フランスの悪魔   作:林部

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第12話

初めはジャンヌと結婚したいと願っていた。子供の頃の話だ。幼い頃からジャンヌは世界で1番可愛いかった。腕っ節も良いせいで男女なんて言う馬鹿もいたが僕以外にもジャンヌに惚れていた奴らはいた。奴らは僕よりもカッコ良かった。当たり前だ。当時の僕は今よりずっと病弱でいつ死んでもおかしくなかった。身長も低く華奢で顔も女みたいで、かっこよさの要素を一つも持ち合わせていない人類一カッコ悪い男だった。

酔って結婚してくれと求婚した上にこれ以上ないフラれ方をしてしまってからは、ただジャンヌの側にいたいと願っていた。流石にあんなフラれ方をしてもジャンヌにアプローチするほど僕は心が強くなかった。けれど諦め切れる程立派な心も持ち合わせていなかった。だからジャンヌに恋人ができるまでなら側にいても許されるんじゃないか、なんて。なんとも情けない気持ちで彼女の側にいた。幸いなことにジャンヌは恋愛に全く興味がなかったから僕はずっと彼女を守る騎士みたいな気持ちでいた。実際はそんなかっこいいものではなかったけれど。でも身を挺して敵の攻撃から彼女を守ることはできたのだから僕は満足していた。

不謹慎な話だけれどあの時は幸せだった。ジャンヌの側にいることが当たり前で彼女のために男らしく振る舞えていたのだから。彼女を守る存在でありたいという僕の夢が叶ったような錯覚をしていた。

 

そして、今は。ただ生きて欲しいと願っていた。もう、どいつと恋に落ちてもいい。結婚したっていい。僕は多分嫉妬するけれど、彼女が生きていられるのならそれが1番いいと思っている。いっそのこと彼女を負傷させて戦地から撤退するしかない状況まで追い込むかと。そんなことを考えていた矢先だった。

ジャンヌが、イングランドに捕まったのは。

 

 

「会いたかったよブラウン子爵。おっと、今は伯爵だったな…君の父は本当に立派な人だったよ。本当に、惜しい人を亡くした」

「ありがとうございます。父上も、殿下にそのようなお言葉をいただけるとは、さぞ幸せでしょう」

「それで、聞かせてもらおうか。君の描いたシナリオを」

 

ニヤリと公爵が笑う。薄気味悪いその顔に、僕は愛想笑いをした。

 

「君の評判は聞いているよ。どんなに厳しい戦場でも君が描いたシナリオさえあれば戦況を変えられるとね。今回はそんな君のためにジャンヌ・ダルクを用意したんだ。これを使っていかにフランスを降伏させるか。なに、あれを燃やすだけでフランスが降伏するとは思っていない。そこまで奴らも馬鹿ではない…で、考えてきてくれたんだろう」

 

僕は。僕は今どんな顔をしているのだろうか。にこやかな顔になっているだろうか。それがとても心配だ。ここまで怒りを感じたのは初めてだから。

 

「その件ですが…今すぐジャンヌ・ダルクを殺す必要は、ないかと」

「……」

 

公爵の顔から笑顔が消えた。

 

「…生かしておく価値があります。あれはフランスでは希望の子と呼ばれ祭り上げられている。国民的人気がありすぎるのです。フランスとてあれが殺されるのをただ黙っておくわけにはいかない」

「伯爵…がっかりだ。そんなくだらない話をする時間など私にはない」

「お、お待ちください!あれを殺せば他国に、イングランドは小娘ごときを恐れていると思われかねません!どうかここはご慎重な判断を!」

「恐れているだと。笑わせてくれる。ただの余興だ。なんならあれを燃やすための舞台を作り、他国の者を呼ぼうか。フランスの希望等と言われ持て囃された女がどんな声を上げどんな惨めな死に方をするか。興味のあるものも多かろう」

 

冷や汗が止まらなかった。この汗が怒りからなのか恐怖からなのかすら分からなくなっていた。何でこんな奴に媚を売らないといけないのか、真剣に考えてしまうほど僕は動揺していた。

 

「そもそもいつ私が君にあの女の殺し方を決める権限を与えた。私はあれを火刑にすると決めた。君にはどうすればこれを盛り上げられるか。そのシナリオ立ての権限しか与えていない」

「っ……で、ですが…この戦い、早く終結させるためにはあれは手札の一枚です。今殺すよりも」

「終結?何を言っているんだ。終戦などしてなんの意味がある?」

「え…?」

 

僕は耳を疑った。本当に自分の耳がおかしくなったのかと思い、無礼を承知で彼の顔を見た。彼は不機嫌そうに僕を見下していた。

 

「はぁ…君にはがっかりだよ…この戦争がどれだけ美味いか知らないなんて」

「……どういう、ことですか」

「あぁ君は農民上がりだったか…これだから無能な農民を貴族にするなんて私は反対だったんだ」

「どういうことですか…!戦争は、同胞の血を流す。貴重な武器も失う…金もかかる…!フランスの領土を我がイングランド軍の領土にさえすれば、こんな戦争…!!」

「いくら金が動いていると思っている」

 

公爵は静かに言う。

 

「農民の君ではとても数えられないほどの金が動くのだ…君がこの間捕らえたアランソン公は実に良い売り物だったよ。君は狩は上手いが頭は悪かったようだな…我がイングランド軍一の戦術家と聞いていたが…非常に残念だ」

 

僕は呼吸をすることすら忘れていた。

この男の言っていることを理解することに苦しんでいた。脳が理解することを拒絶していた。僕は必死に自己防衛本能に抗って男の言葉を理解しようとし、ようやく分かった。

コイツが。こういう奴が上にたくさんいるからこの戦争は終わらないんだ。僕らがどんなに頑張ったって、コイツらが戦争を望んでいるから僕らはいつまで経ってもこの地獄のような戦いから抜け出せない。一体兵士達がどんな思いで戦っているのか。家族を。大切な人を戦争のせいで殺された人たちがどんな思いで生きているのか。それを理解しようともしない。

 

僕はずっと勘違いしていた。ずっと父さんのように冷徹な奴が悪だと思っていた。けれど違った。父さんはきっとコイツらのことを知っていた。コイツらを敵に回すことが許されないことも勿論分かっていた。だから彼は冷徹な黒騎士に徹したんだ。

全てを知った上でなんの罪もないイングランド人を。犠牲にあい続けている哀れなイングランド人をせめて自分の人生で救える限りは全て救おうと。そのためにフランスを。フランスで出会った全ての出会いを闇に葬った。そんな地獄のような決断を、彼はした。

そしてどんな時もその信念を胸に宿し、彼は死んだ。

 

じゃあ、僕は。僕なんかよりずっと優秀だった父さんがそんな選択をせざるを得なかったのであれば、僕も選択をしなければいけない。

僕に、何ができる。

何よりも大切にしていたジャンヌは……もう、僕の手でその運命を覆そうとすることすら許されない。

では、何をすればいい?今更フランス軍に戻るか?…そんな選択をして一体誰が僕を信じてくれるというのか。唯一僕を信じてくれそうな子は。ジャンヌは、今囚われの身だというのに。

ではこのままイングランド軍の忠実な騎士を演じるか?ジャンヌを見捨てて?そんな人生、なんの意味がある。

僕は、ジャンヌが全てだった。ジャンヌさえ生きていればもう、なんでも良かった。そのために僕の大切なもの全てを投げ打っていいと誓った。

 

僕は。僕は。

 

僕は、どうすればいいのかな。ジャンヌ。ジャンヌが、僕だったら君はどうしていたかな。たった1人の愛する女の子すら救えない僕は。一体君のために何ができるのかな。

 

「ブラウン伯爵。まさか君、シナリオを持ってきていないのか?こんなくだらない話をさせるために私の時間を奪ったというのか…?」

 

僕は考えて。考えて。頭がおかしくなるほど考えて。

 

"望みはなんだ"

"私の望みはーーーー"

 

ようやく、一つ大切なことを思い出した。

 

「……そうか。そう、だった、な」

「ブラウン伯爵…?」

 

できるかは、分からない。出来ないかもしれない。でも出来るかもしれない。それなら、その可能性に僕の全てを捧げよう。

 

「失礼。どうやら私は勘違いをしていたようです。殿下、どうか1日だけ私にチャンスを与えてはくれませんか?」

 

ジャンヌ。僕は君を救う事はできない愚か者だ。ずっと君を守ると言っておきながら結局何もできなかった。君は呆れるだろう。君は僕を恨むだろう。憎むだろう。

 

"私の望みは、フランスを救うことです"

 

だけど、君の願いだけは僕が受け継ぐから。

 

「どうか、ジャンヌ・ダルクを火あぶりにする最高のシナリオを私に。このジャック・ブラウンに描かせてください」

 

約束するよ。僕が絶対この戦争からフランスを解放するから。そのためなら、僕は。

否。

私は、なんだってしてみせる。悪魔そのものにだってなってみせるさ。




次回予告 感動の再会
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