フランスの悪魔   作:林部

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第16話

「ジャンヌ・ダルクはお前の望みを受け入れ死んだのだろう。であれば、お前もジャンヌ・ダルクの望みを受け入れるべきだ」

 

あぁこれは。ジャンヌ・ダルク(あの子)の私への報復だと悟った。まさか15年越しにこんな目にあうとは、思わなかった。

 

 

 

「ジャックだ!!ジャックがくるぞ!!」

「神の子ジャック!!ありがとう!!!貴方こそフランスの誇る大英雄だ!!!」

 

1444年10月30日。馬に乗り黒騎士の鎧を纏った私をフランスは歓迎した。私がここを通るのを待っていたと言わんばかりの歓迎ようだった。きっとこの中には私が殺したフランス兵士の身内もいるのだろう。先の戦い、後に百年戦争最後の戦いと呼ばれるカスティヨンの戦いに勝利し国王の元へ向かう途中の街で受けた待遇に、私は気分が悪くなった。

皆が私を見て微笑む。私に感謝をする。私を神の子と称える。私を希望の子と言う。私のおかげでフランスは救われたと言う。

それはジャンヌ・ダルクが受けるべきものだった。

私が、私のような、イングランド人もフランス人も大勢殺した男が彼女の代わりにこのような祝福を受けている。

本当にフランスの救済を願っていた子が魔女と言われ火あぶりにされ。彼女を火あぶりにした私が大英雄だと、もてはやされている。

誰も、知らない。私が、誰よりもフランス人を殺していることを。この戦争で私が1番人を殺したことを。誰も知らない。救った人間の数よりも殺した人間の数の方が遥かに多いことを知らない。

誰も私がどれだけ悍ましい存在なのかを知らない。

 

私は吐き出してしまいたかった。苦しかった……こんなはずじゃ、なかったのに。

私は誰よりも終戦を望んでいた。その為に人を欺き人を殺してきた。本当は、誰も殺したくなかった。誰も騙したくなかった。でも、やらなくてはならなかった。そうしないと、私がこれまでやってきた事が全て水の泡になるのだから。

何のためにラ・イールを。大好きだった友を。大切だった部下を。敬愛していた騎士を。

ジャンヌ・ダルクを殺したのか。

その意味合いが全て無になる。それだけは避けたくて私は人を殺し続けた。私に忠誠を誓ってくれた部下は皆死んだ。半分は私が殺した。勝つために。敵の目を欺くための囮役として死んでいった。食料が尽きそうになった際、口減らしのために兵士達に嘘をついて負け戦に行かせ死なせた。

とても誇り高き英雄とは言い難い最悪な作戦で私は大切な部下を犠牲に多くのイングランド人を殺してきた。

 

12年間そんな地獄のような戦いの中心に私はいた。フランス人が死ぬ度、イングランド人が死ぬ度私の心は軋んでいった。何千人もの人が私のせいで死んでいったというのに、私の心はいつまで経っても慣れることを知らなかった。私は頭がおかしくなりそうだった。

早くフランスを救いたかった。私が、私であるうちに終わらせたかった。

最終的に私自身がこの戦争から解放されるために私は人を殺していた。

 

まさか、戦争から解放された後の方が辛いだなんて思いもしなかった。

 

「どけどけ!黒騎士ジャック様のお通りだ!!」

 

やめてくれ。お願いだ。どうか。

 

「ジャック!貴方のおかげでこの街は守られた!!戦場だけでなく内政改革までこの国を根本的に救ってくれた!!」

 

どうか、私の名前を呼ばないでくれ。

 

「貴方こそが誇り高きフランスを守り抜いた大英雄!!」

 

どうか。どうか、私を英雄と呼ばないで。誰か、誰でも良い。どうか、私を断罪してくれ。

 

「報酬は何になるんだろうな?」

「さぁ?大英雄だし領土や金は沢山貰えるだろうな。羨ましいな」

「それだけの事をなされたのだから当然だ…だがジャックは無欲と聞くからな。彼は一体国王に何を望むのだろう」

「大英雄なのに金をせびったりもしないのが凄いよな…本当に彼は聖人なんだろうな」

 

この私の願いなど誰も知らない。私はもう限界だった。もう、許してほしいと思った。何で戦争が終わっても戦争のことを思い出させるんだ。放っておいてくれと思った。もう、全部終わったのだから。散々フランスともイングランドとも逃げずに向き合って戦ってきたのだから。もう、良い加減いいだろうと思った。戦争が終われば私のような残虐な人間は邪魔でしかないのだから。逃げ出してもユリウスもシャルル王も皆許してくれると思っていた。

 

 

 

「復権裁判だと…」

「そうだ…ジャンヌ・ダルクの復権裁判をしてほしい」

 

良い加減お前に報酬を渡さないと国民への示しがつかない。何でも良いから望みを言え。国王にそう言われた私の答えが今のものだった。

 

「ジャンヌ・ダルクの異端審問はイングランドの黒騎士によってあり得ない不当な判決を下された…フランスの希望の子が魔女の烙印を押され火刑にされた。これはフランスにとって許し難い出来事だ」

「……。お前、あの子が死んで何年経ったと思っている」

「15年以上経っている…それが何だ。何年経とうとも関係ないだろう」

 

国王は渋い顔をした。

 

「そんなことをすればお前の正体がバレるぞ…いくらフランスを勝利に導いた英雄であっても、あの子を殺した張本人だと知られたら……私とてお前を庇えない」

「あぁそれでいい。庇う必要などない。良い加減ジャンヌ・ダルクを忘れてしまったフランス国民に思い出させるべきだ。あの悲運な少女を」

「全てを曝け出す気か…?そんなことをすればお前が死刑になる可能性もあるんだぞ!」

「そうなってくれた方があんたは嬉しいだろう?私の罪が明るみになればあんたやブルゴーニュ公すらも上回る権力を持ってしまったフゥベー家は没落する。あんたを導いた女が魔女ではなく聖女になるのだから」

「……」

「そう疑いの目を向けるな。私はただ世界にジャンヌ・ダルクを認めさせたいだけだよ。あの子こそが英雄!あの子こそが聖女だったと」

 

すらすらと言葉が出てくる自分に嫌気がさす。あぁ私はいつからこんな。ここまで落魄れてしまったのだろうか。私の罪を知り裁いてほしいという理由から、愛する人を売るような人間に、なってしまったのだろうか。

ジャンヌ、もし君が生きていたらこんな私を見てどう思っただろうか。私は確かに君の幸せを願っていたはずなのに。君を守るためだけに生きてきたはずなのに。君を殺し。そして君の死を利用してこの国から逃げ出したいと願う男になった私を君は……。

 

「………」

 

……私はようやく理解した。イングランド人もフランス人も悪魔ではなくお互いを悪魔だと思い込まされただけのただの人間だった。そして、そうと知りながらフランス人もイングランド人も自分の都合の良いように使い、騙し、殺し。ついには愛する人までも利用するこの私こそが悪魔だったのだ。

 

「…分かった。叶えてやろう。ただし私に関する部分は明るみに出すな」

「私に全ての罪を押し付ける気か」

「私は国王だ。国民の信頼を損なう事は避けなくてはならない。それができないというのならば、この話は無しだ」

「別に構わない。いいさ。この国の悪を私が全て担ってやる」

 

 

そうしてシャルル王はジャンヌ・ダルクの復権裁判を開始した。私はホッとしていた。ようやくこの国から解放される。ただそれだけで心の底から安心していた。

私は、どんな死に方をするのだろうか。もはやどんな死に方でも構わなかった。早くこの悍ましい私を告白し裁いてもらいたかった。

 

 

 

「何故…告白することにしたのですか」

 

裁判が始まり半年が経った。裁判を始めたばかりの頃ジャンヌ・ダルクを忘れていたフランスは興味を示さなかった。だが彼女の死に英雄ともてはやしているジャック・ド・フゥベーが関わっていたとなると話は変わる。皆裁判に夢中になった。

 

「今更、罪悪感でも湧きましたか…あの頃は何も感じていなかったくせに」

 

ずっと私の側にいてくれたユリウスが私に軽蔑の眼差しを向ける。彼は私がジャンヌ・ダルクを殺した頃から私を嫌っていた。それでも私の指示に従い私を支え共にフランスを救ってくれた。

 

「貴方は…いつもタイミングが悪い。何で今なんだ…ようやくフランスが平穏を取り戻したというのに何故よりにもよって今!彼女への罪の意識に目覚めたんだ!もう15年以上も前の話だぞ!!」

「…そうだな。君のいう通り私はいつもタイミングが悪い」

「ッ誰もあんな事思い出したくないはずなのに…!どうして思い出させるんだ…あの悪夢のような出来事を……あの時の、悪魔のようだった貴方を」

「…そうだ。私は悪魔さ……悪魔なのに英雄ともてはやす世界はおかしい。だから私は正すのだ。誰が正義で誰が悪だったかを世界に知らしめる。そして私はこの舞台から降りるんだ」

 

時が流れるにつれ、ざわざわと。この裁判のせいでフランス中が動揺の渦に巻き込まれていく。フランスの黒騎士が悪だったとは認めたくなかった。けれど集まってくる証言がジャンヌ・ダルクの正当性と黒騎士の悪行を示した。私が自らの意思でイングランド軍への入隊を志願し黒騎士となりフランスを恐怖に陥れたと認められた時は、なんて勝手な作り話をと思ったが。全ての悪を担うと言ったのは私だ。仕方がない。他にも実に様々な悪行が容赦なく私に押し付けられたが私は否定しなかった。私は全てを受け入れ、その行動理由を全て祖国のためと答えた。

 

「舞台から降りるとはどういう意味だ。表舞台からか?」

「……」

「…あんた、まさか。死にたいのか」

 

ユリウスが私を睨みつける。やはり彼は察しの良い男だ。

 

「…ジャック。私にはあんたが理解できない。どうして今になって死を望む。ジル・ド・レェに片腕を奪われた時も。私を庇ったせいで片足を切断しなくてはいけなくなった時も。あんたは降りなかった。義足のリハビリ期間にも関わらずイングランド人を殺すために前線に立っていたというのに……何故今になって…その義足と義手に嫌気でもさしたのか」

「さて、どうだろうな。ユリウス。君はどう思う?」

「……あんた。いつもそればかりだ。私に問うばかりで肝心なことは何にも私に教えようとしない。卑怯者め」

「そんな卑怯者な私の側を君は離れなかったな。そういえば今まで言ったことがなかった。もう君とは会えないかもしれないから伝えておこう。私の人生、とても誇れたものではなかったが君がずっと側にいてくれたことだけは誇りに思うよ」

 

ユリウスは笑う私を厳しい目で見ていた。やがて彼はため息を吐いた。

 

「あんたに認められるほど優秀な私が、そんな甘い言葉で丸く収められるとでも?」

「はは、そうだな。君がそんな男じゃないことは重々承知さ。だから私は君を選んだ。君を巻き込んだ」

「ッ……迷惑でしか、なかったよ…」

 

それが彼と私が最後に交わした会話だった。

 

 

 

裁判は3年掛かった。3年かけてジャンヌ・ダルク、ジャック・ド・フゥベー両名の生涯にかけて会った人物、場所へ赴き、様々な人の話を聞き、実に公平に行われた。

1447年。最早ジャック・ド・フゥベーを英雄と呼ぶ者はいなくなった。皆知ったのだ。ジャック・ド・フゥベーという人物こそがフランスを数々の窮地に追い込んでいたことを。奴はフランス、イングランド。その両方を裏切り殺してきたことを。皆が讃えてきた奴の栄光は、ジャンヌ・ダルクという決して忘れてはならない少女を犠牲に成り立っていたことを。皆が英雄ともてはやしていた奴は、今まで思い描いていた、悪虐非道の限りを尽くしたイングランドの黒騎士そのものだったということを。

そして裁判が終わる頃ジャック・ド・フゥベーはこう語られていた。

 

彼こそまさしく悪魔だと。

 

 

彼女が私の元へ訪れたのは私がフランスの悪魔と言われ慣れた頃だった。

 

「久しぶりね。私のこと覚えている?」

 

一瞬ジャンヌ・ダルクが生き返ったのかと思った。そして思い出した。そういえばこの姉妹はよく似ていた。

 

「カトリーヌ」

「良かった。もう忘れられているのかと思った」

 

ジャンヌ・ダルクの姉 カトリーヌはふわりと微笑む。その笑顔が見ていられなくて私はそっと目を逸らした。

 

「裁判、全部聞いたわ」

「…そうか」

「ジャンヌは魔女ではなかったと認められる事になると聞いているわ」

「…そうか」

「……さっきからそればっかり。私と会話するのは退屈?」

「まさか!…こんな美人と会話するのは久しぶりなんだ。緊張しているだけさ。どうか許してほしい」

「随分口が上手くなったのね。昔はお世辞なんて言えなかったくせに……それはイングランドで習ったの?」

 

私は思わず口籠る。彼女はふふっと笑った。

 

「ねぇジャック。私、この裁判、随分嘘が多いと思うの」

「何を…そんなわけないさ。君も知っているだろう。この裁判にどれだけ金と時間がかけられているかを」

「えぇ…それでも私は確信している」

「何故。何が証拠でもあるのか」

「えぇ」

 

私は眉を顰めた。目の前にいるこの子はただの農民だ。私やジャンヌ・ダルクのような子でもない。本当にただの農民の子のはずだ。そんな子に国王がひた隠しにしている事実を知る術などないはずだ。

 

「そんな険しい顔をしないで。単純な話よ。貴方がそんな簡単にジャンヌを裏切れるはずがないって知っているだけ」

「…何を言っているんだ」

「裁判では一度も話題になっていないけれどね…私は知っているのよ。村にいた時、貴方がどれだけジャンヌのこと好きだったか……裏切れるはずがないのよ。どれだけ危険なことか分かっているはずなのにジャンヌのために村を飛び出した貴方が裏切れるとしたら、それはきっとジャンヌの」

「カトリーヌ、妄想は程々にするんだ。君にも家庭があるだろう」

「……そう。そういうことね。分かったわ。もう言わない。私は、まだ死にたくないもの……けどね、これだけは、はっきり伝えておくわ」

 

彼女は小さくため息を吐いた。

 

「どんな理由であれ、私は貴方を許すつもりはない」

 

そして真っ直ぐ私を見た。

 

「許せるはず、ないわ…大切な、世界でたった1人の愛おしい妹をあんな目にあわせて……ッ!!全部が全部本当でなかったとしても!貴方が!ジャンヌを…ジャネットを火あぶりに導いたことだけは事実なんだから!!」

「……あぁ。そうだ。君のいうとおりだ」

「だからね私は貴方に罰を与える。こんな農民の意見でも国王は耳を傾けてくださるのだから。貴方にとって最悪の罰を与えるわ…ごめんね、ジャック。恨むなら自分を恨んでね」

「勿論だよ。君は正しい……カトリーヌ。ジャンヌを守るという約束を守れなくてすまなかった」

「覚えていたのね…貴方達が村を出る前に約束してくれたことを……すまなかったで、許されると思わないで。私の妹の命を軽んじないで。私にとってはこの国よりもあの子の命の方が重いわ」

 

私は何も言えなかった。その通りだと思った。何故なら、かつて私も彼女と同じようにフランスよりも、イングランドよりも、あの子の命を重いと思っていたのだから。けれど、今はどうだろうか。今の私は、あの頃と同じように何よりもジャンヌを優先できるだろうか。……愚問だ。優先なんて、できるわけがない。何故なら私はこうして彼女の復権裁判を利用しているのだから。この世界で1番罪が重い自分自身のために。

カトリーヌは、さようならと一言言って去っていった。私は彼女を見続けることが辛く感じ目を閉じた。

 

早く、裁いてくれ。今はもう、それ以外考えたくなかった。

 

 

 

そして、裁きの時の前日。3年間かけて集まった情報をもとにジャンヌ・ダルクは魔女ではないと正式に認められ彼女は聖女であると世界が認めた。そして残すはフランスの悪魔 ジャック・ド・フゥベーの最終判決のみだ。判決がどうなるか分かっていないが、これだけ様々な悪行を達成した悪魔だと世界に太鼓判を押されたわけだ。死刑は免れないだろう。判決は火刑だろうか…否、間違いなく火刑だろう。私は地獄へおち永遠に天国へいく権利を失うのだ。それでいい。私のような人間にそんな権利は与えてはいけない。ずっと地獄を彷徨い続けるのだろう。

 

ずっと、そう思っていた。

思慮深いと言われた私が、その思考こそ早計であったと気付くことはできなかった。

 

 

 

 

「そう簡単に死なせると思うな」

 

国王にそう言われたのは夜だった。彼は内密に私の元へと訪れた。

 

「ジャック・ド・フゥベー。最後の命令だ。お前は決して自ら死を選んではいけない」

「……何を、言っている」

「なに。お前のお気に入りとジャンヌ・ダルクの姉から聞いたのだ。お前は死に急いでいると」

 

ユリウスとカトリーヌか…。私はグッと拳を握った。

 

「だとしたらなんだ…好都合だろう。あれだけ悪行を成した悪魔が死んでくれるならフランスにとってこれ以上の喜びはないはずだ」

「そう自分を卑下するな」

「私を更なる悪役にしておいて。よくもそんな都合のいい言葉を言い出せるな」

「お前からの許可は得ている。これは正当な取引だろう…そしてお前の死を約束させることは取引内容になかった。これはお前のミスだ」

「意味がわからない。あんた、まさか私を無罪にする気か。また私をあんたの駒にする気なのか」

「いいや。無罪にはしない。無罪にするにはお前の罪はあまりに重すぎる。いくら私でも庇いきれない…以前からそう言っていただろう。それに戦意喪失した今のお前は使い物にならないからな。駒にすることもできない」

「では!では何故!!なにゆえ私を生かそうとする!?何故私に慈悲をかける!?」

「ジャンヌ・ダルクがお前の死を望まないからだ」

 

国王は静かに言った。

 

「…なにを、言っているんだ…彼女はもう15年以上も前に死んだんだぞ。私が、殺したんだぞ」

「そうだ。お前が聖女ジャンヌ・ダルクを殺した。が、生前お前がパテーの戦いで死んだ時、彼女は私にこう言った。お前を戦場に連れていくべきではなかったと。お前には長生きしてほしかったと」

「な…ッ……一体、いつの話を、しているんだ…ッ彼女が、私に殺されてからも、それを望んでいると本気で思っているのか…!」

「さてな。私はあの子ではないから分からんよ。寧ろ分かるとしたらお前だ」

「なに…?」

 

国王は真っ直ぐこちらを見る。彼の瞳の中には動揺した哀れな男が映っていた。あれが私なのか…随分、醜くなったものだ。

 

「ジャンヌはよくこう言っていた。お前のことは言葉に出さずとも分かると。幼馴染だから何も言わなくても心が通じ合っていると」

 

ドクリと、心臓が鳴った。

 

「お前がジャンヌ・ダルクを死刑へ導いたその日。お前はジャンヌ・ダルクに何を望まれていた?お前が彼女を殺したのだから少なくとも一度は彼女と会っていたのだろう?その時彼女はお前に一体何を望んでいた?」

「ッ……ぁっ」

 

思わず情けない声が漏れた。私は……僕は、思い出してしまった。彼女を審問するためだけに用意されたあの部屋で。初対面を装う僕を、ひどく寂しそうに見つめていた彼女を。そして僕の身を案じてか、決して指摘せず素直に応じてくれた彼女を。

そして。

 

”貴方はどうか、長生きしてください”

 

「ぁ…あ、あぁ…ッ!」

 

彼女が最期に告げたその言葉を。

思い出してしまった。思い出したくなかった。僕が殺した彼女が。愛していた彼女が、僕に生きてほしいと望んだその事実が辛くて。苦しくて。悲しくて。ずっと目を逸らし続けていた。

 

「ぁあぁっあぁああぁあ…ッッ!!」

 

それだけは、してはいけなかったのに。僕は…あの子を犠牲にする代わりにあの子の願いを叶えると誓ったはずなのに。僕は、いつの間にか僕の中にあった、たった一つの軸すら見失っていたのだ。

国王は長く僕を……否、私を、見下ろす。

 

「ジャック。ジャンヌ・ダルクはお前の死を望んでいたか?彼女の望みは変わっていたか?」

「………」

 

首を横にふる私を国王は鼻で笑った。そして彼は告げる。

 

「ジャンヌ・ダルクはお前の望みを受け入れ死んだのだろう。であれば、お前もジャンヌ・ダルクの望みを受け入れるべきだ」

 

あぁ。これは。ジャンヌ・ダルク(あの子)の私への報復だと悟った。まさか15年越しにこんな目にあうとは、思わなかった。

……もしかして、君はあの時から私の選択が見えていたのだろうか。だから最期、あんなことを言ったのだろうか。真実は分からない。けれど、ジャンヌが私に生きろと願うのであれば私は絶対にそれを叶えなくてはならないと思った。

 

「カトリーヌから聞いた。お前は故郷を出て遠くへ行きたいと言っていたらしいな」

「……」

 

私はぼんやりとかつての事を思い出す。どうして私はそんなことを言っていたのだろうか。……。あぁ思い出した。あの頃はこの女々しい容姿のせいで女男と毎日虐められていて。それが嫌で村が大嫌いで。だから遠くへ行きたいと願っていたんだ。最も彼女に恋をしてからはそんな思いどこかに行ってしまったのだけれど。

 

「望み通り遠くに行かせてやろう。ジャック・ド・フゥベーは処刑するが…ジャック。お前はこの国から出るといい」

「え…?」

「ただのジャックとして生き続けろ。いいか。死ぬことは許さない。お前が死へと導いた聖女ジャンヌ・ダルクがそれを望んでいるのだから」

「待て…どういう意味だ」

「どうした。急に頭が悪くなったのか?分からぬなら、はっきり告げてやろう。お前を国外追放にする」

「……国外、追放…」

「今のうちに存分にフランスの空気を吸っていろ。お前がここにいれるのは今日で最後なのだから」

 

国王は大きくため息を吐く。それから静かに私を見た。

 

「最後に伝えておく…私はそなたに感謝している。散々そなたを追い込んだ挙句こうして最後まで利用する私の言葉など届かないと重々承知しているが…それでも私が国王になり、この国を救えたのはジャンヌとジャックのおかげであると私は確信している…そなた達を失ったフランスはきっとこれから裁きを受けるだろう」

「……貴方は、ずっと私を物のように思っていると…私は」

「まぁそうだろうな。そう思われるような扱いをそなたにはしてきたと自覚している…正直に告白しよう。罪悪感がある。そなたにもジャンヌにも。そなたがジャンヌの復権裁判をして彼女の名誉を回復させるべきだと言い出した時ほっとした…それでも私は臆病者でまたそなたを利用してしまったが」

「それは、別にいいさ……」

「……フランスの大英雄にしてフランスの悪魔だった男は数日以内に処刑されるだろう…そなたは第2の人生を歩むといい。きっとジャンヌ(彼女)もそれを望んでいるさ」

 

国王はそう告げて、私に深々と頭を下げた。それは彼の最大限の敬意だった。

 

 

そして私は翌日、裁判の場で死刑を言い渡され処刑された。が、表向き処刑された事になっただけで私という人間は生きていた。しかし2度とフランスの地を踏むことを許されず。私は文字通りジャックという名前しかない30半ばの男として各地を転々とする人生を歩み出した。

あの子が望んだ通り、この命が尽きるまで私は私の知らぬ世界を見に行くことにした。

 

 

「ほぅ…そいつは中々面白い人生だったじゃねぇの。金になりそうな話だ」

「また金か…君は本当に金が好きだな」

「当たり前よ。じいさんが異常なんだよ。金も地位も名誉も女にも興味がねぇなんざ、俺には理解できねぇ」

「80にもなれば、そんなものどうでもよくなるものさ」

「どうだかねぇ…俺がその歳まで生きたとしてもあんたみてぇにはなれねぇし、なりたくもねぇな」

「酷い言われ様だ」

 

ふぅっとため息を吐くと彼は笑った。

ジャック・ド・フゥベーが処刑されて45年が経過した。かつてフランスを救うために共に戦ったリッシュモンもシャルル7世もとっくに亡くなった。今のフランスの国王はシャルル8世であり、彼はイタリアの小国 ナポリ王国との戦争を開始した。イングランドはイングランドで王家による内戦が絶えない。互いに百年以上も戦争の苦しさをその身を持って味わったというのに。我が愛しの祖国は揃いも揃って今だに戦争を続けている。人間とは、なんて愚かな生き物なのだろうか。一つの戦争が終わったところで、再び新たな戦争がやってくる。きっと我々が人間である限り争いは永遠に続くのだろう。

……だとしたら私が。ジャック・ド・フゥベーがやってきた事に果たして意味はあったのだろうか。私が苦悩しながら戦い続けたあの15年間は一体何だったのだろうか。

主よ。私は本当に愛おしい人の命を奪ってまでフランスを救うべきだったのでしょうか。私の選択は本当に正しかったのでしょうか。

 

「……全く、私という人間は本当に…」

 

ため息を吐く。80才を過ぎても思考を止めることができない。どんなに新しい地へ行き新しい経験を積んでも私の心はずっとあの時代に、あの国に縛られている。なんて情けないのだろうか。

 

「なんか言ったかじいさん」

「なんでもないさ」

 

彼はそうかと興味なさそうに呟いてからニヤリと笑った。

 

「何考えてんのか知らねぇがな、じいさん。あんたには感謝してるんだぜ。あんたの後ろ盾がなきゃ俺は航海できなかったかもしれねぇからな」

「…その割に普段の君の言動にはとても私への敬意がないように思えるがね」

「これでも最大限に感謝を伝えてるつもりなんだがな…おっと、世間話はここまでにしようぜじいさん。そろそろ嵐が来る頃合いだ。お互い生き延びてようぜ。信念と夢の果て、お宝だらけの新天地に辿り着くために」

 

彼はまたニヤリと笑う。悪人顔すぎるその顔に私は苦笑した。

 

「さてな。私の命運は君にかかっているんだ。頼むよコロンブス。私を生き延びさせてくれ。この船から降りたら酒をたらふく飲みたいんだ」

 

私はにこりと微笑む。彼はまだ知らない。彼が私を殺す元凶になることを。一体何故同じ船の中こうして仲良く助け合っている私達が殺し合いをすることになるのか。分からないがおそらく新天地へのたどり着いた先にそうなる未来があるのだろう。あの独特な死に方が現実にならないことを祈るばかりだが…。まぁ間違いなく現実になるのだろう。

 

”貴方はどうか、長生きしてください”

 

目を閉じれば聞こえてくる。私はもう一生忘れることはない。彼女の最後の願いを。もしかして今まで何度も死にかけても死なず。医者には脅威的な回復力だと言われたのは彼女の願いのおかげなのだろうか。もしそうだとしたら急所という急所全て刺されても死なず海に落ちても死なず首をもがれても死なず。海の生き物に食われてようやく死ぬというなんとも悲惨な最期もその願いが原因なのかもしれない。

真相は分からない。けれど。ただ一つだけ確かなことがある。

 

今日、私は夢を見た。初めて見た夢だ。

 

 

それは、ジャックという80代の老人がクリストファー・コロンブスに殺される夢だ。




1447年7月6日 
ジャンヌ・ダルク復権裁判により、イングランドの異端者審問で魔女と判決されていたジャンヌ・ダルクは聖女と世界に認められる。

1447年7月7日 
ジャンヌ・ダルク復権裁判時の最終判決によりフランスの大英雄から悪魔に転落したジャック・ド・フゥベーは処刑される(38歳没)

1453年5月22日
イングランド内で王家による内戦 通称薔薇戦争が始まる

1460年9月11日
フランスとイタリアによる戦争 通常第一次イタリア戦争が始める

1492年
クリストファー・コロンブスの盟友 ジャック死亡(83歳没)

 ----------------------------
完結。
あとがきや今後の話は活動報告に記載しましたのでこちらのページをご確認ください。
ここまでお付き合いいただき本当にありがとうございました。
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