最も歪みが少なく難易度の低い第一特異点 百年戦争中のフランスへ降り立ったカルデアのマスター達は現地で出会ったサーヴァント ジャンヌ・ダルクらと、ジル・ド・レェらフランス兵と共にラ・シャリテを拠点とし、調査を開始していた。
しかし、リッシュモンとジャック・ブラウン率いる連合軍により疑いの目を向けられたジャンヌ・ダルクとジル・ド・レェは地下牢に連れて行かれ尋問されることに。
黒騎士は2人を解放するための条件の一つとしてサーヴァントの出没情報のあったティエールに兄 藤丸立香を向かわせた。サーヴァントの情報を公開せずに向かわせた黒騎士に不信感を募らせた妹 藤丸六香は、黒騎士が語る、彼の置かれている複雑な立場に理解を示し始め、カルデアと黒騎士の間には友好関係が築かれようとしている。
そんな時、ブラウン領が陥落したとの情報が入る。
貴族にとって最も大切なものを失った黒騎士は、大した動揺も見せず藤丸六香に問う。
「穴掘りは得意かい?」
??? - 1
「何を恐れる必要があるのです!?貴女はあの男に裏切られ殺された!!今こそ報復の時であるというのに!!」
キャスターが訴える。訴えられた側の聖女は苛立ちを隠す気はないのか不快そうにこちらを見下げた。
「そんなことッ分かっています!私はジャンヌ・ダルク!生前あの男に騙され生きながら燃やされた!!その恨みを忘れたことなどありません!!今この瞬間もあの男への憎悪でこの身が燃え上がってしまいそうな程に…!!」
「えぇそうですジャンヌ!貴女は正しい!!!」
「……そう。そうよね。私は、正しい」
片手で頭を抑え、首を横に振りながら聖女は呟く。その仕草は嫌な記憶から逃れようとしているかのように見えた。キャスターと共にパリへ向かってから、どうも彼女の様子がおかしい。十中八九、黒騎士と何かあったのだろう。
黒い鎧で戦った男は、百年戦争に3度現れている。
1人目はエドワード黒太子。百年戦争を始めたエドワード3世の息子。彼は16歳という若さでフランス王フィリップ6世率いるフランス軍を破り、以降数々の戦いでイングランドの勝利に貢献した。最期は当時の流行病ペストに感染し生涯を終えたが、もし彼が長く生きていればフランスはイングランド支配下となっていただろう。
2人目はオスカー・ブラウン。爵位は伯爵。剣術の天才だった彼は狂信的な愛国者であり幼い頃から王へ忠誠心を誓っていた。特に祖国へ大きく貢献したエドワード黒太子を敬愛しており、故に黒い鎧を選び、黒太子と同様イングランドの勝利に貢献した。
3人目はジャック・ド・フゥベー。言わずと知れた世界有数の裏切り者。百里先の敵の頭に矢を命中させたという驚異的なエピソードから察するに弓術の天才かつ異常な視力の持ち主。中世ヨーロッパで騎士の誇りという概念が潰えた要因のひとつともいえる彼の非道な戦略、奇策の数々、兵器への探究心は、この世を中世から近世へと変えた。更に後世にて聖女と讃えられた幼馴染をこの時代最悪な死刑とされていた火刑に処したこと、スパイ時代の仲間を率先して殺していたこと、親しくしていたはずの貴族を没落させたこと、最終決戦ではイングランド兵士を皆殺しにするまで砲撃し続けたこと等、とても人間とは思えない行動の数々から未だに彼は恐れられ”フランスの悪魔”と呼ばれている。
この時代には、3人目の黒い鎧の男が生きている。いくらフランスの悪魔とはいえサーヴァント相手では苦戦するだろうと予想していたが。聖女のあの様子を見るに、評価を改めなくてはならないようだ。
「報告しても良いか?」
一向に興奮冷めやらぬ様子の聖女に声をかける。
「
「あの黒いバーサーカーが暴走した」
「あら、いいじゃないですか。どうせこちらの命令をまともにきけないサーヴァントです。好きに暴れてもらって結構」
「
「あぁそう。そういう性質の英霊とは知りませんでした。いざとなればジルの宝具でも被せて操ってあげれば済むでしょう。私は新たな英霊を召喚します。貴方達は各地に戻って虐殺を再開しなさい。バーサーク・セイバー シュヴァリエ・デオン。バーサーク・ランサー ヴラド3世。バーサーク・キャスター ジル・ド・レェ。バーサーク・アサシン カーミラ…いえエリザベート・バートリー」
聖女はこの場に集った英霊の名を喚ぶ。その中に、この砦にいるあの男の名はなかった。
「ジャンヌ、一体どなたを召喚されるおつもりで?」
「そうね…
聖女を崇拝しているはずのキャスターが何も言わないのは、あえてだろうか。それとも奴も聖女と同じなのだろうか。
いずれにしても、この場は茶番だ。玉座にいるあの聖女は、そこに座らされているだけの偽りの王の可能性が高い。真の王は別にいる。
…では真の王とは、誰だ?あのキャスターか?少年の姿を模した彼か?……現状の状況だけでは、そこまで追いきれんな。
「では、失礼する」
このような思考は不要と判断し聖女に背を向け歩みを進める。
招集された部屋を出てすぐ、遠くにあの男がいることに気付いた。
「……待て」
カツカツとゆっくりと歩くその男に声をかける。
「貴様の正体は……否、もはや今そのような問いは不要か… 一つだけ問わせてもらおう。貴様の目的はなんだ?一体何を望んでいる?」
白髪の男。この男と会ったことは一度もないはずだ。だが、何故だろうか。この男を見ているうちに何故か悪寒のようなものを感じる。この男と向き合ってはいけないと本能が告げている。
男は足を止めた。
「私の目的はただ1つだけ」
白髪の男は振り返る。薄暗い室内で奴の金色とも橙とも取れる色の瞳だけが不気味に輝く。その瞳に強い意志を感じた。
「全人類の救済だよ。
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藤丸六香 - 6
キツすぎる。地獄ですか、ここは。神様、仏様…誰でもいいし何でもするから、この環境から救ってほしい。
「おい!手止めるな!」
「ひぇっ…は、はい」
ちょっと休憩しただけで、この言われよう。日本のブラック企業ってこんな感じなのかな。だとしたら一生学生でいたいな。
"穴掘りは得意かい?"
あのあと、私達は本当に穴掘りをさせられている。
将軍の部屋を追い出されたかと思ったら、沢山の連合軍兵士と一緒に数十メートルも先に城壁を越えた辺りまで歩かされて。ようやく止まれと言われたと思ったら、鉄製の重たいスコップを持たされ城壁周辺の土を掘るように命じられて。
数時間、ずっと掘っている。
ただてさえ重たいスコップで、だんだんと盛り上がっていく土の山に土を被せていく作業は、いうまでもなく重労働。なにこれ、土木工事でもするんですか。この土何に使うんですか。
不満だらけだけど、口に出さないのは私以外のカルデアメンバーは勿論、周りにいるイングランド兵もフランス兵も皆黙々と穴掘りをしているから。…数人作業せず偉そうに指示飛ばしている兵士もいるけど。多分あの人たちはここを任されている人なんだろう。階級社会を感じる…。
「…あの、この土は何かに使うんですか?」
「黙って手を動かせ。次口開いたら土を詰めるぞ」
…日本のブラック企業は、ここよりマシだといいな…。
それから数日間、私達は一日中穴掘りをさせられた。
ジャンヌもジルさんも助けられず、はぐれサーヴァントと出会う事も出来ず。進展なし。ただ身体だけが疲れ果てるという状況が何日も続いた。
床で寝るのと変わらない固さを誇るベッド、人権を失ったと思うほどの連合軍ご飯のまずさ、全員汗だらけ泥だらけなのにシャワーを浴びる事も出来ない衛生管理の終わっている拠点、更に慣れない肉体労働を1日10時間以上強いられる環境は、確実に体力もメンタルもすっかりやられてしまっていた。
唯一の肉親の兄や、監視の兵士にバレないように私の分も穴を掘ってくれるサーヴァントの皆がいなかったらとっくに病んでいたと思う。
*
状況が変わったのは、それから更に数時間後。
《サーヴァントの反応を確認!西側の…3キロ以内に一騎、単身でこちらに向かっています!》
「敵か!全員作業を中断し拠点内へ戻れ!閣下の指示があるまで待機!!」
その頃には敵サーヴァントが来てくれたおかげで解放された、と歓喜する程に参っていた。
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ジャック・ブラウン - 3
「ブラウン領がおちました。領内に生存者なしとのこと。兵は何割か置いてきたのですが、ダメだったようです。おそらくサーヴァントに襲撃されたのでしょう」
「……冷静だな。自分の領民が、悲惨な目にあったというのに」
「こうなる覚悟はしていたので…寧ろ、あのタイプ相手に、よくここまで生き延びれたものだと感心しました。それよりも、ラ・シャリテ要塞化計画の進捗が気になりますね」
「…そうか。ではダニエル、報告を頼む」
こうして真正面から大元帥の顔を見ると、随分分かりやすく気を遣ってくれる人だと気付いた。
確かにブラウン領が落ちた事は衝撃的だったが…あくまで領内に生存者がいないという報告を受けただけ。周辺地域はそこまで被害を受けていないはずだから、そこらに逃げた可能性がある。敵が領民の顔を全員覚えている訳がないから逃げ込んだら、もうそれ以上追われなかったという可能性もゼロではないのだ。
「はい。現在ラ・シャリテを覆うように堀を作っているところです。また、同時に地下通路計画も着手しております。堀は、本日中に完成する模様です。地下通路はまだ3割ほどですが、明日以降堀作成を担当していた人員を割り当てられますので、飛躍的に進む想定です」
「おおっ、早いな!皆にご苦労と伝えてくれ」
「はっ!」
「しかし、各地の被害も広がりつつあると聞く。ここは人員を増やし、早急に要塞化を完了させ他への支援に乗り出すべきだろう」
「いえ、既に割り当てられる最大数を投入しているので、これ以上の増員は難しいでしょう」
反対されると思っていなかったのか、大元帥は片眉をあげ不信感を露わにした。
「要塞化計画に、イングランド軍は5割ほどしか割り当てていないだろう」
「はい。残りは拠点内の防衛に努めています」
「5割も防衛が必要とは思えないな…」
「…さすがに大元帥殿の目は誤魔化せませんか。実はラ・シャリテに大砲の研究施設があると伺いまして。そちらにも人員を割いています。攻撃は最大の防御策ですから」
「来る日に備え、砲弾の数を増やしておきたいという訳か」
「えぇ、そんなところです」
砲弾の数を増やしている事も事実だが、施設利用の目的は別にある。
現状の大砲は、世界を破壊するかのような音を立てる割に殺傷能力は高くなく命中率も低い。あれで敵を攻撃するよりも、あの音で敵兵を怯ませる事の方が効果的と言われるほどだ。それでも一流の砲兵が使えばワイバーンや兵士相手であれば効果はある。が、サーヴァント相手では、ただの石ころに成り下がるだろう。今の我々はサーヴァントを前にした時、あまりにも無力すぎる。
欲しいのは、現状の砲弾を超える威力がありロングボウ以上の命中率のある攻撃。形状は大砲でも弓でも何でも良い。せめてサーヴァント相手に威嚇攻撃ができる程度の武器が必要なのだ。
一応頭の中でイメージしているものがあるが専門外の私が考えてもお門違いもいいところ。この技術革新については、ブラウン軍第7班主導で動いてもらっている。
「君の気持ちは分かるが、砲弾より味方の救助を優先すべきじゃないか?四方八方がおとされてしまったら…」
「現状は情報が錯綜しております。下手に外に出れば兵士を死なすだけ。今は外へ出れるだけの戦力をつける方を優先すべきです。大元帥殿のお気持ちもご尤もですが、私には、こんなに窮地に追い込まれた状況で、研究施設が現存している状況が神のお導きの様に感じられてならないのです」
「…分かった。許そう。だが、そこまでいうなら独断の偵察はやめてもらおうか。君が死ねば連合軍の士気が下がる」
「……独断の偵察、ですか」
「伯爵殿。知らないふりはやめてくれ。早馬から君によく似た背格好の人物をランスで見かけたとの話を聞いた。声をかける暇もなく消えてしまったと言っていたよ。全く、せめて情報収集に出るのなら私に一声かけてくれ。これは十分両軍の合意を得て動くべき案件だぞ」
「…左様ですか」
背筋が凍りつく。
私は、ラ・シャリテに入ってから一度も北上していない。フランスの北部に位置するランスで私がいるとするのなら、それは私ではなく、他人の空似か、サーヴァントの私。
……。…最低でも連合軍に属する全ての兵士に、ジャンヌ・ダルクとジル・ド・レェが味方であると認識させなければならない。それも、なるべく早く。そうでなければ次牢に入るのは私だ。
同じ人物だからといって、サーヴァントの自分が味方であるとは限らない。もし
絶対に、内乱だけは避けなくてはならない。そのために、連合軍から彼らへの信頼度を上げる必要がある。
つまり連合軍。特にブラウン兵がカルデアに心を許す状況を作り出す必要がある。前回の物資輸送と今の共同作業だけでは、まだ足りない。
たとえサーヴァントの私がラ・シャリテを襲撃しても、私とソイツは別物であると認識させるために。私に疑いの目を向けられる事がないように。なるべく早く、カルデアを信用し地下にいるジャンヌ・ダルクと竜の魔女は別物であると認識させなければ。
「失礼します!!」
突然、扉が勢いよく開かれた。誰だと目を向けると、息を荒くしたフランス兵が敬礼し扉前に立っていた。
「ご無礼をお許し下さい。至急お伝えしたいことが」
「許そう。何があった?」
大元帥が問う。
「はい。西側よりサーヴァントがこちらに侵攻しているようです!」
「数は?」
「カルデアがいうには、単騎と」
「!」
なんてことだ…!
突然の報告に全身が痺れる。
これは、これは。
とんでもない好機だ。
「始末する。いいな?」
「いいえ、捕獲を目標にしましょう」
「何を言っている。相手は君ですら苦戦した"サーヴァント"なんだぞ。捕獲など」
「出来るはずです。こちらにもサーヴァントがいるのだから」
「…しかし、今ここで損害を出せば」
「大元帥、私はカルデアを信じております。あの者達であれば、きっとこの状況を打開できる。我々では到底超えられない難問も彼らならば、不可能を可能にする力があると」
大元帥の目が大きく見開かれる。
「一度サーヴァントと対峙したからこそ言わせていただきますが、サーヴァントの数が増えた時の影響は、兵士のそれとは比べ物になりません。単騎相手に複数騎で挑めば、目的は達成できると確信しております」
「…そうか。正直、君がそこまでカルデアを信じているとは思わなかった。しかし、慎重な君がそこまで断言するとは、カルデアは私が思っている以上に優秀のようだ。君とカルデアを信じよう。目標は、敵サーヴァントの捕獲で合意する。君も、皆にそう伝えてくれ」
「はっ!…して、作戦はどういたしましょうか?」
「弓兵と砲兵だけ持ち場へつくように。目標は敵の捕獲だが、殺すつもりで攻撃して構わない。歩兵、騎兵は待機。両兵の役割はカルデアのサポートとする。弓兵と砲兵は彼らを攻撃しないよう注意を払ってくれ。敵の捕獲に貢献したものには褒美を与える。こんなところで、いかがでしょうか」
「悪くないな。今のを各兵士に伝達するように」
「はっ!」
フランス兵はリッシュモンが頷いた事を確認してから敬礼した。
「念の為聞くが、流石の君も王妃を前線へ送り込むつもりはないだろうな」
「…と言いますと?」
「王妃は来賓室で匿う。無論、我が軍で護衛を割り当てる」
絶句した。正気なのかこの人は。
「何名、割り当てるつもりですか」
「我が軍の精鋭を5名ほど。案ずるな。無論ブラウン軍から出させたりはしない」
「……大元帥。あの者は王妃であられる前にサーヴァントです」
「口を慎め。逆だ"黒騎士"。あのお方は王妃であられるのだぞ。これは決定事項だ。我々は王妃を失う訳にはいかない」
「ッ……。良いでしょう。この緊急事態で長話を楽しむほど私も変わり者ではありません」
感情を噛み殺し承諾する。
この様子では、あのサーヴァントは戦力にカウントしない方が良いだろう。フランス兵が奴の護衛で人員を削られている分、マイナスと考えた方がいい。サーヴァント一騎の戦闘力は
その上、これは事実上リッシュモン側がカルデアに接触しやすい環境を与えてしまっている事になる。とても無条件で許可できる話ではない。
「カルデアには、敵を捕獲せよ。手段は問わない、と伝えておいてくれ」
「はい。では、失礼致します」
敬礼し素早く部屋から出ていくフランス兵を見送る。
今度は派手な音を立てずに扉を閉めていたから、我々と会話し大分落ち着きを取り戻しているのだろう。伝令も問題なく伝わりそうだ。
「褒美とは、地下にいる2人の解放のことか?」
「お気付きでしたか。おっしゃる通り、カルデアからの情報が真実であるのならば、兵士達はサーヴァントに傷一つつけられない。兵士達はそれほどの強敵がカルデアが捕獲する瞬間を目の当たりにする事になる。褒美を与える事は事前に宣言されている事ですので、2人の解放に反対する兵士は少ないでしょう」
「それでもゼロではないのか…反対する兵士はどうする?」
「反対する兵士がいるとしたら、我が軍です。責任者として、どうにかします」
「…ふむ。分かった。君の技量を信じよう。距離からして、数十分後には噂のサーヴァントとやらが到着するな。騎兵だといいが」
「その場合、堀を飛び越えられるほどの足を持っていない事を祈る事になりますね」
それにしても、単騎襲撃か。
以前カルデアが撃退した時も単騎。私が竜の魔女に襲撃された時も、プレラーティと竜の魔女の間で連携がとれているようには見えなかった。全員が実力者故に統制がとれていない、といった状況だろうか。最近は竜の魔女らしい火あぶりの被害も聞かない。
"貴様は、一体誰だ……ジルに、何をされた?"
"私はジャンヌ・ダルク!!!お前の言葉など信じるものか!!!!"
思い出すのは、酷く動揺した女の姿。あの時は一時的に動揺しているだけだと思っていたけれど。思いの外あんな言葉が、あの女には、きいているのかもしれない。
滑稽だな。あんな言葉で揺らぐという事も、自身がジャンヌ・ダルクではないと証明してしまっているが、本人は気付いていない。とはいえ、流石に完全に戦線離脱した訳ではないはず。
奴が戦意を取り戻す前に連合軍の地盤を固める。そうすれば、勝利へと一歩近づく。
まずはその礎として、今回の襲撃にカルデアが貢献する必要がある。
「いずれにしても、今回で未知数だったカルデアの真の力が見られるでしょう」
「そうだな。ひとまず我々はここで報告を待つか」
「私は、この目で見させていただきます。今後の彼らとの関わり方に影響しますから」
「…ハハ、実に君らしい言葉だ」
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藤丸六香 - 7
瞼が重い。というか頭が重い。身体はその数倍重い。
それでも今この瞬間だけは、死ぬ気で集中しないといけない。そうしないと文字通り、命が危うい。
"全員作業を中断し拠点内へ戻れ!閣下の指示があるまで待機!!"
あの後、ようやく労働から解放され、ヘロヘロ状態で拠点に戻った、数分後出撃命令が来た。カルデアスタッフが検知した敵サーヴァントを捕獲せよという命令が。
何で倒すんじゃなくて捕まえるんだろう。理由を聞いたけれど早く行けというだけで教えてくれなかった。…こっちは既に足が生まれたての子鹿並みに動かせない程疲弊しているのに。私達が敵を倒すのなら、あの穴掘り作業は免除してほしい。この戦いに勝ったら、リッシュモンさんに頼んでみよう。あの人なら将軍を説得してくれそうだ。
リッシュモンさんといえば、ここ 城壁の外側に来る前、マリーを連れて行ってしまった。なんでも、王妃だから出撃はダメだとか。…確かに王妃だけど、私達と一緒に戦ってくれる仲間でもあるのに。マリーは私達と行くと言ってくれていたが、リッシュモンさんは頑なだった。あの様子じゃあの子は外に出させてもらえなさそうだ。めっちゃ困る。将軍に頼んで説得してもらいたい。将軍ならリッシュモンさんを説得してくれそうだ。
「やぁ、君達。君達がカルデアで間違いなさそうだね」
西側から接近というカルデアスタッフのいう通り、敵サーヴァントは西側からやってきた。正面からくる辺り、アサシンクラスではなさそう。剣を持っているし、セイバーだろうか。容姿も身体つきも中性的な女性だった。
「健勝なようでなによりだ」
…彼女には、ボロボロな私と兄が見えないのかな。連日の重労働のせいで、既に満身創痍なんだけど…もしかして、前に遭遇したライダーと同じように、竜の魔女に狂化をかけられているせいで、言動がおかしいのだろうか。
「……王妃は、いないのか」
「マリーさんのこと?知り合いなのか?」
兄が警戒しながら問う。
「………」
「えぇっと…あの人は、色々あって。ここには来れないと思う。伝言があるなら」
「良い。いないのなら好都合だ。あのお方に、こんな姿を見せずに済むのだから」
「…やっぱり、君にも狂化がかかっているんだね」
「あぁ。故に此度は悪に加担するが、我が剣に曇りはない」
「やめられないのか?俺たちが聖杯を手に入れて、その狂化を解くとかは」
「ありがとう。君は優しいんだね…悪いが、この狂気、抑えられそうにない。私を思うのなら、全力で私を殺しに来い。この悪夢を滅ぼすために…っ!」
突然、右側から空気を切る音と強風が襲ってきた。
なに。なに。なに?今、何が走り去っていった?敵?どこ?
目が回る。目不足で気持ち悪い中、目を必死に動かす。遠くの地面に矢が突き刺さっている。あれは、最初からあそこにあったものだったっけ。
《ロングボウだ!リツカ君!レイカちゃん!マシュ!掘の中に入って!》
「は、はい!」
今一体何が起こっているのか分からないまま、必死に走る。走って堀の中に入る。入ってみて気付いたけれど、この堀、結構深い。堀の中で立っても地上が見えない。
「ドクター、ロングボウって誰?」
《人じゃなくて、この時代のイングランド軍の弓の名称だよ。イングランド兵が背中に長弓背負っていただろう。あれの事さ》
「そうなんだ…じゃあさっきの攻撃って」
《うん。味方だ。サポートしてくれているんだろうけれど、距離が遠いからか、2人のところにも飛んできそうだったから、誤射しそうにない堀の中に避難してもらったという事さ》
「なるほど」
《ブラウン将軍に、この攻撃をやめさせるように言うから、それまでここで避難してくれ》
「了解」
《それ、許可降りないと思うよ》
ダ・ヴィンチちゃんが割って入った。
《竜の魔女を倒すために作られた連合軍が敵を目前にして何もしない、は体裁上許可できない。物理攻撃のきかない飛び道具を使われても迷惑だと言いたい気持ちは分かるが、これはこの時代を生きる彼らのメンツに関わる話だ。大変困る話だが、我々が言ってどうこう出来る話じゃない》
《っだからって何もせずに皆を危険に晒し続けるわけにはいかない!とにかく、彼に通信を入れてみる》
「ドクター…!」
《…ひッ。あ…ロマニ・アーキマンです。あ、そう!僕がドクターって言われている…っあ、はい。えぇっと、きゅ、弓兵を撤退させてくれないかなぁっと…っひぇえっ!!あ、無理ですよね!はい!ハイ!》
「……ドクター…」
多分今聞こえたのが将軍との通信だろう。声が全部裏返っている。頼りなさがいつもの倍感じる。これは酷い。
今後も敵が来たら背後の味方に怯えながら戦うことになるんだろうなぁ。堀作ってて良かった。
《だからといってマスターの安全が守られない状況を我々も受け入れるわけにはいかない。君の名誉のためにマスターを危険に晒すというのなら、我々は連合軍配下につかない》
ダ・ヴィンチちゃんの声だ。多分、将軍に言っているんだと思う。心なしか、いつもより声色が硬い。
「マスター!先輩!伏せてください!」
頭上に影ができる。マシュの盾だ。何かがぶつかっている音がする。前方からも音がする。エリーと清姫、アマデウスが連携して戦っているようで3人の声もする。
《構わないとも。我々にとって1番大切なことはマスターだ。前回の通信機破壊と情報共有の怠り。今回のこの仕打ち。何発かは明らかにマスターを狙っている軌道だ。これ以上は我々への侮辱だ》
「え…」
それって、味方の中で私達を狙っている人がいるって事…?
しゃがんだまま、後ろを見上げる。至る所からキラキラと輝く何かが見える。多分、ロングボウの矢の先端が太陽に反射して輝いているように見えるんだろう。
…一体どれが、私達を狙っていたんだろう。
《いいや、マスターが不利になるような行いを一切しない事を宣言してもらわないと、こちらも引き下がるわけにはいかない。そもそも先の敵サーヴァントを捕獲せよという命令だが、サーヴァントが霊体化できる以上捕獲したところで逃げられるのがオチだ。見たところ敵は本来こちら側の人間だが狂化で無理やり従わされている。マリー・アントワネットのことを気にかけていたから、その年代の優秀な人物だと思われる。そんな相手に捕獲は……。根拠はあるのかい?……。今の話は聞かなかったことにしておく》
何の話をしているんだろう。会話が聞こえているであろうドクターは引き攣った顔をしている。ダ・ヴィンチちゃんですら眉間に皺を寄せている辺り、将軍が酷いことを言ったんじゃないかと心配になる。
《それで、連合軍がマスターを攻撃した場合はどうする?…。良いだろう。それで手を打とう》
険しい顔で将軍と交渉していたダ・ヴィンチちゃんは、私と目が合うと表情が和らいだ。
《ブラウン将軍と交渉ができたよ。今回、敵サーヴァントを我々が捕獲する事を条件に。今後は君達に害する行いを一切禁じ、ジャンヌ・ダルクとジル・ド・レェの解放を約束させた。もし約束を破った場合、その回数分連合軍の食糧をいただく事で合意だ》
「ありがとう、ダ・ヴィンチちゃん。でもご飯はいらないんだけど…」
連合軍のご飯はまずい。本当にまずい。パンは煉瓦かよってくらい硬いし、お肉もあんまり美味しくない。野菜は味付け忘れたのかなと思う味だ。
《まぁそうなんだが、向こうにとって食糧は死活問題なんだ。裏切られる訳にはいかないから、向こうの大切なものを差し出せという交渉をしたわけさ》
「なるほど!流石ダ・ヴィンチちゃん」
《私は天才だからね》
「うん、知ってる」
《ワイバーンも来ているね。あっちはロングボウ兵が倒しているみたいだ。全く、全員が全員こちらに敵意がある訳ではないから厄介だな》
《今回限りなら、なんとか耐えるしかないな…3人とも、すまないが今回はそこで防御に徹してくれ。敵サーヴァントの方は大丈夫。敵はセイバークラスだけど、前衛のエリザベートがメインで、清姫が後方から攻撃、アマデウスは後方攻撃と2人のサポートしている状況だよ。人数差がある上、こちらはお互いの得意分野をカバーしあっている。対する敵は、聖女マルタよりも狂化が進行しているようだね。攻撃が単調すぎる。悲しいが、あれは、もうセイバーじゃなくて、
「…そっか」
隣で兄が歯噛みしていた。気持ちはよく分かる。
"ごめんなさい。ジャンヌ・ダルク。血で…汚しちゃったわね。代わりに…少しだけ……教えてあげる…から"
"いないのなら好都合だ。あのお方に、こんな姿を見せずに済むのだから"
"ありがとう。君は優しいんだね…悪いが、この狂気、抑えられそうにない。私を思うのなら、全力で私を殺しに来い。この悪夢を滅ぼすために"
聖女マルタも、このサーヴァントも、本当は良い人なんだって分かるから、余計に狂化されている事が悲しく感じる。どうする事もできないから、より辛く感じる。
だからこそ狂化されてしまったサーヴァントは倒すしかないと思う。
"聖女マルタ…貴女は"
"そんな顔しない…良いのよ。これで、良いの……全く。聖女に…虐殺させるんじゃ、ないってぇの…"
少なくとも聖女マルタは無傷の時よりも、ジャンヌに霊格を破壊された後の方がずっと幸せそうだったから。
《敵サーヴァントの捕獲に成功!》
《よし。意識を失っている今のうちに、連合軍トップに引き渡そう》
カルデアスタッフの安心した声が通信機から聞こえる。
そうだった。今回は、倒すんじゃなくて捕獲するように言われているんだった。やっぱり、何で捕獲なのか気になる。この人はもう、狂化が進んでしまっているから仲間に引き入れる事も出来ないだろうし。
連合軍は狂化された人を目の当たりにしていないから仲間にできると考えているのかな。でも絶対それは無理だって伝えていたのに。
砦の方から将軍とイングランド兵が歩いてくる。敵サーヴァントを引き取りにきたのだろう。
「あの、この人はどうなるんですか?」
部下にサーヴァントを拘束させている将軍に、兄が聞く。
「捕虜にする」
「え!?でも、この人狂化されていて」
「そうだね。もし暴れるようだったら、それ相応の対応をするしかなくなるな」
それ相応の対応…。多分、言う事を聞かないと殺してしまうという事なのだろう。狂化されている以上、素直に言う事を聞くはずがないので、様子を見てすぐ殺してしまうんだろう。
「地下牢へ連れて行け」
「はいっ!」
しかし、私の予想に反しバーサーク・セイバー シュヴァリエ・デオンは数日間地下牢に拘束されることになった。拘束中は連合軍による尋問を受けていたようだけど、どのような尋問が行われていたか公開される事はなかった。
【TIPS】
ブラウン軍の派閥
ジャック・ブラウンがブラウン家に迎えられる前から所属している兵士と、その後に所属した兵士とで派閥が二分されている。前者は先代当主を敬愛しており、先代を殺したジャンヌ・ダルク、ジル・ド・レェを毛嫌いしている。勿論、彼女らと手を組んでいるカルデアのこともよく思っていない。
後者は現当主を評価しているため、彼が契約を違えない限り命令に背くことはない。
なお、ジャック・ブラウンは先代が後継者に任命したことから、ジャンヌ・ダルク達が現れる前までは統制のとれた軍だった。
戦況
【カルデア陣営の主なメンバー】
・ぐだーず(マスター)
・マシュ(シールダー)
・ジャンヌ(ルーラー※能力制限あり)
┗地下行き
・マリー(ライダー)
・アマデウス(キャスター)
・清姫(バーサーカー)
・エリザベート(ランサー)
・ジル・ド・レェ(人)
┗地下行き
【連合軍の主なメンバー】
<ブラウン軍>
・ジャック・ブラウン(人)
┗右手の指3本欠損
┗ジルとジャンヌに関する全権利を獲得
┗ブラウン領 壊滅
・ユリウス・テイラー(人)
・フランク(人)
・スペンサー(人)
<リッシュモン軍>
・アルテュール・ド・リッシュモン(人)
┗ジルとジャンヌ以外のカルデアメンバーの保護権を獲得
・ダニエル(人)
【竜の魔女陣営のメンバー】
・ジャンヌ(竜の魔女)
・ジル(キャスター)
・プレラーティ(キャスター)
・デオン(セイバー)
┗地下行き
・ヴラド3世(ランサー)←NEW!!
・エリザベート(アサシン)←NEW!!
・????(???)←NEW!!
・黒いバーサーカー?(バーサーカー?)←NEW!!
・聖女マルタ(ライダー)
┗消滅