最も歪みが少なく難易度の低い第一特異点 百年戦争中のフランスへ降り立ったカルデアのマスター達は現地で出会ったサーヴァント ジャンヌ・ダルクらと、ジル・ド・レェらフランス兵と共にラ・シャリテを拠点とし、調査を開始していた。
しかし、リッシュモンとジャック・ブラウン率いる連合軍により疑いの目を向けられたジャンヌ・ダルクとジル・ド・レェは地下牢に連れて行かれ尋問されることに。
黒騎士は2人を解放するための条件の一つとしてサーヴァントの出没情報のあったティエールに兄 藤丸立香を向かわせた。サーヴァントの情報を公開せずに向かわせた黒騎士に不信感を募らせた妹 藤丸六香は、黒騎士が語る、彼の置かれている複雑な立場に理解を示し始め、カルデアと黒騎士の間には友好関係が築かれようとしている。
そんな時、ブラウン領が陥落したとの情報が入り、更に数日後今度はラ・シャリテに敵サーヴァント デオンが現れる。途中、マリー・アントワネットがフランス軍に奪われてしまうトラブルに見舞われたが、全連合軍の前で命令通り敵サーヴァントを捕捉したカルデアを見て、ジャック・ブラウンは行動を起こす。
藤丸六香 - 7
広大な空間に整列する兵士達。まるで全校朝礼のようだ。前日の夜更かしのせいで眠くて仕方がなくて。そんな文句を言いながら校庭に向かい背の順で並んで、壇上に先生が立つまで友達とひそひそ声で話していた。
あの時の私達と同じように壇上に立つのを待っているリッシュモン軍とブラウン軍は全員口を閉ざしている。やっぱり洗練された兵士達は違うなと尊敬すると共に何とも表現しがたい怖さを感じた。不安そうな顔でひそひそ話をしているジルさんの兵士達の方がよっぽど親近感がわく。
キョロキョロと周りを見ている間に壇上にはリッシュモンさんが立っていた。隣には拘束されているジャンヌとボロボロのジルさん、3人から少し離れたところに将軍がいた。
リッシュモンさんは軽い挨拶をした後、すぐに本題に入った。
「本日、我々は竜の魔女配下のサーヴァント バーサーク・セイバーの拘束に成功した。奴は今、地下牢で何重もの鎖で縛り上げている上に数十名の兵士監視のもとにある。諸君、地下牢には竜の魔女との繋がりが疑われたジル・ド・レェ、ジャンヌ・ダルクを拘束していた。しかし、両名と信頼関係にあったカルデアがサーヴァントの中でも最優クラス バーサーク・セイバーの捕獲に全面的に協力してくれた。彼らの協力なしに敵の捕獲は不可能だった。最悪の場合、ここで全滅していただろう」
ひそひそと話していた兵士達も周囲ばかり気にしていた私も今はリッシュモンさんの話を夢中で聞いていた。数千人もの兵士が集まるほどの広い空間でも静粛は保たれているおかげで、リッシュモンさんの肉声はよく聞こえた。
「我々はカルデアを正式に仲間として迎え入れる。バーサーク・セイバー捕獲の褒美として彼らが要求したジル・ド・レェ、ジャンヌ・ダルクの解放も受け入れる」
そう思ったのも束の間。すぐにざわつき始めた。方向からして…いや、宣言された内容からして間違いなくブラウン軍だ。
「我々は」
「ふざけるなぁ!!売国奴が!!」
「落ち着け。まだリッシュモン大元帥が」
「連合軍にテロリストを引き入れるつもりか!?フランス最後の騎士が!聞いて呆れる!!」
リッシュモンさんの声をかき消すようにブラウン軍が叫び始める。
"先代の黒騎士である彼の父は、ジャンヌ軍と戦っていたが援軍としてやってきたジル・ド・レェに討ち取られたのだよ。つい数ヶ月前のことだ"
”私達は、ついこの間までフランス人と殺し合いをしていたんだ。そのフランス人の王妃を名乗る女と、魔女として処刑したはずのジャンヌ・ダルクを率いる君達を無条件で連合軍へ迎え入れる訳にはいかなかった”
数日前にリッシュモンさんと将軍に言われた言葉が脳裏をよぎった。将軍が危惧していた通り、ブラウン軍の中には今も猛反発している兵士達がいる。ブラウン軍兵士の中でも表立って反対しているのは数人だけ。抑えようとしている人達がいる辺り、兵士達の中でも反対派と賛成派がいる状態のようだ。
「静粛に!!!我々は、ここにいるジャンヌ・ダルク、ジル・ド・レェを条件付きで。そして、そこにいるカルデアを無条件で仲間として迎え入れる!!これは両軍の決定である!!!よって」
更にざわめきが大きくなった。リッシュモンさんの声が全く聞こえない。リッシュモンさんもそれ以上話す事は無駄だと悟ったのか口を閉ざした。
「無条件だと…!?馬鹿な。何を考えているんだ!?」
「フランス王妃が加わるって…ヘンリー王とシャルル王も認めたのか!?」
「連合軍の決定権は両軍トップに一任されているんだろ。知らないんじゃないのか?」
「王妃が前線に来るわけないだろ。あんなトチ狂った女の言葉を信じるな」
「そんな事より今の話。折角捕えたジャンヌ・ダルクを野放しにするって事だぞ!見ろ、奴に傷ひとつない。尋問がうまくいなかったんだ。あんな奴を自由にさせたら、また被害が」
「問題はジャンヌ・ダルクよりジル・ド・レェだろ!奴は内通者って話じゃないか!ただでさえ戦争のルールを守りもしないクソ野郎なんだ。あんなのが放たれたら、もう戦いもクソもねぇだろ!」
どんどん声が大きくなり、ついには怒鳴りあうような声すら飛び交い、ついにはブラウン軍の兵士同士軽く土付き合い始めた。まずい…このままじゃとんでもない事になっちゃう。
縋る思いで壇上に目を向けると、さっきまで見守るように後ろに立っていた将軍が前に出てきた。それと同時に、ブラウン軍兵士の大きな声がとんできた。
「閣下!!今の話は本当ですか!?竜の魔女と戦争犯罪者を無条件で仲間にするなんてフランス軍の暴挙を貴方は許すんですか!?」
「ここにいるジャンヌ・ダルクと竜の魔女は別人だ。彼女を拘束して何日も経過しているが、竜の魔女による犯行は止まらない。それが何よりの証拠だろう。ジル・ド・レェに関しても、確かに彼は過去許されない違反行為をしたが、レェ軍、そして本人の全権利を連合軍が占有する事を条件に、不問とする」
「正気ですか閣下!!?」
「相手が誰だか分かっているんですか!!そいつらは貴方の復讐相手ですよ!!!」
「特にジル・ド・レェは!!!奴だけは許してはいけない!!!よりにもよって、何故貴方が受け入れるのですか!!」
ダメだ。止まらない。どんどん白熱していく。いつ暴動に発展してもおかしくない。そう思うほどの勢いと熱量に身が竦む。
清姫も警戒しているようで、武器である扇子越しに様子を窺っていた。
「閣下!!貴方は奴らが憎くないのかぁあ!!!」
「憎いとも!!!!!」
突然将軍が声を張り上げた。兵士達より、ずっと大きな声だった。
「憎いとも!!私を愛してくれた、かけがえのない我が父を殺した魔女どもを一体どうして憎まずにいられようか!!!今目の前に奴らがいる。私には奴らを殺すに足る力がある!!!今なら簡単に奴らを殺せる!!!敵討ができる!!!殺してしまいたいさ!!我が怒り!!我が恨み全てを奴らにぶつけその身を八つ裂きにしてやりたい…!!!」
将軍はリッシュモンさんより前に出て怒りを露にした。その迫力に誰もが圧倒されていた。
「……だが、我が父はどう思う。敵討が果たされたと喜ぶか?誇りに思ってくれるか?…いいや思わない!!我が父は祖国救済を願っていた!!その為に己が命さえ捧げた!!!ならば父の子である私のなすべき事はただ一つ!!父の悲願を達成する!!!その為ならば私は全てを許容する!!!この身に刻まれた憎しみも怒りも全て抑えこみ!憎き悪魔を己が武器として扱う!!!全ては愛する我が父のため!!!そして愛する祖国のため!!!」
ベンテールの隙間からアメジストの輝きが見えた。強い意志を感じる輝き。僅かな隙間から見えたその瞳は私を、皆を惹きつけ、魂の叫びのような声は、ここにいる全員の心を掴んでいた。
「同士よ。君達はどうする?己が怒りに身を任せるか?奴らを殺し、我々だけで敵を撃退するという理想を選び、敵に勝てる可能性を自ら削るか?己が理想のために我が父の悲願、そして君達の大切な家族や愛するもの達の命すら捧げても構わないと思うか?…もし貴殿らが真に我が父を思い家族や愛する者たちの命を守りたいと思うのであれば、私に力を貸してくれ。私が祖国に牙を向く者達全てを殺す。絶対にだ」
ジャンヌやリッシュモンさんが希望を与え、人を惹きつける力があるとしたら、伯爵は人を強烈的に惹きつける力があるのだと思う。それを指し示すのように、暴動一歩手前までの荒れ具合だったブラウン軍は、伯爵に敬礼していた。素人の私でも今ブラウン軍全員の意思が固まったのが察せられる一糸乱れぬ動きだった。
その後、ジャンヌとジルさんはようやく拘束を解かれ、奪われた衣装も私物も返された。
*
「ありがとう。君達には何と礼を尽くせば良いか」
「そんな。やめてくださいよジルさん。ジルさんは、この世界に来て右も左も分からない俺達に、色々教えてくれたじゃないですか。こういうのは持ちつ持たれつなんだから。頭上げてください」
「…ありがとう」
頭を上げたジルさんの顔には殴られた痕がある。痛々しい…拘束中、酷い事されたんだろうなと容易に想像がついた。
「ジルさん、魔術で怪我治しますね」
「ありがとう。だがこの程度の傷、なんてことありませんよ。貴方のその魔術は何にも耐え難い大切なものです。どうか、これしきの事での使用は避けてください」
「…でも、痛いでしょう?」
「いいえ、全く。尋問のついでに殴られただけですから。この程度の傷は、日常茶飯事です。どうかお気になさらず」
引き下がるつもりは一切ないようだ。それなら手当てだけでもと言っても、それくらいは自分で出来ますとまた拒否されてしまった。
…それにしても、むさ苦しくなったな。以前皆で集まった時と比べ明らかに男性が増えた状況を見ながらそう思った。
私、兄、マシュ、清姫、エリー、ジャンヌのカルデアメンバーの他に、ジルさんと兵士達が沢山いる。アマデウスは連合軍に任せたい仕事があるからと連れてかれたので、この場にはいない。兵士達は、服装からしてブラウン軍が1人、リッシュモン軍が6人。計15人が10畳くらいの部屋に集まっている。何で兵士がこんなに…。
ぼんやりと眺めていると、ブラウン軍の兵士とバチっと目が合った。
「よぉ、悪いな突然居座って。この間ぶりだな。アンタがカルデアのマスターってやつなんだろ?」
「おい!勝手に話しかけるな!」
「はぁ?何でフランス軍人の指図を受けないといけないんだ?」
「ハッ、これだからイングランド人は間抜けで困る。カルデアのマスターには手を出すなと固く命じられているだろう。お前のトップはまともな命令すら出来ないのか?」
「フン、これだから喧嘩っ早いフランス人は困る。お前んとこのトップはイングランド兵を見たら無駄に煽れとでも命じているのか?最後の騎士と讃えられたリッシュモンも、根本はただ暴れたいお人なのかねぇ」
「ッ貴様!!閣下を愚弄する気か!?」
「先に上官を侮辱したのはどっちだ?え?もう記憶がなくなっちまったのか?喧嘩っ早いと脳みそも小さくなっちまうみたいだな?」
なんか突然目の前が不穏になったんだけど!?
「あの野蛮な男につく貴様のような愚図が閣下を侮辱する等見過ごす訳にはいかない!!剣を抜け!!その罪、ここで私が裁いてやる!!」
「ははっ、嫌われているねぇうちのトップは。そういえば、リッシュモンはお前ら直属の兵士に3ヶ月以上給与を滞納していると聞いたが、ありゃあ本当か?」
「ッ我々は断じて金品のために戦っているのではない!弱者を虐げている許さざる強者を屈服させ、弱者を救う。それが騎士の果たすべき勤めだ。我々は貴様ら蛮族とは違う!」
「ご立派なことで。確かにうちのトップには、そんな崇高な思想なんざ持ってなさそうだが、給与も褒美も滞納させたことは一度もないぜ。思想なんてものに甘んじず、我々直属の部下を重んじ正当に評価しているからだ。どうだ?うちは噂で聞くよりずっとまともだろ?少なくとも、騎士道なんて思想で得るべきものが得られないルール破りなとこよりは」
「ッッ貴様ァア!!!」
「ストップ」
怒りで顔を真っ赤にするフランス兵の後ろから制止する声がかかった。その声で我にかえったのか、フランス兵はハッとした様子で振り返った。
「落ち着いて。味方同士で喧嘩なんて良くないわ」
「マリー王妃…!」
「お願いよ、酷い言葉を使わないで」
「はっ!失礼いたしました」
言い争いをしていたフランス兵はすぐに膝をついた。よく想像する、騎士が王に忠義を示すために膝をつくアレだ。
「貴方も、あまり挑発する様な振る舞いは良くないわ」
「そりゃどうも。フランス王妃様は、美しい目をお持ちのようですね。通りで、先に挑発してきたのがどっちか見えないはずだぜ」
「ッ貴様!!!」
「…あら、私、何か見落としているかしら」
激昂したフランス兵を手で制し、マリーは変わらない口調で聞いた。
「カルデアの護衛は、フランスとイングランドから1人ずつでやると双方のトップが決めている。にもかかわらず、何でこの部屋には、6人のフランス兵がいるんだ?あぁ、そうか。イングランド兵士はフランス兵6人分に匹敵するから、6人連れてきたってことか。身の程弁えてるじゃねぇか」
「世迷言を。カルデアの護衛は約束通りフランス兵1人が担当している。我らはカルデアの護衛ではなく、マリー王妃の護衛である」
…そういえばさっき、そんな事を説明された気がする。じゃあ今は、ジルさんと私達カルデアの他に、カルデアを護衛するフランス兵イングランド兵が1人ずつ。マリーだけを護衛するフランス兵が5人ついている状態で、だからこんなに小さな部屋に人が密集することになっちゃったってわけね。
マリーを護衛しているフランス兵達は、昨日敵サーヴァントと戦う直前に護衛だからといってマリーを誘拐してきたフランス兵達と同じ顔ぶれだ。これだけマリーだけを特別視しているんだから、きっと彼らはフランス兵の中でもトップクラスの騎士なんだろう。
「はぁ?そのマリー王妃はカルデア側だろうが。何でマリー王妃単体で5人もフランス兵がついてくるんだよ」
確かに。というか、護衛自体がいらないと思う。サーヴァントの方が強いのに何で護衛をつけるという判断になったのか、リッシュモンさんとブラウン将軍に聞きたい。
「王妃にそのような物言い…やはり貴様は極刑に処すべきだ」
「やめなさい。彼の言い分は尤もです。私は王妃とはいえ、今はサーヴァント。護衛は不要とリッシュモン大元帥に進言します」
「なりません王妃。貴方様は我が国の王妃であられます。貴方の死は我が国の死を意味します」
「そんなことはありません。貴方、リッシュモン大元帥とお会いさせていただくよう調整をお願いできる?」
「お言葉ですが王妃、いくら貴方様であっても閣下は首を縦に振ることはないでしょう」
「……そうね。困ったわ」
「…あぁ、もう。めんどくせぇな。これだから騎士道だの古くせぇ事に拘るジジイは」
「なんだと貴様!!」
イギリスとフランスの犬猿の仲ってこの頃から健在だったんだぁ。もはや感動に近い気持ちで見守っていると、イングランド兵はつっかかるフランス兵に構わず勢いよく扉を開け、廊下をキョロキョロと見渡す。
…何してるんだろう?
「あっ!おい!!ルイ!ルイ!!ちょっとこっちこい!」
「…俺、今から地下の拡張任務なんですけど」
廊下から不機嫌そうな声が返ってくる。明らかに声が子供だ。
「いいから。穴掘りなんか、他の奴らでも出来るだろ」
「他の奴らも行っているんですけど」
「いいから!早くこっち来い!閣下に関することだ!」
「閣下に?」
扉の前に現れたのは、予想通り少年兵だった。それも背丈からして、まだ10歳くらいに見える。
将軍、子供まで徴兵しているんだ…。この時代なら普通なんだろうか。いやでも、リッシュモンさんのところに少年兵いなかったと思うし、多分…将軍のところだけなんだろう。
「何でフランス兵がこんなに?」
ルイと呼ばれた少年兵はマリーを取り囲む様に立っているフランス兵を睨んだ。
「カルデアにつく兵は双方1兵ずつって決めたっつーのに、向こうが約束破って6人よこしてきたんだ。この事実を閣下に伝えてくれ」
「破っていない!我らはカルデアではなくマリー王妃を護衛しているだけだ!」
「だから、そのマリー王妃はカルデアだって言っているだろうが!」
「違う!王妃はカルデアに属する以前にフランス王妃なのである。我らは祖国の王妃をお守りしているだけだ。変な言いがかりはよせ。休戦破棄させるつもりか?」
「変な言いがかりつけてきてんのはお前らの方だ!…とにかく、この事実を閣下に伝えて、アイツらをここから追い出すように依頼してきてくれねぇか」
「自分で言えばいいじゃないですか」
ルイ君はため息とともに言う。子供なのに大人みたいな事する子なんだな。
「カルデア護衛任務中だから、ここから動けないんだよ。目離したら極刑だって言うんだぜ」
「それだけ重要な任務ってだけでしょう。大体1人だろうが10人だろうが雑魚は雑魚なんだから変わらないじゃないですか」
「なんだぞ小僧!!!我らは誇り高きリッシュモン正規軍だぞ!!」
「正規軍?…あぁ騎士道とかいう時代遅れで化石状態の文化引っ張ってきて戦う奴らか。妄想の誇り磨いている暇あるんだったら修行に励めよ。そうすれば、フランス弓兵もちょっとは射程伸びるんじゃねぇの?」
「叩き切ってやる!!!」
ダメだ…この子、子供なのにめっちゃ煽ってくる。イングランド人は生まれた時からフランス人を挑発するような体質なんだろうか。フランス人もフランス人ですぐ挑発に乗っちゃうし。そりゃ100年戦争することになるはずだわ。
「エイルさん、閣下に連絡したいんなら通信機使えばいいじゃないですか。さっき渡されてたでしょう」
「使い方分かんねぇんだよ」
「さっき説明されていましたよね?」
「あぁ。だが繋ぐまでの工程が多すぎて分からん」
「貴族のくせに
「ほらよ」
黒い物体が空中に放り投げられる。さっきリッシュモンさんとブラウン将軍に言われてカルデアが渡した通信機のうちの一つだ。精密機械なのにぶん投げて渡されるという粗悪な扱いを目の前で見せられて複雑な気持ちになった。
《敵襲か!?》
ルイ君が通信機を弄った瞬間に将軍の声が聞こえた。ぶん投げられても通信機は全く問題なく機能しているらしい。流石、戦闘時でも耐えられるように作られているだけのことはある。
「閣下、聞こえますか。敵襲ではありません。こちら、ルイです」
《聞こえているよ。地下で何かあったのか?》
「いえ、地上で。エイルさんが閣下に申し上げたい事があるというので繋げました。エイルさんが通信機の使い方分からないというので、僕が繋げました」
《エイルめ、何度説明したと思っている…世話をかけたねルイ。君は持ち場に戻ってくれ。エイルには操作を覚えるまで減給させるから》
「待て待て待て!それだけは許さん!!」
エイルさんがルイ君から通信機を取り上げて訴える。
《うるさいな…大声を出すな。耳が痛い》
「そっちが減給とかいうからだろ」
《職務を全うしていないんだから当然だろう》
「いいや違う。俺がアンタのところ入った条件の中に、こんな黒い物体を扱える様にする事、なんてものはない。だからアンタがこの黒いのをもっと楽に会話できるように仕組みを変えるべきだ」
…その通信機、ボタン2回押すだけで将軍に繋がるようになっているんだけど。
《通話切っていいか?私は忙しい》
「よく言うぜ。どうせ今だって彼女のとこいるんだろ。アンタの可愛い部下はこんなに一生懸命働いてるって言うのに」
…将軍って恋人いるんだ。恋人同伴で戦場……信じられないけれど、この時代だと普通のことなんだろうか。
《…はぁ。君は今カルデア護衛任務中だろう。私と無駄話している暇はないはずだ》
「無駄話じゃない。抗議だよ。フランスがカルデアの護衛に6人連れてきてるんだよ」
《…はあ?》
「1人って約束なんだろ?アイツら本当約束守る脳みそすらないのな」
「脳みそがないのは貴様だ。我らはマリー王妃をお守りする。カルデアの護衛とは別部隊だ、愚か者め」
「訳分かんねぇ理屈こねてくるんだよフランス野郎は。そのせいで1対6の状況だ。由々しき自体だろ。可哀想な部下を救ってやってくれよ閣下」
《…はぁ。状況は理解した。検討しておくから任務を続けてくれ》
「はぁ?検討?なに悠長な事言ってんだよ!5人始末する命令出せよ!それが無理ならこっちも6人にするべきだろ!」
「何を馬鹿な事を言っている!カルデア護衛は各陣営から1人の約束だろ!!」
「バカ言ってるのはそっちだろ!先に約束被ったのはどっちだ!?」
《…うるさい》
ボソリと不機嫌そうな声が返ってくる。通信機の近くで怒鳴りあっているから、向こうには音割れした酷い音声で聞こえていそうだ。可哀想に。
《エイル、私は君に給料を支払っている。身銭を削って君の評価に値する額を出しているんだよ》
「当たり前だろ」
《君の給与はそこらの兵士の10倍はある。リッシュモンは滞納しているようだから、リッシュモン兵の場合は30倍かもしれないね。つまり、君は少なくともフランス兵10人分の働きをする必要があるんだ》
「はぁ!?」
《嫌なら減給してリッシュモン兵と同額にするか?》
「ふざけんなよ…減給なんて絶対認めん。女買えなくなるだろうが」
《…聞かなかったことにするが、教会にはバレないようにしてくれよ》
力強い声でエイルさんが通信機に訴える。この人は現代に転生しても、お金の使い道変わらないんだろうな。
《とはいえ、カルデアの近くにフランス兵が6人もついているというのは、見過ごすわけにはいかないな》
「お言葉ですがブラウン将軍。我々はマリー王妃のお側にいるのであって、カルデアの近くにいる訳ではありません」
《なるほど。分かった。それなら仕方がないな》
「流石、将軍殿はご理解が早くて助かります」
《ところで、これは独り言なのだが、私はカルデアのマスター レイカ・フジマルに惚れている》
まるで世間話をするかのようなテンションで、とんでもない爆弾発言が飛び込んできた。
「え?」
「…は?」
《惚れた女は大事にせねばなるまい。ブラウン軍の精鋭5人はつけないとな。さて、用事ができたから、私はこれで失礼するよ》
一方的に通信が切られた。時が止まったかのように全員固まっていた。
「……なぁ、今うちのトップ、なんか凄いこと言ってなかったか?」
イングランド兵 エイルさんが私をガン見して聞いてくる。気持ちは分かるけれど、こっち見るな。他の人たちも、こっち見るな。私だって訳が分からないんだから。
助けを求め兄を見たけれど、兄はなんか百面相をしている。こんな時に何しているの。
清姫は清姫で、見ちゃいけない顔をしているし。超怖いし。どうしてくれるんだコレ。そもそも、さっき将軍は恋人のところにいるって言ってなかった?なのに私に一目惚れ?二股じゃん。…いや、そんな事はどうでも良くて……。
ああ、もう。将軍は、本当に一体何を考えているの。
「…あの、よろしいでしょうか?」
異様な空気の中、ジャンヌがエイルさんに近づく。
「なんだ?悪いがフランス女に興味ないぜ」
「先程、他のイングランド兵が私の持ち物全てを返したと仰いましたが、一つ返されていないものがあります」
「そんな訳ないだろ。全部返してる。お前らの荷物管理していたのは、あのフランス嫌いの第5班だ。イングランドの立場を悪くなるようなミスする訳がねぇ」
「いいえ。いいえ、ないのです」
「お、おい。なんだよ、落ち着けって」
軽い調子で返すエイルさんにジャンヌが真顔で、くってかかる。
「私の十字架だけが、ないのです」
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ジャック・ブラウン - 4
《君の恋愛事情に口出しするつもりはないが、プライベートは分けてもらいたい。こちらは私的な意図で王妃を護衛しているのではない。私は正当なフランス王室をお守りするという職務上の義務を果たしているだけだ》
「勿論、理解しています。しかし、四六時中複数人の男が私の愛する方に近づける環境は、どうにも受け入れられません。知らぬ男が知らぬ間に愛する妻に声をかけてくる状況を貴方は許せるのですか」
《…それは……いや、しかし、だな》
「せめて、ライダーとその護衛は別室にしていただきたい。護衛対象者と公的に話す分には構いませんが、それ以外は承諾しかねます」
《……。良かろう。マリー王妃と、王妃の護衛は別室に待機。カルデアとの合流は公的場以外では禁止とする。ただし、カルデアにつけた護衛は引き続き1人置かせてもらう。勿論、君のところからも1人だ。これでいいか?》
「えぇ、良いでしょう」
《良し。では早速、王妃を別室へお連れする……おい、これどうやって会話を終わらせるんだ?》
「こちらから終了いたしますので、そのままで。それでは、失礼」
リッシュモンとの通信を切る。特定の場所を一度押すだけで通信を切れるとカルデアから説明を受けているのにエイルといい、リッシュモンといい、どうしてこんな簡単な事が出来ないのだろう。2人とも戦場に立つとあんなに恐ろしいというのに。
「いやぁ面白い事をしますねぇ、貴方様は。正妻に未来人とは。それも恋愛結婚ですか」
後ろから声をかけられる。何がそんなに面白かったのか何人か吹き出している。
「君達には、私が本気であの未来人に惚れているように見えているのか?」
「まさか。だからこそ、面白いんですよ。戦場で指揮する時と同じ顔で惚れていると口にする姿は、とてもとても滑稽でございました。今世紀一の面白さですよ」
「なら、明日はもっと面白いものを見せてあげるよ」
「ほう。となると明日はプロポーズですかな?ならばアドバイスして差し上げましょう。人に愛しているという時は、そのように眉間に皺をよせるのではなく、口角を上げ、目尻を下げて優しく告げるものです」
指摘され眉間に触れ、初めて自分が眉を寄せていることに気付いた。
「ありがとう。肝に銘じておくよ」
「いいえ。しかし、よろしいのですか?以前お聞きした話では、陛下はカルデアを引き入れる事に反対されていたのでは?」
「元々連合軍の決議は、双方の指揮官に委ねられているよ。陛下にお伺いを立てているのは形式上の問題さ」
「えぇ、分かっておりますとも。ですが、かのお方のご機嫌を損ねる行為は避けるべきでは?」
「陛下のお心を優先するあまり自国を失うような目にあうよりかは、十分理性的な選択をしたとは思わないか?」
「違いありませんね。…それにしても、エイルは相変わらずですね。あれで貴族なのが驚きですよ…まぁ、わざわざこんなところに来てくださる貴方も相当の変わり者ですが」
「立場を振り翳して剣を握ったこともない傭兵を200人雇うよりも訓練された優秀な兵士50人雇った方が色々と効率がいいんだよ。少ない方が部下の顔も覚えられるし、それだけで士気は上がるしね」
「だから、こんな局面でも武器を強化されるのですか。突貫工事で武器開発する無謀な方、私は初めてお目にかかりました」
砲兵がテーブルに置かれた鉄の塊をコンコンと叩きながら半笑いで言う。あぁ、そうだった。無駄話する暇なんてなかったな。
「話を戻そうか。それで、依頼していたソレは、失敗してしまった。という事だったね?」
「お言葉ですが、簡単に作れるのなら、もうとっくに実用されていますよ。お察しの通り、鉄は頑丈な分、加工が難しいのです。これだけ綺麗な鉄製砲弾を作るのにどれだけ苦労したことか……量産なんて無謀ですよ。ほら、見てください」
砲兵は、石製の砲弾と鉄製の砲弾を並べた。綺麗な形状の石製と比べ鉄製はところどころ歪んでいる。…これが今の限界か。
「…何とかしてくれないか」
「無茶を仰いますね」
「もちろん、報酬は弾むよ。今までの3倍は出す。今まで割り振っていた他業務も全てしなくていい」
「努力しますが…どうか、あまり期待はされないように」
「その言葉で十分だ。ありがとう」
気を抜けば、頭がおかしくなるほどの焦燥感にかられる。
先日の敵サーヴァント捕獲戦を見てから、ずっとこうだ。サーヴァントの実力を見せつけられて思い知らされた。何がサーヴァント一騎は一軍に匹敵する、だ。軍では…人の身では、土俵にすら立たせてもらえないじゃないか。
弓兵達の放った矢が、敵サーヴァントを確実に貫ける軌道だったにも拘らずダメージが一切入っていなかった。十数個は当たったはずなのに、一度も奴の身体に傷をつけることすら、できなかった。カルデアのサーヴァントは易々と敵サーヴァントを追い詰めていったというのに、自慢の弓兵が何の役にも立たなかった。
衝撃的だった。あの時、何が起こったのか今も分かっていない。まるで、サーヴァントに全ての物理攻撃が効かない、というカルデアの話を証明するかのような戦いだった。
そんなトンデモ話、嘘に決まっているというのに。
サーヴァントにはサーヴァントか魔術でないと攻撃が効かない、なんてのは嘘だ。嘘であることは、証明されている。カルデアに出会う前から。
"グッ…ッぁ、なせ…ッは、な…っせ!"
脳裏によぎるのは、苦しそうにもがく竜の魔女と名乗る女の姿。奴と遭遇した時に証明されたのだ。奴は首を絞められ苦しんでいた。演技ではない。今までそうやって殺した事があるから分かる。奴は本当に苦しそうだった。だから奴がサーヴァントでいる以上、サーヴァントに物理攻撃が効かないというカルデアの話は嘘という事になる。もし、カルデアの話が本当だというのなら、奴はサーヴァントでないという事になるのだから。
「………」
「大砲はともかく、火縄銃の方は改良できるかもしれません。こちらをご覧ください。従来の火縄銃です。これは矢を上回る威力がありますが、装填の遅さから敬遠されてきました。我が軍でも弓兵がメインですが…」
寧ろ、そっちの可能性の方が高くないか…?
奴はジャンヌ・ダルクでも、他のサーヴァントでもなく。他人の空似か。
"貴様は、一体誰だ……ジルに、何をされた?"
”もし貴様が聖杯を手に入れられたとしたら、何を願う?”
”文字通り、奇跡を願う……裏切られた少女の、救済を”
あるいは、本当に誰かによって作られた存在だとしたら。
「閣下?」
「…あぁ…この包装されているものは大砲の?」
「いえ銃です。火縄銃の欠点である装填までの工程の多さを省略できないかと思い試験的に作りました。この中に火薬と弾丸が入っています。これで今までは別々に持ち込まなければならなかった物を1つで持ち運べるようになります」
「それだと工程は変わらないように聞こえるね」
「使う際は、この紙を破いて一緒に詰め込みます。従来は弾丸・火薬・火縄を別々に持つ必要がありました。一緒に持つと爆発するからです。使用方法は、ご存知ですか?」
「勿論だよ」
第一に火皿に少量の火薬を、銃口に適量の火薬を入れる。第二に、弾丸に少量のオイルを塗り、銃口に弾丸を力ずくでつめこむ。第三に火種である火縄をセット。これでようやく、火縄銃の準備が完了する。あとは獲物に向けて射撃するだけ。これを一弾ずつ行わなければならないため、弓矢に比べ装填速度が遅すぎるんだ。それに命中率も高くない。威力は矢を上回る程だが、うちの弓兵なら、火縄銃を装填している間に敵を倒せてしまえる。
「こちらの試作品の場合は、第一に紙を千切り火皿に少量の火薬を入れ、余った火薬を銃口に入れ、最後に紙の中にある弾丸を詰め込みます。この紙の中には一回分の火薬分を測ってあるので火薬を無駄に消費してしまうリスクを抑えられますし、何より、一々火薬袋や弾丸袋を持ち歩いたり漁ったりする暇がなくなるので、装填速度がかなり上がるはずです」
「成程。確かに効率的な上に便利そうだ…今の話だと弾丸にオイルを塗っていなかったが、大丈夫なのか?」
「オイルは円滑に弾を入れるためだけに使われています。なくても支障はありません」
「確かに…だけど、あるに越した事はない。この紙にオイルを染み込ませておく事はできないか?」
「…やってみます」
「隣のこれは石製の砲弾だね。どうして、これだけここに」
「触れてはいけません。爆発しますよ」
「……。え。何、作ったの?」
変に上擦った声が出た。
「中に火薬を詰め込んだ砲弾です。砲撃時、爆発させるように設計したんですが、どうもその調整が出来なくて、大砲の中で起爆してしまって…たまに触れただけで爆発するので、どうしたものか考えていたんですよ」
「…大砲、壊れたのか」
「はい。2機」
「2機!?」
思わず大きな声が出た。大砲一つ用意するのに、いくらかかるのか。無意識に計算しようとしていた。ダメだ。考えるな。どんなに小さく見積もっても、とんでもない金額になるのだから。把握してしまえば正気を失う羽目になる。絶対に考えてはいけない。
「………。向上心があるのは良い事だけど、大事に使ってくれ」
「はい。大切に使って爆散しました」
軽く目眩がした。
「…………。許すよ。作れと言っているのは、こっちだ。それに、最悪ワイバーンや屍相手なら砲弾より弓矢の方がずっと効率がいい」
「流石ジャック様は、話が早くて助かりますな」
「おい。もう私が当主なんだから、閣下って呼べ」
「はいはい。ところで大砲を新しく作るには今のところ、資材的に一つが限界なんです。新薬が完成する事には肝心の大砲が全て使いものにならなくなっている可能性が高い…いや、大砲不足で新薬が出来ない可能性の方が高いというのが現状です」
つまりは試作品を射撃したいから大砲の数を増やせという事か。
「検討しておくが、大砲はそう簡単に盗めるものではないよ。大砲を所有している貴族は限られている。タイヤが付いている訳でもないから持ち運ぶのだって一苦労な上に、大砲はロングボウと違って、あまり標準的な規格がなく、製造者によって型が違う。取ってきた大砲が、うちの大砲とは型が違っては使えないだろう」
「えぇ確かに。ですが、すぐ側にある大砲は、そこまで型が違わないように見えました。あれだけ個数があれば、新薬が作れるかもしれません。閣下、フランス側に大砲全部譲ってもらうよう交渉してくれませんか」
「随分無茶なお願いだな」
「それはお互い様では?」
にんまり笑う砲兵の笑顔が憎い。弓や剣よりも武器に慎重な扱いをしなくてはならないこの班は、総じて気が強い傾向がある。もっとも、それは私が銃火器に疎いから強気に出れるだけかもしれないが。
…しかし、弱ったな。砲弾ばかり作っていても肝心の器がなければ意味がない。今から器を作るだけの物資も時間もない。先程言った通り、どこにあるかも分からない他所の大砲を見つけられたとしても、足のない大砲をとってくるのは何往復もする羽目にあう。
残る方法は、砲兵のいう通り、リッシュモンや元帥の持つ大砲を譲り受ける方法だが、あまり気乗りしない。下手に出たところでイングランドにフランスの武器を渡す等、向こうが許すはずがなく。最悪、向こうに不信感を植え付けてしまう。これ以上あの軍と軋轢を生むような事態を起こせば、内部分裂する可能性が高い。
だけど、カルデアとの戦力差をこのままにしておく事は許されない。
「…分かった。何とかしよう。その代わり成果は出してくれよ」
「!ありがとうございます。はい、必ずや。我々砲兵が活躍できるような武器を作ってみせますとも」
嬉しげに敬礼する砲兵を見て、こちらも少し心が安らいだ。
竜の魔女を殺したら。次は、この優秀な技術を誇る砲兵達を殺さないとイングランドに技術的優位を取られてしまうだろうな。どこかのタイミングで全員殺さないとフランスは負ける。けれど、ここまで尽くしてくれている砲兵達の気持ちを考えると、気が滅入る。
「あぁ、そうだ。次の作戦は決まっているのですか?新型兵器の開発のリミットがその作戦までというのであれば、具体的な時期を伺いたく」
「私の頭の中では決まっているが、心配しなくて良いよ。我々は作戦成功するまで、ここで籠城戦を敷くことになるから」
「我々は、ということは、作戦の主担当は、リッシュモンですか」
「あぁ。ブールジュが何度も襲撃されているようだが、未だに健在のようだ。おそらく、あそこを守護しているサーヴァントがいるのだろう。作戦は、ブールジュまで出向き、そのサーヴァントを連合軍配下に置くこと。ブールジュの要塞を強固にしラ・シャリテ・ブールジュ間を塹壕で繋ぐ。可能であれば、地下通路下すること。以上だ」
「正気ですか。ブールジュからここは、50キロ近く離れていますよ」
「リッシュモンは出来ないことはないと言ってくれたよ」
「…あぁ、だからリッシュモンが主担当なのですね。可哀想に」
「そうでもない。寧ろ、可哀想なのは私だ。なにせ」
続く言葉は、扉を2度叩く音でかき消された。
「誰だ?」
「ブラウン軍第5班であります!敵サーヴァントが目を覚ましたため、閣下にご指示をいただきたく」
「分かった。すぐ行く」
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目を開けると暗闇の中にいた。否、正確にいえば灯のない空間。人間であれば何も見えないであろう空間でも、サーヴァントの場合は、ある程度夜目が効くらしい。
どうやら自分は鉄格子に入れられているようだ。無意識に立ちあがろうとした時、何かに引っ張られた。下を見る。手足が鎖に繋がれている。首にも何かが巻かれている。これも鎖か。
こんなものでサーヴァントが食い止められると思っているのだろうか。
「やぁ、元気そうだね」
「ッ…!」
誰かいる。松明を持っているのだろう。揺らめく炎のおかげで相手の顔が鮮明に見えた。私を倒したカルデアではない、甲冑の男が1人。見た目からして貴族階級の騎士に違いない。
「…カルデアに私を捕えるよう指示したのは、お前か?」
「そんなに睨まないでくれ。まずは自己紹介といこうじゃないか」
「デオン。シュヴァリエ・デオンだ…生前はフランスのスパイだった」
「ほう。スパイの割には偉く口が軽いな」
「私はフランスのスパイだ。竜の魔女のスパイではない。強制的に従わされている身で口が軽いも何もあるか」
「…どうかな」
目が慣れれば慣れるほど、奴のおどろおどろしい甲冑が見える。狂化された身ですら反射的に警戒してしまう程の威圧感。ただの貴族ではないようだ。
「当然、竜の魔女も私に忠誠心がないことなど承知だった。だから私には何の情報も与えられていない」
「狂わされたという割に、よく口が回るんだな」
「一度倒された事で、今はこの身の回復に忙しい。つまるところ、今の私には暴れ回れるほどの戦闘力はない」
「それは良い事を聞いた」
突然身体が浮いた。男が私に繋がれている鎖を引っ張っているせいだ。
男はさらに強く鎖を引っ張り、私の身体を自身の方へ引き寄せた。顔を上げると男の拳が眼前に迫ってきていた。
顔面に衝撃が入る。
「……。こんな事をしても、何の意味もない」
「そのようだね。綺麗な顔に傷がつかなくて良かったよ。それはそれとして、ダメージは抑えられても衝撃を抑えられる訳ではない。そうだろう?」
「ダメージが入らなければ意味がない。回復する必要がないのだから。それでは、この狂化は止められない。全快すれば、もう殺人衝動を抑えられない」
狂化。
それは理性を奪う狂気の術。理性をなくす事により凶暴な力を手に入れる事ができるが、それは合理性を失った力だ。戦争で使う手段としては完全に悪手。しかし、単に破壊だけを目的としているのであれば、ある意味で最強の武器にもなり得る。だから竜の魔女は使ったのだろう。彼女はフランスとイングランドをただ破壊したいだけなのだ。
「早く私を殺せ。狂化を抑えられている今がチャンスだ」
「………」
男は黙って私を見下ろす。
「……何を、している。早く」
「何故、私がお前の指図を受けなければならない?」
その目には確かな侮蔑が込められていた。
「ッそんな事言っている場合か!?私はサーヴァントなんだぞ!?お前1人くらい、容易に殺してしまえる力を有している上、正常な判断をすることさえ、難しい壊れたサーヴァントなんだ。今は抑えられているが…じきに出来なくなる」
「だから何だ?」
「このままでは殺してしまう!!お前も!民衆を守るために戦っている兵士も!…王妃も」
「そうか。それは困るな。お前のせいで、マリー王妃は殺されてしまうのか。どうやって殺すんだ?その剣で心臓を突き刺すのか?首を斬るのか?腹を割くのか?」
言葉に詰まった。男が何でそんな事を言ってくるのか、理解できなかった。
「…何を、言っているんだ」
「スパイの割には頭が回らないな。これほどの被害を出しておいて、ただで死ねるとでも思っているのか?」
「は…?」
「…分からないフリでもしているのかな?なら答えてあげよう。私は、まだお前から有力な情報を得られていない。だから、お前を殺す事はできない」
「私が言える事はもう全部話している!私はフランスの」
「竜の魔女配下のサーヴァントは何人いる?名前は?クラスは?他のサーヴァントは今どこで何をやっている?どんな術を使う?どうすれば倒せる?」
私の言葉に被せるように男は畳み掛ける。
「……知らない。竜の魔女の、砦にいた時は…狂化が酷くて、意識が混濁していた。誰かが近くにいた事はあったが、それが誰なのか、覚えていない」
「そんなにすらすらと話せておいて、その言い訳はないだろう」
「本当だ!今は、カルデアに攻撃された事で、全ての魔力が回復に注がれているんだ。言っただろう。一時的に凶暴性が抑えられているだけだ!きっと、すぐに、またあの状態になる…!」
つい先程までの自分を思い出し身体が震えた。あの、人を殺したくて殺したくて、堪らない衝動。生前、そんな事になった事は一度もなかったのに。人を殺す事に、快楽を覚えるなんて、そんな化け物染みた思考に染まる自分が怖くて堪らない。
「なら私の質問に答えてくれれば良い。そうすればお前の願いを叶えてやろう」
「だから、知らないと言っている!!」
「いいや、知っているはずだ。意識が混濁した程度で思い出せないはずがない。腹を裂かれようか、爪を剥がされようが、記憶はなくならない。全て覚えている。そうでなくてはスパイは務まらない。そうだろう?」
「流石にやりすぎじゃないかな」
突然、第三者の声が割って入る。目を向けると、ちょうど男の後ろにサーヴァントが一騎姿を現したところだった。見覚えがある。確か、先の戦いで遠距離から私に攻撃を仕掛けてきたサーヴァントだ。
「コイツの音、君が思っている以上に悲惨だぜ。残念ながら覚えていないっていうのも本当だろうさ」
「確かに、今は本当に覚えていないのだろう。そのうち思い出してくれるさ。聞いているか?デオン。全て答え終わるまで、お前はここで苦しみ続けることになる。これまで何の罪のない善良な人々がお前に殺された。お前が殺したいと思い、行動したから殺されてしまった。決して許される事ではない。ここで狂化に耐え、罪を償うため全て吐くんだ。それが出来なければ、今度はお前の親しいお方が、またお前のせいで死んでしまう事になる」
「なッ…」
何を言っているんだ、この男は。それではまるで私が暴走するのを期待しているようではないか。
馬鹿な。もしこの地下牢で私の理性がなくなってしまえば、この城砦ごと破壊しかねないんだぞ。ここにいる、お前の仲間の大半は殺されるんだぞ。そうなってでも、私が王妃を殺す姿を、見たいとでも言うのか…?
困惑するこちらを見て、男の目が笑った。
「そんなに怖がらないでくれ。なに、簡単なことだろう。ここで改心し我々に協力するか。それとも今まで通り己の欲望に従い、今度はお前の大切な人もお前が殺すか。この2択だ。デオン、選ぶんだ。君はどっちが良い?」
【TIPS】
・リッシュモンの騎士道
この時代は既に騎士道は時代遅れ。騎士は貴族か特別才能のあるものしかなれないものになっている。逆をいえば金さえ積めばなれるもの。利権や汚職、賄賂も横行している時代なので、騎士道はパフォーマンスでしかない。
そんな世の中で唯一利権争いや汚職を正面から非難し従来の騎士道を重んじていたのがリッシュモンである。故にひと昔前までは王や貴族に嫌われ不遇な扱いを受けていた。
お金がないのは貴族層との繋がりが薄いことや、救援要請がきたら見返りを求めず出陣するためである。
・ジャック・ブラウンの尋問
尋問する側は素人なので我流。他人の弱みを見つけるのが得意なので本人は才覚があると思っている。
・ブラウン兵 エイル
下級貴族のベテラン騎士。イングランド人。高級取り。
ジャック・ブラウンがブラウン家の養子になる前からブラウン軍に所属している。
・ブラウン兵 ルイ
10歳前後の庶民の出の騎士見習い。イングランド人。高級取り。
ジャック・ブラウンのスカウトによりブラウン軍に入隊。
戦況
【カルデア陣営の主なメンバー】
・ぐだーず(マスター)
・マシュ(シールダー)
・ジャンヌ(ルーラー※能力制限あり)
・マリー(ライダー)
・アマデウス(キャスター)
・清姫(バーサーカー)
・エリザベート(ランサー)
<レェ軍>
・ジル・ド・レェ(人)
【連合軍の主なメンバー】
<ブラウン軍>
・ジャック・ブラウン(人)
┗右手の指3本欠損
・ユリウス・テイラー(人)
・フランク(人)
・スペンサー(人)
・エイル(人)
・ルイ(人)
<リッシュモン軍>
・アルテュール・ド・リッシュモン(人)
・ダニエル(人)
【竜の魔女陣営のメンバー】
・ジャンヌ(竜の魔女)
・ジル(キャスター)
・プレラーティ(キャスター)
・デオン(セイバー)
┗地下行き
・ヴラド3世(ランサー)
・エリザベート(アサシン)
・????(???)
・黒いバーサーカー?(バーサーカー?)
・聖女マルタ(ライダー)
┗消滅