フランスの悪魔   作:林部

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「ーー」より下で視点が変わります。
「ーー」より上はジャック視点です。


第5話

なんてことない日常が幸せだったのだと知った。そしてその幸せは呆気なく奪われてしまうものだということも思い知らされた。

 

「大変だ!!盗賊だ!!盗賊がこの村へやってくるぞ!!!」

 

それはある日の夜。村の誰かがそう叫んだ。

 

「盗賊が?な、何でこんな何もない村に」

「分からないけど、とんでもない人の数でこの村へ突き進んでいってるのが高台から見えたんだ!」

「何人だ。俺が返り討ちにしてやる」

 

僕と同い年の青年 リュークが自信満々にそう言う。

 

「沢山だ。10や20じゃない。100人以上は絶対いる」

「じゃあまずは女子供の避難が優先だな。盗賊は俺が引きつける。ジャック、皆を避難させるんだ」

「待ちなさい。本当に盗賊なのか?確認したのか?」

「父さん?」

 

父さんはいつになく怖い顔をしていた。

 

「確認するっていったって…そんなの。人がものすごい勢いで村に来るんだ。盗賊くらいしかあり得ないって」

「旗は持っていたか」

「旗?……あぁそういえば持っていた奴がいたな」

「そうか。ジャック、リューク。全員避難させるんだ。家の中に避難させるんじゃない。隣の村まで逃げるんだ」

「父さん?何言ってるの。どうして隣まで行くんだ?奴らは食べ物に飢えているんだろう。最悪、差し出せばなんとか」

 

父さんが僕を見る。その目がとても怖かった。

 

「盗賊ではない可能性が高い。もし盗賊でなかった場合、奴らの目的はこの村を我々ごと破壊することが目的だからだ」

「…何言ってるの父さん。意味が分からないよ」

「お前には教えただろう。イングランド軍が過去どんな非道を行ったかを。奴らはただ村を破壊するために何千もの兵を送り込む。被害を受けた村がどうなったか覚えているだろう?」

「待ってよ!じゃあイングランド軍が来るってこと?何で?どうして?こんな田舎で何もない村に。こんなところ破壊しても兵力の無駄遣いだ!」

「さてな。奴らは悪魔だ。我々とは違う。何を考えているかなんて分からないさ」

 

父さんは冷静な顔でそう言う。僕は目の前が真っ白になった。

かつてイングランド軍はフランスの領土を攻撃していった。黒い甲冑を着た悪魔 黒騎士が悪戯にフランスの街を村を破壊し尽くした。フランス軍ではなく一般人を殺した。奴らが通った後は焼け野原で何も残らない。そんな地獄を黒い悪魔が作り上げた。父さんにそう教わった。だからもしイングランド軍がきたら、この村は終わりだ。

父さんも母さんも。ジャンヌも。リュークも。

皆死ぬ。

 

「ジャック、今は動揺している場合ではない。こちらへ向かってきているのがイングランド軍の場合、黒騎士がいる可能性だってある」

「っえ…な、何を言っているんだ父さん。黒騎士は死んだんだろう。そう教えてくれたじゃないか!」

「あぁそうだ。一度目は病に倒れ死に。二度目は戦死したと言われている」

「ほ、ほら。死んでるんじゃないか」

「どうして三度目を考えないんだ。黒騎士は一度死んだが一度生き返った。であれば二度生き返られない保証がどこにある」

「っ…そんなの…人間が生き返るわけないだろ!二度目に現れた奴は別人だ!黒騎士になりすましたんだよ!」

「確かにその可能性もある。だがジャック。お前は一度目に現れた黒騎士と二度目に現れた黒騎士が別人であることを証明できるか?2人の顔を見たことはあるのか?」

「…何が言いたいの」

「ジャック、覚えておくんだ。この世界は理屈では到底証明できない不可解なことが起こり得る」

 

父さんは冷静に言い聞かせる。その姿はいつも通りの父さんだから僕は余計混乱した。生き返るはずがない。人間は一度死んだらそれで終わりなんだから。あの黒騎士だって人間なはずなんだからその理に背くことなんてできないはずだ。

なのに、どうして父さんはこんな時にわざわざそんな事を話したんだ…?

 

「無駄話が過ぎだな。ジャック、早く逃げなさい」

 

ハッと我にかえる。すぐ横を村の人達が走っていった。リュークが村中に逃げろと叫んでいる声が聞こえた。

 

「と、父さんは!?」

「私は母さんを起こしてから行くさ」

 

この頃、母さんはもう起き上がることもできないほど身体が弱っていた。今の母さんに逃げるなんてことは無理だった。

 

「僕も一緒に行く!」

「ダメだ。今すぐ逃げるんだ!」

「で、でも!母さんが…!敵は僕らの家の方向から来るんだろう!母さんが危ない!」

「落ち着きなさい。お前が来たところで何が変わると思う?お前より私の方が足が速い。力がある」

「っ…そうだけど」

「母さんは大丈夫だ。私が絶対に連れて行く。お前は逃げなさい」

「…僕1人だけ先に逃げろっていうの」

「その通りだ。ジャック、変な正義感を持つな。今1番大切なことは自分の命だ。いいか、自分の命すら守れぬ者が誰かを守れるだなんて思うな。分かったら早く行け!!!!」

「っーー!」

 

父さんの怒鳴り声を受けて身体に電流が走ったような衝撃を受けた。この人の怒鳴り声を初めて聞いた。

僕は逃げた。父さんと母さんのことが心配で怖くて仕方がなかったけれど。でも父さんの言う通り僕が行ったところで何も状況が変わらないのは目に見えていたことだから。

だから僕は逃げた。

 

逃げた先で僕は信じられないものを見た。

 

「ジャンヌ!?」

 

1人逆走している子がいた。ジャンヌだった。僕は慌てて彼女の手首を掴んだ。

 

「ジャンヌ!何をしているんだ!!」

「ジャック、離して!急いでいるの!!」

「ダメだ!イングランド軍が来ているんだぞ!!この村から出るんだ!!奴らは僕らを殺そうとしているんだぞ!!!」

「姉さんが!!!カトリーヌがまだ家にいるの!!!!」

「は、な、なんで!?」

「姉さんは今日、体調が悪くて寝込んでいたの。だからまだ家にいるはず!ねぇ手を離して!!このままじゃ姉さんが!!!」

 

僕の手を離そうとジャンヌはブンっと勢いよく手を振り落とす。僕は手を離さなかった。

 

「ジャンヌ、君は逃げるんだ」

「っ姉さんを見殺しにしろというの!?」

「違うよ。僕がカトリーヌをおぶってくるから君は先に逃げるんだ。幸い君の家はこの近くだ。今僕が行けば間に合う可能性が高い」

「っ私も行く!」

「ダメだ。君は先に逃げるんだ」

「どうして!?2人で行った方が安全だよ!」

「それは違う。僕は君と背丈は変わらないかもしれないけれど、僕の方が君より力がある。カトリーヌ1人おぶってくることなんて朝飯前さ。でも君は違うだろう」

「…でも」

「ジャンヌ。たとえ君が来たとしても状況は変わらない。なら君は先に行くべきだ。安心して、カトリーヌは絶対僕が連れてくるから」

 

父さんの言葉を借りて僕はジャンヌをじっと見つめる。ジャンヌは僕の言葉を聞いて行くうちに落ち着きを取り戻していた。

 

「分かった。ジャック、絶対に2人できてね。ジャックだけとか姉さんだけが来るとかは、絶対嫌だからね」

 

ジャンヌは泣きそうな顔で言う。僕は安心した。少し嬉しかった。ジャンヌが初めて僕を頼ってくれたから嬉しく思ってしまった。しっかりと頷いてから僕は走り出した。周りの人の流れと逆走してジャンヌの家へ真っ直ぐ向かっていった。

走りながらもしイングランド軍がカトリーヌを起こしている最中に攻めてきたらどうしようとか、今まさにイングランド軍が来たらどうしようとか、情けないくらい怖い妄想が膨らんで足が震えそうになった。

 

どうしよう。怖い。

いやだ。死にたくない。

でもカトリーヌを見捨てるなんてことできない。

 

ずっとそう思いながら走っていた。

 

 

 

ヒューヒューと喉から変な音が出る。生まれつきの発作だ。けれど最近は出なくなったはずの発作だった。

 

「今、なんて…?」

 

母さんは昔から僕に泣くなと言った。それは情けないからとか、男だからとか色々な理由があったけれど1番は泣くと発作を引き起こす可能性が高いからだ。発作を引き起こすと高熱も引き起こす。最悪、死に直結する可能性もある。だから泣くなと母さんは言っていた。

 

「おいジャック…お前もう休め。カトリーヌをおぶって全力で走って逃げてきたんだろ。それにまたその発作が」

「なんて、言ったんだって、僕は、聞いてるんだ…っ!!」

 

リュークが同情の眼差しをむける。そんな目で僕を見るな。僕を憐れむな。だって僕は不幸じゃない。僕は、父さんと母さんと、ジャンヌと…この村の人達が元気に過ごしていれば、不幸になんかならない。

だから僕は不幸じゃない。

 

「……お前の両親だけが、この村に来ていないんだ」

 

父さんと母さんがいないなんてこと、あり得ない。

 

「なんで…数え間違いじゃないのか」

「バカみたいにでかいお前の父親を数え損ねることなんてあるかよ…ジャック、お前は何か知らないのか」

「父さんは、母さんを起こしに行ったんだ…母さんは最近、体調が悪くて、歩けない。から、母さんを、おぶって、ここに来るって…来るって言ってたんだ!!!!」

「お、おい落ち着け!!また発作が酷くなってる!」

 

肺が痛い。苦しい。頑張って息を吸おうとすればするほど息が吸えなくなる。

 

「大丈夫だ、ジャック。イングランド軍が来たのならフランス軍がすぐ来てくれるはずだ。お前の父さんはどこかに身を隠しているだけですぐフランス軍が保護してくれるから」

 

息を吸おうと苦しむ僕の背中をリュークが摩る。

 

「お前の父さん。元傭兵なんだろ?強いんだろ?じゃあ生きてるよ。絶対。生きてるから」

 

そう言うリュークの目はやっぱり哀れみを含んでいて、僕は彼の目を見ることができなかった。

フランス軍が来たのは、その日から7日後だった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「なんで、今来るんだ」

 

彼が私に向かって、最初に発した言葉がそれだった。

彼と初めて会った時、私は騎士としてドンレミ村へ襲撃したイングランド軍と戦った後だった。激戦となるだろう。最悪ここで死ぬかもしれないと思ったその戦いはあっさりと終わった。イングランド軍が撤退したのだ。

ドンレミ村はさほど大きくなく特に何が優れているというわけでもない村だ。この村が襲われた理由はきっと奴らが食糧難に陥ったからだろう。奴らが撤退した後、食料を根こそぎ奪われ、家畜を全て殺され村は焼き討ちにあうという悲惨な状況だったが、確認できた一般人への被害は2人だけだった。その状況が奴らの襲撃理由を指し示していた。

被害に遭ったのは村の出入り口に近い一軒だけだった。その一軒だけ焼死体が見つかった。きっと逃げ遅れたのだろう。奴らは最悪なことに遺体を燃やした。キリスト教徒にとって、それがどんなに酷い行いか知っているはずなのにだ。

 

「なんで7日もかかるんだ…フランス軍はイングランド軍(あの悪魔)と唯一対等に戦えるんだろう。なのに、何で、そんなに、来るのが遅いんだ」

 

まるで少女のような容姿をしているから初対面の時、女の子かと思った。が、その声を聞いて彼は男なのだと察した。

 

「フランス軍が!!来るのが遅いから!!父さんと母さんは死んだんだ!!!ずっと待ってたのに!!!フランス軍が助けてくれるって信じてたのに!!!!」

 

言い終わってすぐ彼はヒューヒューと不自然な音を立てて苦しみ出した。その姿を見て、あぁ彼は気管支が弱いのだと察した。

 

「何で、焼かれた、んだ…身体を燃やされたんじゃ…!!父さんと、母さんは…!!」

 

彼はボロボロと涙を流す。見ていることが辛いと感じるほど彼は膝をついて涙を流していた。

 

「父さんと母さんが、何をしたって言うんだ…!なんで…っただあの村で過ごしていただけなのに…イングランド軍に何もしていないのに…!!2人とも、天国に行くはずだったのに…っ何で身体を燃やされないと、いけなかったんだ…!!身体を燃やされたら…最後の審判を、受けられないのに…!!」

「君、少し休んだほうが良い」

 

あまりにも苦しそうに身体を丸める彼を見て私の部下が声をかける。彼は労った部下を鋭く睨んだ。

 

「教えて、ください…っ何で、こんなに、来るのが遅かったん、ですか…ドンレミ村が、小さいから…軍事にとって、守っても、何の得にも、ならない、から…?あんな村、イングランド軍に、取られても、良いって思ってたん、ですか…!!」

「それは違う」

 

私は膝をおり、少年と目線を合わせた。

 

「我が祖国の領土において、イングランド軍に奪われてもいい土地などどこにも存在しない。確かに君の言う通り、軍事的価値は、高くないかもしれない。が、君の村は我が祖国のものだ。その時点でフランス軍にとっては大切な村だ」

「…っなら、何で…っ」

「今、多くの村がイングランド軍に襲撃されている。君の村とイングランド軍にとって襲う価値の低そうな村が、いくつも襲撃されている」

「そこまで、分かっているなら。何で、7日も、かかっているんだ…っドンレミ村が襲われるって、フランス軍は分かってたんでしょう!?」

「いいや、分かっていなかった…正直に言おう。我々にはイングランド軍の目的が、見えないんだ。襲撃された村はどこも位置がまちまちで、特徴は何一つないんだ。一致していることは襲われる日が重なっていることだけ。村は完全にランダムで、襲われている…だから、対応がどうしても遅れてしまう」

 

彼が真っ直ぐ私を見る。そんなわけないだろう、とその目が言っている。

 

「ランダムなわけ、ない…イングランド軍(あの悪魔)が目的もなく、そんなこと、するわけがない。何で、目的が、分からないんだ…貴方は、騎士なんでしょう。教育を受けているはずだ」

「そうだ。だが、いくら上等な教育を受けたところで相手は悪魔だ。おそらく我々とは根本的な考え方が違う」

 

彼は俯いた。しばらく俯いてからまた顔を上げた。

ふと、少し離れたところで彼を見つめる女の子に気がついた。なんてことない田舎娘だが、どことなく神秘的な雰囲気を感じた。

 

「どうすれば、悪魔を殺せますか」

「少年。悪魔と戦うのは我々軍の仕事だ。君の仕事ではない」

「じゃあ、軍に、入れば、いいんですね…どうやって、どうすれば、軍に、入れますか」

「少年、君では無理だ。君はまだ幼い」

「っ僕は19だ!少年、じゃない」

 

一瞬言葉に詰まった。とても19とは思えないほど華奢で小さな子だったからだ。

 

「それは失礼した。だが君は気管支が弱い。身体も小さい。それでは軍の入隊許可は下りないだろう」

「っ…」

 

彼が私を睨む。私は真っ直ぐ見つめ返した。

 

「君、名は何という?」

「…ジャックです」

「そうか。私はジル。ジル・ド・レェ…ジャック。両親を救えなくて本当にすまなかった。これは私の責任だ」

 

頭を下げる。部下が慌てて何をされているんですか、この少年は農民ですよと言う。

青年…ジャックは驚いていた。まさか騎士が農民に頭を下げるだなんて思いもしなかったのだろう。私も、おそらく私以外でこんなことをするような騎士を知らないのだから彼が驚くのも当然だ。

 

イングランド軍(あの悪魔)を憎む気持ちはよく分かる。だがジャック。その憎しみは君を苦しめるだけだ。だからどうか、その気持ちを私に預けてほしい。我々フランス軍は決してイングランド軍に屈しない。いつか、フランス軍がイングランド軍を倒し、この戦いを終わらせる。約束しよう」

 

だから君は、ご両親が過ごせなかった分だけ生きるんだ。憎しみに囚われることなく長生きして幸せに生きるんだ。

ジャックは私の言葉を聞いて、唇を噛み締め泣いていた。ジャックは純朴そうな青年だ。イングランド軍さえ来なければあの村で大人になり、あの村で結婚し、子を養い。一生あの村で幸せな日常を送っていただろう。

私は彼を抱きしめた。彼はずっと泣いていた。

 

あぁ、早く。早く、こんな戦争を終わらせたい。

もう2度とこの青年と同じ苦しみを誰にも負わせたくない。

この青年も、いつか、幸せを掴んでほしい。

 

私は本気でそう思っていた。

 

 

だが3年後、この青年こそ悪魔だったと思い知らされることになる。

 

 

 




補足
キリスト教には最後の審判というものがあり、この審判で天国に行けるかが決まるらしいです。
けれどその審判は肉体がないと受ける権利すら与えてもらえないので当時火刑が最も重たい刑の一つとされていただとか。
ジャックの両親はキリスト教徒でしたが遺体を燃やされたことで天国に行くことができなくなってしまった。という話でした。

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