フランスの悪魔   作:林部

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【前回までのあらすじ】
最も歪みが少なく難易度の低い第一特異点 百年戦争中のフランスへ降り立ったカルデアのマスター達は現地で出会ったサーヴァント ジャンヌ・ダルクらと、ジル・ド・レェらフランス兵と共にラ・シャリテを拠点とし、調査を開始していた。
しかし、リッシュモンとジャック・ブラウン率いる連合軍により疑いの目を向けられたジャンヌ・ダルクとジル・ド・レェは地下牢に連れて行かれ尋問されることに。
一方その頃、カルデアのマスター達は未来のフランス王妃マリー・アントワネットの大切な友人という名目でリッシュモン保護下に置かれることになった。
大切な仲間を救い出すため、誤解を解くためにマスター達はリッシュモンと話をすることにした。


第10話 1431年6月18日

??? - 1

 

頭が痛い。

一体、今まで何人もの命を奪ってきたのか。忠誠を誓ったはずのフランス王政を裏切っている、自分の行動に怒りが込み上げる。

私の身体なのに、私の意思に反して守るべきはずのフランス人に手をかけた。殺せば殺す程今まで味わった事のない悦楽に溺れていく感覚が、怖い。

このままでは、この意思すら私のものでなくなっていく。

 

「便利だろう。これだと魔力消費が少ないんだ」

 

「バーサーカーは、どこへ?」

 

「量産できないのか」

 

目を開ける。ここにいるサーヴァントは皆、私と同じ狂化を受けたサーヴァント。全員私よりもまともそうに見える。

…そう見えるだけで、実際はどうなのか分からないが。そもそも今見えている光景ですら、自分の狂気が見せているものかもしれないのだから、こんなこと、考えるだけ無駄だ。そう思っていても、何か考えていないと狂気に侵されている自分を実感できてしまいそうで、嫌だった。

けれど考えれば考えるほど、自分がもう自分ではないのではないかと焦り、そもそも自分とは何だったのかすら分からなくなっていくのも、苦しかった。

 

「余は知らん」

 

「1人1体は、効率が悪い」

 

「大方また暴走したのだろう。そのうち戻ってくる」

 

「それじゃあロマンがない。見ててよ、試作品はもう作ってあるんだ」

 

「そうだ、デオン。伝え忘れていた」

 

聞き覚えのある音が近くで聞こえた。でおん。デオン。そうだ。それが、私の名前、だ。

目を転じ、声をかけてきた奴を見る。何が面白いのか、ニヤニヤ笑っているその男は、更に口角を上げた。

 

「敵に、君の愛しのあの子がいるよ」

「愛し?…まさか」

「君の大切な王妃さまが、今の君を見たら、なんて言うのかな?すっごく楽しみだね」

「貴様…!!」

「あっはは!ここで戦う?僕はいいけど、君はいいの?」

「ッ……」

 

奴の不愉快な笑い声が頭に響く。

真正面からコイツに楯突くのは自殺行為どころか愚かでしかない。弄ばれ、最悪な結末を辿る未来しかないことは狂気に侵された身でも十分に理解できた。

 

ここまでのことを言われておきながら、泣き寝入りするしかない自分が、悔しくて堪らなかった。

 

あぁ、王妃よ。

我が過ちを、貴方はどう思うだろうか。

許されるのならば、まんまと狂化をかけられ、罪なき人を殺した私を、貴方の手で裁かれたい。

 

 

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藤丸六香 - 4

 

「人類の危機か…まさか、フランスやイングランドではなく人類とはな。我々は問題を小さく捉えていたようだ」

 

連合軍 その中のフランス軍トップ指揮官 アルテュール・ド・リッシュモンさんは頭を抱えていた。リッシュモン大元帥と呼ばれているらしい彼は百年戦争の重要人物の1人だという。この時代より少し先でリッシュモンさんは黒騎士と手を組み戦争を終わらせた。

突然現れフランスの窮地を救ったジャンヌや、当時では斬新なやり方で戦いに勝った黒騎士ばかり注目されてしまうが、実はリッシュモンさんの活躍もとても重要、だとマシュが言っていた。

 

「少し、情報を整理したいな。ワインを持ってきてくれ」

 

今は何時頃だろうか。外はすっかり真っ暗だ。多分1時間前くらいから真っ暗になったから日本的な感覚でいえば19時くらいだろうか。…でも、そういえばヨーロッパは季節によって日照時間がかなり変わるらしいから違うのかもしれない。冬のイギリスは16時くらいには真っ暗になるのだとか。冬のイギリスでは真っ暗な中でティータイムを過ごすんだよと友達が語っていたことを思い出した。反対に夏のヨーロッパは日照時間が長い。20時くらいまで日没が来ないらしい。

ということは、今は大体21時頃なんだろうか。あの広間での出来事の後、すぐにこの部屋に案内され話し続けているせいか、時間が分からなくなっている。

時計が欲しい。この時代時計ないのかな。

 

「勿論カルデアのマスター達の分もだ。君達も飲むだろう?」

 

リッシュモンさんのとんでもない発言で沈んでいた意識が一気に浮上した。

 

「えっ!?いや、あの。俺達未成年なのでワイン飲めないです!」

「うん?それは一体どういう意味だ?」

「俺たちの国は二十歳になるまでお酒は禁止なので、ワインは飲めないんです」

「変わった国だな。ワインを飲まずして、君達は一体何を飲んでいるんだ?」

「いやいやいや。そんな水飲むみたいに言わないでくださいよ」

「…まさか水をそのまま飲んでいるのか?」

「え?はい」

 

リッシュモンさんが驚愕の顔になる。何をそんなに驚いているんだろう。もしかして、宗教的に水を飲むのはNGなんだろうか。

 

「この時代は浄水が発達していないので…真水はまず飲まないんです。代わりにアルコールで十分殺菌されたビールを飲みます。貴族であればワインですね」

 

目でマシュに救いを求めるとマシュはすぐに説明してくれた。自分で助けを求めておきながら、よくそんな歴史の授業でも習わないようなマニアックな情報知っているなと感心した。

 

「そんなにお酒ばっかり飲んでいて大丈夫なの?戦争中なんでしょ?酔っ払っちゃうんじゃ…」

「古くから習慣的に飲んでいるので、ヨーロッパの方々はアルコールに耐性ができています。なので、あまり酔うことはありません」

 

成程。素直に納得できた。フランス人やイギリス人が昼休みにアルコール飲んでたりするのは長い伝統的なものなのかもしれない。

 

「とにかく、俺達は大丈夫なので!」

「なんだ君達も私1人で飲めというのか。全く、最近の若者はどうもつれないな」

「君達もって…?」

「……まぁ君達なら言って問題ないだろう。広間で黒い鎧を着た男がいただろう?彼に飲まないかと誘ったが断られたんだ」

「黒い鎧って黒騎士のことですか?」

「あぁ。どうもワインが苦手らしい……全く、一体どんな環境で育ったんだろうな」

 

暫くするとリッシュモンさんの側近らしき人がワインを持ってきた。リッシュモンさんは、ありがとうと感謝の言葉を返すとすぐにワインに手をつけた。

 

「あの、マリーや清姫達は」

「別部屋で1人ずつ監視させてもらっている。が手酷い扱いはしないよう伝えている。安心してくれ、我が軍で君たちを傷つける者は誰1人としていない。監視も我々はすぐに解きたいと思っている。君たちのためにも、兵士たちのためにも」

「そうですか…なら良かったです」

 

兄は胸を撫で下ろす。

 

「人類救済、か…」

 

ワインを一口飲んでからリッシュモンさんは独り言のように呟いた。

 

「君達は強いな。そのような重い責務を抱え、ここまでやってきたのか。まだ幼い子供達が……未来人は恐ろしいな」

「ドクター達やジャンヌさん達に助けてもらっているので……俺達より、リッシュモンさんの方がずっと凄いですよ。俺達と同じただの人間なのにワイバーンを操っていただなんて」

「よしてくれ。とても褒められるようなやり方じゃあない」

「?それってどういう」

《確かに、とても騎士道を重んじるリッシュモン大元帥らしいやり方とは言い難い…皆まで言わないが、作戦を考えたのは黒騎士だろう?》

「……承諾したのは私だ。責任は私にもある」

 

深いため息を付くその姿が痛ましい。一体どうやってサーヴァントなしでワイバーンをラ・シャリテに集めたんだろう。

 

《やり方はともかく、サーヴァントの事前情報すらない状態で我々を追い詰めた事は賞賛に値するよ》

「サーヴァント、か……今地下牢にいるジャンヌ・ダルクもサーヴァントと言っていたな」

「はい。だから牢屋から出してほしいんです。彼女はずっと俺達と一緒にいてくれた。俺達を守ってくれていた、かけがえのない仲間なんです。勿論ジルさんも。何も状況が分かっていない俺達をサポートして、帰る場所を作ってくれたのは彼です。どうか2人を牢屋から出してくれませんか」

「……」

 

いいよともダメとも言わず、険しい表情で黙り込まれる。

…やっぱり、一筋縄ではいかないよね。

 

「…えっと、いきなりこんな話をされて信じられないというのもご尤もというか……でも本当に、嘘ではないんです」

 

必死で訴える。その様子が面白かったのか、リッシュモンさんは小さく微笑んだ。

 

「私はこれでも、真実を見抜く目があると言われているんだ。何が正しく何が誤っているのか、それを常に考え決して己の信念に逸脱しない行動を選び抜いてきた。そのせいで一時期は王から邪険にされた事もあったが…ともかく、その私から君達にこの言葉を送ろう。君達は正しい。決して間違っていない。故に私は君達を信じ、仲間として受け入れよう」

「!じゃあ」

「ただし、2人の解放は私の独断では決められない。彼の合意が得られなくては、フランス軍はイングランド軍を裏切ったと見做されてしまう」

「彼って誰ですか?」

「ジャック・ブラウン。さっき言った、ワイン嫌いの真っ黒な鎧の男だよ。彼が今ここにいるイングランド人の軍、通称ブラウン軍のトップ。そしてイングランドが誇る英雄 黒騎士の継承者だ」

「黒騎士、って…苗字違うけど、もしかして」

 

兄の呟きにドクターは軽く頷いた。

広間にいた、あの黒い鎧がフランスの悪魔で間違いないらしい。真っ黒な鎧を見た時から、そんな気はしていたけど、こうして断言されると一気に緊張感が増してくる。

 

「リッシュモンさん。どうすれば黒騎士はジャンヌさんを解放してくれますか?」

「…説得するほかないだろうが、難しいだろうな。彼は私よりも思慮深い上、今はイングランド側だ」

 

今は、ってことは…リッシュモンさんは知っているんだ。黒騎士がイングランドを裏切ってフランス側につくことを。

 

「竜の魔女はイングランド領を多く攻撃している故イングランドの彼女への怒りはどれほどのものか計り知れない……それに、あの2人はブラウン伯爵を…彼の父を殺している」

「え…?」

「知らなかったのか…先代の黒騎士である彼の父は、ジャンヌ軍と戦っていたが援軍としてやってきたジル・ド・レェに討ち取られたのだよ。つい数ヶ月前のことだ」

 

絶句した。

 

「なんで、そんなこと…」

「咄嗟の判断で殺したそうだ。あのままではジャンヌが殺されてしまうと思ったからだと。決して最初から殺すつもりがあったわけではない。ジル・ド・レェはそんな男ではないよ」

 

…そう。なら、仕方ない、のかな。仕方ないなんて言葉で片付けて良い事ではないけれど。遣る瀬無い気持ちになる。

 

「彼がブラウン家の当主に就任して僅か数ヶ月ということを考えれば、彼の父を慕っていたブラウン軍の兵士は大勢いるに違いない…2人を牢から出すには、彼にイングランド兵を説得してもらえる程、全面的に信頼してもらう必要があるだろう」

「…どうすれば信頼を勝ち取ることができますか?」

「分からない」

 

即答された。

 

「信頼してもらうには、まず、こちらが相手を信頼するべきなのだが。正直に言うと、私には、彼が何を考えているのか、まるで分からない。君達の話からして、彼がフランス側につくのは間違いないようだが……おそらく、彼の目的は、別にあるのだと思う。フランス側に着いたのは、その過程の一つにすぎない。地位や名声、騎士道でもない何かを欲していて、その為だけに動いているのではないだろうか」

「…それって」

「もし、彼の欲しいものが我々に剣を向ける事で手に入るのだとしたら、きっと迷わず我々の首を刎ねる。そんな危うさを感じる」

 

ゾッとした。簡単に首を刎ねられる姿を想像できてしまうことが、凄く怖いと思った。

 

「ブラウン伯爵は今何をしているんだ?」

 

リッシュモンは思い出したかのように側近の騎士を見る。

 

「避難民の受け入れ準備と…並行してジル・ド・レェとジャンヌ・ダルクの尋問をされていると伺っています。2人の尋問はイングランド軍主導のもと進められていますので」

「…そういえばレェ男爵はサーヴァントではないのか。彼は優秀な騎士だったのだから充分サーヴァントとなる基準を満たしていると思ったが」

「ジルさんはサーヴァントじゃありません…ジルさんは、どうして広間で兵士さん達に裏切り者って言われてたんですか?あの人は本当に俺達を助けてくれただけなのに」

「……。それも黒騎士に聞いた方が早いだろう」

 

どうやら私達が黒騎士に信用してもらえるようにならないと話が進まないということらしい。リッシュモンさんの時のように素直に話すだけじゃあ受け入れてくれなさそうだし、よく考えてから会いに行かないと。

 

”私を止めたければ証明しろ。今ここで。その女が竜の魔女ではないという証明を”

 

広間で聞いた黒騎士の言葉が脳裏をよぎる。

証明…私達が未来人である事の証明と、この世界が特異点になっていることの証明ができれば信じてもらえるのだろうか。けれど、一体どうやって証明すればいいんだろう。

…全然うまくいくビジョンが見えてこない。こんな状態で一体どうやって黒騎士を説得し信頼してもらえるのだろうか。

無理難題すぎて眩暈がした。

 

 

「という訳で黒騎士対策の作戦会議をしたいんだけど」

「その前に、まずは現状を整理したいな」

 

すぐさま口を挟む。兄はキョトンとした。

 

「整理って?」

「前は竜の魔女を倒すっていう第一目標があったでしょ?そのために、情報収集とはぐれサーヴァントの捜索。この特異点にきてから私達はひたすら、そうしてきた。けれど連合軍が来てから状況が変わったよね。まずは、どう変わったのかの把握と何をするべきなのか、認識を合わせとこうよ」

「まずはジャンヌさんとジルさんを救出するために黒騎士対策をするべきなんじゃないかな」

 

兄は抗議した。正義感の強いタイプだから大切な仲間が牢獄にいるという状況を早くなんとか解決したいんだろう。

 

「最初にすることは、それになるけどさ。今、黒騎士は2人の尋問をしているんでしょう?それまで待ちの時間になるんだから、最初に認識合わせしておいてもいいんじゃない?」

「確かに…」

 

おお、と兄は感嘆の声を上げた。ダ・ヴィンチちゃんやドクターも特に反対意見はないようだ。

出来れば、マリーや清姫達も呼んで皆で目線合わせしたかったんだけど仕方がない。彼女らは今も別室でリッシュモン軍の監視下に置かれており出入り禁止のままだ。解放してあげたいのだけれどカルデアやジルさん達への処遇はリッシュモン・ブラウン両軍の合意がないと決められない方針となっている為、出来ないのだとリッシュモンさんが申し訳なさそうな顔で言っていた。彼らから見れば私達が変な組織にか見えないのは当然なので、こればかりは本当に仕方がない。部屋ぶっ壊してでも私達の元へ来かねない清姫には、兵士さん達を刺激するような行動はしないようにと強くお願いしておいた。

 

「勢力図から考えよう。今まで私達は、この特異点を作った竜の魔女とその配下のサーヴァントと私達の戦いになると思っていたけれど、実際は違った。目的は違うけれど現地人で私達と同じように竜の魔女を倒そうとしている組織 連合軍がいた。つまり、2大勢力だと思っていたのが3大勢力だった。ここまでは合ってるよね?」

「…どうだろう?連合軍は本当に現地のフランス軍とイングランド軍だけなんだろう?サーヴァントがいないのに他の勢力と同じと考えていいのかな」

《思っていいと思うよ。連合軍にリッシュモン大元帥と黒騎士がいる以上は》

 

ドクターが口を挟む。兄は納得できないようで、首を傾げた。

 

《リッシュモンは、この時代においても古臭いと揶揄された騎士道を通し、その上で何度も勝利している。敵が合理的判断を優先しているというのに、それでも勝てるという事は、それだけ実力差があるということさ。一方の黒騎士は、イングランド時代…つまり、この時代、リッシュモンを捕えた事がある。知名度でいえば、圧倒的に黒騎士の方が有名だけど、その知名度に見合う実力も備えている。リッシュモンも黒騎士も、この時代、この地においては最強クラスだよ》

《私も彼らを第三勢力と考える事に賛成だ。サーヴァント並の強さを秘めている両軍のトップ。加えて、その影響度から考えれば、彼らを敵に回してしまった場合、我々はこの地を自由に動く事すら困難になる。これだけでも大きな痛手さ》

 

影響度か…確かに。連合軍はイングランドとフランスの国同士で作られた軍隊だ。その名前を出せばこの国の人は誰だって耳を傾ける。信頼関係を築くまでもなく、連合軍というだけで皆彼らの言う事に従うだろう。

今までの私達は、明らかに自分達が現地人からして浮いている存在であること、竜の魔女と勘違いされているジャンヌが味方にいることから街へ入るのですら慎重に動かなければならなかった。情報収集も一晩かけて街の人から怪しまれない程度の聞き込みをしてきた。

もし、連合軍が仲間になってくれれば街へ入るのも楽になる。それどころか彼らは様々な情報源を得ているだろうから、もう情報収集なんてやる必要がなくなる。反対に敵に回してしまえば、指名手配を受ける立場になり、街への出入りができなくなってしまう。聖女マルタが教えてくれた、どこかの街にいるであろうドラゴンスレイヤーのサーヴァントを仲間に引き入れることも難しくなる。

改めて思った。何が何でも連合軍を味方につけようと。リッシュモンさんが信頼すると言ってくれていたから、多分リッシュモン軍の方はなんとかしてくれるはず…問題は黒騎士の軍。やっぱりあの黒い人に信じてもらうのが今一番の課題だ。

 

「私達は、連合軍を味方につけて一緒に竜の魔女陣営を倒すべきだと思うけど、ドクターはどう?」

《それが理想だけれど、問題は…》

「黒騎士の説得?俺、思うんだけど。黒騎士ってそんなに悪い人なのかな」

《いやいやいや、何言ってるんだ!?もう忘れてしまったのかい?黒騎士の所業を》

 

ドクターがギョッとした顔で言う。勢い余ってモニターに唾が飛んでいる。汚い。

 

「そういえば、何した人だっけ?」

 

兄が悪びれもなく言う。

 

「マスターにちゃんと説明するのは初めてでしたね。ジャック・ド・フゥベーは、フランスのドンレミ村で生まれ、そこで育ったジャンヌ・ダルクの幼馴染でした。彼は、ジャンヌ・ダルクがフランスを救うと立ち上がった時から彼女と行動を共にしていましたが、途中で彼女を裏切りイングランドへつきます」

「裏切った理由は、イングランド派だったお父さんの影響、だよね?」

 

私の問いにマシュが頷く。

 

「フランス人なのに、どうしてイングランド派だったんだろう?」

「彼の父は元々ブルゴーニュ領の傭兵でした。ブルゴーニュ公はフランス人ですが百年戦争の間イングランドと手を組んでいた時がありますので、その影響ですね」

「えっ!?ブルゴーニュ公、裏切り者じゃん」

《まぁこの時代は、あまり国っていう意識がなかったからねぇ。特にフランスは広大すぎて意思統治が困難だったんだよ。当時の人達は攻撃してくる奴が敵、くらいの認識だね。色々複雑な情勢が絡んでいるから、掻い摘んで話すと、イングランドに攻撃された地域ではイングランドが悪という認識があったけれど、ブルゴーニュ公の権力をよく分かっていたイングランドはブルゴーニュ公の領地を攻撃しなかったから領民含め敵対意識がなかったんだ》

 

ダ・ヴィンチちゃんが補足してくれたが、理解が追いつかない。難しい…。価値観が今と違いすぎるからだろうか。わかりやすく説明してもらっているはずなのに、腑におちない。横目で兄を見る。彼も首を傾げていた。頭のレベルが一緒すぎて悲しい。

 

「イングランドの傭兵になった彼は次々と戦果を上げました。傭兵でありながら戦況を見極め、その場で戦術を立てられ、更には身のこなしのうまさから前線でも第一線で戦える。その活躍ぶりは、すぐにブラウン伯爵の目に留まり彼はブラウン伯爵の養子となりました」

「伯爵家の!?」

 

驚いた。階級社会だから、そういう実力でのし上がるとか出来ないと思ってた。貴族の家の人は一生困らないけれど、農民の子として生まれた場合一生こき使われてしまうような、そんなイメージだった。

でも、よく考えたら日本だって織田信長が実力主義を受け入れていたし、別に黒騎士だけが特別という訳でもなさそうだ。そこまで考えて、ふと織田信長っていつの時代の人だったか、まるで覚えていない事に気がついた。戦国時代、なのは分かるが具体的に何年から何年が戦国時代だか覚えていない……けれど、確か信長は、いちごパンツの本能寺の変で死ぬから…1582年に死んだはず。という事は、信長はこの時代より100年先の人か…まぁ、ヨーロッパだし日本より価値観が100年進んでることだってあるだろう。

 

「凄いね…傭兵から貴族になれるなんて」

「はい…ですが、家族仲はあまりよくありませんでした。特に彼を養子に迎え入れた伯爵の死後は……」

「義理のお母さんと上手くやってこれなかったんだね」

 

価値観の違いとかだろうか。義理のお母さんからしてみれば、元傭兵の子がある日突然貴族である自分の子供になった、なんて状況になる。当然、納得いかないだろうし、気に入らないと思う理由も分からなくはない。

 

「はい。彼は母イザベラを殺害しました。今から数ヶ月前のことです」

「えっ…」

 

そんなに仲悪かったのか…。

 

"さっき兵士さんに聞いたんだけど身内相手でも歯向かう人には皆殺しにするような人なんだって"

 

ふと、数日前に兄が言っていたことを思い出した。あの、身内相手でも、って話は、比喩表現でもなんでもなく、養子に迎え入れてもらった先の義理の母を殺害したから違いない。

 

「ジャンヌさんがフランス軍に拘束されるのは、更に数ヶ月前のことです」

「黒騎士が拘束したの…?」

「いいえ、ジャンヌさんを拘束したのは、別の方ですが…彼女の退路を経ったのは黒騎士です。巧妙な手口でジャンヌさんを騙し、書類にサインさせました」

「…何でそんな事を」

「当時、ジャンヌさんとシャルル王はあまり上手くいっていませんでした。ジャンヌさんは、イングランドと戦いフランスを救済する事を第一としていましたが、シャルル王は外交で解決しようとしていたからです。黒騎士はイングランド派からフランス派へ方針を転換しましたが、彼はあくまでジャンヌさん派ではなく、シャルル王派でした。しかし、フランス国内はシャルル王よりもジャンヌさんの方が、支持率が高かったのです」

「……それって…」

 

ジャンヌが邪魔だから殺したってことじゃん。

 

《イングランド兵により執行されたジャンヌ・ダルクの処刑は、酷いものだったよ。十字架に縛り上げ足元に大量の薪を置いて火をつけた。意識を曖昧にさせるような事もなく、正気のまま火あぶりにした。その後も死んだと分かっているのに、その身体が灰になるまで燃やし続けた。たった19歳の少女にだ》

「…それを指示したのって、まさか」

《黒騎士だ。彼女が亡くなって16年後のジャンヌ・ダルク復権裁判で、そう証言されている》

 

頭を殴られたかのような衝撃が走った。

黒騎士がジャンヌを裏切ったって話は聞いていたけど、まさかこんな酷い事をしていたなんて。想像もしていなかった。

 

"どうしてイングランドの騎士になっていたのか。その後どうしてフランスに帰ってきてくれたのか…その全てを私は知りません。私に感化されてという話も正直、腑に落ちません"

”…悔しいものですね。私の人生はほぼ全て彼と共にあったはずなのに。彼のことは何でも知っている自信があったのに。私は彼のことを何も分かっていなかった”

 

だって、裏切られたはずのジャンヌが、黒騎士を恨んでいるようには思えなかったから。

…でも、多分それは、知らないからだ。不完全な召喚のせいで、彼女はサーヴァントが受けるはずの知識を持ち合わせていないと言っていたから、多分そういうことだ。

もし、ジャンヌの召喚に問題がなかった場合、今頃どうなっていたんだろう。

 

「その後、自身の部下を殺害しフランスへ逃亡。子に先立たれ跡取り問題を抱えていたフゥベー公の養子となりブルゴーニュ公の娘 ジャンヌ公女と結婚した事でフランス最大の権力を保持するブルゴーニュ公の支援を受けることに成功しました。当時ブルゴーニュ公は国王すら凌ぐほどの権力を握っていたので彼をイングランドからフランス側につけたジャック・ド・フゥベーの功績はかなりのものといえます」

「奥さんいたんだ」

《そりゃあ、この時代の貴族で奥さんいない人を探す方が難しいくらいだからね。夫婦仲は、あまり良くなかったようだけど》

 

…そうなんだ……まぁ、初対面の印象からして愛妻家になるとは思えないから、そんな気はしていた。

 

「彼は財政改革にも関わったと言われています。ブルゴーニュ公を引き入れたのも、そのうちの一つです。国の正規軍の復活、正規軍の教育や指揮官の育成。盗賊を討伐の中から優秀な人材を正規軍に引き入れたりと。軍のトップとして以外にも様々な領域に関わりシャルル王に助言をしていたと言われています。アーサー王でいいますと、宮廷魔術師マーリンのような役回りに近しいですね」

《いや、それは流石に言い過ぎかな。あんなロクデナシと一緒にされるなんてフランスの悪魔が可哀想だ》

 

今まで黙って聞いていたドクターが突然口を挟んだ。何で例え話に突っ込んでいるんだろうか。マーリンって人、そんなに悪い人なのだろうか。

 

《六香ちゃんは"反逆王"や"ジャック・ブラウン"は聞いた事ないかい?。前者は彼をモデルに描いた小説で後者はシェイクスピアが書いた戯曲だよ》

 

ダ・ヴィンチちゃんが私に問う。残念ながら全く聞いたことがなかった。私は首を横に振った。

 

《じゃあジャック・ザ・リッパーは知っているかい?切り裂きジャックと言った方がいいかな?》

「それは知ってる。イギリスの怪奇事件でしょ?女の人が連続で殺され続けて優秀な警察も全く手も足も出なかったっていう」

 

ようやく知っている単語が出てきて嬉しくなり自信満々で答えた。19世紀、ロンドンを恐怖に陥れた正体不明の連続殺人犯。当時のロンドン警察は世界レベルで見ても、かなり優秀な方だったのに全く手かがりが掴めず、切り裂きジャックは闇へと消えていった。という話だったと思う。これだけは、日本のゲームやアニメでも取り扱われる機会が多いから、覚えていた。

 

《そうそう。その事件の犯人がどうしてジャックっていう固有名詞が使われているか知ってる?》

「それは知らない」

《その殺人鬼の共通の殺し方がジャック・ド・フゥベーの得意とする殺し方に似ていたから》

「は…」

《ジャック・ド・フゥベーは奇策好きでね…様々な方法で敵を追い詰めているんだけど、一つだけ共通点がある。それは敵を前にした時の殺し方だ。彼は大抵首を狙っていた。きっと殺しやすい部分だからだろう》

「切り裂きジャックも首を狙っていたの?結構残酷な殺し方したイメージだけど…」

《内臓を取り出したりしてたね。でもそれは被害者全員ではない。そういう殺され方をした女性もいたけれど、被害者全員に共通しているのは喉を斬られたということ。当時英国のマスコミはフランス汚点の一つでもあるフランスの悪魔の仕業に違いないと断言した。当時の新聞や人気雑誌がこぞって切り裂きジャックを取り上げるものだから彼は再び世界を恐怖に貶め入れた。1度目はフランスもイングランドも騙し聖女を火あぶりにした悪魔として。2度目は凶悪な連続殺人事件を引き起こす悪魔として》

「黒騎士は処刑されたんだよね…?」

《記録上はそうなっているがジャック・ド・フゥベーは非公開の処刑だったんだ。だから余計恐怖を煽ったんだよ。もしかしたら彼は死んでいなかったのではないか。この連続殺人事件は彼から世界へ、私はまだ生きているぞ、というのメッセージではないかと皆恐れていた。切り裂きジャックの事件は迷宮入りのままだから今もジャック・ド・フゥベーは生きているんじゃないかなんて大真面目で言う人もいるくらいだ」

 

ひぇっと悲鳴が溢れた。何で黒騎士の話からホラー展開になっているんだ。ホラー得意じゃないんだから、やめて。本当に。マジで。

 

《黒騎士を処刑した証人であるシャルル7世が真実を捻じ曲げていた事が発覚しているから、ホラ話とも言い切れないのが恐ろしいところだね。因みに、史実が正しければ35歳で亡くなったことになっている》

 

真実を捻じ曲げていた…?いや、それよりも、黒騎士が処刑されたってどういうこと?

 

「何で処刑されたの?一時はイングランドについたとはいえ、黒騎士はフランスを救った英雄なんでしょ?」

「ジャンヌ・ダルク復権裁判にて、ジャンヌさんを火あぶりにしたことが世間に露呈したからです」

「復権裁判…?確かに、ジャンヌに酷いことしたけど、だからって、そんな」

「勿論、理由はジャンヌさんの件だけではありません。他にも様々なことが……ですが、あの裁判は、公平性に欠けていました。まるで彼を処刑に追い込むことが目的のような、そんな印象を受けます」

「処刑に追い込むって…誰がそんなことを」

「フランス国王シャルル7世です」

「え!?仲間だったんじゃないの?」

「はい。百年戦争後期では手を組んでいましたが……2人の仲がどのようなものであったかは分かりません。ただ当時の裁判結果と100年以上経って明るみに出たシャルル王の書記と裁判での証言は大きく食い違っている点が多々あります。王が黒騎士に濡れ衣を着せた事だけは事実です」

「何でそんなこと…ッ!」

 

兄が怒りの声を上げた。

 

《ジャンヌ・ダルクの審判の時と同じだよ。シャルル王にとって戦争が終わった事で、王より多くの支持を集めていた彼の存在は疎ましいものでしかなくなってしまったのだろう。彼女の時との違いでいえば、黒騎士は裁判時一切抵抗をみせなかった。濡れ衣を着せられているというのに、一度も否定しなかった》

「それは、何で?」

《分からない。全ては祖国を救うために。裁判で彼はそれしか語らなかった。これは個人的な見解だが、シャルル王と黒騎士の間に何かがあり、2人とも、それを明るみに晒したくないと思っているんじゃないかな》

「黒騎士は王に騙されたんじゃないの?」

《もし、そうだとしたら裁判になんてなる前に状況を改善させたはずだ。黒騎士には、それだけの力があった》

《あえてしなかった、という事か……一体、何を考えているんだ彼は》

 

ドクターが頭を抱え情けない声を上げる。

 

《だから敵に回したくなかったんだ。頭がおかしくなったと思わせて裏でとんでもない計画を練るような奴を相手にするなんて》

「頭がおかしくなったって?」

《イングランドにいた頃、一時期そういう噂があったそうなんだよ。妄言ばかり…って、イングランドにいた頃って今の黒騎士じゃないか!》

 

妄言?そういうタイプには見えなかったけど。どちらかというと、合理的で、だからこそ逃げ道を与えない恐ろしさがある人のように感じた。

 

「ねぇ…今教えてあげることはできないのかな」

 

兄が皆に向けて言う。

 

「今教えてあげたら黒騎士が処刑されることを回避できるかもしれないんだよね?」

《それはダメだ。もし処刑されなかったら、その後のイタリア戦争に彼は参戦するだろう。あれだけ戦果を上げた英雄だ。歴史を変えてしまうかもしれない。そうなれば今度はそこが特異点となる可能性がある》

「ッじゃあ黙っていろって言うんですか!」

《そうだよ。ただでさえ、あちらはこちらに警戒している。これ以上警戒心を煽るような発言は控えた方がいい。それに今は彼のことよりジャンヌ・ダルク救出の方が大切だ》

 

兄は不服そうな顔で黙り込んだ。ダ・ヴィンチちゃんの言い分が正しいことは分かっているけれど納得できないのだろう。

 

「やっぱり、立香の言う通りお願いするしか方法なさそうだね。明日、朝一でお願いしにいこうか。事前に面会許可貰わないとダメなんだよね?今のうちに面会できるか聞いてみよう」

「……。うん」

 

兄は小さく頷いた。黒騎士の未来がショックでまだ受け止めきれていないのだろう。

兄は人一倍感情移入しやすいタイプだから、こういう時立ち直りにそこそこ時間がかかってしまう。

 

「立香、頑張ろ。ジャンヌもジルさんも、黒騎士も。皆で力合わせて戦えばきっと勝てるからさ。私達が頑張って皆を繋げよう」

「……うん」

 

グッと兄は拳を握りしめて頷いた。

 

 

私達は翌日、すぐに黒騎士の元へ向かった。

イングランド軍の対応はフランス軍と同じで、私と兄だけが通されサーヴァント達は別室で監視された。私達は武器を所持していない事を確認されてから黒騎士の執務室に通された。部屋には私たちの他にイングランド兵1人。目の前には、あの恐ろしい兜の黒騎士がいる。

ふと喉が渇いている事に気付いた。我ながら随分緊張しているなと思った。どうにか自分を落ち着かせようと小さく息を吐いて。黒騎士を見た。

緊迫感が漂う空気に耐えきれず、息を呑んだ。

 

「待たせてすまないね。こんにちは、未来から来た子供達」

 

酷く優しい声が目の前から聞こえた。え…、と声をあげたのは私だろうか。それとも兄だろうか。善人としか思えない心安らぐ声に私達は動揺し顔を見合わせた。

 

「もうこの時代には慣れたかい?君達の世界は500年以上先なのだろう?君達にとってここは馴染みのない事が多く、疲れているんじゃないか?」

 

目の前の黒い男は続けて言う。

 

「本来なら王の元へお連れして食事も豪勢なものにするべきなんだが…見ての通り、こんな最悪な事態でね。客人である君達をもてなす事が出来ないんだ。窮屈な思いをさせてしまって、すまないね」

「い、いえ、そんな……あの…貴方が黒騎士なんですよね?」

「そういえば自己紹介を忘れていたな。これは失礼。初めまして、未来の子供達。私はジャック・ブラウン。ブラウンというのはイングランドの伯爵家でね。今は私が当主だよ。といっても、数ヶ月前に当主になったばかりなんだかね」

 

兜越しに見える瞳には、昨日見た紫色だけれど、昨日のような重圧を感じない。本当に昨日会った人と同一人物なんだろうか。中身だけ入れ替わっているのではないだろうか。

 

「随分、私は警戒されているようだね」

 

黒騎士の目がこちらに向けられる。思わず身体がビクリと震えた。

 

「その…昨日の印象と随分違ったので」

 

兄が答える。

 

「そうだね。ごめんよ。私が不甲斐ないばかりに君達に辛い思いをさせてしまったね」

「え…?」

「君達の仲間の2人を拘束している事さ。私も、こんな乱暴な事はしたくないんだが…ああでもしないと自分の部下を納得させられなかったんだ」

「どういう意味ですか…?」

 

また黒騎士の目があった。今度は怖いと思わなかった。

 

「さっきも言った通り、私はブラウン家の当主だが、まだキャリアがなくて。部下から、あまり信頼を得られていないんだ。先代がとても優秀だったのもあいまって、半分以上は形式上私に従ってくれているようなものさ。恥ずかしい話だが、こんな訳もわからない事態でまとめ上げるには等身大の私ではダメなんだ。自分の上に立っている人物は恐ろしく強いと思わせないといけない」

「で、でも…黒騎士は、とても強いって」

「そう。黒騎士は強い。だから私は黒騎士に頼る事にしたんだ」

「え?」

 

謎かけか何かだろうか。首を傾げると、言葉不足だと察したのか、それともその仕草が気になったのか黒騎士は目を細めた。

 

「君達は何故か私を恐れ多い黒騎士だと思っているようだけれど、それは違うよ。この戦争が始まってから今まで黒い鎧を身に纏った者は3人いる。1人は勿論私だが、残り2人を知っているかい?」

「いいえ」

「初めて黒い鎧で戦場に立ったのは王太子なんだ。今から100年くらい前の話なんだが、エドワード王太子は黒い鎧で戦い何度も勝利を収めた。イングランドでは有名な英雄だよ。戦果もその行き過ぎた手口もね」

「行き過ぎた手口…?」

「フランス人へは一切容赦ない方だったからね…100年立ってもフランス人は黒い鎧を見ただけで震え上がるんだ。2人目は、そんな王太子に…いいや、王族に忠義を誓った剣術の天才 オスカー・ブラウン」

「ブラウンって」

「そう。先代だよ。つい数ヶ月前に戦死した」

 

その人って…確か、ジルさんとジャンヌが殺したってダ・ヴィンチちゃんが言ってた人だ。

 

「彼はとても優秀で王族への忠誠心が凄まじく、部下の扱いも巧かった。死した今も彼に仕えたいという部下が沢山いるんだ。おかげで私の命令をまともにききやしない」

「だから、あんな怖い人を演じていたって事ですか…?」

「あぁ。あんまり演技は得意じゃないんだが、背に腹は変えられない。こんな状況で、すぐさま全員従わせる為には私が絶対的な強者であると誤認させる必要があった。黒い鎧もこの兜もその為に必要なものなんだよ。私は、あまり容姿に恵まれていなくて…素面を見られると、女性にも下に見られてしまう程なんだ。けれど、これを身に纏うだけで皆私が恐ろしく強い人であると思ってくれる」

「…ちょっと兜外してもらえますか?」

「それは嫌だ」

 

即答された。顔がコンプレックスのようだ。なんというか…なんだか拍子抜けした。初対面の印象から、口を聞いただけで殺しにかかってきそうな恐ろしさがあったけれど、実際は全然そんな事なくて。もしかしたら私達とそんなに変わらない普通の人なのかもしれない。

 

「ジャンヌ・ダルクとジル・ド・レェを捕らえたのも部下に信用してもらうためだよ。君達とは友好な関係を築きたいと思っていたけれど、彼女らを受け入れれば部下は絶対激しく抵抗する」

「どうにかジャンヌさんとジルさんを解放してもらえませんか」

「勿論、私もそうしたいと思っているが…そのためには君達カルデアが正義であると皆に証明しなくてはならない。気を悪くしないでもらいたいんだが、君達の組織やその目的を素直に信じるのは、とても難しいんだよ。皆が怪しんでいる組織の、それも、あのジャンヌ・ダルクを手放すのは、あまりにも危険すぎる」

 

まぁ確かに。突然未来人です。人理を救う為にこの時代にやってきました、と言って、すぐに信用するのは中々にハードルが高いだろう。私だったら変な宗教だと思って敬遠する。

 

「どうしてそんなに、ジャンヌさんを恐れているんですか。彼女はそんな怖がられる事は何もしないのに。竜の魔女はジャンヌさんじゃないのに」

「ついこの間死んだはずの人間が元気に蘇っていたら怖いだろう?」

「ジャンヌさんはサーヴァントです。たまたま召喚された時代が自分の生きた時代だっただけで、そんな風に扱われるのは納得いきません」

 

兄が不満気に言い返す。

 

「サーヴァント、か…確か、死後祀り上げられた存在を、君たちのいう、魔術的な儀式により召喚された劣化コピーのようなものだったね」

「え…なんで知っているんですか?」

「リッシュモンから話は聞いているよ。地下牢にいるジャンヌ・ダルクがサーヴァントであるということは、あの子は生前の本人に限りなく近いが本人ではない。未来の人間が多く語ったことをベースに作り上げられた限りなく本人に近い別の個体である。あっているかい?」

「あっているけれど…本人だと思っていいですよ。サーヴァント達(みんな)もそんな事意識してないし、本人って思ってくれた方がお互いWinWinなので」

「言葉の定義は大切な事だよ。疎かにしてはいけない」

「黒騎士さん、どうすればイングランド兵士の皆に信じてもらえますか」

 

兄が黒騎士に聞く。

 

「黒騎士さん、はよしてくれ」

「え。じゃあなんて呼べば」

「そうだな…ブラウン将軍、とでも呼んでくれ」

「分かりました。ブラウン将軍」

「ありがとう。さて、どうすれば皆に信じてもらえるか、か。その前に一つ聞きたい。君達の目的について、教えてほしいんだ」

「竜の魔女を倒し彼女が持っている聖杯を回収して、この特異点を修復する事です」

 

兄が即答する。

 

「そのためには、まず仲間を集めなくちゃ…だからジャンヌさんを解放してほしいんです。あとワイバーンをドラゴンスレイヤーのはぐれサーヴァントがどこかにいるはずなんです。まずはそのサーヴァントを探すことが第一目標です」

「分かった。協力しよう」

「…信じてくれるんですね」

 

こんなにあっさりと了承されるとは思わなかったから、思わず口を挟んだ。

絶対もっと揉めるだろうと覚悟してきたのに。助かるからいいんだけど、正直拍子抜けした。

 

「そのモニターや通信機を見せられては信用せずにはいられないだろう?これがあれば、戦争なんて楽に終わらせられるよ」

 

黒騎士…ブラウン将軍はダ・ヴィンチちゃんが映ったモニターと私の通信機を指差した。

 

「ドラゴンスレイヤーのサーヴァントか…居場所はわかっているのかい?」

「それが…リオンにいるはずなんですけど、いなくて。多分、何か理由があって移動したと思うんです。竜の魔女に攻撃されて逃げたとか。今ならリオンの近くにいるかもしれない。俺達、なるべく早くそこに行きたくて」

「であればティエールに行きなさい。兵士を君達につけよう。彼らと共にティエールへ行くんだ。そうすれば、君達はドラゴンスレイヤーのサーヴァントを味方につけるだけでなく、兵士達から信頼を得られる」

 

どういう意味だろう。理解できずにいると将軍は言葉を付け加えた。

 

「ティエールには貯蓄庫があるんだ。今我々は物資が枯渇していてね。どこを歩いても命の危険が伴う今、君達がティエールにある物資をここまで運んでこれれば信頼を勝ち取れるだろう」

「成程……でも、その物資を持っていったらティエールにいる人達が困るんじゃ」

「その点は問題ないさ。どうだ。行ってくれるか?」

「それは勿論」

 

兄が即答する。将軍はそんな兄を見て頷いた。

 

「外はとても危険だろうから気をつけなさい。あぁそうだ。君たちのうち、どちらか1人はここで待機するように」

「えっ、何でですか?」

「全員出ていけば逃亡したと疑われてしまうかもしれないからだよ。君達がジャンヌ・ダルクを庇っている以上、私は表立って君達を庇う事が出来ない立場なんだ。兵士から信頼を得たいのであれば君達は彼らの不安を煽るような事をしてはいけない」

「分かりました。じゃあ俺が行きます」

 

私が止める間もなく兄が宣言した。

 

「よろしく頼むよ。少年」

「立香です。藤丸立香って言います。こっちは妹の六香」

「そうか…期待しているよ、2人とも」

 

トントン拍子に話がいい方向へ進んでいく。思ったよりもずっと将軍が話の分かる人で助かった。

マシュやダ・ヴィンチちゃんから聞いたイメージが先行していたけれど本当は史実よりもずっと良い人だったんだ。良かった。兄が物資を届けられればジャンヌもジルさんも解放してもらえるし、この人も表立って仲間になってくれるだろう。この人自身もだけど連合軍が皆仲間になる意味合いは大きい。

これなら竜の魔女にも勝てるかもしれない。

 

本気でそう思っていた。

 

 

 

 

「ねぇ…初めから、立香達を殺すつもりで送り出したの?」

 

声が震える。黒騎士は、はい、とも、いいえ、とも言わなかった。

 

「仮に今が本当に人類の危機だったとして。この世界で君達のうち、どちらか1人が生き残れば問題ないのだろう?」

 

代わりに彼はそう言った。藤丸立香の身内である私を前にして淡々と告げた。兜の隙間から見える、何の感情もない紫色の二つの光が私を見下ろしていた。私はその時ようやく思い出した。

 

この男がフランスの悪魔と呼ばれていることを。




【TIPS】
ワイン
日本では山が多くあり水質に恵まれているため古くから水を飲む文化があるが、中世のヨーロッパは水質に恵まれていない。すぐに腐ってしまう水をそのまま飲む事は出来ず、アルコールを入れて飲む事がメジャーだった。
庶民は簡単に作れるビール(現代のように美味しいものではない)を、貴族はワインを飲んでいたよう。庶民がワインを飲むのは祝いの席くらいだった。
ジャック・ブラウンのワイン嫌いは、飲み慣れていないことのほかにも理由があるようだが、頑なに話したがらないため不明。


戦況
【カルデア陣営の主なメンバー】
・ぐだーず(マスター)
・マシュ(シールダー)
・ジャンヌ(ルーラー※能力制限あり)
 ┗地下行き
・マリー(ライダー)
・アマデウス(キャスター)
・清姫(バーサーカー)
・エリザベート(ランサー)
・ジル・ド・レェ(人)
 ┗地下行き

【連合軍の主なメンバー】
<ブラウン軍>
・ジャック・ブラウン(人)
 ┗右手の指3本欠損
 ┗ジルとジャンヌに関する全権利を獲得
・ユリウス・テイラー(人)
・フランク(人)
・スペンサー(人)
<リッシュモン軍>
・アルテュール・ド・リッシュモン(人)
 ┗ジルとジャンヌ以外のカルデアメンバーの保護権を獲得

【竜の魔女陣営のメンバー】
・ジャンヌ(竜の魔女)
・ジル(キャスター)
・プレラーティ(キャスター)
・デオン(???)
・聖女マルタ(ライダー)
 ┗消滅
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