女神フレイヤとの約束通り、いつもより多目の週5で料理を作りに行く日々にも終わりが来て、ようやく予定が空いた。
オッタルさんとの遠征に備えて各種ポーションや食料品にテントなど、ダンジョンで必要になりそうな物資を用意していると、ミアハ・ファミリアのホームにある俺の自室にまで押しかけてきた椿。
「頼まれていた軽装のアーマーが完成したぞ!」
笑顔でそう言いながら軽装のアーマーを包んでいた布を外し、中身を見せてきた椿は、テンションがやたらと高い。
「寝る間も惜しんで作り上げた。手前の渾身の一作よ!」
寝る間も惜しんで作り上げたというのは嘘ではないようで、椿の目の下には、うっすらとだがクマがある。
「さあ、身に付けてみるのだ!」
どうやら椿は徹夜明けで、ハイテンションになってしまっているようだ。
椿から差し出された軽装のアーマーを受け取って身に付けてみると羽根のように軽い軽装のアーマーは、重量で身体の動きを邪魔することはない。
それだけの軽さがありながら、黒いグリーンドラゴンのドロップアイテムで作られた「黒樹」を遥かに上回る強度を持っているアーマーは「バロールガントレット」にも劣らない防具だった。
「そのアーマーの名は「黒閃」と名付けてある」
漆黒のイル・ワイヴァーンのドロップアイテムで作られた黒いアーマーは「黒閃」という名前であるらしい。
「凄まじく軽く、並外れて堅固な良いアーマーだ。今回も素晴らしい仕事をしてくれたみたいだな」
毎回素晴らしい作品を作ってくれる椿が、俺の専属鍛冶師となってくれたことは間違いなく幸運だ。
「うむ、喜んでもらえたなら手前も嬉しいぞ」
頷いて嬉しそうに笑っている椿には、しっかりと報酬を支払っておくとしよう。
「じゃあとりあえず5000万ヴァリスを支払っておくよ」
金庫から取り出した5000万ヴァリスを椿に手渡そうとすると、ヴァリスの入った袋を手で遮った椿が言った。
「漆黒のイル・ワイヴァーンの黒い甲殻は面白い素材だったのでな、2500万ヴァリスでも構わんぞ」
半額に値引きしてくれたことはありがたいが、鍛冶師である椿の堅実な仕事にはしっかりとした報酬を支払う必要がある。
「5000万ヴァリスをそのまま受け取ってほしいんだが」
「むう、珍しいドロップアイテムを夢中になって加工できて、鍛冶師としての腕も上がった手前の方が、逆にヴァリスを支払いたいぐらいなのだがなあ」
珍しい素材を加工できたことで、鍛冶師として腕も上がり、それをとても喜んでいた椿は、逆に此方にヴァリスを支払いたいとさえ思っていたみたいだ。
「それでも俺は、しっかりと報酬を受け取ってほしいと思う。正当な報酬は、命を預けられる防具を作ってくれた専属鍛冶師への感謝の気持ちだと考えてくれ」
俺の正直な気持ちを言葉にして椿に伝えておくと、深く息を吐いて嬉しそうな笑みを浮かべた椿。
「そこまでお主に言われては仕方がないか、大人しく全額を受け取っておくとしよう」
俺から5000万ヴァリスが入った大袋を受け取った椿は、大金の入っている大袋を片手に持つ。
Lv5の椿なら5000万ヴァリスが入った大袋でも片手で軽々と持ち運べるだろう。
「近々ダンジョンに行こうと考えていたから、新しい防具が間に合って良かったよ」
「そうか、それなら手前も頑張った甲斐があるのう」
再び楽しげな笑みを浮かべていた椿が笑顔のまま、ふらりと倒れてしまいそうになったので、抱きかかえて支えておく。
「大丈夫か?」
「すまんすまん、流石に丸4日も寝ていないのは堪えたようだのう」
鍛冶仕事に没頭して、4日間も睡眠を取っていなかった椿の身体が、限界を迎えているのは確かだ。
身体を休める為にも、速やかに睡眠を取る必要があるだろう。
「このまま帰るのは大変だろうし、工房まで運んでくよ」
「すまんな、一気に眠気が押し寄せてきて、眠くて仕方がないのだ。ここは甘えさせてもらおう」
抱きかかえていた椿を背負い、5000万ヴァリスが入った大袋を片手に持って椿の工房にまで運んでいき、仮眠用のベッドに椿を寝かせてから、ベッドの近くに5000万ヴァリスが入った大袋を置いておいた。
気持ち良さそうに眠っている椿は完全に熟睡していて、そう簡単には起きそうにない。
椿が寝ている間に盗みに入られたら、ベッドの近くに置いた5000万ヴァリスも普通に盗まれてしまいそうな気がしたので、椿が起きるまで椿の工房の警護をしてみることにした。
数時間経過するまで起きることはなかった椿だったが、眠りから覚めたらすっかり元気になっていて、もう倒れてしまいそうになることはなさそうだ。
これなら警護を終わらせて帰っても問題無いと判断した俺は、椿の工房からミアハ・ファミリアのホームにまで戻る。
そして再びダンジョンに潜る為の準備を整えていき、大量に用意した物資をリトルフィートで全て小さくして鞄にしまった。
武器の手入れもしっかりと行い、軽く振るって調子を確かめてみたが、どの武器も問題はない。
これで準備は万全で、いつでもダンジョンに向かうことが可能だ。
という訳で、フレイヤ・ファミリアのホームに向かい、オッタルさんを探してみると、ホーム内を歩いていた女神フレイヤの背後に付き従っているオッタルさんと侍女達を発見。
失礼のないように先に女神フレイヤに挨拶をしてから、女神フレイヤの護衛として付き従っているオッタルさんに、しばらく俺の予定が空いていることとダンジョンに向かう準備が整っていることを伝えてみる。
するとオッタルさんは女神フレイヤから遠征の許可をもらうと、女神フレイヤの護衛を侍女達に頼んで呼び出してもらった「白妖の魔杖」に手早く引き継いだ。
「装備一式を用意してくる。戦の野の入り口で待っていろ」
それだけ言って装備一式を取りにいったオッタルさんが戻ってくるまで、言われた通りに戦の野の入り口で待っていると、軽装の防具を身に付けて3本の大剣を背負った状態で現れたオッタルさん。
背負っている2本の大剣はミスリル製で間違いなく第1等級武装だが、3本目の一際巨大な大剣こそが最も強力な武器である「極白の剣」だった。
以前オッタルさんとパーティを組んでいた時に遭遇した白いウダイオスを倒した際に手に入れたドロップアイテム、2本の「ウダイオスの白剣」の内、オッタルさんに譲られた1本を素材としてゴブニュ・ファミリアによって作成された白大剣。
不壊属性まで付与された特殊武装でありながら、第1等級武装並みの斬れ味を持つ凄まじい武器である「極白の剣」を持ってきているということは、オッタルさんは全力で戦うつもりなのだろう。
ミアハ・ファミリアのホームにまでオッタルさんには着いてきてもらい、俺が装備を着込んで武装するまで、しばらく待っていてもらった。
インナーを着用し、軽装のアーマーの「黒閃」を装備してから上に「ペルーダコート」を羽織り、首に「ペルーダマフラー」を巻き付けておく。
黒1色の「ペルーダコート」に覆われた両腕の前腕に、白い「バロールガントレット」を装着し、腰にベルトを巻き付けると、短剣の「黒頭」と脇差の「骨喰」の鞘をベルトに固定。
背中に白い大剣である「白断」を背負い、全てが銀色な短槍の「銀竜」を片手に持つ。
小さくなった様々な物資が大量に詰まった鞄を最後に背負い、オッタルさんと一緒にダンジョンへと向かった。
上層、中層、下層では、立ち止まることなく突き進み、全てのモンスターの魔石を破壊しながら先に進んだ。
エナジーポーションで疲労感を回復しながら先へ進んでいくと到着した深層。
深層で現れるモンスターには強化種が度々混じっていたが、Lv7に到達している冒険者の相手にはならず、両断されて死骸を残すモンスター達。
手早くモンスターから魔石を抉り出していく俺と少し離れたところで、ミスリルの大剣を振るってモンスターを倒すオッタルさん。
「極白の剣」を使うまでもないと判断し、深層のモンスター達を相手にミスリルの大剣を振るうオッタルさんは、全てのモンスターを1振りで倒していった。
倒されたモンスター達から抜き取った魔石と、手に入ったドロップアイテムを大きめの袋に詰めていき、リトルフィートで袋ごと小さくして鞄にしまう。
ダンジョン内を移動しながらエナジーポーションを飲んで疲労を回復していくと、立ち止まらずに進むことが可能だ。
階層を更に下へ下へと降りていき、到着した49階層には大量のフォモールが存在していたが、バロールの姿はない。
幾らでも湧き出てくる通常のモンスターとは違って、1度倒されると、ある程度の日数が経過しなければ復活しない階層主。
倒されたバロールが復活するまで、通常は日数が経過するまで待つ必要があるが、ダンジョンで異常な事態と遭遇することが多い俺なら何かが起こるかもしれないと思っていた。
そして、それは確かに正しかったようで、49階層のダンジョンの壁面が大きくひび割れたかと思えば、生まれ落ちた巨人。
それは通常のバロールとは違っており、まるで阿修羅のような姿をしている。
中央の頭部に加えて左右から1つずつ生えた3つの頭を持ち、腕刃を生やした6本の腕を持つバロールは、単眼の巨人であることは変わっていない。
しかし単眼でありながら頭が3つある為、3つの眼があるバロールは、恐らく3つの眼全てから光線を放つことが可能だろう。
6本に増えている腕も攻撃手段として使ってくるのは間違いない。
「ダンジョンで試練に出会えたことに、感謝しよう」
阿修羅バロールを見据えて大剣を構えたオッタルさんは、静かにそう言うと阿修羅バロールに突撃していく。
連続で放たれた阿修羅バロールの光線を回避して近付いたオッタルさんに振り下ろされた3本の腕。
振り下ろされた阿修羅バロールの腕にオッタルさんがミスリルの大剣を叩き込んだ瞬間、砕け散ったミスリルの大剣。
大剣を砕こうと勢いを止めることなく振り下ろされていった阿修羅バロールの腕を、後方に跳んだことで避けたオッタルさん。
「強度は鍛えられたミスリルよりも上か」
冷静に言葉を発しているオッタルさんに動揺は欠片もない。
背負っている「極白の剣」の柄を握ったオッタルさんは、巨大な白い大剣を構えた。
「行くぞ」
白塊のような大剣がLv7の力で振るわれ、阿修羅バロールに叩き込まれていく。
金属で金属を削るように、少しずつ削られていっている阿修羅バロールの身体。
阿修羅バロールもただやられているばかりではなく、単眼から光線を放ちながら腕を振るう。
オッタルさんは放たれた光線を回避し、振るわれた阿修羅バロールの腕に連続で「極白の剣」を叩き込んだ。
折れることのない不壊属性が付与された白大剣が、バロールの腕と打つかり合うと凄まじい金属音が響き渡る。
阿修羅バロールは、1本の腕ではオッタルさんに力負けすると判断したのか、糸を縒り合わせるかのように3本の腕を絡め合わせて1本に束ねてしならせると、凄まじい速度で鞭の如く振るった。
人間の腕の構造では考えられない阿修羅バロールの攻撃。
迎え撃つのは、白大剣。
Lv7の冒険者から放たれた斬撃。
オッタルさんが振り下ろした白大剣と阿修羅バロールの束ねた腕が真正面から打つかり合う。
一瞬の拮抗、力と力の打つかり合い。
力負けしたのはオッタルさんの方で、白大剣を握ったまま足で地を削り、地面に両足で線を引きながら後方に吹き飛ばされたオッタルさん。
「手伝いは、いりますか?」
此方の近くまで下がってきたオッタルさんに、手伝いが必要かどうかを聞いてみる。
「不要だ。この試練には1人で挑まねばなるまい」
そう言い切ったオッタルさんは、1人で阿修羅バロールを倒すつもりのようだ。
通常のバロールよりも明らかに強力な阿修羅バロールを1人で倒せば、偉業となるのは間違いない。
手伝いが不要であるなら、せめてオッタルさんの戦いを見届けるとしよう。