フランスの悪魔   作:林部

23 / 34
テイラー視点です。

【追記】
本文内の視点切り替え表現を変更しました。
こちらの件についてはこちらのページをご覧いただきますよう、よろしくお願いいたします。
ご意見ある方は活動報告のコメント欄にてお願いします。


第6話 1431年6月13日

ユリウス・テイライー - 3

 

「そんなことよりテイラー、出撃の準備をしろ。明後日にはここを出る」

「え?」

「我々は一刻も早くこの状況から前進しなくてはならない。よって明日、大元帥に作戦の合意を得る。明後日には作戦を開始する」

「作戦、ですか」

「あぁ、そうだ」

 

「祖国を救うため。まずはその一歩となるかもしれないジル・ド・レェの身柄を確保する。そのための作戦だ」

 

ジャックは淡々と告げる。私は驚愕した。ジル・ド・レェがラ・シャリテにいるという情報も、彼が黒幕かもしれないという情報もつい先程シャルル7世から聞いたばかりのはずだ。なのに、この男はもう作戦を立てたというのか。あれだけ精神的に追い込まれていたはずなのに彼はその最中でも冷静に考えていたというのか……この男が敵でなくて良かった。心の底からそう思った。

 

 

 

「まさか。本当にブラウン伯爵の息子が、彼女の隣にいた青年だったとはな……いや、今はもう君がブラウン伯爵か」

「お久しぶりです大元帥」

「…そうだな。2年ぶりか」

 

翌日、彼はアルテュール・ド・リッシュモンと面会した。昨日奇襲を受けたと思えないほどの落ち着いていた。

 

「随分と変わったな」

「遅い成長期だったようです。よく見違えるほど成長したなと言われますよ」

「随分暗い目をするようになったな。あの頃の、ジャンヌの隣にいた君には見えない」

 

一瞬、彼の表情が強張った。

 

「君のことは国王から聞いている。君のその立場はフランス(祖国)のためであるという事も、私は信じている……君を、我が同胞と認めよう」

「…確かに昨日、シャルル王から祖国を救うため貴方に私の正体を告げたと聞いておりますが…意外ですね。清廉潔白な貴方からすれば、スパイ()は到底受け入れ難い存在かと思いますが…一体どのような心変わりで?」

「随分私を理解してくれているようだな…良い機会だ。正直に話しておこう。私は君を好かない。君の生き方は貴族、そして騎士を愚弄している。そんな汚い生き方をせずとも、あのままジャンヌ(彼女)の側で活躍する事ができたはずだ。だが君は、望んでその生き方を選んだ。何があったのかは知らないが、如何なる理由があろうと決して許される事ではないぞ。少なくとも私にとっては死罪より重い罪だ。だが、それでも私が君を恐れない。君を同胞として受け入れる。何故なら、我が友 ジャンヌ・ダルクが君を1番信頼していたからだ。故に私は君を信じる」

 

リッシュモンは険しい顔のまま宣言した。生前のジャンヌ・ダルクは随分と信頼を稼いでいたようだ…だからこそ、彼女はイングランドに目をつけられ、あのような結末を望まれたのだが。

 

「ありがとうございます。リッシュモン大元帥。早速ですが、同胞たる私の作戦に協力していただきたい。この状況から脱し竜の魔女を殺すために必要な、ジル・ド・レェ捕獲作戦に」

 

彼は告げる。

ブラウン軍、リッシュモン軍を7つの隊に分け、そのうち6隊をラ・シャリテを中心に6箇所の砦に配置。ラ・シャリテを囲うように配置された兵士達の任務はラ・シャリテにいるジル・ド・レェの軍への攻撃である。しかし彼らを直接攻撃するためには彼らの他にもう一つ危険な勢力の相手もしなければならない。竜の魔女 ジャンヌ・ダルクがこの世に呼び出したドラゴン。ワイバーンだ。奴らはただ腹を満たすために人を襲う。

 

「ワイバーンはロングボウや砲台で殺せることは証明済です。一体ずつの脅威は大した事ありません…ですが大群であれば話は別。我が軍、そして貴方の軍がまとめてラ・シャリテへ向かえば間違いなく数百ものワイバーンがこちらへ来るでしょう。腹を満たすため人が集っているところへ来るのは自然のこと……ジル・ド・レェの軍と大量のワイバーンの相手を同時にすれば、こちらが負ける可能性が高い」

「であれば、どうする。奴がラ・シャリテから出るまで待機か?」

「もうそんな事をしている時間はありません。これ以上竜の魔女の好きにはさせられない」

「負ける可能性が高くても、同時に相手をするというのか」

「いいえ。第3の選択をとります。ワイバーンの相手はジル・ド・レェにさせる」

 

7つに分けられた兵士たちのうち6隊の任務はラ・シャリテ周辺にいるワイバーンをそのエリアから出さないことだ。奴らが人を襲う理由は食事をするため。好戦的ということはなく、腹さえ満たされていれば人を襲うこともない。こちらの方が強いと察すれば引き返すような脳のある奴らだ。であれば奴を長距離攻撃が可能かつ奴の身体を貫ける武器であるロングボウで奴らを誘導することは難しくない。6つの隊全てに弓兵・砲兵を配置し、歩兵は陸でゾンビを倒す。目的はゾンビの壊滅ではなく、弓兵を守るためだ。そのため襲ってくるゾンビだけ相手にすればいい。

 

「先程ワイバーンは脅威ではないと申し上げましたが、それはイングランド軍にとってのことです。フランスの弓では空を飛び回るワイバーンを射ち落すことはできないのでは?」

「その通りだ。我々に飛び回すあれを射ち落す術はない」

「それは言い過ぎでしょう。大砲をワイバーンにぶつければ落とせますよ。最も、それだけ腕の良い兵士がいればの話ですが」

「…思い出した。そういえば、君もあの時オルレアンにいたな。2年前、ジャンヌ・ダルクがオルレアンで対人相手に砲撃したという信じられない報告を受けたが…あれは君の作戦だったのだろう?全く、とんでもない事を思いつくな君は」

 

その言葉には、若干の呆れや非難が含まれていたが、彼は穏やかに振る舞い続けた。

 

「なに、城を破壊できるのであれば人を殺せるだろうという安直な発想ですよ。ともかく貴方ですら対応できなかったのであればジル・ド・レェも同じ状況はず。ラ・シャリテの近くから出られなくなったワイバーンがどうするか。答えは明白だ。間違いなく1番人が多く、喰いやすいところへ向かうでしょう」

「ッまさか、ラ・シャリテの兵士をワイバーンへ喰わせるのか!そんな事をすればラ・シャリテにいる民衆にも被害が」

「気の毒ですが。我々はフランスとイングランドをこの地獄から救わなければなりません。守るべき民衆の命を犠牲にしてでも我々は祖国を救わなければならない」

 

リッシュモンは驚愕し、暫く呆然と彼を見つめていた。いつの間にか彼は穏やかな表情から絵に描いたような深刻な表情へと変化していた。私には、それが演技にしか見えなかった。

 

「………君の決意は分かった。だがジル・ド・レェがワイバーンへ喰われたらどうする?重要な手がかりを失うことになる。民衆を無駄死にさせることになるぞ」

「予め伝達します。こちらの条件を呑むのであれば白旗を掲げろと。奴らにワイバーンに襲われ続けることが人為的なものであると理解させるために。ラ・シャリテという場所に固執していないのであれば、彼は確実に白旗を掲げるでしょう。7隊のうち残り1隊はこの伝達役兼ワイバーンをラ・シャリテへ向かわせるための、ばら撒き役です。ワイバーンは生きている人間より遺体を優先する。抵抗されず喰えるから効率的なのでしょう。今フランスには嫌というほど遺体が転がっています。ラ・シャリテへ向かいながら、それらをかき集め奴等の拠点の500メートル手前付近で遺体をばら撒く」

「は……」

 

あまりの内容に思わず声が漏れたのは私だったか、それともリッシュモンだったのか。それすら分からなくなるほど、彼の作戦は衝撃的だった。彼はあまりの内容に絶句する我々を気にも留めず話を進めた。

 

「白旗を確認し次第、各部隊の弓兵・砲兵は周辺のワイバーンを仕留める。粗方片付いた後、1隊ずつラ・シャリテへ進行します。事前にワイバーンへの恐怖を植え付けている為このタイミングで攻撃は出来ないでしょう。大人しく捕まってくれる…あぁ、安心してください。ばらまき役は私と我が軍の精鋭達のみで行います。うちには馬鹿みたいに耳のいい奴や生まれる時代を誤ったのではないかと思うほど天才的に腕が立つ剣士がいる。彼らと私で遺体を運ぶ荷馬車を護衛します。貴方がたは、白旗が上がるまでワイバーンを誘導し続ければいい」

「………」

 

リッシュモンは沈黙し俯いた。非常に険しい表情だ。無理もない。ジャックの作戦は、たった1人の容疑者を捉えるために亡くなった遺体を道具のように扱い、生き延びた民衆の命すら散らそうとしているのだから。

 

「なる、ほど……。成程……よく、こんな凶悪な作戦が思いつくな」

 

リッシュモンは大きくため息をつき天を仰いだ。

 

「こんな作戦しか思いつかない己の未熟さが悔しくてたまりません…しかし、もはや嘆く猶予もすら」

「あぁ…分かっている。君が本気で祖国を守ろうとしていることは……だが正義を成すために悪を許容する君の思考は、とても危うい。君がイングランドにも恐れられている理由が今分かったよ」

 

今度は彼が小さくため息をつく。

 

「大元帥、悪とは何でしょうか。私の作戦は、貴方をそこまで悲しませるほど愚鈍なものでしょうか?確かに遺体を埋葬せず武器の一部のように扱うのは褒められることではないでしょう。民衆を守るべき私が民衆を死なせてもいいと発言することは、あってはならぬことでしょう。しかし、それらの常識は平時のもの。化け物相手にそのような価値観は通用しない。であれば竜の魔女を殺し1人でも多くの民を救うために亡くなった者達に救いを求める事は、悪なのでしょうか?数万人の命を救う為に、数百人の命を犠牲にすることは悪なのでしょうか?」

「その理論はダメだ。化け物相手であろうと、我々は騎士として誇りを捨ててはならない。そうでなければ、これは化け物と人間による戦いではなく、化け物同士の戦いになってしまう。この世が地獄と化してしまう」

「まさか今が地獄よりマシだというのですか。冗談じゃあない。これが地獄でなくて、なんだというのですか」

「だから自ら地獄を作り出すのか?騎士が化け物を使って民衆を殺すというのか!それでは我々は、竜の魔女となんら変わらないではないか!」

「いいえ、違います。奴は己の感情の赴くままに化け物を使い人類を壊滅させようとしている。我々は祖国を救うために、どんな手を使ってでも奴ら化け物を壊滅させようとしている。理性のない獣と騎士を同列に並べないでいただきたい」

 

僅かに熱の帯びた声が部屋に響く。

 

「……ブラウン伯爵。ダメだ。受け入れられない。こんな非道な作戦を私の大切な部下に強要はできない。彼らに騎士をしての誇りを失わせる訳にはいかない」

「騎士の誇りとは、祖国よりも大切なものですか?部下の誇りのために数万人の命より数百人の命の方をとる選択が正義だというのですか?貴方のいう、騎士とはそのようなものだと?」

 

彼は畳み掛けるように言う。

 

「………。どちらも救うことは出来ないのか?」

 

暫しの沈黙の末、リッシュモンは縋るような目でジャックを見た。

 

「君は弓も剣も一流だろう?それに君の部下には化け物のように強い者達がいるはずだ。彼らであれば、この状況を変えられるのですはないか?」

「それができるのであれば初めからそうしています」

 

彼は吐き捨てるように言う。

 

「果たして、それはどうだろうか。私は今でも悪夢を見るよ。君が、最強と謳われている我が軍を正面から突破し最奥にいた私を捉え拘束してきたあの日を」

「……。ワイバーンを仕留められるか否かでいえば可能かもしれません。しかし同時には不可能です。私の兵士は皆が皆、優秀という訳ではないのです。優秀な兵士達がワイバーンを仕留めている間に、他のワイバーンどもが兵士達を喰らうでしょう。それでは意味がない。私は貴方と戦い貴方に勝利し貴方の軍に敗北した時に、この身をもって学びました。たとえ、どんなに強い騎士がいたとしても単騎では何の意味もない。軍が強くなければ負ける。今回も同じです。練度の高い貴方の軍。そして貴方を見本に訓練してきた我が軍はなるべく死者を出してはならない。決して代わりのきく存在ではないのですから」

「………本当にこうするしか、手がないのか…?騎士の誇りも民衆の命すら捧げたその先にあるのはなんだ。たとえ竜の魔女を倒せたとして、そうなった先にある国に意味はあるのか…?」

「それを考えるのは王です。一介の騎士でしかない私がその問いに答えること自体烏滸がましい。私は、私の使命を果たすまでです」

 

リッシュモンは喘いだ。屈強な肉体と魂の持ち主である、あのリッシュモンが、提示された選択に苦しんでいる様は、見ていて痛々しかった。

 

「無論、この作戦が優れているとは思いません。ですが最善だとは思っています。リッシュモン大元帥、貴方はどう思われますか。我々は兵士の命を預かる立場です。理想論ではなく、合理的な判断を下すべきです」

「……。一晩考えさせてくれ」

「残念ながら、そんな悠長なことは言っていられません。1時間で結論を出してください。2時間後には兵士達に作戦を伝達し明日の早朝から作戦開始とします」

「………」

 

リッシュモンは頭を抱えた。ジャックはそんな彼に構わず椅子から立ち上がった。

 

「では大元帥。良い回答を期待しております」

「……ジャック。一体何があった」

 

リッシュモンは彼を見上げる。その顔は心の底から彼を心配していた。

 

「昔の君は、年齢の割に随分と子供らしかったよ。ジャンヌの隣で表情をコロコロ変えていた。大抵は彼女を心配そうに見つめていたが…いつも必死に彼女を守ろうとする姿は、とても微笑ましかった」

「困りますね大元帥、今の私はイングランドの黒騎士 ジャック・ブラウンですよ」

「イングランドで、君は何を見た?」

「何を言って」

「君はイングランドで何を知った?何が君をそこまで変えた?どうして君がジャンヌを殺す選択肢を選ぶことができた?」

 

彼は口を閉ざし目を伏せる。リッシュモンは彼の言葉を待った。心配そうな表情のまま待っていた。

 

「別に何かがあったわけではありません。私はただ、この世の道理を知っただけ」

「イングランドで、何をされた?」

「何も。強いていえば、貴族としての生き方と女性への接し方を学ばされたくらいですね。それ以外は、笑えるくらいフランスと変わらない環境でしたよ……」

 

彼は。

ジャックは、ぼんやりとどこか遠くを見つめていた。

 

 

1時間後リッシュモンはジャックの作戦に合意した。そして翌日の早朝から作戦が開始された。

 

 

作戦は何の問題もなく成功した。失敗したことといえば、1時間足らずで白旗が上がるだろうという見立てが大きく外れたことだ。まさか数時間も続くとは思わなかった。これにより我々の想定以上に奴らは戦力を有しているという事実が浮き彫りになった。しかし奴らは元々訓練された軍隊ではなく寄せ集めで形成された傭兵のはずだ。それがどうして、ここまで抵抗できたのか。疑問を抱えたまま我々はラ・シャリテへ突入した。

 

 

「……お前ら、何してんだ」

 

ジル・ド・レェは広間にいた。奴らは優雅に食事を楽しんでいた。奴らが食べているものは、よく分からないが変わった匂いがする。見た目だけでいえば、まるで王族のような食事をしていた。とてもつい先程まで戦っていたとは思えないほど穏やかに食事をしていた。呑気な奴らだ。微笑ましい光景に殺意が芽生えた。

 

「何って、食事を…」

「食事…?はぁ?…何、呑気に食ってるんだよ。なんで、そんな、楽しそうなんだよ。お前ら。なぁ」

 

連合軍は動揺した。我々がここへやってくるまで彼らは笑顔で食事を楽しんでいたのだ。楽しむという感情を忘れてしまった我々には、彼らが異常者にしか見えなかった。

 

「なんで、笑ってたんだよ…なんで笑えるんだよ。なぁ、リモージュもブールシュもヴァルシーも。全部全部壊されて…人が殺されて、ゾンビになっているんだぞ…なのに、なんで。なんであんな地獄を見てお前ら、笑っていられるんだよ。頭、おかしいんじゃないか」

「違う、こいつら。ここで引きこもってたから、知らねぇんだ。あの地獄を見ずにずっとここで過ごしていたんだから」

「自分たちだけ現実逃避して、ここで楽しくしてたってことか…ッ」

 

レェ軍の兵士は、呆然と連合軍兵士達を見つめていた。何故責められているのかも分からないといいたげな間抜けな顔を晒していた。

 

「ワイバーンの大群にあれだけ耐えられる戦力があるんなら!他の都市を救うことだってできただろうに!!お前らは!!!ここで皆で仲良しごっこしてたってわけかぁ!!!」

「さぞ楽しかっただろうよ…!仲間が殺されていく中こんな豪勢な飯食えるなんて、最低最悪のクズ野郎どもめ…!!遠くから仲間の悲鳴を聞きながら食う飯は美味いか!?」

 

「さ、最低最悪のクズ野郎はお前らだろうが!!!」

 

我に返ったレェ軍の兵士達が言い返す。

 

「遺体をワイバーンに喰わせて!!!俺達もワイバーンに喰わせようとして!!!」

「そうだ!お前らのせいで何人死んだと思ってるんだ!?」

「俺らを屈服させるためにそこまでするのかクズ野郎ども!!お前らは!人間じゃない!!悪魔だ!!!」

 

「なんだと貴様ぁ!!!ふざけるなぁああ!!!戦うことを放棄した面汚しどもめ!!!」

「悪魔はお前達だろう!!ワイバーンに仲間を喰われただぁ?そんなもん何回も見てきた!!!逃げ惑う民衆がワイバーンに生きたまま喰われて!!!助けようとした兵士も喰われて!!!」

「全部!!!全部お前らのせいだろうがあぁああ!!!お前のせいでこうなっているんだろうが!!!裏切り者め!!!ジル・ド・レェが竜の魔女の後ろ盾だってことはもう分かっているんだぞ!!!」

 

お互いがお互いを罵り合う。大声で怒り任せに叫ぶ。耳が痛い。こんな罵り合いをしても何の意味もならないだろうに。そんな事も分からないのだろうか。これだから低能は嫌いだ。

このまま放っておきたいところだが、流石に止めないと殺し合いになってしまうかもしれない。私はジャックに指示を求めようとした。が、彼はまるでジル・ド・レェから隠れるように柱の後ろに立っていた。まだ止めに入る気はないらしい。

 

「待ってくれ。私が、竜の魔女の後ろ盾とは、どういうことだ!私は断じてフランスを裏切ったりしていない!」

 

ジル・ド・レェが前に出てきた。連合軍兵士はすぐに彼を取り囲んだ。彼は敵意を向けられていることに戸惑っていた。

 

「では何故、増援要請に応じなかった」

 

リッシュモンがジル・ド・レェに問う。

 

「それは、ここが手薄になるのを避けるために」

 

慎重に言葉を選んで発言していた。分かりやすい反応だ。あれでは自ら自分は何かを隠していますと自白しているようなものだ。

 

「貴様の兵士たちはワイバーンの群れに8時間も耐えられた屈強な者達だ。一部ここから離れたとて問題はなかったはずだろう」

「……」

 

ジル・ド・レェは俯き黙り込んだ。反論すら出来なくなったようだ。これ以上は不問だ。拘束し吐かせるべきだ。問題は上手く吐かせられるかにある。生憎、連合軍の中に拷問経験者等いない。彼に吐かせようと拷問した結果、誤って死なせてしまうリスクがある。誰が拷問するのかは知らないが、軍医である私は同行させられるのだろう。それどころか軍医が一番人を死なせず苦しませる方法が分かるだろうと、私にジル・ド・レェを拷問しろと命じられる可能性もある。人の命を救たくて医者になった先にあった未来が、人を拷問する定めにあるとするならば、これ以上のジョークはない。幸い、必要最低限だが医療機器は持ってきている。経験はなくとも、人を苦しめられる方法なんてすぐに思い浮かぶ。

覚悟を決め、ジャックを見る。彼は相変わらず柱の影に隠れたままだった。このまま隠れ続けるつもりなのだろうか。

私がそう思った時だった。

 

「ジル、貴方まさか。私を守るために兵士達がここから離れるのを避けたのですか」

 

凛とした声が聞こえたのは。

一度聞いたら忘れないその声。ルーアンでの絶叫が彼女の最後の声になるはずだったというのに、信じられないことに、またその声が聞こえた。

 

「お、おい。あれ。あそこにいるの。ジャンヌ・ダルク…じゃないか」

 

唐突に現れ、唐突に消えたはずのあの女がそこにいた。

 

「どういう事だ…!?竜の魔女はオルレアンにいるんじゃなかったのか!?」

「お前…お前らが囲っていたのは竜の魔女だったのか…!!!」

「違う!彼女は竜の魔女ではない!!彼女は本物のジャンヌ・ダルクだ!!!」

 

ジル・ド・レェが必死に叫ぶ。私は再びジャックを見た。彼は、柱の後ろに立つことをやめ、ジャンヌ・ダルクを見ていた。何かに取り憑かれたかのように瞬きすらせずジャンヌ・ダルクを見つめ続けるその姿が、不気味だった。

 

「本物のジャンヌ・ダルクが竜の魔女になったんだろうが!」

「違う!彼女は聖女だ!!竜の魔女なんて嘘だ!!!」

「俺は見たぞ!!ジャンヌ・ダルクが愉しそうに街を破壊しているのを!!人を殺しているのを!!!!イングランドに呪いを!フランスに呪いをと高らかに叫ぶジャンヌ・ダルクを!!!」

「違う!!!それは彼女ではない!!!」

「やっぱりジル・ド・レェは裏切り者だったんだ!!!殺せ!」

 

ジル・ド・レェを囲んでいた兵士達が一斉に剣を抜く。目の前に、凶悪な魔女 ジャンヌ・ダルクがいると分かった途端、怒り、焦り、恐怖。それらの感情が彼らの行動を支配していた。全員冷静さを失い、早く殺そうと動き出す。

 

「待て。殺すな」

 

次の瞬間、不機嫌そうな声が響いた。ジャックだ。彼はようやく柱の影から姿を表した。

 

「いつ誰が殺せと命じた。私は捉えろと言ったはずだが?命令違反で私に殺されたいのは、どこのどいつだ」

「ッ…」

 

彼の殺意が連合軍に向けられた。兜越しでも十分に分かる。ここで手を出せば自分は本当に、この男に殺されてしまうと。

1人、また1人と兵士が剣を下ろす。兵士らはジル・ド・レェや女に警戒したまま、縋るような眼差しでリッシュモンとジャックを見つめる。早く指示をくれ。この2人に処分を下してくれと、その目が言っていた。

 

「……何で、貴様がここに、いる」

 

兵士らの近くから震えた声が聞こえた。声の主はジル・ド・レェだ。

 

「何でっ何で貴様が!!!ここへやってくるのはリッシュモン軍のはずだろう!!何故!!何故ぇ!!!何故貴様がここにいる!!!?ジャック・ブラウン!!!!」

 

ジャックの姿を見た途端、ジル・ド・レェは突然怒り狂った。その様に兵士達の警戒心が強まっていく。

 

「イングランド軍とフランス軍は同盟を結んだ。フランスのリッシュモン軍と私が共にいたところで何もおかしなことはないだろう」

「ッーー!!!裏切り者が!!!皆騙されるな!!!目を覚ませ!!あの男はジャンヌを火あぶりにした男だ!!信頼に値しない!!あの男はユダだ!!!」

 

獰猛な動物のように怒鳴り散らすジル・ド・レェの姿に兵士達が困惑し始めた。突然気でも狂ったのかと小声で話す声が聞こえた。そう思われても無理がない程の変貌ぶりではあった。

 

「ユダは貴様だろう。ジル・ド・レェ。何かを囲っているとは思っていたが、それがまさかジャンヌ・ダルクご本人とはな。フランスの騎士がフランスを貶める悪魔になろうとは」

「フランスを貶めたのはッ!!悪魔なのは!!貴様だろう!私は覚えているぞ!!!決して忘れないッあの日の、貴様を!!」

「……。どうやら狂乱しているようだ。フランスの騎士の身分で竜の魔女を囲おうとする奴とまともに会話しようと思った私が間違いだった。貴様ら。その命、保証されていると思うな」

 

「閣下の言う通り、様子がおかしいな…これが国家元帥と言われた男の末路とは。フランス人ってのはおっかねぇな。自分を持て囃した国を、かつての同胞使って滅ぼそうとしてるんだもんなぁ……本当、人生何が起こるか分かんねぇな」

「決めつけるなフランク。まだ彼が竜の魔女に騙されている、もしくは無理やり従わされている可能性だってあるだろう」

「そう言うがなスペンサー。どっちにしろ、あの様子じゃあ正気に戻れねぇだろ」

 

近くで兵士が呟く。ジャックのお気に入りの兵士達だ。彼らを含め、この場にいる連合軍はジル・ド・レェの言葉に耳を貸すものはいなかった。この男は、つくづくついていない男だ。彼の言葉に嘘はない。だが、今この状況で狂ったように怒鳴る彼を一体誰が信じるというのか。レェ軍の兵士達すら訝しげな顔をしているというのに。

ふと思った。もしや、ジャック・ブラウンがずっと柱に隠れていたのは、この男に不意をついて冷静さを欠く為だったのだろうかと。

 

「貴様”ら”、だと……おい、待て。貴様、まさか。また、ジャンヌを…ッ!」

「ジル・ド・レェを捕えろ」

「ッジャンヌには!手を出すな!!!」

「ジル…」

 

この状況を困惑しながら見守っていたジャンヌ・ダルクはジル・ド・レェを見つめた。

 

「私なら、大丈夫です。この身はサーヴァント。貴方よりもずっと頑丈に作られた身体ですから」

「私がジャンヌ・ダルクに手を出さなければ大人しく捕まってくれるか?」

 

ジャンヌ・ダルクの声が聞こえなかったかのようにジャックは淡々とジル・ド・レェに問う。素晴らしいクズっぷりだ。元の善良ぶった性格はいつ捨てた。

 

「ッ卑怯者め…!」

 

ジル・ド・レェはジャックを睨むつけた。

 

「その場で武器を外して両手を上げろ。この命令が、きけるだろう。ジル・ド・レェ」

「ッーーー!!」

 

ジル・ド・レェは剣を外し両手を上げた。すぐに取り囲んでいた兵士達が彼を拘束する。

 

「っ待って。何故このようなことをするのですか…!ジルは貴方達の敵ではありません!」

 

ジャンヌ・ダルクが真っ直ぐジャックを見つめて訴える。

 

「さて」

 

ジャックはジル・ド・レェが完全に拘束されていることを確認してからレェ軍を見る。訴えているジャンヌ・ダルクではなく、レェ軍を彼は見ていた。

 

「ジル・ド・レェ軍に問う。君達はこの男と同じく竜の魔女を囲んでいた共犯者といえる」

「ッ!」

 

ビクリとレェ軍の兵士達が震え出す。怯えた顔で黒騎士を見ていた。

 

「竜の魔女が何をしたか知っているか。ここで引きこもり続けた君達は知らないかもしれないな。教えてやろうか。この女が何千もの命を散らしたか。どれだけ愉しそうに殺していたか……。なぁ、何故君達はジャンヌ・ダルクがここにいる事を軍へ連絡しなかった?」

 

彼らの頭の中では、きっと、あの黒い鎧を見て、黒騎士の非道な行いを思い出しているのだろう。黒い鎧を纏った者の中で、最も戦果を上げたのは黒太子だが、敵への容赦のなさでいえばジャック・ブラウン以上の者は後にも先にも現れないだろう。

 

「君達は重罪人だ。今、息をしていることすら許されない存在だ」

 

辺りが静まり返る。皆が黒騎士に圧倒され身動き一つとれない状況だった。

 

「ぁっ…ッあ、ぁあ…ッい、いやだ……死にたくない…ッ」

 

やがて自分たちが死刑宣告を受けたのだと理解した1人の兵士が悲痛の叫びを上げる。他の兵士達も、ある者は座り込み、ある者はガタガタと震えていた。抵抗しても死、大人しく従っても死が待ち受けているのだと彼らは理解したようだ。

 

「ま、待て!貴様、私の兵士達に一体何をする気だ!!!」

 

拘束されたままジル・ド・レェが叫ぶ。ジャックは彼の存在を無視し話を続ける。

 

「だが、君達は哀れにも上官が竜の魔女の仲間だっただけの可能性がある。君達では彼に逆らえば殺されるだろう。人間の本能は生きることを求める。もし君たちが死を恐れジル・ド・レェに逆らうことができなかったのだとしたら、それは仕方がないことだ。しかし私には分からない。君たちが望んで竜の魔女を囲っていたのか。それとも、そうではなかったのかの区別がつかない」

「ッお、俺は!俺は初めから反対だった!」

 

1人の兵士が叫ぶ。

 

「初めからジャンヌ・ダルクをこの砦に受け入れるなんて!嫌だった!!でも元帥が受け入れると言って引かなかったから!」

「そうだ!元帥がジャンヌ・ダルクを受け入れるなんて言わなければ、こんなことにはならなかったんだ!!!」

「俺達は違う!!この女の仲間なんかじゃない!!!」

 

レェ軍の兵士達が必死にジャックへ訴える。裏切る奴は簡単に人を裏切る。知っていたが、こうして見せつけられると、とても気分が悪い。

ジル・ド・レェは彼らを見ていた。ジャック・ブラウンの正体を知った時の顔と同じ、絶望した男の顔を見せられ、余計に気分が悪くなる。

ジャンヌ・ダルクは何も言わず目を伏せた。

 

「口先だけでは何とでも言える。もし君達のその言葉が嘘でないというのならば君達は行動でそれを示さなければならない」

「ッ何を!何をすればいいのですか!?頼む…!何でもする!何でもするから、どうか…殺さないで、ください…!」

 

ジャック・ブラウンは勝利の為なら、ルール違反とされている敵殺しを実行する男だ。殺さなければならなかった理由をでっち上げ罰則を逃れる。誰よりも人を殺す事に躊躇がない。殺すと決めたら殺す男だ。だからこそ、彼らの必死さが伝わる。今ここで降伏しなければ数秒後には殺されると分かっているから。

ジャックは彼らを見る。縋り付くような目で自分を見る彼らを真っ直ぐ見る。

禍々しい兜越しに冷徹な黒騎士の目が見えた。その目は彼らを捉えていた。

 

「君達がジャンヌ・ダルクを殺せ。今、ここで」

 

淡々と告げられたその言葉を聞いて彼らは目を見開いた。

 

「待て…おい、おい!!話が違うだろ!!!ジャック!!!!ジャンヌには手を出さないと約束したはずだ!!!」

 

ジル・ド・レェが吠える。ジャックは振り返らなかった。

 

「あぁ。約束通り私は手を出していない。手を出すのは貴様の部下だ」

「ッ貴様ぁああぁあああぁああ!!!!!」

「っおい、動くな…っ!」

 

彼は拘束されながらも暴れた。兵士達は必死に暴れる彼を抑えた。

 

「何をぼんやりしている。先程までの威勢はどうした」

 

ジャックのあからさまな圧に兵士達は息を呑む。

 

「仲間でないのなら殺せるはずだろう。相手は散々我々を追い詰めた女だ。大量虐殺犯だ。君達がジャンヌ・ダルクを殺せた場合これまでの事は全て不問とする」

「その男の声に耳を傾けるな!!その男はユダだ!!信用してはいけない!!絶対に裏切られる!!!」

「選べ。ここで我々に君達の忠誠心を示すか。それともジル・ド・レェや竜の魔女の仲間だと認め私に殺されるか」

 

カツカツ、と彼が前へと足を進めるたびに音が響く。ゆったりとした足音が、余計に彼らの恐怖を煽った。

 

「君達が選べ」

 

その悪魔のような選択肢から兵士達を逃さないように、男は兵士達の前にやってきたのだろう。自分が死ぬか、ジャンヌ・ダルクを殺すかの2択。容赦のない選択肢を若き兵士達に突きつける様子をリッシュモンは険しい表情で見守っていた。男のやり方が気に食わないのだろうが、彼は止めようとはしない。きっと、ジャック・ブラウンの目的を理解しているからだろう。

強い敵よりも恐ろしいのは身内の裏切りだ。ジャック・ブラウンは裏切り者を暴き出すために兵士達に選ばせている。ジャンヌ・ダルクを討ち取ること、裏切り者を暴き出すこと。その2つの目的を果たすために。

大きく賭けに出た手法だ。我々だけならともかく、騎士道だなんだと煩いリッシュモンがいる場で、こんな手口をしては彼に妨害されるかもしれないというのに。リッシュモンが耐えられなくなるより先に兵士達の心が折れると予想しているのだろうか。もしそうだとしたら、ジャック・ブラウンは人を見抜く能力が高い人間なのだろう。彼らはジャック・ブラウン(悪魔)の思惑通り、与えられた選択肢の中から選んだのだから。

 

彼らは剣を抜く。その剣の向き先は、ジャンヌ・ダルクだった。彼らは保身のために仲間の命を捧げる選択を選んだのだ。

 

「くそ…ッ悪く、思うな…!俺は、まだ、死にたくないんだ…」

「仕方がないんだ…ッ逆らったら俺たちが殺されるんだから…!」

 

全員武器を構える。やれと命じられれば、すぐに敵を殺せる体勢だ。

 

「ッやめろ…!やめてくれ…!!」

 

ジル・ド・レェは抑えつけられながらも必死に叫ぶ。

 

「………」

 

ジャンヌ・ダルクは自身を取り囲んだ兵士達をジッと見つめてから、ジャック・ブラウンを見た。

悲しそうだというのに意志の強さを感じる目が印象的だった。

 

「何故、こんな事をさせるの」

「……祖国を救うためだ」

「祖国を救うためなら尚更!どうして仲間同士でこんなことを」

「仲間とは同じ志の者を指す。彼らが我々の仲間だというのであれば、今ここで貴様を殺すはずだ」

 

「待ってくれ!!ジャンヌさんは!!彼女は竜の魔女じゃない!!」

 

その時、1人の少年がジャンヌ・ダルクの前に飛び出してきた。

 

「なんだ、あれ。何で田舎もんのガキがこんなところにいるんだ」

「…よく見ろ。肌の色も顔立ちもおかしい。イングランドの田舎にも、フランスでもあんな子供を見た事がない」

 

兵士達の言う通り、目を疑うほど見慣れない格好、奇妙な肌の色をした少年は、ジャンヌ・ダルクを守るように両手を広げる。

 

「竜の魔女は全くの別人なんだ!!!どうか、俺の話を聞いてくれ!!!」

 

後に聞いた彼の年齢は17だったが、戦場に立つ17歳にしては、やけに子供らしかった。表情も、柔らかそうな手のひらも何もかもが幼い異国の者。彼は、怯む事なくジャック・ブラウンに訴えていた。

 

 

これが、人類史を救う為の組織 カルデアと黒騎士の初対面だった。




【カルデア陣営の主なメンバー】
・ぐだーず(マスター)
・マシュ(シールダー)
・ジャンヌ(ルーラー※能力制限あり)
・マリー(ライダー)
・アマデウス(キャスター)
・清姫(バーサーカー)
・エリザベート(ランサー)
・ジル・ド・レェ(人)

【連合軍の主なメンバー】
<ブラウン軍>
・ジャック・ブラウン(人)
 ┗右手3本欠損
・ユリウス・テイラー(人)
・フランク(人)
・スペンサー(人)
<リッシュモン軍>
・アルテュール・ド・リッシュモン(人)

【竜の魔女陣営のメンバー】
・ジャンヌ(竜の魔女)
・ジル(キャスター)
・プレラーティ(キャスター)
・聖女マルタ(ライダー)
 ┗消滅
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。