力?霊能力?それとも別のなにか?
ゲームでよくある回復魔法って奴なんだろうか。ホイミとかケアルとか。
そんな、それこそマンガかラノベみたいな事があるなんて、今も信じられないでいる。
しかし、現実なのだ、これは。
ああ、ここは別世界なんだなと、ちょっとテンションも上がってしまった。
と、まぁ、驚いた事もあったけど。収穫もひとつ。
案外、このオルステッド氏、信用出来そうな人だと思った。
傷を癒してくれたのもそうだけど、あれから何くれとなく気を使ってくれていた。
私が疲れてると見るや、休憩をこまめに挟んでくれたり。
食事を用意してくれたり(捕まえた動物の焼いた肉とか、木の実とかだけど)。
あと、私が寝ている間に、野兎?の毛皮を使って、ブーツを作ってくれていた。
フカフカしていて、革靴より全然足に心地よかった。
なにげ、顔に似合わずマメな人らしい。マメ事件の後だけに。
それまでは私の方も、疑心暗鬼でビクビクしていたので、これにはかなり安堵した。
安堵すれば、余裕も出来る。
盗み見るように、オルステッド氏をチラチラと見た。
怖い顔も、よくよく見れば、私の様子を伺っている雰囲気だった。
きっと、彼の方もおっかなびっくりだったのかもしれない。
言葉もわからない女の子が一人、野っ原で泣いていたのだから。
彼だって、扱いに困っていたのかもしれないよね。
とはいえ、その日以来、私とオルステッド氏の距離はそれなりに縮まった。
私は話しかけるようになったし、彼も余所余所しさが薄らいだ。ほんのちょこっとだけね。
言葉は相変わらず解らないけど、私は自分勝手に話しかけていた。
案外、誰かに話しかけていると、気が紛れるものだ。
それと、休憩した時とかに、持っていた鞄の中身、つまり教科書とかを彼に見せた。
オルステッド氏は受け取ったそれを、興味深そうに読んでいた。
ふと、とあるページで彼の目が止まった。見れば不思議そうな顔をしている。
――あ。やばい。やばいというか、痛い。アイタタタ……。
そのページは、掲載されている人物の顔写真全てに、イタズラ描きしてあったんだ。
うへぁ、恥ずかしい。
なによこの顔、額に「肉」とか書いてあるし。目が少女漫画風だし。
オルス氏の顔は不思議そうであり、……困惑気味だった。
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その日、オルステッド氏は不思議な行動を取っていた。
大きな倒木を抱えてきたと思ったら、川に渡して橋みたいにしたり。
別段、そこを渡る訳じゃなかったから、何をしてるのかよく解らなかった。
他にも色々していた。
森の中で、熊か恐竜かよくわからない巨大生物を倒したり。
道に大きな岩を置いて塞いだり。
っていうか、この人、物凄い腕力だし、物凄い強さを持っていた。
そもそも、巨大生物をあっさり倒していたし。なに、武者修行かなんかの人?
俺より強い奴に会いにいくとかそういうの?
でもね、問題は、今の問題は、そういう事じゃないの。
とてもね、切実なの。女子的には絶対確実に、問題なの。
――トイレ、行きたい。
さっき、あんまり喉が渇いていたから、湧水をガブガブ飲みすぎた。
今になって、その結果がこれとは……浅はかすぎた。
どうしよう。オルス氏はまだなにかゴソゴソしてるし……。邪魔しちゃ悪いし。
……こっそり、してきちゃおう。
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あんまり離れるのは怖いし、さりとて現場を目撃はされたくは無し……。
キョロキョロと周囲を伺いつつ、私は木立の奥に分け入っている。
よく覚えておかないと、絶対に迷う。
っていうか前に一度迷った。だから警戒する。
暫くすると、丁度良さそうな物陰があった。
……丁度良さそうって、なんだろうか。
とりあえず、私はそこに入り込もうとして、
「――えッ?」
――誰かに押し倒された。
「いッたァ――」
痛い!頭打ったし!って……ヒッ!!
喉元に、ヒヤリとしたなにかが押し当てられた。
直感的に悟った――ナイフだ。
私の喉に、ナイフが押し当てられている。
それをしているのは、私に馬乗りになっている奴。
多分、男。年齢とかそんなのはわからない。それどころじゃないもん!
なによコレ!意味わかんない!怖い!怖い!怖い!意味わかんない!
私はパニックだ。目を見開いたまま、怖くて固まっている。
網膜に、男の顔が映った。
薄汚れていて、でも思ったより若くて、外国人?日本人には見えない。
なんだか必死な顔をしている。クマの出来た目が特にやばい。血走っている。
男は押し殺したような声で、何かを喋っている。でも理解出来ない。
私は震えるまま、男を見ている事しか出来なかった。
「ひぅ――」
グイッと、喉に当てられたナイフが押し込まれる。やだっ死んじゃう――!
しかしそれは単なる恫喝だったようで、痛みはそれほどでも無いし、血も出てなかった。
男はまた声を上げる。多分、何者だ!?とかそんな感じだろう。
そんな事言われても、私は何も言えない。言っても理解されないだろうし。
それよりも、怖すぎて声が出ない。身動きも出来ない。
平和な日本じゃ、こんな事、ありえなかった。
ネットのニュースなんかじゃ、どこかの国でレ〇プがあったとか、殺人とかあったってのはよく見る。それこそ毎日お目にかかる。
でも、自分の周囲じゃそんな話、滅多に聞くことは無かった。
私が知らないだけで、実は結構あるのかもしれないけど、少なくとも、私は初めての経験だ。
自分が襲われて、薄い本みたいな展開があって(ふざけんな)、最悪……、
最悪――死ぬ?
やだ、怖い。そんなの、ヤダ。
だって、家じゃお母さんもお父さんも待ってるだろうし、それに――。
脳裏に、一人の男の子の顔が浮かんだ。
「~~~~ッ!!」
男はなにか喚いて、ナイフを振り上げた。
――助けて、アキ……ッ!!
私は願うように心の中で叫び、目を瞑った。
………。
……・
…・
――アレ?何も起きないぞ?
こじ開けるように、私は瞼を持ち上げた。
男は馬乗りになったまま、ナイフを振りかざしたまま――硬直していた。
――この世のありとあらゆる凄絶な恐怖を、その顔に張り付かせたままで。
男の視線の先を追う。
そこには、見慣れた人影があった。
――オルステッド。仁王立ちになった彼が、そこには立っていたのだ。
「…………ッッ!!」
男は絶句した。絶句したまま、凍りついていた。
オルステッドが一歩踏み出す。バキリと枯れ枝が折れる音がやけに響く。
「ヒィィィッ!!」
男は悲鳴を上げた。
私から飛び退くと、2,3歩後ずさって、腰を抜かした。
オルステッドがスッと動き、私の横にしゃがみこむ。
私の無事を確認したのだろう。少しホッとしたような表情と雰囲気。
それから、ジロリと男の方を睨む。
「はわわわわ(しょわー)」
男は口をパクパクさせ、失禁した。
それを見てもオルステッドは表情を変えなかったが、小さく溜息を吐いた。
そして「行け」とばかりに顎をしゃくる。
男はそれを見ても腰を抜かしたままだった。
オルステッドが二本の指をクンッて動かすと、男の足元の地面が爆散した。
「ヒィィッ!!」
その爆発で、男は四足で這いずるように、森の奥に逃げていった。
オルステッドはそれを見て、フゥッと息を吐く。
それから私の方を向きなおして、
「……ブジ カ ナナホシ」
と、若干訛った日本語を喋った。
「――あ、うん、平気」
あまりの急展開に、私も普通に受けごたえしてしまったが。
そんな事より、大問題があった。
なんていうかね、
……温かかったのよね、あそこが。
それに思い至った私は、思わずオルステッドの顔をガバッと見る!
彼は見ていた。じっと、そこを見ていた。
しょわ~という謎の水音と、立ち上る湯気を、彼はじっと見て――
「――ギャァァァァァァァァッ!!」
私は叫び、思わずオルステッドに右フックをかましてしまった。
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「……ぐすん」
そうして、私は今、汚れてしまった下着とスカートを洗っている。
場所は、さっき通り過ぎた川べり。
向こうでオルステッドが焚き火を起こしてくれていた。
今の彼は、軽装だった。着ていたコートを私に貸してくれたのだ。
白くて、動物の革なんだろうけど、凄く暖かいし着心地が良かった。
私は鼻をすんすんと鳴らしながら、焚き火の方へと向かう。
彼の対面に座り、彼にできるだけ見えないようにして、下着を乾かす。
オルステッドはじっと炎を見つめていた。
しばし、無言の時間が過ぎる……。
「……あの、オルステッドさん。さっきは、あの、ごめんなさい」
私は何から話せばいいか解らず、とりあえず、謝罪した。
助けてくれたのに、お漏らしを見られて、恥ずかしさのあまり殴ってしまったのだ。
そんな彼は、別段表情も変えず、私の顔を見た。
「問題ナイ。俺ノ
ちょっと癖のある日本語で、彼は私に応えた。確かに、殴った私の拳の方が痛い。
……でもなに、龍聖闘気って。厨二病?
それはともかく。
驚いた事に、彼はこの一週間ほどで、日本語を覚えてしまったようだ。
私が一方的に、アレコレと話しかけていたこと。
教科書を読み、言葉の法則性を掴んだことで、ある程度理解してしまったらしい。
なにより、この世界の言語が、日本語に近かったから、だとか。
やだ、この人、天才じゃなかろうか。
とはいえ、これで、意思の疎通が可能になった。
それから小一時間、正確には下着が乾く間、色々と私達は質問しあった。
勿論、彼も完全に言葉を操れていないので、半分は私の脳内補完だ。
この世界の事。
元の世界の事。
お互いの出自。
彼の目的。私の願い。
とりあえず解った事は、この世界は、地球じゃないこと。
私は知らない間に、日本から、地球世界から、この世界に転移してしまったこと。
オルステッドも、異世界からの転移者に出会うのは、初めての事だったらしい。
それから、オルステッドのこと。
彼は、龍族と呼ばれる一族の出らしい。
その一族で、最強の存在なんだそうだ。「龍神」って称号を持っているとのこと。
……願いの叶えられる玉とか、作れそう。
そして、彼の目的。
この一週間、あちこちを歩き回って、あれこれとなにかをしていたことの意味。
それは、未来への布石。フラグ立て。
簡単にいうと、オルステッドは、誰かの生命を助けるのが仕事なのだそうだ。
助かった人は、巡り巡って、将来自分を助ける足がかりになるからだ、と。
それと同じく、邪魔な人物の妨害や排除。
それも、巡り巡っての布石らしい。
うーん、龍神のお仕事……ね。
それから彼は、指輪とかの装飾品を、いくつか私にくれた。
それぞれに、不思議な性能を付与された物らしい。
今回みたいに、私が単独で危険な目にあった時を考えてだ。
いくつか例に上げると、
・物理的な衝撃波を出せる指輪
・危険が迫ったら彼に教える発信機的な指輪
・受けるダメージを減らせる首飾り
「これは?」
無骨な感じの指輪を彼に聞いた。
「……悪魔ニ、見ツカラナイ」
悪魔……?穏やかじゃない言葉。なんだろう、それ。
だけどオルステッドは、それ以上詳しくは教えてはくれなかった。
ともかく、この指輪を付けていると、その悪魔から感知されなくなる効果があるのだそうだ。
なら、私がそいつになにかをされたりはなくなるのだろう。ありがたい。
そうこうしてるうちに、下着とスカートが乾いた。
「……ちょっと、あっち向いててくれますか」
私がそういうと、素直に彼は後ろを向いた。
とても広い。ガッチリとした、大きな背中だった。
なんとなく、お父さんの背中を思い出してしまう。
――おっと、見とれている場合じゃなかった。
そそくさと履き直し、私は元の場所に座り込んだ。
それでも律儀に後ろを向いたままのオルステッド氏。
それを見て、私の中で彼に対する信頼感がアップした。
なんかね、家で飼っていた、豆柴のムーコにそっくりだったから。
小さい癖に、自分は番犬だからと、家の玄関でキリッと座ってたムーコ。
その後ろ姿が、今の彼になんとなく似ていたからだ。
「もう、こっち向いていいよ、ムーコ」
私がそう声をかけると、彼はこちらに向きなおした。
その顔は、どことなく不思議そうな顔をしていた。プスス。面白い。
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その後、私はオルステッドと共に、世界を旅して回った。
基本は徒歩。日本のJKでは一番長距離を歩いたんじゃないかしら。
時には、謎の遺跡を使って、別の場所に行くこともあった。
旅の合間に、彼からこの世界の言葉と文字を教わる。
彼はなんでも知っていた。教え方は、かなり不器用だったけど……。
彼は私との旅の間、いくつもの人命を救い、それ以上の命を奪ったりした。
前もって彼の仕事の内容と意味を聞いていたから、まだしも自分を納得させることは出来た。
でも、やはり日本人の私には、人殺しという行為に忌避感が強い。
私は最初、彼が殺人を犯すのを見て、かなり怯えた。拒絶反応もあった。
彼はそんな私を見て、弁解することは無かった。ただ、酷く寂しげな顔をした。
そのうち、彼は私を安全な場所に置いて、仕事にでかけるようになった。
私に自分の仕事を見せないようにとの配慮だろう。
それとも、仕事をこなした後の彼を見る、私の目と表情を見たくなかったのか。
どちらにせよ、私は長くひとつの街に逗留することが増えた。
その街で顔役をしている人物に向けての手紙とお金を預かり、向かわされる。
門番みたいな人にそれと、渡された指輪を見せる。
彼らは訝しみつつも手紙を上役に持っていく。
そうすると顔役の商人、貴族、王族は青い顔をしつつ、私の身柄を預かってくれた。
たまにそっけなく追い返される事もある。
その時は、オルステッドが屋敷に乗り込み、主人に直談判をする。
相手はやっぱり「はわわわ(自主規制」となる。
ひとつ気になったのは、彼を見る人達の態度。
まるで、猛獣に出会い頭にぶつかったような感じに見える。
確かに彼は巨漢だし、怖い顔をしている。それにしても異常なほどの怯えようなのだ。
私が不思議に思って尋ねると「呪イダ」と彼は答えた。
彼には生まれつき、人から嫌悪され、畏怖される呪いがかかっているのだとか。
どんな屈強な人間でも、徳の高い聖職者であっても、彼をひと目見た瞬間に、怯えられ、かつ忌避されるのだと。
どれほど善行を積んでも、それは解消されないのだとか。
私は彼に、別に貴方を嫌いじゃないし、そんな風には思わないけど、と言った。
すると彼は少しだけ黙って、それから口を開いた。
「俺ノ呪イガ発動シナイ奴ハ、同族以外デ、オ前デ、二人目ダ」
へー、他にも居たんだ。
何気なく、どんな人で、今はどこにいるのか尋ねた。
すると、彼は少しだけ俯いて、ポツリと言った。
「今ハ、イナイ……」
私は軽く聞いたことを後悔した。
こんな強い人が、こんな寂しそうな顔をするなんて。
よほど、なにか深い理由があるのだろう。
もしかして、恋人さんが、死んじゃった……とかかな。
そういえば、以前、彼は同じような顔をしたことがあった。
旅をし始めた頃、私が彼の仕事を目の当たりにして、怯えた時のこと。
彼は私の態度を見て、寂しそうな顔をしていた。
あれは、世界にたった二人しか居ない、自分を嫌わない人間から、怯えられたことが悲しかったからなのだと、私は今になって思い至った。
私は彼に、心の底から謝罪した。
彼はやっぱり、不思議そうな顔をしていた。
そして、私の頭をそっと撫でてくれた。
「気ニスルナ。モウ、慣レタ――」
錆びた声で、そう言った。
――嘘つき。ちっとも、慣れてなんか、無い癖に。
私は頭を下げたまま、ちょっとだけ涙ぐんだ。
この日から、私は彼に、できるだけ優しさを持って接しようと決めた。
-------
――この世界に転移して、三年ほどの年月が過ぎた。
相変わらず、私はオルステッドと旅をしている。
最初の一年は、無我夢中に過ぎていった。
二年目から、少し余裕が出てきた。
今は、少しウンザリしかかっている。
この世界は過酷だ。
環境は整備されていないし、そこいらに危険が満ち満ちている。
盗賊や人殺しは普通に潜んでいるし、危険な野生生物も多い。
街中なら安全かというと、そうでもなかった。
倫理観の欠如した輩も本当に多かった。
オルステッドのいない間、一人で街を散策していると、攫われそうになることがよくあった。
その都度、彼にもらった衝撃の指輪を使い、撃退した。
見てみれば、ついさっき、リンゴを買った露天商の売り子のお兄さんだったり。
子どもだってそうだ。ぶつかってきたと思えば、お財布を盗んでいった。
その時、お気に入りのキーホルダーも落としてしまう。ふんだりけったり。
――ここは日本じゃない。安全なんて、自分で確保するしか無い。
私はようやく、警戒を強く持つようになった。
何を今更、遅すぎるだろう。そう思うかもしれない。
でも、今まではオルステッドと一緒だったから、それほど気にしなくて済んだ。
一人になって思う。安全な国で生まれ育った感覚は根強いものだと。
日本じゃ、夜に外を出歩いてコンビニまで行っても、何も起こらなかった。
でもここでは、昼日中ですら、襲われたり誘拐されたりする。
守られている、ということが、どれほどありがたいことだったか。今にして痛感する。
それを理解している人間が、どれほど元の世界にいたことか。
安全だから、他国から侵略されても平気だと思い込んでる人だって多かったし。
でも、世界は薄皮一枚剥げば、殺伐とした世界に早変わりするのだ。
他者に警戒心を植え付ける為に、無骨な仮面をかぶることにした。
私の本心を隠すため。危険から、身を守るため。
一日中、息苦しい仮面をかぶらないといけないこんな世界……大嫌い。
――早く帰りたい。一刻も早く。
日に日に、私の願いは募っていった。
-------
また、ある程度言葉が解り、文字を読めるようになった頃。
私は自分と同じように、こちらの世界に来た人間がいないか、尋ねるようになった。
――結果はゼロ。皆無。ナッシング。
はぁ…。溜息を吐く。
鞄から、手帳を取り出す。
そこに入れられた、一枚の写真。
――元の世界には、ありふれていたモノ。
――ありふれていたけど、今ではとても大切なモノ。
薄れつつある、元の世界の記憶。それを繋ぎ留める、大事な宝物。
そこに映っているのは、二人の男の子。その間にいる私。
――篠原秋人 アキ。
――黒木誠司 クロ。
二人に会いたい。
お父さん、お母さんに会いたい。
私はこの頃、強くそう想っている。願っている。
願わなければ、心が萎れてしまうからだ。
家族に会いたい。みんなに会いたい。
――アキに、アイツに会いたいよ。
その日、写真を手に持ったまま、寝入ってしまった。
-------
――私は今日もオルステッドと旅をしている。
今では、彼のくれたコートのお陰で、随分旅が楽になった。
身を軽くする魔法が付与されたコートなのだとか。ありがたい。
この日は「赤竜の下顎」と呼ばれる難所を越えていく予定だ。
岩がゴロゴロとした、険しい山道。
ここ以外に通り道が無く、無理にショートカットをしようものなら、赤いドラゴンに食べられてしまうとか。
オルステッド一人なら、問題なく通過出来ると言っていた。
でも、私は足でまといだ。彼にすら、時折ドラゴンは襲いかかってくるという。
その戦いの余波で、私が怪我をしないとも限らない。なので、遠回りだが安全な道を行くことにしてくれたのだ。申し訳ない。
ここ数日、行き交う人はまるで見なかった。
飛行機も車も無い世界だ。好き好んで、危険な旅をする人も大勢はいないのだろう。
――と、思っていたら、かなり遠くから、馬車がやってくるのが見えた。
行商人だろうか。でも、御者席にいる人は、商人とは違うように思う。
まぁ、なんでもいい。私は早く元の世界に戻りたいだけ。
今回の仕事が終わったら、またオルステッドは、空にいる王様の所に連れて行ってくれると言っていた。
あの王様でも、私を元の世界に戻すのは無理かもしれない。
でも、チャンスはあるはずだ。どこかに、きっと――。
ふと、馬車の中から視線を感じた。
中学生くらいの男の子だ。可愛らしい顔をしている。
……?
なんだろう、その視線に奇妙な既視感を覚えた。
――その直後。
「うん……? お前、もしかしてスペルド族か?」
突然、オルステッドが声を上げた――。
-------
チャンスというのは、どこかにあるものなのだろう。
私にとっては、この日、この出会いが、チャンスそのものだったようだ。
「赤竜の下顎」で出会った少年。
――ルーデウス・グレイラット。
彼との邂逅は、私にとって、大いなる転機をもたらすことになる。
しかし、それに気が付くのには、さらに数年を待たなければならなかった――。
「りゅうじんのおしごと」 ~完~
(店`ω´)はい、どうも。てんちょっぷです。
単話「りゅうじんのおしごと」いかがでしたでしょうか。
これは2016年二月頃に、Twitterの相互様の誕生日リク返しで書いたものです。
正味三日で書いたので、粗がある割にお気に入りの作品です。
JKになったつもりで、じゃない、ナナホシになったつもりで、ナナホシ視線でこの世界を俯瞰して書いたつもりです。
いわばナナホシ/プロローグ・ゼロですね。
閲覧、ありがとうございました。
楽しんで頂けたなら幸いです。
それでは、また。