「ーーー」より下がジャック視点です。
果たすことのなかったはずの再会がなされた。戦地という最も会いたくない環境下で青年は予言者の少女の隣で私に微笑んだ。
オルレアンに予言者の少女がやってくるという噂は聞いていた。その少女は巷によく聞く妄言吐きとは訳が違う。本当にイングランド軍とフランス軍の戦いを言い当て、フランス軍が負けるということまで言い当ててみせた正真正銘の予言者だった。
「ぼ…私のことを、覚えていらっしゃいますか」
彼は言いにくそうにそう言った。
あぁ、覚えているとも。両親を
「一人称を変えたんだな」
「は、はい…ラ・イール様から、直すように言われまして」
「ははっ確かに彼なら言いそうだ。どうか気を悪くしないでくれ。彼はからかい癖があるんだ」
「勿論です」
彼は少し離れた先を見つめている。私も同じところを見ていた。
予言者。あの時この青年を見つめていた、どこか神秘的な少女。ジャンヌ・ダルクを見ていた。
「何故ここで待機しなくてはならないのですか!!オルレアンはもうすぐそこなのに!!」
彼女は大変憤慨していた。オルレアンから少し離れたここでの待機命令に不満を抱いているようだ。
「彼女が予言者だという話は、本当なのか」
「はい。ジャンヌはここオルレアンでイングランド軍と戦うことになると言い当てました。その戦果も全て」
ギラリと彼の目が光った。
「だから王太子様もジャンヌに傭兵隊長を紹介したんです。王太子様はジャンヌをフランスの希望だと信じてくれたから」
「フランスの希望?」
「ジャンヌはフランスを救うためにここまできたんです。もう血を流さずに済むように。この戦いを終わらせるために。これがフランスの希望と言わずしてなんと言えましょうか」
必死に語る彼を見て、あぁそうかと思った。怖いのだ彼は。あの少女を失うのが。だから私のような騎士が彼女の味方につくように必死に言葉を紡いでいるんだ。
「君が戦場に来た理由はあの少女を守るためか」
「…それが第一です」
「第二はなんだ。イングランド軍を殺したいのか?」
「……。悪魔をこの世から消し去りたいと思う気持ちは、そんな目で見られるほどいけないことなのでしょうか」
彼はあえて否定せず真っ直ぐ私を見る。
「もう私のような思いをする人がいなくなるように、あの悪魔を倒したい…!誰かがあの悪魔を倒さないとフランスは救われない!だから、まだ未来ある誰かではなく、もう大切な人を悪魔に奪われてしまった僕が…私が行くべきだ」
「君にはあの少女がいるだろう。彼女は君の大切な人なのだろう」
「もちろん、ジャンヌを守ることが第一です…それは絶対変わらない」
「今いかなければ救える命も救われません!!!」
また遠くでジャンヌ・ダルクが怒っていた。
「私如きが君の気持ちを否定しようなんて烏滸がましいことはしない。が、私は君が心配だ。いつか君が憎しみに囚われてしまいそうに見えるんだ」
「お気遣い感謝いたします。男爵様。けれど例えそうなったとしてもこれは私が自ら選んだ道です。決して後悔しません」
「君は…」
「それに、おそらくそうはならないと思います。私にはジャンヌがいますから…死んでしまった人の無念より今一緒に生きてくれる人の方が大切だということくらい私にも分かります」
彼は微笑む。一見すると少女と勘違いしてしまいそうな可憐な笑みでジャンヌ・ダルクを見つめている。
「…変に畏まる必要はない。ジルと呼んでくれ。その方が私がやりやすい」
彼は大きく目を見開き、これ以上ないほど驚いてから承知しましたと口にした。それから良い加減ジャンヌを止めようと彼は彼女の元へ駆けつけた。
「ジャンヌ、落ち着くんだ」
「これが落ち着いていられますか!すぐそこで助けを待っている人達がいるというのに!何故私達はこんなところで待機しないといけないんですか!!」
「だからそれはさっき言っただろう。頭の悪い嬢ちゃんだな。オルレアンの周りを一体どれだけのイングランド軍が待機していると思っているんだ。しかも奴らの司令塔は黒騎士と聞いている。あの死んでも生き返る化け物が俺達を待ち構えている。今戦えば私達は奴らの格好の的だ。いいか、ただ突撃するだけが軍隊じゃないんだ。ちゃんと勝ち筋のある戦術を立てねばいけない」
「では早く戦術を立てましょう」
「それがどんだけ大変か分かってないだろ」
ラ・イールは大きくため息を吐く。ふと彼がこちらを見た。そして目で私に言う。助けてくれと。私は笑いながら彼らに近づいた。
「失礼。私も話に混ぜてくれないか」
「おうジル。この嬢ちゃんしつこすぎるんだわ。お前に任せたわ」
「貴方は…」
ジャンヌ・ダルクが私を見る。覚えていたのか驚いた顔をしていた。
「ジル・ド・レェといいます。フランスの希望、ジャンヌ・ダルク」
畏まった私を見てジャンヌはさらに驚いた顔をした。貴族にこのような扱いを受けたのはきっと初めてなのだろう。
「え…っジャ、ジャック!また貴方変なことを言ったんでしょう!」
「変なことは言っていない。彼に君のことを聞かれたから真実を言ったまでさ」
「そういうことだ。貴女はフランスの希望なのだから私は貴女様に誠意をと思ったまでです」
ジャンヌは複雑そうな顔をした。これでは話が進まないと思い私から、それで、一体何をお悩みで?と尋ねた。
「今すぐオルレアンをイングランド軍から解放したいのです」
「あのなぁ…そんな簡単な話じゃないって言ったろ」
「貴方は傭兵隊長なのでしょう?貴方をもってしてもできないのですか」
「当たり前だ。報告受けただろ。もう包囲されているんだよイングランド軍に。奴らの数が多すぎる。長期戦に持ち込まないと絶対無理だ」
「…オルレアンは、長期戦に耐えられるんですか」
ジャックが静かに問う。
「もうオルレアンがイングランド軍に包囲されて何日も経過したと聞いています。長期戦で勝ったとして、オルレアンから出られないフランス人がその間、耐えられるんですか。食料の問題は」
「あぁ。だからまず戦うより先にこの川を渡り食料を届ける。
「では今から食料を」
「だから今は待機だって言ってるだろ!」
「何故ですか!!!」
ジャンヌが激しく問う。
「ジャンヌ、きっとまだ準備ができていないんだ。極秘に行うのであれば如何にイングランド軍に見つからずに遂行するかが重要だ。その為に準備は十分すぎるほどするべきだ」
「いやもう準備はできている」
「じゃあ何故!!」
「こういうのにはな、タイミングってもんがあるんだ」
「タイミング?一体何のタイミングを待っているんですか」
ラ・イールはふっと笑い、手元の旗を立てた。
「見てみろ。今旗はどちらから来ている?完全に向かい風だろう。こんな風の中川を渡ったところで追い返されるのが関の山だ」
「それは…でも、じゃあ。風向きが変わるまで待機ということですか。いつ、風向きが変わるかも分からないのに…っ」
ジャックはやや興奮気味にくらいつく。ラ・イールは変わらず落ち着いていた。兵士であればこういった状況に何度も陥る。が、ジャックとジャンヌがここが初めての戦場だ。この合理的で冷酷な判断に納得ができないのだろう。
「そうだ。今晩はもうダメだろうから明日風向きが変わるのを祈るしかないな」
「明日、風向きが変わる保証なんて、どこにもないじゃないですか」
「あぁそうだ。だが風向きが変わるまで私達は待機だ。ただでさえ兵士の数に差があるんだ。ここで無駄に命を失うわけにはいかない」
「いいえ」
黙り込んでいたジャンヌがはっきりとした口調で言う。
「いいえ。風は今すぐに変わります」
さっと彼女は手に持っていたイエス・マリアの旗を立てた。
「はあ。嬢ちゃん、何を言って……っ!?」
ジャンヌがそう宣言したと共に信じられない程の突風が巻き起こる。
一瞬にして、風向きが変わった。
「参りましょう!!今がタイミングです!!今こそ我が同胞に食料を届けに行くのです!!!」
ジャンヌの宣言通り、我々は食料を届けにオルレアンへと向かうことになった。
・
・
・
「ジャンヌ・ダルクだ!!フランスの希望の子!!神の子がオルレアンに来たぞ!!!」
どこからか住民の歓喜に喚く声が聞こえる。ジャックはその声を聞き安心した顔をしていた。ジャンヌがオルレアンで歓迎されていることを知って喜んでいるのだろう。
「何故また待機なのですか!!!」
そして当の本人はまた怒っていた。
「食料はもう届け終えたのですからイングランド軍に戦いを挑むべきです!」
「だから今は無理だって言ってんだろ。ったく何回説明させれば気が済むんだよ」
ラ・イールはどこまでもついて来ようとするジャンヌを煩わしそうに見る。
「向こうは推定5000以上の兵。こっちは4000程度の兵だ。が奴らと違いこっちの兵は碌に訓練を受けたこともないお前と同じ農民がほとんどだ。しかも向こうはすでにオルレアンを包囲している。そんな状況で戦いを挑んでも負けるんだよ。だから私達は奴らの動きがあるまでは待機するしかない」
「それではオルレアンは解放されません!!外で私達を歓迎する声を聞いたでしょう。彼らは我々を受け入れてくれた。なのに私達は」
「話は以上だ。俺は軍議に参加せなならん。お前は来るなよ。この間喚き散らして入室禁止命令出てるんだからな」
ジャンヌがグッと押し黙る。彼女は攻撃を強く主張した結果それを煩わしく思う上層部から軍議への参加を却下されてしまったのだ。
「ラ・イール様。私は参加してもよろしいでしょうか?」
ジャックが挙手をする。ラ・イールは面倒くさそうに彼を見た。
「なんだジャック。またジャンヌにあてられて攻撃攻撃いうようじゃあお前も禁止命令出るぞ」
「私がそういうと思いますか?」
「…さてな。まぁ。ちょうど同じメンツばかりで飽き飽きしていたところだ。連れて行ってやる」
「ジャック…」
ジャンヌは心配そうに彼を見つめた。彼はジャンヌに笑いかけた。
「ジャンヌは街に出てみるといいよ。皆君に会いたがっている。君も長旅で疲れているだろう。街でゆっくりするといい」
「…でも」
「終わったらすぐ君のところに行くから。それまで羽を伸ばして休むんだ。いいかい、ジャンヌ。休むのも大切なことだ。いざというときに疲れていたせいで力を発揮できなかったらダメだろう」
「……分かった」
渋々ジャンヌが頷く。ラ・イールはおぉっと声を漏らした。
「よくその頑固娘を納得させられるな。次ジャンヌが暴れたら必ずお前を呼び出すことにしよう」
ジャンヌがムッとした顔をするもラ・イールは全く相手にせずジャックを連れて行く。ジャンヌは2人の後ろ姿をずっと見つめていた。
「ではジャンヌ。我々も参りましょう」
「え?」
「オルレアンの街へ。私がお供いたします」
「そんな、い、いいです。1人でいけます」
「いいえ。貴女を1人にしてしまっては私がジャックに怒らせてしまいそうだ」
「ジャックはそんなことで怒ったりしません」
「いいえ。そんな事はない。少なくとも貴女に限ったことに関しては」
ジャンヌは困惑した顔をする。この少女は知らないのだ。ジャックがどれだけこの少女を愛しているのか。見返りを求めない彼の片思いに、この少女だけが気付かない。
「ジャンヌ、どうかここは私の身の安全のために同行することを許してくださいませんか」
彼女は困惑したまま頷いた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「完全に包囲されてしまっている以上、増援を待つしかあるまい」
「しかし増援を呼んだとしても果たしてうまくいくか…もう呼べる援軍は農民の寄せ集めばかりだろう」
「数で押し切るしかあるまい…向こうがこちらの兵数に怯え撤退してもらうのが一番理想だがな」
「そんな期待持つだけ無駄だ。イングランドの考え等どうせ理解できん」
ラ・イール様ははぁと大きくため息を吐いた。
「あの、よろしいでしょうか」
「あ?なんだジャック。この通り私達は待機するで意思を決定しているが何か言いたいことでもあるのか」
椅子から立ち上がった僕をラ・イール様は面倒くさそうに眺める。
「確かに我々は敵に包囲されています。特に西側にはあまりにイングランド軍の目が厳しく正確な数が把握できていない、そう仰いましたね」
「あぁ、そうだ。で、それがなんだってんだ」
「であればおそらく東は手薄なはずだ。砦だって一つしかない」
「だが森の中に潜んでいる可能性だってある。砦にしか敵がいないと思うなよ」
「それは勿論。ですが、おそらく敵の数は5000〜7000程度です。西側に陣形を固めている数が多いのなら過半数は西側にいることになる」
「何故敵の数が分かる?」
「確証はありません。今までの戦いで聞いたイングランド軍の数、そして並行して襲撃されている数を計算するとざっとそれくらいの数値になります」
ラ・イール様はジッと僕をみる。まるで品定めをされているようで居心地が悪かった。ラ・イール様は小さく息を吐いてから続けろと言った。
「まず東側サン・ルー砦に1000の兵力で出向いて叩きます」
「向こうがすぐ気付いて返り討ちにあうだろ」
「勿論、気付かれない前提です。直接東の砦にいくのでなく迂回して北側の森を通る。幸い、この辺りは風が強く人の流れが分かりにくい環境だ」
「西側は常にこちらの動向を監視している。北の森に兵士が向かったら気づかないはずはない」
「西側の目をこちらに向けなければいい。500の兵士を向かわせます」
「馬鹿が。こんなのその兵士が敵に近づくより先にこちらが全滅する。相手はあの長い弓を使うんだ。私達とは射程距離が違う」
「くそ…こちらにもあの弓さえあれば…」
誰かがポツリとぼやく。確かに推定500m先まで届くという奴らの武器・ロングボウは厄介だ。あの武器のせいでフランス軍は何度もイングランド軍に敗北している。
「火薬はありますか。可能な限り濃い煙が欲しい。ロングボウが強力な武器であったとしても当たらなければ脅威ではありません」
「!……目眩しをするつもりか」
「はい。奴らの目を奪い、奴らの情報網を防ぐ。正確な数を視認できず敵がどこにいるか分からないのであれば奴らは攻撃するか迷うでしょう」
「まぁな。だが迷ったとしても奴らは攻撃するだろう。お前のいう通り正確な位置が分からないから無駄に弓を失うことになる。」
だがな、とラ・イール様は続ける。
「おそらくその500人の囮は死ぬぞ。お前は、そいつらの命を奪う責任と覚悟があるのか?」
「っ…それ、は…」
思わず目を背ける。ラ・イール様は僕を見て鼻で笑った。
「まさかそんな覚悟もないくせに今の作戦を思いついたのか。これだから平和ボケした農民は困る」
「ッ…!」
「だが悪い作戦ではない。作戦決行は明日の晩だ。囮役にはライセルの軍を向かわせる。お前とジャンヌの軍は東の砦を取り返す。それでいいな」
「えっ…?」
「ラ・イール!?貴様何を言っている!?」
別の兵長がラ・イール様に掴みかかった。
「あんな坊主の言うことをきくなど正気か!?」
「どうせ、ここでずっと待機していても食料が尽きるのが関の山だ。ここで皆飢え死にするかこの坊主のリスクの高い作戦にするかならまだ坊主にかけた方がマシというだけだ」
「あ、あの…私は、今年で20になります…坊主と呼ばれる年齢では、ありません」
ラ・イール様をはじめとした兵長が一斉に僕を見た。
「20?嘘だろ…てっきり15くらいかと」
「20でその身長だと?」
「20の割には華奢すぎる…14になる私の息子より小柄とは」
ボソボソと彼らが呟く。僕は居心地が悪くて縮こまった。
「静粛に!!作戦は明日の夜中だ。それまで全員休息をとるように!以上!解散!!」
ラ・イール様のその宣言で軍議は終わった。
・
・
・
「神の子だ!!!フランスの希望の子よ!!!どうか俺たちを救ってくれ!!!」
「あの凶悪な悪魔から俺たちを解放してくれ!!!」
軍議を終え、ぼんやりと外を眺める。ここに来た時よりも住民達の熱がすごいことになっている。ジャンヌに出会い何か感じるものがあったのだろうか。
「ジャック!」
振り返るとジャンヌが真っ直ぐこちらに駆け寄ってきてきた。その後ろをジルがゆっくり歩いていた。
「明日イングランド軍と戦うと聞いたけれど…貴方が
「あぁ…えっと、どうなんだろう?」
明日にすると言い出したのはラ・イール様本人だ。僕は明日なんて一言も言っていない。
「多分、ジャンヌが早く倒したいって訴えていたからじゃないかな」
「でもラ・イールが言っていたの。ジャックに感謝しろって。貴方が戦術をたててくれたからそれにのったって」
「そう、なんだ」
「ありがとう。ジャック」
ジャンヌはふわりと笑う。とても愛らしくて眩しい笑顔だ。
「貴方のおかげでフランスを救える」
けれどそれは僕に向けられた笑顔ではない。
「……そうだね。早く、この戦争を終わらせたいね」
一度でいいからその笑顔を僕に向けてほしい。
そんな永遠に叶わない願いを抱いていた。