フランスの悪魔   作:林部

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オリバー視点→ジャック視点です


第10話

ジャックという男はとても賢く恐ろしい奴だった。出会った頃は兵士のくせにチビで華奢で顔も女みたいな作りをしていた。本当に弱そうな奴だった。だが見た目に反して力は強く、お前は鷹かと思うほどの視力を持ち合わせ最大距離が600メートルと言われていたロングボウを数キロ先まで飛ばし敵に命中させていた。あんなに扱いづらい武器で奴は呼吸するように敵を討ち落としていた。

奴の恐ろしさは弓兵としてだけではなかった。戦略家としても奴は優秀だった。絶体絶命の状況に追い込まれても奴は素早く冷静に戦術を立てる。その戦術はどれも味方の犠牲を前提としたものでとても賛同できるものではなかったが全滅するか多くの犠牲を許容し勝利するかの2択しかないのだから奴の戦術は毎回採用された。その勝率は8割と言われる程だったから奴がいれば勝ち確定だった。

 

「ブラウン子爵の軍がまたフランスの名将を捕らえたらしい。確かジャンって奴だ」

「まさかアランソン公か…?まだ誰も捕らえられたことがない男だぞ!?」

「お得意の地の利をいかした戦いをしたんだとさ…お互い大軍だったから死者数もかなり多いと聞いたが」

「それでも向こうの名将を捕らえたんなら釣りがくるくらいだろ。流石黒騎士の息子だな」

 

俺の右側ですれ違った連中の会話が耳に入った。どうやら知らない間にまたとんでもない成果をあげたらしい。アランソン公ジャン2世。俺でも知っている有名なフランス騎士だ。ジャンヌ・ダルクと行動を共にしていると聞いていたが知らんうちに別れたらしい…そうでなきゃジャックはジャンヌ・ダルクを捕えていただろうから。きっとジャンヌ・ダルクは別の戦地にいったのだろう。

 

「この間俺らが占拠した城がフランスに乗っ取られたらしいぞ」

「嘘だろ…ついこの間勝ったばかりなのに」

「またジャンヌ・ダルクが来たらしい。あの魔女め」

「くそ…黒騎士がいればあの忌まわしい魔女なんかには絶対に負けないのに」

 

俺の考えが正解だというように左側ですれ違った連中の会話が耳に入った。向こうさんも負けず劣らず立派な戦果をあげているらしい。優秀な奴らが両国にいるせいでこの戦争はいつまで経っても終わりを迎える気配すらない。

 

今やこの戦争で名の上がる人物は限られていた。

1人目はジャンヌ・ダルク。言わずとしれたフランスの魔女。噂ではあの女を見たフランス兵は狂戦士になるという。どこまで本当だか知らないが戦場では会いたくないNO.1の女だ。

2人目は黒騎士。こちらも言わずとしれたイングランドの大英雄。漆黒の鎧で自ら前線を仕切る騎士。イングランド人であの方に憧れを抱かない奴はいない。

3人目はアルテュール・ド・リッシュモン。フランスの騎士だ。恐ろしく強力な軍を持つと言われているが本人も恐ろしく強い。奴と会ったら死を覚悟するしかない。あの黒騎士が唯一慎重に動かざるを得ない相手だ。

4人目はジャック。俺の親友だ。他の3人に比べれば知名度も低く顔も知られていない。というか戦場では本人が顔を見られることを嫌うので顔を見たことがあるフランス人は誰もいないのではないかと思う。本人がいうには昔、女男と言われいじめられた為自分の顔が嫌なのだという。

 

「オリバー。何をしているんだい?」

「!よぉジャック。上の作戦会議は終わったのか?」

「うん。まさか君は私を待っていたのか?」

「おう。飯行こうぜ」

「それは構わないけれど……オリバー、私を待つのはいいが外で待つのはやめるんだ。特に今日のように風が強い日は。君が風邪をひいてしまう」

 

お前は俺の親か何かか?そう思ってしまうほどジャックは世話好きな奴だった。戦場で見る彼とイングランドで見る彼はあまりにもギャップが大きすぎる。フランス人が見たらびっくりして目玉が飛び出るだろう。

 

「それにしても…なんか遠くなっちまったよな。お前」

「え?近づいただろ。もう私は君を思いっきり見上げる必要無くなったんだから」

 

ジャックは自慢げに笑う。彼は最近急激に身長が伸びた。といっても元がチビだからようやく俺と同じくらいになっただけだが。遅い成長期という奴だろう。華奢だった身体も人並みに逞しくなった。

 

「そういう事じゃねぇ。俺が言ってるのは立場っつーか、まぁそういうやつだよ。いつの間にか上層部の作戦会議になんか呼ばれるようになっちまって…俺ら去年はただの傭兵だったんだぞ?まぁお前の戦果を見れば上に重宝されるのは分かるけどよ」

「…私は君程イングランド兵を助けられないよ」

「は?」

「得意不得意が違うだけさ。私は君ほど優しくないから残虐な作戦が思いつく。私は倒れ動けなくなった者を全て死体だと判断し見捨てるが君は生きている兵士を見つけ手当てをし連れ帰っている」

「そんなん誰でもできるだろ」

「いいや。君は自分を過小評価しすぎている。少なくとも私は君の優しさによって命を救われた人間のうちの1人だ。そして私には君のような優しさを生まれつき持ち合わせていない」

 

随分悲しいことを言う奴だ。ジャックは騎士になってから少し変わった。元から割と冷酷なことを言う奴だったけれど最近はそれに拍車がかかったように見える。

 

「ところでエドガーは?」

「3日前にオルレアンに向かっていったよ。あそこを抑えればフランスにとってかなり痛手だからな」

「3日前か…エドガーは、前衛か?」

「知らんがアイツは前衛好きだからな…前衛にいるんじゃねぇの?」

「後衛に回してもらう事はできないだろうか」

「は?無理だろ。もう編成決まってオルレアンに向かってるし」

「……そうだよね」

 

ジャックは目を伏せる。足まで止めてしまったから俺も立ち止まった。

 

「どうした?」

「いや……こんなことを言えば、君に頭がおかしくなったと揶揄われそうだから止めておく」

「なんだよ言えよ。馬鹿にしねぇから」

「本当?」

「あぁ」

 

ジャックは悩んでいたようだが、やがて真っ直ぐ俺を見た。

 

「最近、夢を見るんだ」

「夢?」

「いや…最近じゃないね。子供の頃からよく見ていた夢なんだ」

「同じ夢を見るのか?」

「いや……うん。同じ夢、だね。場所も人物も違うけれど、夢の最後は必ず人が死ぬっていう意味では同じだな」

「……そんな夢を子供の頃から見てたのか。お前どんな環境で育ったんだよ」

「恵まれていたよ。両親に、愛されて好きな女の子もいた…虐めてくる奴もいたけどね……この夢のせいで僕は昔からよく泣いていて、ついたあだ名は泣き虫ジャックだ」

「ハハッ、そいつは笑えるな。で、その夢がどうした?」

「今日、エドガーが殺される夢を見た」

 

ジャックは深刻そうな顔で言う。

 

「ジャンヌを捕らえようと、エドガーがフランス軍の隙をついて突っ込むんだ。けれど彼はリッシュモンに、殺される」

「っぷ…ははははは!!!!」

 

俺は大笑いをした。ジャックはそれを見てキョトンとした。その顔も面白くて俺は更に笑った。

 

「何事かと思ったら…ガキかお前は。その夢を見たからエドガーが死ぬかもって思ったのか?」

「そうだけど…」

「ククク…っ面白いなお前。まさかそんなガキみたいなこと言い出す奴がイングランドが誇る戦略家なんてフランスは思ってもみないだろうな」

 

面白くて笑い続けるとジャックはむくれた。本当に子供かお前は。

 

「オリバー、馬鹿にしないって言ったのに」

「ははっ、悪い悪い。そんなお子様みたいなこと言い出すと思わなくてな。安心しろジャック。ジャンヌ・ダルクはシノンに向かっているらしい。オルレアンにはいないよ」

「シノンに?」

「あぁ。何が目的なのか分からんが奴は真っ直ぐそこに向かってるらしい」

「…そうか。シノンに」

 

ジャックはグッと何かを堪えているような顔をした。シノンに何か思い入れでもあるのだろうか。

 

「じゃあ本当に大丈夫かもしれないね」

「大丈夫だっつってんだろ。どんだけ夢に囚われてんだお前。しっかりしろ!」

 

バシバシと背中を叩く。それでも奴は心配そうな顔をした。

 

 

 

エドガーの死亡連絡が入ったのは翌日だった。その報告を聞いたとき俺はジャックを気の毒に思った。予想通りジャックは顔を真っ青にしていた。

ジャックがおかしくなったのは、この頃からだった。

 

「オリバー、君の軍にトーマスという騎士がいるだろう。彼を君の軍から外してくれ」

「はぁ?無理に決まってんだろ。何言っているんだお前」

「ではオーセールに彼を連れて行くな」

「それも無理な相談だ。俺の軍はこれからオーセールに向かうんだからな」

「いいから外すんだ!!彼が本当に死んでしまうかもしれない!!!」

 

ジャックは突然怒り出した。この頃のジャックは情緒不安定だった。突然こんな風に無茶苦茶な要求をしだす頭のおかしい奴に成り下がっていた。

 

「俺らは国のために戦うんだ。ジャック、兵士とは命をかけて戦うものだ」

「っ…君は、同胞を見殺しにするというのか」

「しないさ。俺の軍は俺が責任を持つ。俺は彼らの命を預かっている。絶対に死なせやしない。その為に最善を尽くす」

「……いや。やっぱりダメだ。彼を、オーセールへ連れて行くな。彼は暫くここに置くべきだ」

「ジャック。俺を信じられないのか?」

 

ジャックは不安げな顔をしていた。フランスではコイツを冷酷な悪魔と恐れているらしいが、奴らが今のコイツをみたらどう思うだろうか。

 

「オーセールは既にイングランドのものだ。俺らは視察に行くだけだ。期間も短い。すぐに全員帰って来れるよ」

 

俺はジャックにそう宣言した。

 

だが運悪くトーマスはオーセールの住民に殺された。オーセールはイングランドのものになったが中には反発する勢力がいて。そいつらが襲った相手がトーマスだった。奴らは隊長格の俺を殺すつもりだったがトーマスをトップだと勘違いしてしまったらしい。

トーマスは俺の代わりに殺されてしまったのだ。

 

 

 

「レオ、騎士をやめるんだ」

 

その声を聞いたのはたまたまだった。俺はその時レオを探していた。飯の約束をしていたからだ。ジャックとレオの最期の会話を聞いたのは偶然だった。

 

「はあ?何を言っているんだお前は」

「いや、騎士をやめなくてもいい。馬に乗るのをやめるんだ…何も、軍をやめろというつもりはない。歩兵か弓兵でいい」

「歩兵…?格下になれっていうのかお前は」

 

不快そうなレオの声が聞こえた。元々レオは騎士に憧れていたらしいからジャックのこの発言は許せないものがあるのだろう。

 

「歩兵だって大切な兵士だろ。彼らがいないと私達は勝つことなんてできない」

「嫌だね。もう二度と貴族に見下される経験なんてしなくない」

「騎士の地位を返上しろと言っているわけじゃないよ」

「一体どこの世界に馬に乗らずに戦争に参加する騎士がいるっていうんだ!!俺は騎士だ!!イングランドの誇り高き騎士だ!!」

 

ガンッと何かが蹴られる音がした。

 

「失せなジャック。お前の話は不快だ」

「っ…でも!このままじゃ君が死んでしまう!!私は…私はもう嫌なんだ!私は君を大切な友だと思っている!君を失いたくない!!」

「歩兵の方が死亡率高いだろうが!!あ!?馬鹿にしてんのかお前は!!俺を大切とかほざいておいて死亡率の高い歩兵になれって!?戦略家様よぉ!考えすぎて頭おかしくなってんじゃねぇよ!!!」

 

レオは怒りジャックを置いてその場を離れた。彼はその後ジャックと会うことを拒んだ。

 

レオは死んだのは数日後だった。戦いの最中、彼の馬が襲いかかってくるフランス軍に恐怖し暴走した。彼は馬を制御することができず馬から投げ出され死んだ。

ジャックはレオの死を聞き泣いていた。そういえばコイツの泣き顔を初めて見たなと思った。

 

 

そして、ついに俺の番がきた。

 

「お願いだオリバー。トルワには行かないでくれ」

 

俺はジャックのその言葉が死の宣告であると気付いていた。勿論奴のいう夢を完全に信じた訳ではない。俺にとってその宣告は迷信のような存在に近かった。

 

「そいつはできねぇ相談だ。増援要請が来ているからな。俺の軍がいかなきゃトルワで戦っている仲間を見捨てることになる。俺は行く。仲間がフランス軍(悪魔ども)に殺されるのを許せるほど俺は心が広くないからな」

「っ私が代わりに行く!!!」

 

ジャックが叫ぶ。

 

「お前はパリへ行けと命令が下ってるだろう。重要任務を放棄するのか?」

「私の代わりに君がパリへ行けばいい…パリなら、まだ」

「得意不得意があるんだろう?俺にはパリを守りきれなんていう小難しい作戦立てられねぇ。トルワで戦っている仲間を助けに行く方がよっぽどできる。お前が言ったんだろ。俺はお前より仲間を助けられるってな」

「っ…!ダメだ。お願いだよオリバー。聞き分けてくれ。私……私は」

「それはこっちの台詞だジャック。いい加減夢にばかり囚われるな。もしその夢の通り俺が死んだとしてもお前はお前のやるべきことに専念しろ。俺達はイングランドに忠誠を誓った誇り高き騎士なんだから」

 

俺は真剣に説得した。今やもう、コイツの頭なしでイングランドは救えない。コイツが俺にばかり囚われて頭がイカれてしまっては困るからだ。

 

「しっかりしてくれ。頼むよジャック。お前がイングランドを救うんだ」

 

俺はその言葉を最期に永遠にジャックと会話することはなかった。

 

「そういえばどんな死に様なのか聞きそびれちまったな」

「おい!!勝手に喋るな!!!」

 

俺はトルワに行きフランスと戦った。そして負け拘束された。皮肉なことに長年フランス軍と戦っているとフランス語が分かるようになった。きっとフランス兵もイングランドの言葉が分かるのだろう。

 

「独り言だよ…いいだろうそれくらい」

「っ!?お前、フランス語が、分かるのか…?」

 

見張り役のフランス兵が驚愕した。お前はもしかしてイングランドの言葉が分からないのか。もしやそれが普通なのか。じゃあ俺には語学の才能があったのか。もし戦争なんてしてなければ勉強をしてみたかった。

 

「なぁ、ジャンヌ・ダルクはどこだ?話してみたい」

イングランド人(悪魔)に我らが希望の子を会わすわけがないだろう」

 

悪魔はフランス人だろう。毎度毎度狂戦士と化して俺たちを殺しにかかるくせに。俺を捕えたフランス軍のトップはジャンヌ・ダルクだった。彼女は戦術も何もなしに俺たちに突っ込んできた。本当に噂通りで焦った。そんな馬鹿なことする奴がこの世界にいるとは思わなかった。フランス軍は彼女の後に続き俺らに突っ込んできた。死を恐れず俺たちを1人でも多く殺そうとするその姿は噂通り狂戦士だった。

 

「こっちは拘束されてんだぞ。無抵抗な奴相手に姿を現せないなんてジャンヌ・ダルクは情けない奴だな」

「!貴様フランスの希望の子を!!!神の子 ジャンヌ・ダルクを愚弄する気か!!!!」

 

「どうされましたか?」

 

凛とした声が聞こえた。顔を上げると少女がこちらへ向かって歩いてきた。ジャンヌ・ダルクだ。

先程までの突撃少女は鳴りを潜め今は可憐な乙女のようだった。

 

「じゃ、ジャンヌ」

「よぉ、フランスの魔女。あんたに興味があったんだ。付き合ってくれないか」

 

ジャンヌ・ダルクはグッと眉間に皺を寄せた。魔女だと言われたことが癪に触ったのだろう。

 

「いいでしょう…見張りご苦労様です。疲れたでしょう。休んでください。彼は私が見張ります」

 

彼女は仲間の見張り役に対し穏やかな表情で言う。優しげな表情だが有無を言わさない何かを感じた。見張り役も感じたのだろう。彼は渋々離れていった。

 

「予言できるって本当か?」

 

俺は早速切り出す。彼女はポカンとしていた。

 

「予言ってどんな感じなんだ?」

「私は聞こえる声に従っているだけです」

「声ぇ?夢じゃねえのか?」

「夢?」

 

彼女はきょとんとする。なんだ、ジャックのあの夢と同じ仕組みかと思ったら全然違うのか。

 

「アンタは俺が近日中に死ぬと思うか?」

「なにを…貴方は身代金を支払れています。私達は責任を持って貴方をイングランド軍の元までお連れいたします」

「なんだ思わないのか…数々の予言をして俺達を追い詰めたアンタが思わないんじゃあアイツのいう夢の信憑性が低いな」

「夢?…正夢というものですか?」

 

困惑しながらも彼女は俺に頑張って話を合わせようとする。確かにアイツの夢は正夢、とよぶべきものなんだろうな。

 

「俺の親友が言うにはな。俺はこの後死ぬらしい。どうやって死ぬかまでは聞きそびれたが…多分死ぬんだろうな俺は」

 

困ったなぁ死にたくねぇなぁ。

そう呟くと彼女は複雑そうな顔をした。

 

「ご友人の予言については私は何も言えません。私は神の声を聞いただけ。私が予言をしている訳ではありません」

「神の声か…」

 

じゃあ奴の夢は神が見せている夢なのだろうか。だとしたら趣味悪いな。人が死ぬ夢ばかり見さすなんて。

 

「私も多分、もうすぐ死ぬのでしょう」

「!…それも神の声か?」

 

彼女は曖昧に微笑んだ。

 

「そうか……なぁアンタはこの戦いに参加したことを後悔しているか?」

「いいえ。後悔した事は一度もありません」

 

ジャンヌ・ダルクははっきりと言い切った。だが、その顔はすぐに曇った。

 

「けれど…大切な人を巻き込んでしまった事は、後悔しています」

「大切な人…?そういえばアンタ。最初は少年と一緒にいたって聞いたな。そのガキはどこいったんだ?」

「死にました。パテーの、戦いで。私はずっとあの戦いを後悔しています…私があの戦いで負傷しなければきっとジャックは冷静さを失わずイングランド軍へ突撃したりしなかった…陣形が、乱れたのです。フランス軍は混乱し戦いは劣勢を強いられた。リッシュモンがいたから勝つ事ができたけれど、きっと彼は…彼は訓練された兵士ではないから。きっと殺されてしまった」

「きっと?」

「遺体は見つかりませんでした。あの戦いは多くの死者を出してしまった…中には顔が分からなくなる程惨い殺され方をされた方もいたんです。私は彼が分からなかった」

 

あんなに、ずっと一緒だったのに。

彼女は泣き出しそうな顔をしていた。

 

「私はジャックを連れて行くべきではなかった…彼は村にいるべきだった。なのに私は優しい彼に甘えた。1人で行くのは怖かったから彼の無償の優しさについ縋ってしまった!そのせいで彼は殺されてしまった…!私が連れて行かなければ彼は、戦争に参加せず。皆と幸せに過ごせていた」

 

彼女は泣くのを堪えていた。多分それは俺という敵がいるからではなく、自分には泣く資格はないと思っているからだと思う。

 

「私…何故か彼が死ぬと思えなかった…戦争中なのだからいつ死んでもおかしくないはずなのに。彼だけは生き残ると思い込んでしまっていた……そのせいで、彼に何も伝えられなかった。巻き込んでごめんなさいって。いつも守ってくれて。私を信じて、味方でいてくれてありがとうって。伝えようと、思っていたのに」

 

彼女は拳を固く握りしめ肩を震わせた。それでも彼女は泣いていなかった。

 

「…ごめんなさい。変な話を聞かせてしまいましたね」

「いや…アンタにそんなに思ってもらえるなんてソイツは幸せ者だったと思うよ」

 

ジャンヌの側にいたジャックというガキが俺の親友のジャックのように強い男だったら、きっとこの場にそのガキがいたんだろうなと思った。

 

「言い残した事はありませんか?」

「え?」

「仮にご友人の言う通り貴方が亡くなってしまうとして…そのご友人に言い残したことはありませんか?」

「なんだ、言伝を預かってくれるっていうのか?」

「えぇ」

 

俺は驚いた。魔女と恐れられているこの女から、そんな事を言われるとは思わなかった。

 

「私のような思いは、もう誰にもしてほしくないので」

「…そうか。じゃあ、こう伝えてほしい。お前を信じてられなくて済まなかった。お前は正しいよ。ってな」

「分かりました…それで、ご友人のお名前は」

「それは言えねぇ。敵に情報を流すことになるからな」

「なっ!?それでは誰に伝えればいいか分からないじゃないですか!」

「心配いらねぇよ。アイツは英雄になる男さ。そのうち分かる。そいつにオリバーから言伝だって言えばいい」

 

ジャンヌ・ダルクは不満そうだったが俺はジャックの名前を言わなかった。

 

 

そして俺は引き渡し先に連行される途中、突然盗賊に襲われた。手足を縛られ碌に抵抗もできなかった俺はあっさり殺された。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

皆が僕を頭がおかしくなったのだという。毎日毎日人が死ぬ夢を見れば頭がおかしくなるさ。そのくせ助けようと思ったって誰も僕の話を聞いてくれない。だからどんどん死ぬ。夢の通りに。

いつ死ぬかは教えてくれないくせに。誰がどこでどうやって死ぬかだけは見せる夢。

昔、母さんがよく言っていた。僕は幼い頃から泣き虫だったと。夜中怖い夢を見たと言って泣いていたが肝心の夢を覚えていないから本当に困ったと言っていた。僕は、あの頃からこの夢を見ていた。人が死ぬ夢だ。夢で見る人は知っている人も知らない人もいた。そしてその夢を見て暫く経ってからその人が本当に死んだことを知った。僕は怖かった。僕があの夢を見たから死んでしまったのではないかと怖くて怖くて。だから本当は忘れてなんていないけれど両親に忘れたと嘘をついていた。

今になって、思い出した。僕は必死だった。あの夢の通りにならないように、なんとしてでも阻止したかった。けれど権威を行使してまで夢で見た場所に行かないように命じても、その人はそこへ行ってしまう。ある人は僕の言う事など耳も傾けず。ある人はフランス軍に追われ逃げた先で。ある人は天候の影響で避難した先で。

 

僕は、死んでほしくなかった。

今夢で見る奴らはイングランド人なのだから…かつて悪魔と罵り死んでほしいと願っていた相手なのだから。僕が死んでほしくないと思うのは間違っているのだろう。イングランド人はフランス人を惨殺した悪魔なのだから。

 

けれど僕は死んでほしくなかった。

僕はイングランドへ来て知ってしまった。街行くイングランド人に悪魔のような思考の者はおらず。僕らフランス人のように、なんてことない日常を愛している人間しかいなかった。フランス人と同じようにご飯を食べ酒を飲み時にはふざけ合い。時には仲間の相談に真剣にのり。僕の昇進を自分の事のように喜び、かと思えば羨ましがり。

そんな、フランスと何ら変わらない光景がイングランドには存在していて。

 

 

僕は気付いてしまった。

イングランド人もフランス人も一緒だということを。イングランド人は僕らと同じ人間だった。

悪魔なんかじゃ、なかった。悪魔なんて初めから存在していなかったんだ。

あぁ、こんなこと気づかなければよかった。何も知らなければ、こんなに苦しまなかった。純粋にイングランドを憎んでいられれば…僕は、何も迷わなかった。だけど、もうダメだ。僕は知ってしまった。イングランド人の優しさを。彼らの愛を。僕はもう、フランスにいた頃の僕には戻れない。

 

”知っているか。フランス人は忠義を尽くす。フランスを愛しているからな。それは騎士としては尊敬すべき性分だがスパイとしては相性が悪いんだ。”

 

かつてシャルル王が僕に言った言葉を思い出す。今なら分かる。あれは嘘だった。フランスを愛しているからスパイが苦手なんじゃない。物心つく頃から悪魔だと教え込まれていた存在が自分と同じ人間だったと知ってしまったから。憎しみを糧にスパイとなったのにイングランドに来て現実を知ってしまったから彼らは失敗していたんだ。

 

僕は、ここにきてスパイとして生きることが苦しくなってしまった。

 

僕が再びこの夢を見るようになったのは、僕がフランスへ情報を流した日からだ。あの日から僕の仲間はどんどん死んでいった。僕が見た夢通りに。関連性があると考えるのは愚かだろう。分かっている。あの日僕が流した情報だってごく一部のイングランド軍の配置状況だけだ。あれだけでフランスが優勢になれるとは思えない。でも、夢は見続ける。あの情報と関係のない僕の仲間が死ぬ。

もし、僕のせいで皆死んでしまったのだとしたら。

 

僕は、どうすればいい。僕はこのまま、スパイとして生きるべきなのだろうか。僕の事を心配してくれている仲間を、僕の事を心の底から尊敬してくれている部下を。

僕はこのまま情報を流さないと(殺さないと)いけないのだろうか。

 

「っ……いや、だ」

 

声が掠れた。涙が溢れた。

嫌だ。嫌だ。だって、彼らは仲間だ。悪魔なんかじゃない。人間だ。殺されるべき存在じゃない。

生きてほしい。どうか、この殺し合いの中で彼らだけは生き残ってほしい。幸せになってほしい。愛する人と結婚して子供を産んで育てて。次世代へと紡いでいってほしい。

 

 

 

でも、ジャンヌが傷つくのが1番嫌だ。

 

「う…うあぁ…あっ…ぁあ」

 

嗚咽が漏れる。心が軋む音がする。

 

「っごめ…っな、さ……」

 

ごめん。ごめんなさい。エドガー。レオ。オリバー。君達を騙してごめん。僕は君達が恨んでいるフランス人なんだ。ずっとイングランド人と嘘をついてごめん。

 

ごめん。どうか。僕を許してくれ。

君達ではなく。イングランドでもフランスでもなく。

 

ジャンヌを選ぶ愚かな僕を、どうか…許して…っ

 

「っあぁ…っっうああああぁあ!!!!っっ」

 

僕は泣いた。

子供のように大声をあげて泣いた。声を出さないと頭がおかしくなりそうだから僕は泣いた。

 

 

僕は決めたのだ。これからもきっと夢は続く。これからもきっと僕の仲間は死ぬ。その度に多くの者が嘆き苦しむ。多くの人がフランスを呪う。それでも僕は止まらない。僕は愛しい人のために。イングランドを売る。たとえジャンヌがそれを望んでいなくても。全員を救う事なんてできないのだから。せめて、1番大切な人だけは守りたい。

 

そのために僕はイングランドにとっての悪魔になる。そう決めた。

 

 

 

そう決心した翌日。

そこからが僕の、本当の悪夢の始まりだった。

 

「ランスがジャンヌ・ダルクの手に落ちた」

「なんてことだ…っ!黒騎士は何をしている!?」

「リッシュモンとぶつかったらしい」

「またか…まるで我々の手の内を知っているかのように黒騎士の行く場ばかりリッシュモンが現れる…黒騎士がジャンヌ・ダルクの元まで辿り着けていればこんな事には…!」

「……まさか、情報が漏れているなんてことはないだろうな…?」

 

もう昼間だというのに、僕は震えていた。会議の内容なんて全く耳に入っていなかった。今まで夢で見たのはイングランドで仲間になった兵士だけだった。だからこれは僕がイングランドを裏切ったから見る夢だと思っていた。

 

でも、違った。僕の完全な思い違いだった。これは罰なのかもしれない。フランス人でありながらフランス人を殺し、イングランド人でありながらイングランド人を殺した僕の罰なのかもしれない。

 

でも。でも。こんなの、あんまりだ。なんで。どうして。

あぁ、どうしよう。

 

「どう思う。ブラウン子爵」

 

どうしよう。どうしよう。このままじゃ。いや、僕がきっと。今まで通り。僕が何を頑張っても、この夢が、現実に起こってしまう。

 

 

ジャンヌが、死んでしまう。

 

 

「ブラウン子爵…?」

 

ジャンヌがランスを救った日。シャルル王がランスで戴冠式を挙行したといわれるその日に。

僕はジャンヌが死ぬ夢を見た。




1429年 エドガー、レオ、オリバー 戦死
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