フランスの悪魔   作:林部

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第11話

「祖国のために死ぬのであれば。それは仕方がないことだからだ」

 

父さんは信じられないことに微笑んでいた。

 

 

 

「助けて、くれ…」

 

僕は父さんに助けを求めた。

黒騎士である父さんの養子という形で再び息子になったあの日。

 

”イングランドのために愛する人が死んでしまうのであれば、それは仕方がないことだ”

 

父さんが信じられない事を口にしたあの日から僕はずっと父さんを避けていた。勿論外面だけは保っていた。僕が怪しい奴だと周りに疑われてはならないからだ。だが家では父さんとほとんど会話をしていなかった。

 

「助けて、ください…っっお願いします…」

 

僕は父さんに頭を下げた。

 

「このままだと、ジャンヌが…死んでしまうんだ…っお願いだっっなんでもする!お願いだからジャンヌを助けてください…っ!!」

 

なんて、情けないのだろうか。ジャンヌが死ぬ夢を見てから、結局僕はどうすることもできず。こうして今まで避けていた父さんに縋っていた。どんなに僕が阻止しようと手を回してもあの夢を回避する事はできなかったから。必ずあの夢は現実になってしまうから。誰かに僕の話を聞いてほしかった。誰かに助けてほしかった。僕1人で抱え込むにはあまりにも辛すぎた。けれど僕にはもう父さん以外に頼れる人がいなかった。

 

「夢を、見るんだ…ジャ、ジャンヌが…見せしめみたいに磔にされて…ッッ!っ火を、つけ、られて…ッッ」

 

言いながら涙が勝手にボロボロとこぼれ落ちる。

 

「お前が奇怪な夢を見たと言い回っている事は知っている。そのせいで折角築きあげた、皆からお前への信頼関係にまで怪しくなっている事も知っている」

 

父さんは冷静にそう言う。

 

「シャルル王は人を見る目がないな…お前にスパイは向いていないというのに……ジャック、好きにしなさい。これまでの信頼全てを投げ打ってジャンヌを守りたいのであれば、そうして構わない」

「っそれじゃあジャンヌが死んでしまう!!」

 

僕は大声を張り上げた。

 

「僕は!いつも皆に言っていたさ!!夢を見る度に死んでしまうから絶対行くなと!!馬から転落死してしまった友達には馬に乗るなと言った!!戦場に出向いたから死んでしまう奴にはその軍から引き抜いたりもした!!でもダメだった!!何をしても死んでしまう!!!いつも!いつも!いつも!!僕の見た夢の通りに皆死んでしまった!!」

「ジャック。その話を私にして一体どうしてほしいのだ。お前の言っていることが本当だとしたら私に話したところでジャンヌは死ぬのだろう?」

「っ…死なない、かもしれない。僕は、子爵だ。実績だって少ないから、権威があまりない…けど、父さんなら。父さんは黒騎士だろ。父さんがジャンヌを殺すなって命じたら、ジャンヌは殺されないかもしれない!」

「私に犠牲になれというのか」

「確かに、信頼は落ちるかもしれない…けれど、父さんはずっとイングランドに忠誠を誓ってきたんだから、たった一度女の子を助けただけで地位は揺らがないだろう」

「ただの女の子であれば、な…」

 

父さんはため息を吐く。

 

「残念ながらジャンヌはただの女の子ではなくなってしまった。フランスにとっては希望の子。イングランドにとっては魔女になってしまった」

「っ頼むよ…お願いだよ…!僕は、どうなってもいいから……ジャンヌを、助けてくれよ…っ!あの子だけは生きていてほしいんだっ」

 

僕は泣きながら懇願した。

父さんは。

 

「お前は変わらないな昔から。全てを犠牲にしてでもあの子を求めるのか」

「…長生き、してほしいんだ。僕は、ジャンヌが全てだ…あの子以外望まないから」

 

父さんは。

 

「……そうか。お前の気持ちは、分かった」

 

父さんは一度目を閉じた。がすぐ僕を真っ直ぐ見た。

 

「私にジャンヌ・ダルクの命を消させぬよう願うのであれば。あの子を殺さないメリットを私に言いなさい」

「え…」

「誤解しないでくれ。私もあの子に死んでほしくなどない。幼い頃からあの子を知っている。お前の想い人に手をかける事などしたくない」

 

だがな、ジャック。

父さんは続けて言う。

 

「私はこの命をイングランドに捧げると誓った。ジャック。何故私が母さんを殺したか。お前に一度話したことがあるだろう」

「っジャンヌまで、見殺しにするって、言うのか…っ」

「祖国のために彼女の死が必要というのであれば。残念だが、それは仕方がないことだ」

 

当たり前のように父さんは言う。

あぁこの人は。この人こそが悪魔だったんだ。

僕はそう思った。父さんは僕に興味をなくしたのか自分の書斎から出て行った。

 

僕は1人、絶望していた。

…分かっていたさ。父さんは何よりも国を優先する。冷酷な判断が簡単にできてしまう人だって。でも僕には父さん以外頼れる人がいなかった。あの人が惨い人だと知っていても縋るしかできないほど僕は追い詰められていた。

結局僕は、何もできなかった。誰も僕の話を信じてくれない。誰にもジャンヌの話なんてできない。フランスへジャンヌを戦場から下せと伝えても何も変わらなかった。今日もジャンヌはフランスの為に戦っている。イエス・マリアの旗を持ち、戦場の最前線で戦っている。

僕は、なんて情けなく。なんて無力なのだろう。

 

 

「シャルル王とジャンヌ・ダルクが仲違いしたってよ」

「本当なのか?この間の戦いでシャルル王はジャンヌ・ダルクへ増援を送ったと聞いたが」

「その後仲違いしたんだろう。イングランドのスパイは優秀だ。きっと本当さ」

 

すれ違った騎士の会話に耳に傾ける。彼らは上機嫌に会話をしていた。久々にシャルル王の名前を聞いたな、と僕はぼんやり思っていた。

 

"さぁ選べジャック。今ここで処刑されるか。フランスのスパイとなり、陰からジャンヌ・ダルクを救う存在となるか"

 

かつて彼に言われた言葉を思い出した。僕はここにきて後悔していた。彼は僕に、ジャンヌの身の安全なんて一切保証してくれなかった。あの時どうして僕はただ彼の条件をのんでしまったのだろう。どうしてジャンヌだけは守ってくれと言えなかったのだろう。

 

どうしよう。ジャンヌがイングランド軍に捕まってしまったら。

どうしよう。シャルル7世がジャンヌの身代金を支払わなかったら。

 

どうしよう。どうしよう。

イングランドが、ジャンヌを処刑してしまったら。

火炙りの刑にしてしまったら。

死後、天国にすらいけなくなる。

 

そんなのは嫌だ…っ!死なないでほしい。生きていてほしい。

嫌だ…お願いだっ神よ…ッあの子が何をしたって言うんだ。祖国の為に自分の人生を捨ててまで前線に立つあの子を…!誰よりも祖国に忠誠を誓っているあの子を!神はお見捨てになるというのか!!

 

「子爵様…?」

 

ふらふらと領内を歩いていると1人の女の子が声をかけてきた。彼女はブラウン家が収める地に住む領民の子供だ。

 

「オリヴィア…こんな遅い時間にどうしたんだ。もうすぐ日没だ。家に帰りなさい」

「でも子爵様。顔真っ青だよ。何かあったの?」

 

まだ10にも満たない子が心配そうに僕を見つめる。

 

「フランスに、何かされたの?許せない!子爵様をこんなに悲しませるなんて、やっぱり悪魔なんだわ」

 

彼女の言葉に心がずきりと痛んだ。僕達は物心つく前から相手を悪魔だと教わって生きてきた。フランスはイングランドを。イングランドはフランスを。お互いに悪魔だといった。そして悪魔どもから祖国を守るのだと自分たちを正当化しお互いに殺し合い憎みあった。

なんて愚かなんだろうか。

 

「フランスは…悪魔じゃないよ」

「悪魔だよ!!だって領主様のお父さんを殺したのはフランスなんでしょ!偉い人だから殺されないはずなのに問答無用で殺されたって私、お母さんから聞いたわ」

「それは…」

「そんなひどいこと、悪魔じゃないとできないもの」

 

彼女は真っ直ぐ僕を見る。その目はいつかの僕と同じ目だった。殺される必要のなかったはずの両親を殺し遺体を燃やすという行為をされ。イングランドをずっと悪魔だと言い憎んできた、かつての僕の姿がそこにはあった。

 

「…本当に、フランスとは、関係ないんだ……ただ、大切な人が、いなくなってしまいそうで……」

 

言うつもりのなかった言葉が口から滑り落ちた。

 

「それだけは絶対嫌なのに……だからプライドを捨てて頭を下げて懇願して……でも、ダメで……これ以上打つ手なんて思いつかなくて……」

 

一度出てきてしまったら今度はボロボロ出てきてしまった。思っていた以上に僕は追い詰められていたんだと知った。子供相手に僕は何を言っているのだろう。

 

「ごめん……変な話を聞かせてしまったね」

「子爵様は、頑張ったけどどうにもできないことが嫌なの?」

「え?あ、あぁ…」

「そうなんだ…でも頑張ってもどうにもできなかったんなら、仕方ないよ。子爵様は頑張り屋さんだもの。本当に一杯一杯考えて頑張ったけどダメだったんでしょう。じゃあ、仕方ないよ。子爵様は悪くないよ」

 

彼女の身長に合わせしゃがんでいた僕の頭を彼女が撫でる。

 

「ッ…!」

 

僕は、情けないことに彼女に縋りたくなってしまった。食い止めないと。この夢を見てしまったんだからなんとかしないと。ずっとそう思っていた。今もそう思っている。

 

”子爵様は悪くないよ”

 

けれど、彼女のその言葉を聞いて一瞬でも救われたような気持ちになってしまった。そんな気持ちになってはいけないのに。無意識に誰かに許されたいと思っていた。誰かにお前は悪くないと言って欲しいと思ってしまった。

そんな自分の情けない心が恥ずかしくてたまらなかった。

 

 

 

「ぇ…?」

 

そして僕はまた夢を見た。連日続いていたジャンヌが死ぬ夢ではなく。黒い甲冑のイングランドの騎士が、フランスの騎士に殺される夢だ。

イングランドの黒騎士が。父さんが、死ぬ夢を見た。

 

 

 

「またその話か」

 

父さんは呆れていた。僕の話など聞く価値もないと思っているのか甲冑に着替えながら彼はそう言った。

 

「違う…っジャンヌの話じゃなくて!!父さんが死ぬ夢なんだってば!!」

「登場人物が変わっただけだろう」

「場所も亡くなり方も違う!ジャンヌは…捉えられて火炙りに……ッ父さんは違う!ランスで、殺されてしまう!!」

「そうか。それでお前は何が言いたいのだ」

「ランスに行くのをやめるんだ!!殺されてしまう!!言っただろう!僕の夢は絶対に覆らない!!ランスへ行けば父さんは殺されてしまう!!!」

「であれば、何故止める?」

 

父さんは手を止め僕と向き合った。

 

「お前は言った。お前がどんなに頑張ろうとお前の夢で見た者は必ずお前の夢通りの道を辿る。であれば何故止める?無駄な事だと思わないのか?」

「ッ…無駄かもしれない。少なくとも今までは無駄だった。けれどこれからの事は誰にも分からないはずだろ…!なら夢を見てしまった僕は止めないと」

「あぁなるほど。結局はお前の自己満足のためか」

「え…」

 

父さんは冷たく言う。

 

「夢を見てしまったから。何かしなければお前はただ見捨てたことになる。だから無駄だと分かっていて止めようとする。そうすればお前の中の罪悪感が和らぐからな」

「ち、違う…ッ僕は、本気で、助けようと…」

「初めはそうだったかもしれない。が、もう気付いているのだろう?無駄だと分かっていてお前は私にこの話をした。人と共有することで罪悪感から逃れようとした」

 

僕は。

僕は、何も言い返せなかった。そんなつもりはなかった。けれど結果的に父さんの言う通りだと気付いてしまった。

 

「愛しい息子よ。恥じる事はない。お前のその行動はお前の優しさと本能からきた行動だ。仲間を救いたいと思うお前の気持ちは本物だ。そして、罪悪感から逃れたいと思うその気持ちも本能だ。誰もお前を責める事はできないだろう。無論、私もだ」

 

父さんは兜を手に取る。

 

「だがなジャック。お前のその話を聞いた者がこれからどんな思いで戦場へ向かうか。お前は考えた事があるか?死ぬと分かっていながら戦う騎士の気持ちがお前には理解できるか?」

「…それ、は」

「私が自己満足だと言ったのは、つまりはそういうことだ。私はお前の話を聞きお前の話を信じた上でランスへ向かう。ランスへ向かえと国に命じられたからだ」

 

何故私が向かうか分かるか、と父さんは言う。彼は僕の返事を待たずこう言った。

 

「祖国のために死ぬのであれば。それは仕方がないことだからだ」

 

父さんは信じられないことに微笑んでいた。

 

 

 

 

そして、父さんは殺された。拘束されることなく殺された。風の噂では一時ランスにいたジャンヌ軍を壊滅させる勢いだったという。賢く判断力があり強い父さんであればジャンヌを追い詰めるのは容易だっただろう。だが増援にやってきた1人のフランス騎士に父さんは殺されてしまった。

何故黒騎士ほど名高い騎士が拘束されなかったのか。何故フランスが禁じ手といえる司令官殺しをしたのか。

これは後に語られる話だが駆けつけたフランス騎士の咄嗟の判断だったらしい。彼が駆けつけた時ジャンヌ軍は負けが確定していた。彼はここで黒騎士を殺さないとフランスはイングランドの手に落ちると思ったのだろう。

その判断をしたフランス騎士は。その最悪の選択をしたフランスの騎士の名は。

 

男爵 ジル・ド・レェだった。

後に彼は黒騎士を倒したという名誉から元帥になったと風の噂で聞いた。

 

 

どうして嫌なこと程立て続けに起こるのだろうか。どうして現実はこれほどまでに容赦がないのだろうか。

 

「ブラウン伯爵。ご報告させていただきたいことがございます」

 

父さんが殺され2ヶ月が経った。僕は子爵から伯爵と呼ばれるようになり父さんが守っていた土地をそのまま引き継いだ。最近は天候に恵まれていないせいか例年より農作物が育たず僕はこの課題解決に追われていた。この頃になって僕は自ら戦場をかけることは格段に減り完全な戦術家としてのみ戦争に参加していた。

 

「ジャンヌ・ダルクの身柄確保に成功いたしました。つきましては奴の始末をどうするか公爵様より是非貴方様のご意見をいただきたいと言伝を授かっております。伯爵、お忙しいところ恐縮ですが本部までご同行をお願いいたします」

 

その言葉を聞いたとき僕は心臓が凍りつくのを感じた。

 

「身柄、確保だと……何故、どうやって、」

「先日お伝えした通りジャンヌ軍がコンピエーニュへの攻撃を開始しました。無論、あそこは我がイングランド軍の中でも屈強な兵士で固めた街です。増援もなかったジャンヌ軍を捕らえるのはそう難しいことではなかったと聞いています」

「増援が、なかった…?シャルル王が彼女に出さなかったということか…?」

「おそらくは、そうかと」

 

頭を殴られたような衝撃を受けた。僕は察した。シャルル王はもう僕がフランスにいた頃のようにジャンヌを守ろうとしてくれていないということを。噂では彼はイングランドと外交での戦争終戦を望んでいるという。ジャンヌの、イングランドと敵対しフランスを救うという行動はもう今の彼にとっては邪魔でしかないのだろう。

 

…もしかして、これは彼の作戦だったのではないだろうか。彼はわざとジャンヌを向かわせたのではないだろうか。ジャンヌをこの戦争の舞台から引きずり落とすために。イングランドと手を結んでいたのではないだろうか。

 

「ッー…」

「伯爵…?」

 

あぁ。頭がおかしくなりそうだ。何で。何故なんだ。どうしてジャンヌがこんな目に遭わないといけないんだ。祖国を救おうと奮い立った彼女がどうして国に殺されないといけないんだ。

 

「…何でもない。それで、公爵は私に何を望んでいる?」

「公爵様は士気を高めるため。国民の関心を向けるためジャンヌ・ダルクを裁判にかけ火刑にしようと考えておられます」

「ッ…!」

 

あぁ、まただ。また夢と同じシナリオを辿ろうとしている。

嫌だ。嫌だ…!ジャンヌだけは救いたいのに。どうしてこの世界は、たった1人生きてほしいという願いすら聞き入れてくれないのだろう。

 

「公爵様は貴方にその一連のシナリオをと考えておられます。黒騎士が亡くなった今、貴方は誰よりも戦術に長けている。こういった辻褄合わせもお得意でしょう」

「な…ん、だと」

「公爵様は貴方に一任して構わないとおっしゃってらっしゃいます。どうかお考えください。フランス人を絶望に落とすための、ジャンヌ・ダルク(あの魔女)を火刑にする演出を」

 




1430年3月 黒騎士 男爵ジル・ド・レェのルールを無視した攻撃により戦死。
これにより子爵だった息子ジャック・ブラウンは伯爵となる。
1430年5月 ジャンヌ・ダルク コンピエーニュにてイングランド軍に拘束される
後にこれをコンピエーニュの悲劇と呼ぶ。
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