フランスの悪魔   作:林部

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テイラー視点です。


第4話 1431年6月13日

ユリウス・テイラー - 1

 

「君達がジャンヌ・ダルクを殺せ。今、ここで」

「待て…おい、おい!!話が違うだろ!!!ジャック!!!!ジャンヌには手を出さないと約束したはずだ!!!」

「あぁ。約束通り私は手を出していない。手を出すのは貴様の部下だ」

「ッ貴様ぁああぁあああぁああ!!!!!」

「っおい、動くな…っ!」

 

何人もの兵士が暴れ狂うジル・ド・レェを抑えつける中ジャック・ブラウンはゆっくりと前に出た。

 

「何をぼんやりしている。先程までの威勢はどうした」

「ッ……」

「仲間でないのなら殺せるはずだろう。相手は散々我々を追い詰めた女だ。大量虐殺犯だ。君達がジャンヌ・ダルクを殺せた場合これまでの事は全て不問とする」

「その男の声に耳を傾けるな!!その男はユダだ!!信用してはいけない!!絶対に裏切られる!!!」

 

再びジル・ド・レェが叫ぶ。兵士達は泣きそうな顔で彼とジル・ド・レェとジャンヌ・ダルクを見ていた。もうどうしたらいいか分からないとその顔が言っていた。

 

「選べ。ここで我々に君達の忠誠心を示すか。それともジル・ド・レェや竜の魔女の仲間だと認め私に殺されるか」

 

彼は兵士達に思考する余裕を与えず圧をかけ続けた。

 

「君達が選べ」

 

 

これは我々がラ・シャリテへ辿り着くまでの物語である。

 

 

 

時は遡る。

黒騎士が率いる軍 ブラウン軍は上層部の指示通りボルドーから北上しフランス国王のいるパリへと向かった。ボルドーからパリは遠く途中で馬を休憩させる必要があった。ジャックはリモージュ、ブールシュ、オーセールの北東ルートでパリへ向かう事を選んだ。理由はこちらのルートだと中継地点となる街で物資の補給ができるからだ。南西に位置するボルドーからでは遠回りになるが、到着の早さよりも物資を彼は選んだ。ついでにまだ生きている街で情報収集もしておきたかったのだろう。西側に位置するカーンやレンスは既に壊滅していたのだから彼のこの判断は妥当といえよう。

しかし我々が到着した時にはもうリモージュ、ブールシュも壊滅状態にあった。ワイバーンに喰われて亡くなっていた。ゾンビに襲われて死者へ、その死者がゾンビになるという最悪の状況にあった。

ジャックは戦闘回避を最優先とした。目の前で人が喰われていようと、その横を通過するよう命令した。ワイバーンは食事中、周囲の警戒が疎かになる。それを見抜いた彼は寧ろ人がワイバーンに喰われている時こそチャンスというかのように通過命令を下した。ワイバーンを倒し民を救う事よりも戦力の維持を優先したということだ。

非道なその命令は、1/3の兵力を失い生き残っている者も強大な敵を前に戦意喪失した者ばかりのこの状況下では最善であった。

 

「もう、無理だ…ッこんなの、どう戦えって言うんだ…」

 

だが助けてと叫ぶ悲痛な声、逃げ惑う人々の悲鳴、ワイバーンに喰われ断末魔を上げる声。それら全てを無視して突き進めという彼の命令は確かに兵士達の命を救ったが彼らの心はどんどん疲弊していった。

 

「何で、ワイバーンなんて出てくるんだ。俺達が、一体何をしたって言うんだ…ッ!」

「人が死んだらゾンビになって人を殺して…ッ何なんだよ。これぇッ!!どうなってるんだよォ!!!こんなの、化け物が増えるばっかでッ勝ち目なんて…ッ」

「後何回、見殺しにすればいいんだ…ッ!もう嫌だ!こんな、こんなの…ッ」

「ッ閣下!我々は一体何の為に戦っているのですか!?ワイバーンに人を喰わせて!!ゾンビを増やして!!こんなことをして!一体何になるのですか!?何のために我々は!!!」

 

兵士達が口々に言う。中には涙を流している者もいた。

 

「…何のためにだと」

 

ジャックは疲れた声で答えた。疲弊していっているのは兵士達だけではない。彼も同じだった。それでも彼は民衆ではなく自軍の命を優先していた。

 

「決まっている。祖国のためだ」

「ッ民衆を犠牲にすることが祖国のためというのですか!?」

「そうだ。もし我々がリモージュやブールシュにいた僅かな人々を助けるために突入していたら、彼らは救えたかもしれないが、少なくとも我々の1/4は命を落としていただろう。今足りないのは戦力だ。ここで君達を死なせるわけにはいかない…辛いだろうが、どうか耐えてくれ。我々は祖国を救わなければならないんだ」

「ッ…いつまで、こんなことを続けるおつもりですか!!」

「戦力が揃うまでだ」

「戦力が揃ったとて勝てるのですか!!敵は人間じゃない!!あんな化け物どもにどう勝てばいいんだッ!!!」

「勝つ。絶対に。何がなんでも。何を犠牲にしてでも我々は勝利しなければならない。その為に今パリへ向かっている」

 

「そもそも、あれはジャンヌ・ダルクの仕業なんだろう!じゃあ、閣下があの女を殺したからじゃないか!!」

 

兵士が叫ぶ。

 

「そ、そうだ。閣下の。閣下のせいじゃないか!あんたがあの女を殺したから俺たちはこんな目に!!!」

「あのワイバーンも!あのゾンビどもも!!全部全部!あんたのせいじゃないか!!」

 

その叫びに続くように兵士達がジャックを責め立てる。きっと全員分かっている。彼だけのせいではない。ジャンヌ・ダルクを火あぶりにしたのは彼の意思だけではない。あれはイングランドの意思だ。彼は我々を代表して彼女を殺す選択をしただけに過ぎない。それでも彼らはジャックを責めずにはいられない。この状況はそれほど過酷だった。誰かに責任を押し付けないと心が壊れそうになる程に全員追い詰められていた。

 

「そうだ。私のせいだ」

 

ジャックは静かな声で言う。その声は僅かに震えていた。

 

「認めよう。私があの女を殺したから、こんな事になった。私のせいで、こうなった…だから私はその責任を取る。何がなんでも、どんな手を使ってでも、あの女を殺す…!」

 

彼は剣を抜き天へ掲げた。真っ黒に染まった、不思議と惹きつけられるその剣は魔剣だ。あれで斬れぬものはないといわれるほど頑丈で優秀な剣だが彼や彼の父以外が手にすると呪われるという恐ろしい魔剣。

 

「今ここに誓おう!たとえジャンヌ・ダルクが何度蘇ろうとも、その度に必ず私が殺してみせる!!!あの魔女を!!この悪夢を!!必ずこの手で食い止めてみせる!!!何が起きようと私は絶対に!!!!祖国を救ってみせる!!!!」

 

気迫に満ちたその様は兵士達の信頼を見事に勝ち取った。兵士達はそれ以上彼を責めることは一切せず彼を信じて前を突き進んだ。

最後に辿り着いたオーセールはまだ襲撃を受けていないらしく街の原型は保たれていた。しかしワイバーンやゾンビは存在しており民衆は地下へ避難していた。

ジャックはオーセールを守っていたフランス軍に話をつけ必要最低限の物資を得ることに成功した。

 

 

 

「生きていたか…」

 

やっとの思いでパリへ到着し我々が来るのを待っていたフランス国王シャルル7世の第一声がそれだった。自然要塞といわれるパリはまだ攻め込まれていなかった。あのリッシュモンがパリを守っているのも大きいのだろう。ほぼ私が知るままの姿でパリという都市は存在していた。

 

「状況はどうなっている」

 

シャルル王は玉座の間にジャックと私だけ通した。他の兵士達は束の間の休息をとっている。戦闘はほぼしていないので怪我を負ったものは少ないが皆精神的に相当参っている。本来であれば本国へ戻り医者の診療のもとゆっくり休養を取るべきだ。だが今こんな状況ではそんな事許されない。敵が強大すぎる。数が多すぎる。味方が既に殺されすぎている。

故に我々は戦場から立ち去ることができないのだ。

 

「ボルドー、リモージュ、ブールシュは壊滅状態だ。オーセールは辛うじて街の姿を保っていたが、どこまで耐えられるか…」

 

ジャックは兜を外し国王に素顔を晒した。

 

「予想以上に早いな……これがジャンヌ・ダルクの復讐か。フランス救済を掲げていた子をフランスは…私は見捨てた。裏切った。その報いが、これだというのか」

「それだがなシャルル王。私はジャンヌ・ダルクによるものだけではないと考えている」

 

私はジャックが国王に馴れ馴れしく話しかけていることに驚いていた。いくら元引きこもりの腰抜けとはいえ相手は国王だ。同じ王族であっても親しく会話することなどあり得ないというのに国王は何の指摘もしなかった。

 

「…聞こう。何故そう思う?」

「私達がまだ殺されていないからだ」

「どういう意味だ」

「考えてもみろ。ジャンヌ・ダルクが生前どのような闘い方をしていたかを。思い出せ。旗を掲げ敵の元へ突撃していた姿を。毎回あんな無茶苦茶な闘いっぷりで勝利するものだからイングランドでは、兵士を狂戦士にする魔女と恐れられていたんだ」

「成程。確かに生前の彼女の思想であれば真っ先に我々を殺していただろう。しかし彼女は変わった。ワイバーンを従え、かつて自分が守ったはずの街をも攻撃している。あれはもう我々の知るジャンヌ・ダルクではない」

「…そもそも何故ジャンヌ・ダルクがワイバーンを従わせる事ができる?生前は魔術の知識どころか読み書きすらできなかった農民の子が。火あぶりにされ天国にいく権利を永遠に失った子がその術を得たというのであれば間違いなく何者かが関わっている。それが人間であるか悪魔であるかは分からないが」

「……後ろ盾がいるということか」

「確証はないが、そう考えるのが自然だろう。よって此度の戦い、ジャンヌ・ダルクを殺したとて終わらない。彼女の後ろにいる奴も殺さぬ限り、この地獄は終わらないだろう」

「……。成程。成程、な」

 

シャルル王はため息を吐いた。それからジャックを見つめる。

 

「黒騎士 ジャック・ブラウン。お前に殺せるか」

「勿論だとも。私が絶対に殺す。ジャンヌ・ダルクも。彼女にこんな非道な事をさせた奴も必ず…!」

「……。そうか。覚悟ができているのであれば問題ない。貴様には向かってもらわなければならない場所がある」

「オルレアンか」

 

オルレアンは1番最初にジャンヌ・ダルクにより壊滅させられた街だ。彼女はかつて自分が救ったその街をよりにもよって自身の手で壊す事を望んだのだ。その後彼女はそこを拠点としたと聞いている。

 

「いいや違う。お前が。お前とリッシュモンが向かうのはラ・シャリテだ」

「ラ・シャリテ…?何故……狙われていると聞いていないが」

「実はな。数十日前からあそことは、まともに会話が出来なくなっている」

「…乗っ取られた、ということか」

「……いや、どうだろうな」

 

シャルル王は曖昧な言葉で返す。ジャックは訝しげな顔で続く国王の言葉を待った。

 

「連絡が途絶えたわけではない。こちらの要求に向こうが応じなくなったというだけだ。ブールシュへの救援要請もオーセールへの増援要請も断られた。門を閉めフランス兵であっても一切中へ入れようとしない。そのくせ物資の支援要請は取り消さない」

「……。なるほど。軍はまだ生きているということか。まぁ、壊滅したとも聞いていないからな。自分たちの身を守ることだけに必死になっているだけか、或いは」

「或いは、お前のいう後ろ盾かもしれん」

「…裏切り、か。あんたの命令でも中へ入れないという事が答えだろう。明らかに何かを囲っている」

「偵察隊がいうには不審な格好をした人物を何人か見たという。黒とみて問題ないだろう」

「あぁ…しかし何故我が軍の他に大元帥まで向かわせる?そんな事をしては、こちらが手薄になるぞ」

「無論、お前達がいなくなる間は我が軍とイングランド王の軍にパリを守らせるつもりだ」

「それでも手薄になることに変わりないだろう。何故そこまでする?あんたがそこまでラ・シャリテは危険だと判断している理由はなんだ?」

「お前の実力を軽視している訳ではないが……お前1人では手に負えなくなる可能性が高い。なにせ、お前は愚かにも奴にその顔を晒しているのだから」

 

そこまで聞きジャックの顔は引き攣った。

 

「ラ・シャリテを。守っている軍は……まさか」

「そのまさかだ。ラ・シャリテの軍のトップはジル・ド・レェだ」

「ッ…!」

「尤も奴はジャンヌ・ダルク死後すぐに引退したのだからあれは奴の軍ではない。あれは化け物共に怯え軍から逃げた腰抜け兵士共だ。奴はそれらをまとめあげ1つの軍とした」

 

国王のその言葉は果たしてジャックに届いただろうか。そう疑ってしまう程ジャックは顔面蒼白で固まっていた。私は彼らのやりとりを見守りながら少し前の出来事を思い出していた。

 

 

"やめてくれ…!!ジャンヌだけは…!助けてくれ……!"

 

それはルーアンでの出来事。ジャンヌ・ダルクの処刑前ジル・ド・レェはイングランド領のルーアンに潜入した。理由はジャンヌ・ダルクを救うためだった。たとえ敵に捕えられたとしても身代金さえ支払えば釈放される。それがこの戦争におけるルール。だから彼は自身で用意できる全資金を投入した。がジャック・ブラウンによって異常なほど引き上げられた彼女の身代金はそれだけでは足らなかった。彼はプライドを捨て知り合いの貴族から金を集めて回った。それでも集まりきらず彼はフランス中を周り頭を下げ金を募ったという。そしてあの短期間で身代金を集めきった。一体どれほど大変だったか想像に難くない。

 

”この悪天候の中よくぞここまで来られた…否、悪天候だからこそ私の目を欺けるとでも思ったのだろう。全く私も馬鹿にされたものだ”

 

だが彼の作戦は失敗することになる。ジャック・ブラウンの手によって。ジャックは何者かがジャンヌ・ダルクの身代金を持ってルーアンに侵入することを知っていた。だから彼は予め一箇所見張りのあまい場所を用意し落とし穴を作った。落ちた先は沼地だ。一度落ちてしまったら身動きを取ることすら難しいその場所を選んだ。そしてジル・ド・レェはまんまと罠にハマった。

 

”ユリウス・テイラー。この者はルーアンに侵入した罪人だ。今すぐ捉えろ。彼の身代金の額は君に任せる…あぁ奴の持っている金は私へ渡せ。処分は私が行う”

”選べ。テイラー。ここで私に君の覚悟を示すか。たかが1人の少女に同情して君の今までの人生全てを棒に振るか”

 

そしてジャックは私に命じた。ジル・ド・レェを拘束しろと。彼が用意したジャンヌ・ダルクの身代金を奪えと。

 

”やめろ…!!やめてくれ…!!!やめろぉおおおぉおおお!!!!!!”

 

私はその命令に従った。

もしジャックがいなければ彼はジャンヌ・ダルクを救う事ができただろう。否、もし私がジャックに反抗していれば…それだけで未来は変わったかもしれない。だが今その可能性を考えたところで現実は変わらない。ジャンヌ・ダルクはジャック・ブラウンによって火あぶりにされ、ジル・ド・レェは捉えられた牢の中で彼女の死を嘆いた。

そしてジャンヌ・ダルクは蘇った。であればジル・ド・レェが何も思わぬはずがない。魔女となった彼女に彼が関わっていると言われても不思議ではない。

 

「……ジル・ド・レェはフランスに忠誠を誓った騎士だ。彼がこの状況に加担しているとは思えない」

「それはお前が知らないからだ」

「どういう事だ」

「お前がフランスを出た後ジャンヌ・ダルクは1人で戦っていた。今までお前の頭で考えた作戦に従って動いていた子が、自ら最前線に立ち旗を振った。どんなに不利な状況でも決して逃げることなく挫けることなく。一度も旗を手放さなかった。それがどれだけフランス軍を救ったか。お前に分かるか」

「………イングランド軍には常に突撃を仕掛けてくる狂戦士にしか、見えなかった」

「まぁそうだろうな。覚悟を決めた者は恐ろしかろう。ジャック、何故彼女が常に前に進むことを選んだか分かるか」

「フランスを救うためだ。最初から彼女の目的は一貫している」

「何故その思いが強くなったのかと聞いている」

 

ジャックは暫く沈黙した。やがて彼は首を横に振った。

 

「教えてやろう。きっと、これはお前にとって重要な情報だからな」

「なに…?」

「彼女の思いが強くなったのはパテーの戦い以降だ。あの戦いで彼女は初めて身内の死に直面した。誰だか分かるか?ジャンヌ・ダルクの幼馴染だ。その男は常にジャンヌ・ダルクの側におり彼女を守ろうと必死だった。だがその男はパテーの戦いで死んだ。顔すら分からぬほど酷い殺され方だった」

「……まさか、私のせいだと言いたいのか」

「断言はできん。お前が生きようが死のうが彼女の決意は固かっただろう。だがその後の彼女の、異常とも思える決して引かぬ戦いぶりにお前が関与していないと考える方が難しい。私は知っている。お前を戦場へ連れていったことを彼女が後悔していた事を。お前には長生きしてほしいと思っていた事を」

「は……」

 

ジャックの目が大きく見開かれる。国王は動揺する彼をじっと見つめた。

 

「……あの生き急いだ戦い方をしていたのは、私のせいだというのか……コンピエーニュの、攻撃。ジャンヌ・ダルクがコンピエーニュへ攻撃を仕掛けたのは、何故だ。あんたのせいじゃ、ないのか?あんたが、彼女をコンピエーニュへ向かわせたんじゃ、ないのか?」

「コンピエーニュへの攻撃はもう少し後の予定だった。増援へ向かわせる予定だった軍が途中で遅れをとった。彼女にはその旨伝えたはずだった。しかし彼女は単独でコンピエーニュへの攻撃を開始した。まるで何かに突き動かされているかのように」

「ッーーー!!」

 

ジャックは手で口を強く抑えた。吐き気を強引に抑え込むその姿は見ていて痛々しかった。

 

「ッ……その後、増援を、送らなかったのは」

「送ろうとしていたさ。しかし。そのタイミングでイングランドが休戦に対し前向きな姿勢を見せた。ジャンヌ・ダルクを引き渡すことを条件に」

「……そうか」

「休戦しなくては勝てない。我々は武器も兵士の質もイングランド軍に劣っている。時間が必要だった。イングランド軍より武器も質も上げるための時間が」

「あぁ……あぁ。分かっている。分かって、いる。あんたの判断は、間違っていない……我々がジャンヌ・ダルクを売ったのは、仕方がなかったからだ。国を救うために、1人の少女が犠牲にあわなくては、ならないのであれば。それは、仕方がないことだ」

 

目を見開いたままジャックは独り言のようにボソボソと言う。暫くして吐き気がおさまったのか彼は手を口から離した。

 

「……。ジル・ド・レェがジャンヌ・ダルクに肩入れする理由は勇敢にも敵に立ち向かう少女の姿に心を動かされたからか」

「そうだろうな。皮肉なことだ。お前の死が2人の友情を深めたのだから。もう一度聞くがジャック。お前は殺せるか。ジャンヌ・ダルクとジル・ド・レェを」

 

国王は厳しい目でジャックを見る。ジャックはグッと歯を食いしばった。強く拳を握った。小さく息を吐き国王を真っ直ぐ見つめ返した。

 

「……。それで祖国が救われるのならば、私がこの手を2人の血で染めよう」

 

 

私達はその後与えられた部屋で束の間の休息を取ることにした。身分に関係なく部屋は二人一部屋だった。部屋の数が足りないのだろう。彼の補佐官である私は彼と同室だった。彼は部屋に入り真っ先に椅子に腰をかけた。ドサリと音を立てて座り大きくため息を吐いた。彼を1人にさせてあげるべきだろうか。私は迷った。彼の様子が視界に入らないようドアの側に突っ立ったまま、どうしようか悩んでいた。

 

「会いたかったわ。ジャック」

 

真っ黒な女が現れたのはその時だった。気がついたら女はそこにいた。ここには私と彼しかいないはずなのに。突如現れた女に私は驚いた。そして女の顔を見て私は驚愕した。

 

「バカ、な…ッ!?」

 

その顔を忘れはしない。フランスの希望の子、神の子となり戦場に立った少女。ルーアンの牢獄の中でも嘆くことはせず、ただ神の救いを待っていた少女。ジャック・ブラウンにより火あぶりにされた哀れな少女。見間違えるはずがない。報告で聞いていた通りジャンヌ・ダルクがそこにいた。彼女は本当に蘇っていた。

 

「どうしたの?そんなに目を大きく開けて。私に会えて嬉しいのかしら?えぇ私も同じ気持ちよ。貴方の顔を忘れた日は1日たりともなかった!ずっとずっと貴方のことだけを考えていたわ」

「……ジャンヌ…なのか…?」

 

震える声で彼は問う。

 

「ふふ、分かりきったことを聞きますね。えぇ。ジャンヌ・ダルクです。生前貴方を信じ貴方に裏切られ貴方に殺された愚かなジャンヌ・ダルクですよ」

 

ジャックは目を逸らす。突然すぎるこの再会を受け止め切れないのだろう。ジャンヌ・ダルクは彼の頭を掴むと乱暴に自分の方を向かせた。ジャックの顔が歪む。

 

「あら良い顔をしますね…怖いの?ジャック。えぇ怖いでしょうね。生前私の全てを穢していった貴方が今ここで私に何されるか。想像するだけで恐ろしいものね」

「……私を、恨んでいるのか」

「あは。あはは、あっはははははは!!!!ジャックは賢いと思っていたけれど案外馬鹿なのね」

 

ジャンヌ・ダルクは心底愉しそうに笑う。ジャックは沈んだ表情で彼女を見つめた。

 

「当たり前じゃない!私はお前が憎くてたまらない!!私を裏切り!!私を穢し!!私を殺したお前を!!!一瞬でも忘れたことはない!!お前だけは絶対に許さない!!!例え神が邪魔だてしようともお前だけは!!私がこの手で殺してやる!!!!」

 

とてつもない殺意に私は震えた。音を出してはいけないと分かっているはずなのにガタガタと震えた。あぁ変わってしまった。本当に、噂通り魔女になってしまった。かつて聖女のようだった彼女がこの男に殺されたことで。国を救済する聖女から復讐者になってしまった。

 

「っ…であれば、何故今私を殺さない…?どうして関係のない人々を殺した!?君が憎いのは私なのだろう。なら殺すのは私だけで良かったはずだ!何で私を真っ先に殺さなかったんだ!?」

「その顔が見たかったわ」

「は…?」

 

ジャンヌ・ダルクはグッと彼に顔を近づける。困惑する彼の顔を満足げに見つめた。

 

「ねぇ、どう?貴方が守ったイングランド人を殺される気分は。ふふ、大切な人がどんどん死んでしまうのを見てどう思ったの?悲しい?辛い?私が憎い?」

「ッ…君は」

「不公平じゃない。私ばかり貴方に苦しめられて殺されて。なのに貴方をすぐに殺してしまうなんて。そんなの絶対に許さない。私が味わった以上の地獄を貴方に味わわせるまで死ぬなんて許さない…!私が味わった地獄はこんなものでは済まされない!!もっともっと苦しんでくれないと。あは、あっはははははは!!!」

 

女はひとしきり楽しそうに笑った後、極上の笑みで彼を見下ろした。

 

「貴方が教えてくれたんですよ?この世界は残酷だって。だから私も貴方に教えてあげましょう。地獄の炎でその身を焦がされるより冷酷で残虐な現実を」




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