フランスの悪魔   作:林部

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【前回までのあらすじ】
最も歪みが少なく難易度の低い第一特異点 百年戦争中のフランスへ降り立ったカルデアのマスター達は現地で出会ったサーヴァント ジャンヌ・ダルクらと、ジル・ド・レェらフランス兵と共にラ・シャリテを拠点とし、調査を開始していた。
しかし、突如として拠点へ大量のワイバーンが襲撃。攻め込んできたのはサーヴァントではなく、百年戦争で活躍した生身の人間 リッシュモンとジャック・ブラウンだった。ジャンヌを竜の魔女、ジル・ド・レェを龍の魔女の内通者と認識した彼らは、2人を拘束し地下牢に連れて行く。元々ジル・ド・レェの確保を目的に襲撃していた彼らは作戦成功に一息つこうとするが、次々と竜の魔女の被害報告を受け、ジャック・ブラウン自ら尋問を担当することを決定した。
ジル・ド・レェの尋問を終えたジャックは、強引にでもカルデアを自分の支配下に置こうとする。しかし、同じフランス側のリッシュモンからカルデアを引き剥がそうとする態度に、同じフランス側のスパイの部下 ユリウス・テイラーに疑いの目を向けられる。


第9話 1431年6月17日

ジャック・ブラウン - 2

 

「何、言っているんだ…?」

 

その声は僅かに震えていた。

 

「今、やるべきはジャンヌ・ダルクの尋問でしょう。あの女が竜の魔女だって疑いも晴れていない。あの女を処刑すれば、このおかしな戦いは終わるかもしれないというのに、どうして、自ら避けているんだ…?」

 

振り向く。強張った彼の顔を見て、状況を察した。

全く、面倒な事になった。今は言い合いしている余裕等ないというのに。

 

「それは違う。これは、ただの優先順位の問題だよ」

「貴方自身の権威の為でないというのなら、なおさらだ。カルデアの保護権を持っているのがリッシュモンでも貴方でも、同じことだろう…?我々の敵は今も、この先も変わらないはずだろう?」

「何か誤解があるようだね。落ち着いて話を聞いてくれ」

「落ち着け?焦っているのは、そっちだろう。何故、とれる可能性の低いカルデアの保護権の事を優先しているんだ。この一分一秒無駄にできないタイミングで、どうしてそんな発想になるんだ。すぐそこに、なんの苦労もなく成果が得られる(ジャンヌ・ダルクの尋問)というのに」

 

彼の目に警戒心が宿る。

 

「閣下、教えてください。貴方にとっての祖国は、どちらですか?」

 

随分と的外れな質問がとんできた。さて、なんて言いくるめようか。

ため息を押し殺し、いつの間にか癖になっていた言い訳を始めようと息を吸った。

 

「それとも、ジャンヌ・ダルクに会うことが、そんなにも怖いのですか?」

 

息が止まる。

何も言い返せなかった。

 

 

別に私とて、元帥の言葉を真に受けた訳ではなかった。

 

"僕の名前はフランソワ・プレラーティ。勿論サーヴァントでキャスター。そして君の信仰者だ。よろしくねジャック"

"どうするジャック。皆強いよ。何せ神秘の度合いがこの時代とは比べものにならないからね。対する君は生身の人間だ。宝具を使うこともできない。"

"あ、そっか。ジャックはまだサーヴァントが何かも聖杯戦争の存在も知らないんだもんね。突然こんなこと言われても理解できないか"

 

"この世に生まれた英雄の魂は魔術の儀式によって使い魔として召喚することができる。その使い魔のことをサーヴァントというらしい。サーヴァントには一般的な攻撃がきかない。同じサーヴァントか魔術以外はほぼ通用しないと考えるべき無敵の存在だ。"

"サーヴァントの私が竜の魔女の陣営にいるのかもしれない。私と出会わず私と同じ知識を有しているのであれば、それしかあり得ない"

 

ただ、異なる状況下で2人以上の妄言が一致している今、妄想の戯言だと笑う必要はないと判断しただけ。何より、全てを嘘と切り捨てるほど恵まれた状況下にいない今、奴の発言に耳を貸すという賭けをとるのも悪くはないはずだ。

 

"詳細は立香達…カルデアのマスターに聞け。彼らは不可解な事ばかり起こるこの世界を特異点と呼び正しい歴史に戻すためこの時代にやってきた。曰く、この世界のどこかに聖杯があり、聖杯の持ち主がこのおかしな世界を作ったようだ"

"待ってくれ!!ジャンヌは!!彼女は竜の魔女じゃない!!竜の魔女は全くの別人なんだ!!!どうか、俺の話を聞いてくれ!!!"

"わ、私達は未来から来ました。人類を救うために。貴方が祖国を救うことを目的としているのであれば、私達と利害が一致します!"

"こんな話、突然されて信じてもらうなんて…難しいことは分かっています…けど!どうか、話を聞いてもらえませんか。私達は、きっと貴方達の役に立てる!"

 

あの者達の話をまともに聞くとするのなら、完全に元帥と隔離している今こそベストだと思った。その判断は過っていない。

決して無鉄砲だった訳ではない。神に誓ってもいい。

 

「閣下、どうされましたか?」

 

彼が振り向く。相変わらず鋭い目をしている。ついさっき、私に問うてきた時と全く同じ顔だ。そう思ってしまったせいか、彼の言葉が脳裏をよぎった。

 

"それとも、ジャンヌ・ダルクに会うことが、そんなにも怖いのですか?"

 

「…いや、暗がりで、よく見えなくてね。ここは犯罪者用に作られたおかげで助かったが、明かりが少ないのが難点だな」

 

自分の判断が間違っていたとは思わないが、結果として今、ジャンヌ・ダルクのいる地下牢へと向かっている。矛盾した行動をとっているのは、ただ、彼の言葉のせいで、嫌な記憶を呼び起こしたせいだった。

 

"何故、こんな事をさせるのですか"

 

死の危機に陥っておきながらも真正面から、こちらを見つめる真っ直ぐな目。自らの危機に陥れば陥る程、冷静に話すその声。表情。それら全てが記憶にあるあの子と重なる。

違う。そんなはずはない。あの女も竜の魔女も偽物だ。そう思うのに、否定する度、違いを探そうとする度、自分の目に映った全てがあの子と一致する。自分の記憶が、自分の直感が正しいと訴えている。

息が苦しい。子供の頃、よくこんな事があった。これは呼吸がおかしくなる、あの発作が起こる前の前兆だ。もうほとんど治ったと思っていたのに、何故今になって発作が起こるのだろうか。いっそ、子供の頃のように、発作のせいで意識を失ってしまえたら良いのに。あの頃に比べ頑丈になったこの身体では、それも叶いそうにない。

もし、ジルの言っている事が全て本当で。この先にいる女が、本当にあの子だとしたら。

僕が殺した、あの子だとしたら。

 

「………」

 

重たい足を前へ動かす。

判断を過ったとは思わない。けれど、心のどこかであの子を避けるためにカルデアを選んでいたかもしれないという可能性を否定する事は出来なかった。

 

 

ラ・シャリテの牢の作りは特殊だ。絶対に音が漏れないよう、地上一階と地下一階は鉄製の扉が2枚ある。地下1階と地下2階も2枚扉構造のなっているおかげで防音性に優れている。

扉を開け、階段を降りた先にある地下2階の牢。その最奥の牢の中に、その女はいた。

目が合う。恐怖も怯えも怒りも感じない真剣な顔つき。戦場でよく見ていた顔とそっくりで嫌気がさす。

これは、あの子ではない。竜の魔女と同じ、あの子の死を利用した贋作だ。何も迷うことはない。

一度小さく深呼吸をした後、牢の鍵を開け中へ入り鍵をテイラーへ預けた。テイラーはすぐに鍵をかけた。しっかり鍵がかかっていることを確認してから、私は女の猿轡を外した。女は大人しくされるがままだった。

 

「尋問を開始する。正直に答えた方がいい。仲間を思うのであればね」

「ジルには乱暴しないでください。彼は巻き込まれただけです」

 

言い終わるや否や女は願い出た。その目に懇願の色はない。惹きつけられるほど強い目だ。

 

「そう願うのであれば、どう振る舞うべきか分かるだろう?」

「……。何を話せばいいのですか」

「竜の魔女の正体。それにお前の正体を明かせ」

「私はジャンヌ・ダルクです」

「この期に及んで見え透いた嘘をつくのは賢明な判断ではないな…ジャンヌ・ダルクはとっくに処刑されている。まさか知らない訳じゃないだろう?」

「えぇ、私は処刑されました。ルーアンの地で。ここにいる私はサーヴァントです」

 

毅然とした態度で女は言う。元帥と口裏を合わせているからこそ、この余裕っぷりなのだろう。

 

「サーヴァントだから本物のジャンヌ・ダルクだと言いたいのか。主と同じように蘇ったと?」

「いいえ。それは違います。蘇ったのではありません…サーヴァントとなったことで生前では、得られなかった力がこの身体に宿っている。肉体だけをいえば生前とは別人でしょう。ですが私のこの心は、貴方がたの知るジャンヌ・ダルクと同じものです」

「……。何を言っているんだ」

「サーヴァントとなった私に宿る力は人々を守るもの。生前では守れなかった命を今の私なら守ることができる。私は守りたい。フランスもイングランドも関係なく、この世界を手にかけようとする存在から皆を守りたい」

 

女は真っ直ぐこちらを見つめる。曇りない瞳が私を射抜く。

 

「…」

 

冷や汗が伝う。

この女、一瞬で場を支配した。そんな絵空事のような言葉程度で、簡単に場の支配権を奪われた。あの子と同じ顔で、同じ声で、同じ事をしてみせた。

 

…焦るな。この程度なら、こちらでも出来る。すぐに場の支配権を取り合えせば、何も問題ないはずだ。

 

「貴方だってそれは同じなはずです。どうか力を貸してください。私と共に戦ってくれませんか」

「…はは、ダメじゃないか。ジャンヌ・ダルクに成り切るのなら、それらしい発言をしないと」

「え…?」

 

困惑している。今だ。

 

「好んで魔女の名を名乗るくらいだ。せめて魔女らしく振る舞うべきだろう。お前がジャンヌ・ダルクであるというのならな」

「…そう言われましても、私がジャンヌ・ダルクである事を変える事はできません」

「絵空事を話すのは楽しいか?魔女。楽しいだろうな。お前さえいなければ、この争いは起こらなかっただろう。この地獄はジャンヌ・ダルクという魔女の名の元にあるのだから」

 

顔を歪ませる女の顔を見て安心したのは初めてだった。

 

「どうして、不用意に私を傷づけようとしているの?」

「…は?」

 

目だけよこす。

女は、いつの間にか酷く真剣な顔をしていた。

 

「ここに来たのは尋問のためなのでしょう。私の怒りを誘いたいのなら、私を傷つけても意味がない。分かっているでしょう?それなのに、貴方は意図的に私を傷つけようとした」

 

また、あの子と同じ目をしている。あの子でないくせに。

行き場のない苛立ちが募る。今になってジルがあれほどまでに取り乱していた理由が分かった。

 

"目を覚ましてくれジャック!君は悪魔に取り憑かれている!!!人格を乗っ取られている!!でなければ君がジャンヌを傷つけるわけがない!!!"

"悪魔に取り憑かれていないのであれば!貴様は、偽物だ!!同じ面をした化け物め。何故その姿を形取る!?彼を侮辱しているのか!?!?"

 

私は今、強烈な怒りを抱いているんだ。私がどんな思いであの子を殺したのか。それを知らず平然とジャンヌ・ダルクだと名乗り、あの子そっくりに振る舞うこの女に憤りを感じている。

女を偽物だと思えずにいる自分をどうすることもできず、大切な記憶を蝕まれていくような感覚に侵される自分に苛立っている。

 

「理由は……サーヴァントの私が、怖いからですか?」

 

女は私から目を逸らさずに言う。優しい声が神経を逆撫でした。

 

”大丈夫。私たちはこれからも一緒だから。離れ離れになんてならないから”

 

目頭が熱くなる。怒りや苛立ちが何故か涙を誘った。人間はパニックになると涙が出る生き物なのだと、その時初めて知った。

 

「そうだな。私を名出しして地獄に突き落とすだの、殺すだの言ってくるお前は怖いよ」

「そんな事!!」

 

金属同士がぶつかり合う激しい音がした。初めてこの女が動揺した音だ。

 

「……言ったのですか。竜の魔女が」

「他人事だな。自分で行ったことくらい覚えていろ」

「…そう。本当に、私なのですね」

 

ようやく女は目を逸らしてくれた。安堵した私に、テイラーの刺すような視線が突き刺さる。

 

「竜の魔女の事は、私にも分かりません。私は生前、一度も誰かを恨んだ事はありません。だから、分からないのです。どうして何もないところから彼女のような存在が生まれたのか」

「…馬鹿をいえ。なら、どうしてお前はここにいる?」

「私は、ただ…長生きしてほしいのです。皆に。皆が手を取り合って平穏を享受してほしい。誰もが、日常生活を送るだけで笑みが溢れる生活をしてほしい。あの時のドンレミ村のように」

 

はっとさせられる程、綺麗だった。表情も、紡がれた言葉も、現実味のない美しさがあった。

記憶が確かなら、ドンレミ村で笑みが溢れる生活なんて、した事がなかった。

同世代の男共には、いつまで経っても華奢な身体を馬鹿にされていた。同世代の女の子達は、誰1人として異性として見てもらえた試しがない。ただでさえ人手不足な状況で休みがちで頼りない男のくせに剣術ばかり上達して本業の農業は同世代の女の子以下の実力に誰が惚れるというのか。

父と稽古をしている時が一番笑っていた。あの子の家の側を歩く用事を作る事に必死な人生だった。

あの子と一緒に村を出ていいと言われた時が一番嬉しかった。

 

「長生きするために、魔術師の召喚に応じたとでもいうのか」

「いえ、私の死は初めから決まっていた事なので。仮に願ったとしても覆る事はないでしょう」

「……初めから?」

「えぇ、初めから」

「初めからとは、何のことを言っている?」

「それは、言えません」

「何故だ?」

 

女は口を閉ざし、眉を下げる。

ジャンヌ・ダルクであれば、この状況で素直に話さない、なんてことはしない。話せない理由がない限りは、素直に応じるはず。

おそらく、イングランド兵に聞かれたくない事なのだろう。

…そういえば、あの子も知らなかった。ユリウス・テイラーがフランスのスパイであることを。

 

「……!」

 

一つの仮説が脳裏をよぎる。

すぐに考えるのをやめる。これは、今考えなくてもいい事だ。

 

「お前の、主人は誰だ?お前がサーヴァントというのなら、召喚した主人がいるのだろう」

 

つらつらと吐き出された言葉は、ジャンヌ・ダルクの死よりもずっと重要な質問だった。

女は、変わらぬペースで答えていく。その言葉一つ一つを脳に刻みつける。一言一句忘れぬように。カルデアやジルと会話する際に役立てるように。

 

「…そういえば、マリー・アントワネットという女。自身を王妃と言っていたが、どんな能力を持つんだ?」

「マリーが気になるのですか?」

「あぁ。とても気になっている。敵国とはいえ、300年後の王妃様に不敬があってはならないからね」

 

自称王妃の話をした途端に、女の顔に警戒の色が宿る。

正面から、この表情を見たのは初めてだ。あの子は、思っていた以上に警戒心のない子だったんだと今更知った。

 

 

何かが落ちる音で目が覚めた。椅子に座ったまま寝ていたようだ。頭が重い。

また人が死ぬ夢を見た。最近はずっと誰かが死ぬ夢ばかりを見る。昨日は、知らない風変わりな格好の者が死ぬ夢だった。今日は、知っている顔が火あぶりにされる夢だった。一昨日は、知っている顔が知っている顔に殺される夢だった。

一昨日に関しては、以前も見た事がある。少し前に実際に起こった事だ。最も、ジルが奴を殺した場面を、私は見てはいないのだけれど。

 

頭痛に耐えられず、目を閉じる。真っ暗なはずなのに、炎が見えた。

いつもそうだ。目を閉じると、浮かんでくる。

大量の薪から炎が広がり、足元から燃やされていく姿。悲鳴。歪む顔。こんな惨い事はない。

だというのに、炎が燃え広がる瞬間、彼女は笑ったように見えた。目が合った気がした。何かを言っている気がした。

彼女の最後の言葉は聞こえなかった。私の耳に届いたのは、処刑を楽しむ周囲の歓声だった。

けれど、今なら、その言葉が聞こえてしまう気がした。きっかけは、あの女の言葉だ。

 

"いえ、私の死は初めから決まっていた事なので。仮に願ったとしても覆る事はないでしょう"

 

あの、初めから、が何時からなのか。その答えが自分の中に出かかっていた。

どんなに勇敢な人でも、あんな死の宣告を受けているのであれば多少なりとも動揺するはずだ。オルレアンの戦いの時もパテーの戦いの時も、あの子にそんな素振りはなかった。少なくともドンレミ村を出てから、あの子は一度も取り乱してはいなかった。なら、私がイングランドへ渡ってからの可能性もあるが、もしそうなら、ここで初めから、とは言わない。そのせいで、気付いてしまった。

 

"声が、聞こえるの"

 

本当に初めから。ドンレミ村を出る前から、あの子の悲惨な死が決められていて、あの子はそれを知った上で祖国救済を願っていた、という仮説。

……あぁ、頭をかち割ってしまいたい気分だ。今日ほど最悪な日はないだろう。

 

「………」

 

靴先に何かが触れた。そういえば、落としていたんだった。

椅子から降り、落としたそれを拾い上げる。小さな傷がいくつもついている。安物だからだろう。

さっさと渡せば良かったのに。ポケットから出しては、勇気が出ず、しまい込んでを繰り返したせいで傷がいくつも出来てしまった。そんな自分が情けなくて恥ずかして、1人でよくコレを眺めていたから、どこにどんな傷がついていたか、全て覚えている。見間違えるはずがない。

 

"十字架を、いただきたいです。自分のものは奪われてしまったので…"

 

これは、僕が渡した十字架だ。

あの子に渡せなくて、渡してしまった十字架。あの日、燃えて消えたはずの十字架。

 

"私は、ただ…長生きしてほしいのです。皆に。皆が手を取り合って平穏を享受してほしい。誰もが、日常生活を送るだけで笑みが溢れる生活をしてほしい。あの時のドンレミ村のように"

 

女は、ジャンヌ・ダルクとよく似ていた。似ていたという表現では無理があるほど、あの子そのものの振る舞いだった。

ジャンヌ・ダルクは死んだ。僕が殺した。灰になるまで燃やした。生き返るなんてあり得ない。だからあの女は、ジャンヌ・ダルクじゃない。

だけど、偽物でもない。そのせいで、こんな要らない事ばかり考えている。今、考えるべきは断じてあの子の事ではないというのに。

 

「閣下」

 

ドア越し。ノックの音と同時に声をかけられた。ユリウス・テイラーだ。足音が聞こえなかった。思考に気を取られすぎていたのか。どこまで私は愚かなのだろう。

 

「入れ」

 

ドアが開く。朝日が眩しい。

 

「王都から連絡が来ています。ほか、カルデアの者からの申し出もありますが」

 

ただならぬ何かが起こったのだと察した。

王都ということは、イングランド王から、もしくはその周辺からの連絡か。その中にあやふやな理由で私を拘束した優秀な奴がいそうだ。

 

「王都からの連絡から聞こう」

「はい…陛下から、戦況について説明責任を問われています。すぐに王都に向かうようにと」

「…はぁ」

 

この状況で王都へ迎えると思うほど、ヘンリー6世は頭が弱くない。彼の立場からして、嫌がらせの可能性が高い。

行かなければ、それを理由に彼は強気に出れる訳だ。最も、王がそれまで生きていればの話だが…あの神経質そうな王がここまで強気に出れるような戦況という事なのだろう。

…まぁ、全て、これが本当に嫌がらせであればという前提の話だけれど。

 

「どうされますか?」

「使者を向かわすとだけ連絡しておいてくれ」

「しかし閣下。陛下は貴方を指名していますが」

「最近耳が遠くてね。よく聞こえなかったんだ。聞こえなかったら仕方がないよね?」

 

口角を上げて笑ってみせたがテイラーは気難しい表情を変えなかった。

 

「それで、カルデアの方は?」

「…はい。彼らからは2件申し出が来ております。1件目は地下牢の2人へ面会を」

「却下」

「2件目は貴方との面会をお求めです」

 

…成程。1件目の方はただのふっかけで、本題はこっちか。

ちょうどいい。こちらも彼らと話がしたかった。カルデアからの申し出であれば、リッシュモンも口出しできないはず。

 

「許可する。他に優先事項がなければ、今日で構わない」

「でしたら1件ございます。避難民の受け入れについてです。一通り完了していますが、備蓄が足りません。ラ・シャリテはシャルル王が物資の支援を拒んだこともあり、ほとんど何もない状態でした。ここには我々が持ち込んだ食料と…カルデアが持ち込んだものがいくつか…全て使っても5日が限界です」

「5日か…バスティーユ要塞から物資の支援を要請しているが、間に合わないな…」

 

物資の困窮。

テイラーのいう通り、これは早急に解決する必要がある。解決できなければ行き着く先にあるのは物資の取り合い。味方同士の殺し合いにまで至る可能性がある。実際過去に事例がある上に、昔身をもって実感したことがある。

…空腹が招く地獄は、2度も経験したくないな。

 

「策はありますか?」

「あぁ。ちょうど物資が有り余っているところがある。そこから譲り受ければ良い」

「…リッシュモンを説得できますか?」

「なに。ちょうど譲ってもらおうと訪問したら、街は死んでいたというだけさ。寧ろ物資は彼らが我々に残してくれた贈り物だと捉えれば良い」

「相手は大元帥です。騙せば、どうなるか」

「嘘をつくつもりはないし騙すつもりもないさ。ただ、聞かれなかった以上答えられないのは仕方がないじゃないか」

 

真面目に答えたというのにテイラーは呆れた顔でこちらを見下した。まるで自分がまともな感性を持っているように振る舞っている。面白い人だ。

どう考えたって私よりも、この男の方が度を越しているというのに。

 

「物資の件は、カルデアに頑張ってもらうか。我々の役に立てると言ってみせたのだから、その言葉通り役に立ってもらわないといけないだろ」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

Julius Taylor - 6

 

 

「物資の件は、カルデアに頑張ってもらうか。我々の役に立てると言ってみせたのだから、その言葉通り役に立ってもらわないといけないだろ」

 

役に立たないのなら死んでもらう。

存外にそう言っていた。

 

「よろしいのですか。未来人なら、何かあれば厄介な事になる可能性が」

「私はカルデアの者の言葉を信じただけだが?」

「しかし…」

「…安心してくれ。全員はいかせないよ。マスター1人は最低残ってもらう。私はカルデアの事をとても信用しているんだ。全員行ってしまったら全滅する可能性もある。1人はここで保護しなくては」

 

随分と耳馴染みのいい理由だ。本音はその逆だろうに。

だが、カルデアに気を取られているのなら、丁度いい。いくらコイツが警戒心の強い厄介なタイプだとしても、警戒できる人数には限りがある。あの自称ジャンヌ・ダルクにカルデア。リッシュモン。それに、竜の魔女。これだけ目を向けなければならない状況で、敢えて他に目を向けようとは思えないだろう。

それでいい。気付かれてしまっては、全てが終わる。特に私のような、才能に恵まれない者など、どうなるかなんて考えずともわかる。

 

ジャック・ブラウン暗殺命令。

それを成し得る手段、きっと毒殺くらいだろう。私のこの立場なら、可能かもしれない。だから今朝、唐突に私のような何の才のない者にも計画を明かされたのだ。同時にこれは、私はスパイだと疑われていない証拠でもある。が、ここで加担しなくては、私に疑いの矛先が向いてしまう可能性もある。

 

「そういえば、朝食はとられましたか?」

「いいや。私は朝食をとらない派だよ」

「最近、ずっと思い詰められているでしょう。気分転換にいかがですか?」

 

10年待った。10年間ひたすら敵を助け、味方を殺してきた。

いつか、イングランド軍を皆殺しにできる日が訪れるはずだと。イングランド人の死体を夢見ながらイングランド人の命を救ってきた。

夢見たその日を、この目で見守るためなら、私は何だって出来る。

 

「今日は、やけに推しが強いな。分かったよ。いただくとしよう」

 

そのために、この男の命が必要だというのなら私は喜んで神に捧げる。




戦況
【カルデア陣営の主なメンバー】
・ぐだーず(マスター)
・マシュ(シールダー)
・ジャンヌ(ルーラー※能力制限あり)
 ┗地下牢で拘束中
・マリー(ライダー)
・アマデウス(キャスター)
・清姫(バーサーカー)
・エリザベート(ランサー)
・ジル・ド・レェ(人)
 ┗地下牢で拘束中

【連合軍の主なメンバー】
<ブラウン軍>
・ジャック・ブラウン(人)
 ┗右手3本欠損
 ┗ジルとジャンヌに関する全権利を獲得
・ユリウス・テイラー(人)
・フランク(人)
・スペンサー(人)
<リッシュモン軍>
・アルテュール・ド・リッシュモン(人)
 ┗ジルとジャンヌ以外のカルデアメンバーの保護権を獲得

【竜の魔女陣営のメンバー】
・ジャンヌ(竜の魔女)
・ジル(キャスター)
・プレラーティ(キャスター)
・聖女マルタ(ライダー)
 ┗消滅
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