フランスの悪魔   作:林部

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【前回までのあらすじ】
人類滅亡の原因となる過去の特異点へと向かい、人類を救う任務 グランドオーダー。複数ある特異点のうち、最も歪みが少なく難易度の低い第一特異点 百年戦争中のフランスへ降り立ったカルデアのマスター達。
現地で出会ったサーヴァント ジャンヌ・ダルクらと、ジル・ド・レェらフランス兵と共にラ・シャリテを拠点とし、調査を開始していた。
しかし、突如として拠点へ大量のワイバーンが襲撃。攻め込んできたのはサーヴァントではなく、百年戦争で活躍した生身の人間 リッシュモンとジャック・ブラウンだった。ジャンヌを竜の魔女、ジル・ド・レェを龍の魔女の内通者と認識した彼らは、2人を拘束し地下牢に連れて行ってしまった。
元々ジル・ド・レェの確保を目的に襲撃していた彼らは作戦成功に一息つこうとするが、次々と竜の魔女の被害報告を受け、ジャック・ブラウン自ら尋問を担当することを決定した。


第8話 1431年6月17日

ユリウス・テイラー - 5

 

"地下牢だ。言っただろう。穏便に済ませる余裕はなくなった。指数本くれてやってでも奴に吐かせる"

 

その発言の5分後には、もう、ここ 2人の尋問を任されたブラウン軍第5班の現場へ来ていた。

 

「身につけていたものを全て奪い取りましたが怪しいものは何も」

「所持品は、ここにあるものが全てか?」

 

机に散らばった衣服や鎧、その他細々とした物を見て彼が問う。

それにしても、なんて配置の仕方だ。まるで目隠しをした状態で放り投げたかのような乱雑さ。見るだけで苛立ちが募る。

 

「はい」

「彼らは大人しくしているか?」

「えぇ、ジャンヌ・ダルクは。流石に諦めがついたのでしょう。ジル・ド、レェは、いつまでも暴れています。牢へ放り込むのも苦労しました」

「ジル・ド・レェの尋問を行う。案内してくれ」

「はっ。こちらです」

 

敬礼し主人を罪人の元へ連れて行こうと第五班の兵士達は、先導するために彼に背を向ける。

 

「しかし、まさか閣下ご自身が尋問をなさるとは…」

「ストレス発散には、ちょうどいいからね」

 

ジャック・ブラウンが彼らの後に続く。その動きに違和感があった。

 

「はははっ!閣下も人が悪い。いけませんよ。魔女を殴り殺しては。火あぶりにしないと浄化されませんからね」

「難しいオーダーだな」

 

疑われない程度に注意深く彼の動きに注視する。

彼はごく自然な動きで第五班の後に続いた。私の視線に気付いていないのか、第五班の連中と軽口を交わしている。

…疲労が祟って、ぎこちない動きになっていただけか。そういえば、ワイバーンが現れてから、ろくに休憩をとっていなかった。尋問の後は多少強引にでも休んでもらわねばなるまい。時間は惜しいが、そのせいで彼の判断力が低下してしまえば元も子もないのだから。

 

「おい、何をしている?」

「いや、寝不足が祟って立ちくらみを。すまない、すぐ行く」

 

 

足音が異様に響く。硬い足音が響くたび、囚人が震え上がる。地下牢といって思い出すのは、そんな胸糞悪い様子だった。

地下牢での1番記憶に新しい出来事といえば、処刑される前ジャンヌ・ダルクを下品な馬面で舐め回していたイングランドの上級貴族の兵士だ。思い出すだけで吐き気を催す。直後、不気味な黒い鎧を纏った上級貴族がソイツを殴り殺しかけた事も吐き気を催す材料になった。

 

「顔色が悪いな。地下は苦手か?」

「いえ…しかし、ラ・シャリテには囚人を大量に閉じ込めておくための牢があるという話は聞いた事がありましたが、本当でしたか」

「あぁ。元々は襲撃された際の避難や備蓄用に作られていたが、ある時、囚人が増え過ぎたせいで牢の不足が深刻化したため、地下牢に改築したようだ。」

 

イングランドもフランスも囚人が増加する時期がくる。その時期は、100年以上続いている戦争で、様々な理由により不定期に起こる休戦時とピッタリ一致する。言うまでもなく、これには因果関係がある。戦争のために雇われている多くの傭兵達の殆どが職を失い飯を食えなくなる。そんな元傭兵は生きるため、街の人々を殺し食糧を手に入れるといった事件を起こす。数千、数万の元傭兵達がそんな犯罪を犯すものだから、牢はあっという間に人で溢れ返ってしまう。ソイツらは休戦が終われば全員牢から出て、また兵士として国を守る側に回るのだからタチが悪い。しかし、彼らの取り巻く環境を考えれば、傍迷惑な行為を繰り返してしまうのも無理はないといえよう。

戦時中、大活躍していた傭兵ほど凶悪な殺人犯になりやすい傾向にある。元々貧しい生活をしていた身とはいえ周囲から讃えられていた自分がある日突然その日暮らしの生活に逆戻りする。その現実を受け入れられず暴れ狂う。浅ましいと思うが、犯罪者になりやすい構造にはなっているのは事実だ。

 

「この奥の扉が地下牢に通じています。ジル・ド・レェはその先の地下1階の牢の中で拘束しております」

 

先導していた兵士が振り返りジャック・ブラウンに説明する。

 

「そうか。ご苦労。ここからは私とテイラーだけで十分だ。君達は下がっていいぞ」

「はっ!」

 

彼らは敬礼し足早にその場を後にする。本当は地下牢で監視役、なんてしたくはないのだろう。彼らの気持ちは痛いほど良くわかる。

 

「運が良かったですね…地下2階まで作られているなんて」

「あぁ、その昔は地下一階だけでは収まりきらないほど牢へ入れなくてはならない者が多かったのだろう」

 

誰もいなくなった廊下でカツカツと自分達の足音だけが響く。この地下牢の頑丈さはフランスの中でも上位といえよう。地下1階も地下2階も音も光も漏らすことはない。音が聞こえない、そして光が届かないというのは人の心を揺さぶることにおいて、とても重要らしい。人の心なんて耳と目を失えば容易に壊れる。昔、尋問が得意だという上官が自慢げにそう語っていた。最も、彼が本当に拷問ではなく尋問をしていたのかは知らないが。

重たそうな音が響いた。顔を上げると、ジャック・ブラウンが兜を外していた。

 

「素顔を晒すのですか?」

「あぁ。尋問とは、対話だ。黒騎士の姿では、フランス人の恐怖心や復讐心を煽るだけで、まともにコミュニケーションとれない。せめて顔くらい見せて相手の心を落ち着かせてあげようじゃないか」

「…はあ」

「テイラー、君は記録係に徹してくれ。君の洞察力だけが頼りだ」

 

本気で人を信用しているかのような発言だ。この男は、自分が部下にどのような人物に見られたいか、そのためにどんな発言をするべきかを分かっているのだ。表情も声色もお見事。まるで本心を話しているように錯覚させられる。流石、あのブラウン軍をまとめられているだけのことはある。

案外、コイツは尋問役には向いているのかもしれない。

 

 

「何故…ジャンヌを殺そうとした」

 

地下1階の牢で待ち構えていたのは、酷い顔つきのジル・ド・レェだった。

鍵をかけた牢の中にはジルと、彼の猿轡を外すために中へ入ったジャック・ブラウンのみ。私は牢の外で彼の指示通り、猛獣の観察に徹した。

瞳孔が開いている。怒りや恐怖で興奮しきった囚人に多く見られる現象だ。背中で縛られた両手を振り解こうとしているようで、金属同士の擦れる煩い音が響いた。これも囚人がよくやる行動だ。さっき連れてこられたばかりだから元気なのだろう。少し体力を奪ってから尋問しないと、ただの時間の無駄になりそうだ。

 

「ジル・ド・レェ。猿轡を外したのは好きに話していいという意味ではない。私の質問に答えさせるためだ」

 

冷たい牢の地べたに座らさせ拘束されているジルをジャックは見下ろす。

 

「今から尋問を開始する。一応言っておくが正直に答えることをお勧めする。仲間を思うのであればな」

「貴様の言いなりになど、なるか!元より約束を守る気のない貴様などに!」

「なら、この場でジャンヌ・ダルクを殺すか?私はそれでも構わない。私の部下は全員あの女の死を望んでいる。私が一言、殺せと命じれば彼らは喜んで命令に従ってくれるだろう」

「ッ貴様…!!」

 

もう一度金属が大きな音を立てる。無理やり立ちあがろうとしたジルは繋がれた金属に引っ張られる形で再び強制的に座らされた。なんて様だ。これが、元帥まで上り詰めた男の姿なのだろうか。

見ていられなくなり、目が泳ぐ。その先に、ジャックの姿が映った。彼は、口角を上げていた。なんだ、その顔は。まるで、醜い姿のジルを見て楽しんでいるようではないか。

 

「……貴様は一体、誰なんだ」

 

愕然とした様子でジルは問う。

 

「どうした元帥。ショックのあまり記憶を失ったか?私はジャック・ブラウン。ブラウン家の当主だ」

「…その顔で、語るな。あの青年と同じ顔で私を見下ろすな…ッ目を覚ましてくれジャック!君は悪魔に取り憑かれている!!!人格を乗っ取られている!!君がジャンヌを傷つけるわけがない!!!」

 

シン、と静まり返る。いつの間にかジャックは真顔に戻っていた。

 

「悪いが、戯言に付き合っている暇はない。こちらの質問に答えろ。貴様は竜の魔女と」

「悪魔に取り憑かれていないのであれば!貴様は偽物だ!!同じ面をした魔女め。何故その姿を形取る!?彼を侮辱しているのか!?!?ふざけるな!!!そんな事、許されてたまるか!!!私は!!私は貴様を認めない!!!!」

 

怒り任せの叫び声は鉄製の牢ばかりのこの場で良く響いた。

 

「そう思ってくれて構わない」

「…なんだと」

「貴様は、たまたま私によく似た顔の人間を知っているようだが、それは私ではない。似た姿を模しただけの偽物だよ。どちらが偽物かの判断は好きにしてくれ。そうすれば少しは楽になれるだろう」

 

何を言っているんだ、この男は。訝しむ私の様子に気付いた彼は、すぐに次の言葉を言い放った。

 

「元帥、私は人を殺したくない。敵味方関係なくそう思っている。それは勿論貴方に対しても当てはまる」

「………。貴様の言葉など信じるものか」

「構わないが協力はしてもらう。反抗的な態度はそこまでにしておけ。今、貴様の大切な者達の命は私の手の内にある。どうすることが賢い行動か分かっているだろう」

「ッ……悪魔め」

 

唸るような声だ。拘束されていなければ、今頃彼は殺されていただろう。

 

「竜の魔女は知っているな?ジャンヌ・ダルクと同じ姿をしているがイングランドはおろか守ろうとしていたフランスさえも破壊しようとしている魔女の名だ。会ったことはあるか?」

「…ない」

「そうか。私はある。噂通り本当にジャンヌ・ダルクだったよ」

「そんな訳があるか!!ジャンヌがフランスを攻撃するはずがない!!自らを犠牲にしてでもフランスを救わんとしていた子がそんなことをするわけが!!」

「同感だよ元帥。私も、かつてのジャンヌ・ダルクであれば、しないと思っている」

「…どういう意味だ?」

「どう思う?」

「は…?」

 

怒りに燃えていたジルが少しずつ落ち着きを取り戻し出した。

 

「あの女が我々の知るジャンヌ・ダルクでないのならば、あの女の正体は何だと思う?」

「…ッそんなの、私が知るわけないだろ。会ったこともないんだぞ」

 

ジルは目を逸らす。その様子に困惑した。私には彼が嘘をついているようには見えないからだ。

だが、そんなはずはない。それでは辻褄が合わないのだから。

 

”イングランド人であればジャンヌ・ダルクが凌辱されたなどと言うバカはいない。ジャック・ブラウンが裏切り者だと知るのは、フランスの上層部と同じスパイだけだ。そして、その彼らは全員ジャンヌ・ダルクの異端審問の内容を正確に知っている。私が、全て伝えていたからだ。もしあの女の言った事が嘘ではなく、そしてあの女と同じ情報を持つ人物がいるのだとしたら。それは、フランスの上層部でもスパイでもないフランス人であり。たまたま私の顔を…私の正体を知ってしまった人物のみだ”

”ジル・ド・レェは、あの女の、関係者だ”

 

ジルしか竜の魔女の持つ認識を作れないはずだ。これは、ジルが役者だと判断すべきだろうか。しかし、とてもそうとは思えない。

 

「では、貴様が会ったことのあるジャンヌ・ダルクの話をしよう」

 

男はニコリと微笑む。黒騎士が持つ印象とは真反対の、優しそうな印象を押し付けてくる表情だ。

 

「知っているか?ジャンヌ・ダルクは処刑される前、イングランド兵に何をさせられていたかを」

「ッーー!!」

 

再びジルが大きな音を立てる。外にいるこちらも思わず身構えてしまうほどの暴れっぷりだ。拘束されている手から血が滴っている。あんまり暴れるものだから、手首が傷つけられ出血しているんだ。

 

「知っているようだな。安心してくれ。関わってはいないよ。私はただ、見ていただけだ」

「巫山戯るな…ッ!!!何故…!何故止めなかった!!!貴様が止めろといえば!!それで助かったはずだろう!!!何故ただ見ていた!!!どうして止めてくれなかった!!!」

 

「そうすれば…ッジャンヌが穢されることなどなかったはずなのに!!!」

 

大声をあげてジルは訴える。地上階まで届いているのではないかと思うほどの声量だった。不意にジャックが私を見た。目があった瞬間、彼はにんまりと笑った。

 

「何の話だ?」

「この期に及んで…ッ!巫山戯るのも良い加減にしろ!!!!何故そんなことが出来る!?!?聖女が!複数人のイングランド兵に…ッ穢されるのを…貴様は、何で…何で何もしなかった…ッ!?貴様がジャックであろうとなかろうと!止めるべきだっただろう!!何故ただ見ていた!?!?どうしてそんな最低なことが出来る!?!?」

「逆に問いたい。何故そんな意見が曲がり通ると思える?イングランドで異端審問を受けた女はほぼ全員魔女と認定されているというのに。どうして彼女達は牢の中で安全に過ごしていたと思える?」

「き、貴様……まさか」

「ジャンヌ・ダルクだけが見過ごされるとでも思っているのか?元帥ともあろうお方が随分と都合のいい頭をしているな」

「……ずっと見ていたのか。罪のない女性が穢されるのを…ッ貴様は!!全てを知っておきながら、ただ見ていたのか!?!?」

「こう見えても私は多忙な身でね。用もなく牢獄に行くほどの暇を持て余してはいないんだ。私が見たのはジャンヌ・ダルクの時だけだ。その他の女性についてはその審問結果を知り推測したにすぎない……尤も彼女の時も未遂だったが」

「え…?」

 

ジルの勢いが止まる。未遂…?と彼は小さな声で呟いた。

 

「そう。未遂だ。1人手を出そうとした奴がいたが魔女相手にそんなことをしては自身まで疑われる可能性があると察し止めたようだ。結果として誰もジャンヌ・ダルクは誰にも手を出されていないが……どうやらフランスではデマ情報が流れていたようだな」

「う、嘘だ…出鱈目を言うな……そんな事をして、一体何の意味があるというんだ!」

「イングランドへの憎悪を植え付けるため。フランスの敵はイングランドであると民衆に思わせるため。国民的人気の高かったジャンヌ・ダルクが敵国の英雄 黒騎士の手によって必要以上に酷い目に遭わされたと聞けば民衆の目は一気にイングランドへと向かう。とても分かりやすいプロパガンダだな」

「……馬鹿な」

 

ジルの目が揺れる。心当たりがあったのだろう。分かりやすい表情をしてくれる。

 

「聞いていたな。テイラー」

「はい。ジル・ド・レェは竜の魔女と全く同様の発言をしておりました。閣下、貴方の予想通り、ジル・ド・レェは黒でしたか」

「なっ…!?」

 

驚愕した顔がこちらを見る。

 

「なんの話だ…!?貴様らは一体何を」

「竜の魔女は、私にこういった。自分を裏切ったジャック・ブラウンを。自分がイングランド兵に凌辱されるのをただ見ていたジャック・ブラウンを許さないとな」

 

ジャックはジルに近づく。2歩程の距離を変にゆったりとした動きで近づいた。

 

「なぁ、どうして竜の魔女は知っているんだ?私が裏切り者であるということを。ジャックという男はパテーの戦いで死んだはずなのに、どうして生き延びていることをあの女は知っていたんだ?なぁ、どう思う?」

「知るわけ、ないだろ…私は」

「私の正体を知っている人物はごく一部の人間だけだ。そして彼らは貴様と違い、ジャンヌ・ダルクの異端審問の結果を知っている。彼女が処女であることが証明されていることを知っている」

「え…?」

「ジル・ド・レェ。貴様だけだ。黒騎士の正体を知りながらもフランスで流れたデマに踊らされているのは。竜の魔女と全く同じ認識を持っていたのは」

 

ジルは大きく目を見開いたまま固まった。

 

「もう一度言うが正直に答えることをお勧めする。この下で拘束されている女を思うのであればな」

「ち、違う!!私は本当に何も知らないんだ!!」

「時間稼ぎが目的か?あまり私をなめない方がいい」

「違う!違う!!本当なんだ…信じてくれ…!私は本当に何も…」

「…そういえば第5班には我が父を慕っている奴が多かったな。ちょうど良い。彼らにあの女をここへ連れて来させるように命じようか。彼らは父を死に追いやった貴様らを心の底から憎んでいる。放っておいたら、うっかり殺してしまいそうだから指示は正確に出さないとな」

 

ジルのすぐ側でしゃがんだジャックは、耳元で囁いた。

 

「こう命じようか。ジル・ド・レェが喋るまで、目の前で女の爪を一枚ずつ剥がせと。爪がなくなったら指を一本ずつ切り落とすように」

「何を、言って」

「言っただろう。あまり私をなめない方がいいと。貴様がそうやって何も言わないのであれば、その分あの女は痛みに苦しみ続けるんだ。可哀想にな」

「ッお前が!愛した女性だろう!!?」

「…無論、あの女だけではない。貴様を信頼していた部下達も同様だ。貴様に心を許してしまったがばかりに罰を受けるのは、あまりにも可哀想だろう。さぁ、答えろジル・ド・レェ。どうして竜の魔女が貴様と全く同じ認識をしていたのかを」

「ッーーー!!!」

 

ドン、とジルはジャックを突き放した。拘束された身でよく、そんなに器用に肩で男1人を突き放せたものだ。

 

「それが答えか。残念だ」

 

ジャックはふらつく事もなく、スッと立ち上がると牢の扉の方へ歩いていく。またやけに、ゆったりとした動きだったのが気になった。

 

「……。テイラー、鍵を」

「私が、いるのかもしれない」

 

ジャックの声は、呟きのような小さな声に消された。

 

「…サーヴァントの私が竜の魔女の陣営にいるのかもしれない。私と出会わず私と同じ知識を有しているのであれば、それしかあり得ない」

「サーヴァント、だと」

 

聞き覚えのある単語を聞いた瞬間、数日前の記憶がフラッシュバックした。

 

"僕の名前はフランソワ・プレラーティ。勿論サーヴァントで2人目のキャスター。そして君の信仰者だ"

 

そうだ。突然現れた不気味な少年が、そう言っていた。

 

「この世に生まれた英雄の魂は、魔術の儀式によって、使い魔として召喚することができる。その使い魔のことを、サーヴァントと呼ぶらしい。サーヴァントには一般的な攻撃がきかない。同じサーヴァントか魔術以外は、ほぼ通用しない無敵の存在だ。尤も如何に優秀な魔術師であっても、聖杯がなければ召喚は不可能のようだが……竜の魔女達は、魔術師によって召喚されている。彼らを倒すには魔術師の方を殺すしかない」

「正気か?」

「……詳細は立香達…カルデアのマスターに聞け。彼らは不可解な事ばかり起こるこの世界を特異点と呼び、正しい歴史に戻すためにやってきた。曰く、この世界のどこかに聖杯があり、聖杯の持ち主がこの世界を作ったようだ」

 

この男は一体何を言っているんだ。

とても正気とは思えない物語がフランスの元帥から語られる事態に目を逸らしたくなった。真面目な顔で語るものだから余計嫌悪感が募る。

 

「…それで、奴らを召喚したという魔術師の名前は?」

「知らない。知っていれば、とっくに殺している」

 

ジャックは眉を寄せ、良い加減真面目に話せと言わんばかりにジルを睨む。が、ジルは構う事なく続けた。

 

「ジャンヌも、サーヴァントだ…この世界の危機を救うため召喚されたのだ…貴様が捉えたあの子は間違いなくジャンヌ・ダルクだ。あの気高き闘士、尊き魂の有り様はジャンヌ・ダルク以外有り得ない!!彼女は本物の聖女だ!!」

「サーヴァントであれば、何もないところから炎を出せるのか?一瞬で人間の指を消し炭にする炎を」

「……分からない、だが少なくとも我々には絶対に不可能だ。可能性があるとすれば我々人間ではなくサーヴァントの方だろう」

「聖杯とは、どの聖杯のことだ?」

「どれでもない。魔術の力によって何でも願いを叶える万能の願望機だと聞いた」

「同じ人物を2人召喚することは可能か?」

「分からない。立香…カルデアのマスター達に聞け」

 

ジャックはジルに背を向けた。思考を読まれまいとする時の行動だ。背を向けた彼は、何やら思案しているようだった。何を考える必要があるのだろうか。明らかに目の前の男は、まともではないのだから、もうこの男は放っておいて我々は地下2階へ行くべきだ。

まさか、こんなとんでも話を信じた訳ではあるまい。それとも、おかしな話を聞かされすぎて頭がやられたのか…?

 

「では、最後の問いだ。もし貴様が聖杯を手に入れられたとしたら、何を願う?」

 

訳のわからない問答はまだ続いた。これには問われたジルも理解が及ばないらしい。再び向き直ったジャックを困惑した顔で見つめ返した。

 

「…何を」

「答えられないか?答えないという選択が、貴様にあるのか?」

 

ビクリと震える。困惑と怯えが入り混じった顔を見せた彼は、すぐに怒りで染まった。

 

「文字通り、奇跡を願う……裏切られた少女の、救済を」

 

とても人間が発したとは思えない地を這うような声で彼は答えた。

 

「今日はここまでとしようか」

「は?」

「悪いが我々も暇ではないんだ。明日の朝まで、ここで自由にしていいぞ」

「おい…何故また猿轡をさせようとする…?」

「まだ貴様の疑惑が晴れた訳ではないからな。嫌なら、己の無実を証明する事だ」

 

ジルは反抗的な目をしながらも抵抗せず、大人しく猿轡をつけられていた。拘束具を確認してから彼は立ち上がり、こちらを見た。すぐに察し扉を開ける。

目を転じる。そこには瞬きする事を忘れたかのように、こちらを凝視する男がいた。

 

「行こう。テイラー」

「……はい」

 

ジャックは既に牢から出て出口へと向かっていた。その後ろをついていく。

背後から強烈な殺意を感じ、惹きつけられるように首を回していた。

暗闇の中、その目がこぼれ落ちるのではないかと思うほど、こちらを凝視する男の姿が印象的だった。

 

重たい扉を閉め、鍵がかかったのを確認する。その間、彼はこちらに背を向けて突っ立っていた。

 

「ジル・ド・レェの処罰は、いつ頃されますか?」

「テイラーは、人を殺す事が好きなのか?」

 

振り向いた彼は真顔だった。

 

「いいえ、まさか。奴はどう考えても、まともじゃない。危険因子はなるべく早く駆除したいだけです」

「医者の鏡だな。君が町医者になれば、その町で病は流行らないだろう」

「生憎、私の故郷は、戦争という病に犯されました」

「…悪かった」

「いいえ…それより閣下、どちらへ?」

 

階段を上がろうとする彼に声をかける。

ここは地下1階。ジャンヌ・ダルクがいるのは地下2階だと説明を受けたはずなのに何故地上に上がろうとしているのか。こちらの言わんとしている事に気付いたのか、彼は足を止める。

 

「リッシュモンのところだ」

 

思わぬ返答に、えっと声をあげていた。

 

「何故?」

「カルデアの保護権をイングランドに譲ってもらうために」

「は…?」

「もし彼の言った事が本当だった場合、カルデアの価値はかなり大きい。早く手元に置かなければ……ずっと考えているんだ。カルデアを私の管理下に置く良い口実を。けれど、どうも上手い言い訳が思いつかない」

「ジャンヌ・ダルクの尋問は?」

「そんなものは後でいくらでも出来る。…しかし、厄介だな。あの女さえいなければ、なんとかなったものの…」

「あの女?」

 

彼の目がこちらに向けられる。見下されているように感じた。

 

「失礼。あの方というべきだったね」

「…マリー・アントワネットですか」

「大元帥にとっては大切な客人だ。それに見合う価値が提供できなければ我々がカルデアを手元に置ける可能性は低いだろう」

「その発言は、いかがなものかと。リッシュモンは騎士道を重んじる貴族です。王族とのトラブルがあったとはいえ、彼自身は王に忠義を誓っている。忠義を誓う相手を差し出すような騎士ではないでしょう」

「分かっているよ。だから厄介だと言っているんだ。王妃様さえいなければ、どうにか言いくるめられたものの……あれがリッシュモンの手にあるのは痛い」

 

その時、強烈な疑念に襲われた。

 

「何、言っているんだ…?」

 

遠くを見ていた彼が、こちらに目をやる。

 

「今、やるべきはジャンヌ・ダルクの尋問でしょう。あの女が竜の魔女だって疑いも晴れていない。あの女を処刑すれば、このおかしな戦いは終わるかもしれないというのに、どうして、自ら避けているんだ…?」

「それは違う。これは、ただの優先順位の問題だよ」

「貴方自身の権威の為でないというのなら、なおさらだ。カルデアの保護権を持っているのがリッシュモンでも貴方でも、同じことだろう…?我々の敵は今も、この先も変わらないはずだろう?」

「何か誤解があるようだね。落ち着いて話を聞いてくれ」

「落ち着け?焦っているのは、そっちだろう。何故、とれる可能性の低いカルデアの保護権の事を優先しているんだ。この一分一秒無駄にできないタイミングで、どうしてそんな発想になるんだ。すぐそこに、なんの苦労もなく成果が得られる(ジャンヌ・ダルクの尋問)というのに」

 

彼の目に警戒心が宿る。

疑惑が確信に変わった。この男は、リッシュモンに怯えている。同じフランス派のはずだというのに、リッシュモンを出し抜こうとしている。

これでは、まるでイングランド派のようではないか。

 

「閣下、教えてください。貴方にとっての祖国は、どちらですか?」




戦況
【カルデア陣営の主なメンバー】
・ぐだーず(マスター)
・マシュ(シールダー)
・ジャンヌ(ルーラー※能力制限あり)
 ┗地下牢で拘束中
・マリー(ライダー)
・アマデウス(キャスター)
・清姫(バーサーカー)
・エリザベート(ランサー)
・ジル・ド・レェ(人)
 ┗地下牢で拘束中

【連合軍の主なメンバー】
<ブラウン軍>
・ジャック・ブラウン(人)
 ┗右手3本欠損
 ┗ジルとジャンヌに関する全権利を獲得
・ユリウス・テイラー(人)
・フランク(人)
・スペンサー(人)
<リッシュモン軍>
・アルテュール・ド・リッシュモン(人)
 ┗ジルとジャンヌ以外のカルデアメンバーの保護権を獲得

【竜の魔女陣営のメンバー】
・ジャンヌ(竜の魔女)
・ジル(キャスター)
・プレラーティ(キャスター)
・聖女マルタ(ライダー)
 ┗消滅
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