「駄目! 禍ノ眼! 戻って!」
時は戦国、炎に包まれた城から脱出するために建物の中を姫を抱えて走っていると、姫が胸を叩いて訴えてきた。
禍ノ眼(まがのめ)と呼ばれた鬼のあやかしの青年は、胸元に抱える少女に向かって厳しい声色で返す。
「そらぁ出来ねぇ、今戻ったら殺されちまう」
「でも……!」
右目をぼさぼさの頭髪で隠し、紺の着物と灰色の袴を身に纏った、どこか野良犬のような雰囲気をもった荒々しい青年は、頭髪で隠れていない左の三白眼を下に向ける。
すると豪奢な着物で身を包んでいた美しい少女、今滅びようとしているこの国の姫である紗月姫は、苦し気に瞳を伏せた。
腰まで伸びた美しい黒髪、頭髪と同じ、色の、儚げだが意志の強さを感じさせる大きな目、ちょこんと可愛らしい鼻筋に、紅を刺した薄い唇、それらすべてが卵型の輪郭の中にバランスよく収まっている。
この戦争の発端を意図せず担ってしまった少女は、罪悪感をにじませた瞳でこちらを見かえした。
「私を差し出せばあなたたちだけでも!」
「なりませぬ!」
城の下層へ続く階段をかけ降りていた、彼女を幼いころから知っている老中が、強い声で遮った。
「おひいさまはこの国の、人間とあやかしをつなぐ希望の光! 断じてあのような男のもとに行ってはなりませぬ!」
「こっちだぞ!」
隠し通路に続く階層へやっとたどりついた禍ノ眼たちは、城に施された仕掛けを解いて通路の中に入る。薄暗い通路を駆け足で進んでいると、ふと耳に嗚咽が飛び込んできた。
「私が婚姻を拒んだから……お母様も、お父様も……っ!」
戦いの嵐が吹き荒れる、正に地獄と化したこの日ノ本で人間とあやかしの共存を夢見た姫様の国は、文字通り炎に包まれた。
城の石垣を貫通するような形で作られた通路を通り、このまま城の裏側に出る。逃がす準備はちゃんとしてあるので、姫を馬に乗せた後通路を破壊してしまえばうまくいくはずだった。
隠し通路を通り終え、待たせていた部下たちに姫を任せた、正にその時だった。
禍ノ眼の人より優れたあやかしの聴覚に、戦いの音が聞こえてくる。後ろを振り向くと、隠し通路からその音は聞こえていた。
「もうここまできてたのか!」
馬に乗せられた姫がこちらに手を伸ばす。
「禍ノ眼! 早く!」
だが青年はそれには応えず、ただ無言で姫を守らんとする家臣たちの顔を見回した。彼らは青年の意志を感じ取り、ただ頷く。それをみて、目の前の青年が何をしようとしているのか感じ取った紗月姫は、声を震わせて首を振った。
「いや、そんな……っ!」
「じいさん、灯りくれ」
老中が持っていた松明をもらい、禍ノ眼は彼らに背を向ける。その背中に縋りつくように、少女の声が当たった。
「何をしているのですお前たち! 彼を、禍ノ目を!」
馬から降りようとして止められる音がする。禍ノ眼はそれにぼんやりと微笑む。
「じゃあな、姫さん」
「いや……! 嫌っ! 戻ってきて禍ノ眼! これは――」
「アンタの夢、ずっと見てるからさぁ!」
泣き叫ぶ声を跳ね返しながら走り出した彼は、通路に戻ってしばらくしてから敵に辿り着く。鎧を着こんだ武者たちに相対しながら、禍ノ眼はどう猛な笑みを浮かべた。
「悪いけどアンタたちを通すわけには行かないんでね!」
そして、手に持った「それ」を掲げると、兵士たちが恐れおののく。
「最後に一発、でかい花火をぶちあげてやろうじゃねえか!」
そして禍ノ眼は、通路に火のついた火薬玉を地面に叩きつけた瞬間、大きな爆発が起こった。そして、それに呼応するかのように、あらかじめ火をつけていた導火線が後方にある大量の爆薬に引火し、石垣を完全に崩壊させる。
だが、完全に視界が、肉体の感覚が闇に覆われてからしばらくして、禍ノ眼の意識は覚醒する。
彼は、気が付けば揺れの中で目を覚ましていた。
「ここは――」
事態が読み込めなくて、辺りを見渡す。六畳ほどの部屋の中心に置かれた金属製の台の上に裸で横たわっていた彼は、頭上を照らす蓮の実のような形をした灯りに眼をすぼませる。
(燭台か……? ここは極楽?)
あの世というのはこういうところなのか、絵や物語でみるよりずっとつまらない。少し拍子抜けしながら降りようとしたその時だった。前方の扉が空気の抜ける音を発して自動的に開く。それに驚くのもつかの間、扉の向こう側から妙な丸っこい鎧兜を着込んだ男たちが入ってきた。
「なんだてめえらは。部屋に入る時名乗りもしねえのかい」
死後の世界なのだから常識が違うのかもしれない、そう思って思考を宙に走らせた瞬間、耳の辺りに手を当てていた鎧武者が、手に持っていた何かをこちらに向けた。
反射的にその形状をみて、頭が警鐘を鳴らす。尾張の辺りで話題になった、銃と呼ばれる武装に似ていたからだ。それを向けられた瞬間、相手の体からぶわっと敵意があふれ出す。
だが、感じ取ってしまえば動くのは早かった。台のわきに置かれていた机の上にある金属の盆を足で蹴り相手にぶつけると、怯んだ隙を狙って体勢を整え跳躍。相手に組み付いて頭部に固く伸ばした爪を突き立て、確実に内部を貫いた。
「なんだぁコイツ」
倒れ伏した相手の正面に回り込み、鎧兜を外す。すると中から出てきたのは
「……人間?」
苦悶の表情を浮かべて絶命している黒髪の成人男性だった。不気味な現実に眉根をひそめながらも、再びやってきた揺れによろめく。
「いったい何が起こってるんだよ。まったく……」
裸のまま部屋を出ると、廊下は警戒を告げる紅い色で染まっていた。誰もいないそこを進んでいくにつれ、聴覚に嫌な音が流れ込んでくる。
戦いの音、人が死ぬ音、悲鳴、銃声。ろくでもないことに巻き込まれたのは確かだった。
通路の先で、吹き抜けの巨大な空間に辿り着く。下層ではいまだに戦いが繰り広げられていた。
手すりを持ったまま身を乗り出して、下の様子を確認する。天国ではないだろうし、なら誰かに話を聞かなくてはならない。
ぼんやりと下をみていたが、ふと目にした相手に、禍ノ眼の表情が強張る。
「姫様!?」
下層では、自分を殺そうとした兵士が5人ほど集まった集団と、それらから少女を守るように立ち向かっている4人ほどの戦士たちの集団が戦いを繰り広げていた。
十二単を着た少女を、紗月姫を守ろうとしているが故に、彼らは敵に強気で出られないようだ。青い銃弾を何らかの力ではじきながら、じりじりと後退している。
(まさか……!)
禍ノ眼が歯をぎりりと食いしばった。あの城を焼いた下衆が、いまだに自分たちをつけ狙っていると思ったからだ。怒りを燃え上がらせた禍ノ眼は、全身に力を滾らせ、一気に跳躍する。立っていた場所がひしゃげ、今までよりもはるか頭上から相手を見降ろした禍ノ眼は、右腕に強く力を込めた。
途端、腕が巨大に、かつとげとげしく、赤黒く変化する。そしてまるで地獄の獄卒、鬼のようになったそれを禍ノ眼は
「どりゃああああっ!!!」
自由落下の勢いとともに敵に向かって叩きつけた。
鼓膜が破れてしまいそうなほど壮絶な破砕音と揺れ。巻きあがった土煙が晴れると、禍ノ眼を視認した一団は各々目を見開き、驚愕の表情を浮かべていた。
そんな彼らを無視して、禍ノ眼は姫に向かって歩き出す。
「ご無事ですか姫様!」
だが、彼女のもとに駆け寄ろうとした禍ノ眼の前に、一人の純白の洋装を身に纏った男が立ちふさがる。
「待て」
「あ?」
男は氷のように物静かな印象を受ける、美しい青年だった。すらりとしているが、ゆるぎない逞しさを備えた長身の体格、背の中ほどにまで伸びた金髪に、理知的な光を湛えた切れ長の青い瞳、鼻梁は細く、口元は物憂げに閉じられている。肌は陶器のように白く、それらがシャープな輪郭の中にバランスよく収まっている。
彼は瞳の疑念を隠さずに、少女の前に立っていた。無駄な会話をしなければならないのが煩わしくて、禍ノ眼は顔を不快感でゆがめる。
「誰だよ手前は」
「お前は禍ノ眼か?」
不可解な質問に、思わず眉を顰める。
「当たり前だろ、何言ってんだ」
応えると彼は素早く背後にいる姫のそばに控え、彼女に何か耳打ちした。
すると姫が驚いたような顔になり、そのあとすぐにこちらにやってきて右手を握ってきた。
「禍ノ眼様! 私たちを助けてください!」
(様?)
相手の言い方に違和感を覚えるが、それを表面に出すよりも早く姫が手を引いて歩きだした。
「こっち!」
胸に昏い靄がかかったまま歩いていると、背中に黄色い外套が掛けられる。振り返ると、金色の髪の青年が後ろにいた。
彼は眉間にしわを寄せながら、いらだち交じりに呟く。
「服を着ろ」
「こりゃ失敬」
軽く答えたが、眉に力がこもるのを止められなかった。
そして一団とともにつれてこられた場所で、禍ノ眼は呆然と呟いた。
「これは、船か?」
港のような設備の中に鎮座する、見たことのない楕円形の物体を前にいうと、少女はこちらをみてこくりと頷いた。
「これが私たちの船、『移民船 大和』。お願い! いま私たちは襲撃を受けて窮地に陥っている! 貴方の力が必要なの!」
「でも俺ぁ……」
すると、少女の横にすっと男がさぶらう。
「姫様。この者は知識を持ち合わせていません。戦うなど――」
「でもこのままじゃ……」
だが、会話を打ち切るように部屋の一部が開き、外に見えた闇の中から一体の、巨人が中に入ってきた。巨人は火花を散らしながら船のわきに着地してから、両手をついて勢いを殺し、不格好に禍ノ眼たちの前に止まった。
頭部から角の生えた、漆黒の甲冑を身に纏った人形のような巨人は、駆け寄ってきた姫様に向かって後悔の滲んだ声を漏らす。
「繰鬼!」
「もうしわけ……ありません……この繰鬼、あと一歩及ばず――」
「まさか……! 早く変化を解きなさい。誰か手当を!」
だが、繰鬼と呼ばれたあやかしの命がすでに散りかけているのは、誰の目に見ても明らかだった。そして禍ノ眼は、相手の声を聞いてある人物が思い浮かぶ。
おそるおそる近づいてから、慎重に話しかけた。
「もしかしてあんた……じいさんか?」
すると、旧友の声を聴いて一瞬嬉しそうになったあやかしの甲冑の隙間からのぞく瞳が、確かにこちらをとらえた。紗月姫を城から逃すときに一緒にいた老中が、嬉しそうに声を出す。
「おお! 禍ノ字か! よかった! 目が覚めたのだな!」
「いやよかったってあんた人間だったんじゃ」
「いろいろあってな。あやかしになってしまったわい!」
そう言いながら苦しそうに、でも楽し気に笑う繰鬼をみて、胸に少しだけ郷愁の感情がこみ上げる。その感情に少しだけ浸っていると、繰鬼が姫に向き直った。
「彼がいるのなら、もう大丈夫です姫様。何も問題は――ぐっ!?」
「繰鬼! て、手当はまだなのですか!?」
目の前の少女は、あたふたしながら周りを見るが、目にする誰もが沈痛な面持ちで顔をそらす。最後の頼みと言いたげに金髪の青年を見るが、彼も無言で首を振った。
「彼の魄はもう……」
彼女は体を丸めて痙攣した後、瞳を涙でいっぱいにしてこちらをみた。その少女の、どこかで見たような顔をみて、禍ノ眼は一歩踏み出す。
姫の脇を通り、鬼の形をした人型兵器のあやかしになったかつての友人の顔にそっと触れる。手の感触をうけて、繰鬼は息も絶え絶えに言った。
「我らの夢を……人とあやかしの共存する世界を作るためにわしは……!」
「ああ、わかってる」
「禍ノ字、頼む……姫様を――」
言いかけて、彼が吐血する。吐き出した血で顔面を汚しながら、それを一切感じさせずに、禍ノ眼は言った。
「分かってるって。俺が守る」
すると、言質を取ったとばかりに繰鬼が枯れてねじれた笑い声を発する。
「ふは……は……! 言ったな! この考えなしめ! 後悔しても知らんぞ!」
「しねぇよ馬鹿」
だが、その会話に金髪の男が口をはさんだ。
「待て、お前一体何をするつもりだ。この時代のことを何も知らないお前が――」
「うーっせぇなあ。黙ってろよ南蛮野郎」
「なっ……!」
言葉を詰まらせた男を尻目に、繰鬼はこちらに頷く。
「わしの残りの魂も魄も力も……すべて、貴様にくれてやる。それで、死んでもおひい様を守れ……!」
それを聞いた禍ノ眼は、かつて一国を落とし、住民全てを血祭りにあげた最凶のあやかしは、力強く頷いた。
次の瞬間、訪れた異様な空気に、周囲がざわめく。ぼんやりと輝き始めた繰鬼に駆け寄ろうとした姫を、金髪の青年が止める。
繰鬼の発する光はやがて渦となり、禍ノ眼を取り囲む。
そして、禍ノ眼を中心に巻き起こった黄金の嵐はやがて大きな光を発し、次の瞬間爆発音が鳴り響いた。
「ねえ。いつまで頑張るつもりなのかなー?」
移民船大和を追い詰めたエルフの軍人の少女、「アイナ・グリンアイズ」は、禍ノ眼たちのいる場所から数光年離れたエルフの本星で、コクピットで腕をプラプラ垂らしながら呟いた。
大将らしき相手をぶっ殺してみたはいいものの、代わりが出てこない。周囲は雑魚同士で戦い合っているのでこちらは暇になってしまった。
アイナの鋼色の装甲に覆われ、頭部と四肢にライムグリーンのひれ状のパーツが付き、背中には鋼鉄の翼の生えた特別な戦闘用ボディの手に持ったライフルを、目標が隠れたコロニーに向ける。
戯れにトリガーを引こうとした瞬間、コロニーの隔壁が一瞬で赤熱し、中から一体のあやかしが飛び出してくる。それは縦横無尽にアイナの軍勢を掃除してから、思い出したみたいに彼女に向かってきた。
即座にそれを視認したアイナは、トリガーを引いて相手を打ち抜こうとする。が、それはできなかった。
変化した禍ノ眼が想像以上の出力でこちらに突っ込んできたからだ。とっさに腕のパーツを高速振動させて相手が振り上げた刀を受け止める。
「何!?」
「手前こそ誰だよ」
全身をくまなくこげ茶色の装甲で覆われた、前に突き出た一対の角を持つ、黄金色の一つ目をした巨人。さっきのより体格は小さいが、背中にはジェット機のような翼があり、全体的なフォルムもとげとげしく、殺意を感じる。
全身から感じる強者の気配、アイナは装甲越しに笑顔を見せる。
「きみおもしろいねえ! どれだけ耐えられる?」
「あんまり会話するつもりねえんだけどな」
アイナは敵を弾き飛ばし、ライフルの弾を撃つ。青色の閃光が鬼に襲い掛かる。だが、鬼は手に持った鞘付きの日本刀を一振りし、黄金色の斬撃を飛ばすと、それで銃撃を掻き消した。
「うっそ、すっご」
感じたことのない震え、恐怖なのか武者震いなのかわからない。でもひたすらに衝動に従い攻撃する。翼を大きく開き、全身の筋肉を躍動させて音よりも早く飛ぶ。
だが、あっさりと背後に回られ、刀を叩きつけられ周りの同僚のエルフとぶつかる。
「あっ!」
「すみません!」
「ボケっと見てんじゃねえよ役立たず! さっさと戦えぇ!」
同じようにリモートで戦いに参加している部下の腑抜けた様子に苛ついたアイナは、同僚の機体の頭部を破壊し戦いに復帰する。
死体をデコイ代わりに投げつけると、禍ノ眼はそれを鞘で弾き飛ばしながらあきれたように呟いた。
「血も涙もねえな」
「あったら戦争なんてやってねえんだよ!」
隙をついて発射したライフルの光線もやすやすと切り裂かれ、冷や汗をかく。
「お兄さん何者? ありえないんですけど!」
「だから手前から名乗れっつってんだよ」
急速に近づいてきた禍ノ眼の刀の一撃を受けて、ライフルがへし折れる。そして懐を貫くように突き出された鋭利な手刀を腕の装甲でそらすが、逸らされた勢いを利用して放たれたキックで背中からくの字に曲がる。
「きゃあああんっ!」
遠隔で戦っているこちらには身の危険なんて一つもないが、つい声が出てしまうものらしい。勢いを制御し、体勢を整えた後振り向いた瞬間、頭に鞘付きの刀が突き刺さる。サブのカメラでしか確認できなくなったアイナは、迫りくる禍ノ眼に向かって大声でまくしたてた。
「ちょっとまってタンマタンマタンマ!!! このまま終わるなんてもったいな――」
「戦いにもったいないも贅沢もあるかってんだ」
遠慮なくコクピットをぶち抜かれ、通信途絶。画面に出た接続終了表示を見て、遠隔操作用のポッド内で操縦していたうねった銀髪をもつ少女は――アイナは――うなだれる。
「あー、負けた。これは負けたわ」
次に幹部からの呼び出しの連絡が入り、二重の意味で肩を落とした。
すげえじゃねえか!」
「助けてくれてありがとう!」
「アンタが大将!」
大将らしき相手を落としてから雑魚を掃討し、元の場所に戻った禍ノ眼は、歓声とともに迎えられた。
金髪の男はしきりに隔壁を壊したことを言ってきたが、周りにかき消されていまいち聞き取れない。
両ひざをついて船の隣に座ると、姫様が駆け寄ってきた。
「ありがとうございます禍ノ眼様! 貴方のおかげでみんなが救われました!」
「礼なんていいよ。約束したからな、じいさんに」
それをいうと、周りが少し静かになる。その静寂を、金髪の男が切り裂いた。
「早く変化を解け。話したいことがある」
それを受けて、禍ノ眼はこめかみをぽりぽりとかいた。
「おう、そうだったな。えーっと……」
「ディムだ」
「そうそうそれそれ」
じいさんの記憶を探っていると、苛立たし気に補足される。だが、いつまでたっても動こうとしない禍ノ眼をみて、姫が首を傾げた。
「どうしたのですか? 禍ノ眼様」
「あ、いや、なんだ」
禍ノ眼は精いっぱいためらってから、言った。
「まともな服をくれ。最初貰ったのは破けちまった」
周りに苦笑いされ、余っていた詰襟の黒の軍服を貰って着替えた禍ノ眼は、和装ではないことに違和感を抱きながらもコロニー内のある部屋に通される。そこは自分が最初眠っていた場所の隣にある部屋だった。
薄暗い室内で、禍ノ眼は周りを見回す。
「ここに何があるってんだ?」
「待て。今にわかる」
その言葉通り、しばらくすると部屋に灯りがつき、目の前にある「それ」に気が付いた。
禍ノ眼の前にあったのは、岩から切り出されたらしき何かの「化石」だった。
「これは……何だ?」
体の大部分が欠けていて、何の生物なのか特定できない。だがしばらく見ていると、繰鬼の記憶が語り掛けてきた。
――これは確か……。
横に立っていた姫が、物静かな口調で、どこか罪悪感を滲ませながら言った。
「これは、地球で見つかった、およそ一万二千年前の『侍の化石』です」
「侍の、化石?」
背筋がぞわっとする感覚があった。姫は、頷いて続ける。
「これは地球の日ノ本に存在していたある国の天守閣跡で見つかりました」
そして、姫はこちらを向いた。その瞳には、ある種の罪悪感がにじんでいたような気がする。
「私たちは貴方が生きていたころより一万年以上先の未来で生まれた子孫です。私の名前は依月姫(いつきひめ)」
そして彼女は、紗月姫に瓜二つの依月姫は、こちらに向かって三つ指をつき、止める間もなく土下座して言った。
「化石になっていたあなたをよみがえらせたのは私の判断です。ですがどうかお願いします。私たちを、地球を追われた日ノ本の民を助けてください……っ!」
「姫様!」
そばに控えたディムの責めるような眼差しをあえて無視しながら、禍ノ眼はしゃがみ込み、姫の背中に手を当てる。
「大丈夫さ、姫様」
涙をためて、頼りなさげにこちらをみた依月姫に、禍ノ眼は微笑む。
「約束したからな。俺が守るって」
あの時捨てたはずの命を、なぜか拾うことができた。なら、
「教えてくれ。俺は何をすればいいんだ?」
あやかしの言葉に、少女はおずおずと口を開いた。
「貴方の名前、名前が、知りたい……です。ずっと聞きたかった」
意外に可愛らしいお願いに頬が緩むが、実のところ禍ノ眼に名前はない。紗月姫に聞かれたことがあるが、ない。で通してしまっていた。
だが、同じように応えてしまおうかと考えた瞬間、一体化した繰鬼の魂が怒っているような気がした。
(めんどくせぇなぁ……)
以前からやたらとおせっかいだった老中の魂が自分の一部になったことに複雑な心境を抱きながら、不思議そうにこちらを見つめる姫の期待に応えるべく思考をめぐらした。
(えっと、まがのめ、まがのめだろ? まがのめまがのめまがの……これで行くか)
禍ノ眼は姫に向かって、自信満々に言った。
「俺のことはカナメって呼んでくれ。どうだ。かっこいいだろ?」
歯を見せてニッと笑うと、少女はかわいらしくコクコクと頷いた。
「そのまんまでは……?」
眉を顰める金髪美形に対し、内心舌打ちで返す禍ノ眼、もといカナメだった。