フランスの悪魔   作:林部

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最初のブロック「ーーー」までがジル
次のブロック「ーーー」までがジャック
最後のブロック「ーーー」がジャンヌ視点です。

視点分けのやり方。ご希望あれば感想欄等にメッセージいただけますと幸いです。


第8話

ジャックが立てた戦術は驚くほど彼の思惑通りにうまくいった。ここオルレアンでは敗戦続きだったためこの勝利は大いに兵士達の指揮を高めた。そして住民達のジャンヌへの評価は最高潮にまで達していた。

彼を信頼したラ・イールはその後の戦術も彼に任せた。慎重派だった他の隊長軍を黙らせラ・イールは彼の言葉に耳を傾けたのだ。

彼はまずすぐにサン・ジャン・ラ・ブラン砦奪還を指示した。初戦の戦いで士気が上がっていたため今が時だと思ったのだと後に彼は言う。

オージュスタン砦・トゥーレル砦では最新兵器の火砲を前線に運ぶよう指示した。先に砦を破壊しその後すぐに兵士を突入させる見事な作戦だ。その後、黒騎士が率いていたとされる西側の砦にいたイングランド軍は恐れをなしたのか撤退した。

 

後にこの戦いをオルレアン解放戦という。

 

 

 

「凄まじいな。ジャックは」

「え?」

 

じっとジャンヌを遠くから見つめていた彼はキョトンとした顔で私をみる。その左肩と胸の間には痛々しい包帯が巻かれている。戦場でジャンヌを襲った矢を彼が庇った際にできた傷だ。私には痛々しく見えるその包帯を先程彼は愛おしそうに触れた。その口はやっと守れたと言い少し嬉しそうだった。ジャンヌは複雑そうな顔でそんな彼を見つめていた。

彼の気持ちは分からんでもない。好きな女を守れた時の高揚感を知らないわけではないからだ。だがジャンヌの気持ちもまた分かる。あと数センチ下の位置に矢が刺されば彼は死んでいた。自分を守ったせいで身近な者が重症を負う等想像すらしたくない。

ジャックはジャンヌを守らなければという思いに駆られジャンヌ自身の気持ちを理解できず。ジャンヌは愛する女を命懸けで守りたいと思うジャックの気持ちを理解できない。幼馴染なはずなのに絶妙なすれ違い方をしていると思った。

 

「たった7日だ。オルレアンは半年以上イングランド軍に包囲されていたのに君がたった7日でオルレアンをイングランドから救った」

「それは違う。僕じゃ…私じゃない。ジャンヌが凄まじいんだ」

 

彼はまたジャンヌを見つめる。彼女は亡くなった遺体の前に膝をつき祈りを捧げていた。

 

「男爵…ジルも、見ていたでしょう。戦場で旗をふるジャンヌを見た途端皆の士気が高まった。そのおかげだ。皆の思いがオルレアンを解放させたんだ。私じゃない。ジャンヌのおかげだ」

 

ほら、と彼は言う。

 

「ジャンヌはイングランド兵(あの悪魔)にすら祈りを捧げているんだ。アイツらが僕らを苦しめていたのに……アイツらは僕達の大事な人を意味もなく殺すような最低最悪の奴らなのに……あんなの、到底真似できない」

 

そんなジャンヌだから、皆信頼してついてきてくれるのでしょう。

彼は少し寂しそうに言った。

 

「……ジャック、オルレアンの街はまだ見ていないのだろう?離れる前によく見ておくといい。次いつここへ来れるか分からないからな。気に入ったものがあれば買いなさい」

「え…?」

 

ジャックは困惑した顔をした。

 

「ここは元々栄えていた街の一つだ。君たちの年頃の子が好みそうな装飾品も扱っている店はたくさんあるさ」

「はあ…なるほど。しかし、生憎そういったものは、あまり……その、疎いといいますか」

「……君という男は…本当に女性の扱いに疎いのだな」

「え?」

 

私が大きくため息を吐くとジャックはキョトンとした。この様子では何故女性の扱いの話になったのかすら分かっていなさそうだ。

 

「よく覚えておきなさい。よほど身なりを気にする身分でない限り…もしくはそういった趣向でない限り、男が装飾品を買う理由なんて女性にそれを贈るときだ」

「!な、なるほど…。そう、なんですね」

「そしてこれも覚えておきなさい。男が女性に装飾品を贈る理由は牽制だ。この女は自分が先に手を出していると他の男に知らしめるためでもあるということだ」

「!!?」

 

あんぐりとジャックが口を開けたまま固まる。彼は田舎の小さな村出身だというからきっと女性に物を贈る慣習などないのだろう。

 

「暫く我々は休暇となる。明日1日街へ繰り出しても誰にも文句は言わないだろう」

「ま、待ってください!いきなり、そんなことを言われても…な、何を買えばいいんですか…僕は」

「何をそんなに戸惑っているんだ」

「戸惑うに決まっています!お、贈り物なんて…したこと、ありませんし……初めてのことなので、教えてもらわないと分からないですよ」

「オルレアンを解放した男が何を言っているんだ」

「それとこれとはわけが違う!!」

 

ジャックは叫んだ。本当に焦っているようだった。

 

「い、一緒に来てくれませんか…僕1人じゃ無理だ…装飾品なんて、何を選べばいいか」

「こういうのは贈る相手のことをよく考えて自分で選ぶべきだ。君はジャンヌとずっと共に過ごしてきたと聞いた。君自身が1番彼女の趣味趣向が分かっているはずだろう」

「それはっ……そうですが……あれ。ジル」

 

彼は暫く沈黙した後、恐る恐る私の顔を見た。

 

「僕は…貴方に何も話していない、はずだ」

「何をだ?君がジャンヌに好意を抱いていることか?確かに君の口から直接聞いてはいないな。だが君は分かりやすいからな」

 

彼はカッと顔を真っ赤にした。

 

「な、なんで!?い、いつから!?」

「あれだけ彼女の側に張り付いて彼女を庇い、彼女を見つめている君を見れば誰でもすぐ気付くさ」

「っーー!!」

「なに。心配ない。誰も君の青い恋心を邪魔しようとは思わないさ。皆、暖かい目で君たちを見ていただろう」

 

彼は羞恥心が極限にまで達したのか泣きそうになっていた。

 

 

「ジャック!」

「っ!?」

 

不意にジャンヌがこちらへ近づいてきた。祈りはもう終わったようだ。

 

「な、な、なに?どうしたの?」

「ジャックこそどうしたの?顔真っ赤だよ」

 

不思議そうにジャンヌが彼の顔を覗き込む。彼は慌てて手で顔を隠した。

 

「な、なんでもない!!」

「そんなことないでしょう。何があったの?」

「なんでもないってば!」

「ジャック。そんなに声を荒げちゃダメだよ。また息が苦しくなっちゃう」

「ッ…」

 

冷静な彼女からの指摘に彼は何も言えず黙り込んだ。

 

「ジャンヌ、その辺りでご勘弁を。なに、少し男の会話をしていただけですよ」

「男の?…女の私は除け者ですか」

「いえ、そういうわけでは…」

「では、いったいなんの話を?」

 

食いつきがすごい。そんなに除け者にされたことが嫌だったのか。あるいは、今までお互いの事はなんでも知っていたであろう相手から突然秘密をつくられてしまって拗ねているのか。

さて、困ったな。ここで正直に話してしまってはジャックが可哀想だ。かといってこの食いつきようでは誤魔化しも効かなさそうだ。

 

「…都会の男は、好きな女性に贈り物をするという話を聞いたんだ」

 

私がどうしようかと考えている間に彼は自ら打ち明けた。

 

「贈り物?何を贈るの?」

「ジルがいうには…都会では贈り物用の装飾品が売っているらしいんだ」

 

ジャンヌは驚いた顔をした。地方の生まれとはいえ女性なのだからこういう話には敏感だろうと思ったが彼女もジャックと同じレベルだったらしい。

 

「……ジャックは」

 

ジャンヌは少し考えてから恐る恐る言った。

 

「ジャックは好きな人がいるの?」

「っ!ぇ…ぁ、ああ…えっと」

 

びくりと彼があからさまに反応した。その様子を見てジャンヌはいるんだねと小さく呟いた。それから少し目を泳がせてから彼女はジッと彼を見つめた。

 

「もしかして…もう私と一緒にいるのは嫌?」

「そんなわけないだろう!!何でそうなるんだ!?!?」

 

彼が間髪入れずに言う。ジャンヌは彼の回答に驚いていた。

 

「でも好きな人がいるんでしょう?その子の側にいたいと思わないの?」

「……」

 

ジャックは恨めしそうにジャンヌを見る。ジャンヌはキョトンとしていた。なるほど。都会の聡い女性は中々に扱いに困ると思っていたが地方の純朴すぎる女性も困りものだな。

ジャンヌは不思議そうな顔でジャックの言葉を待っていた。ジャックは、少し考えた後ゆっくり口を開いた。

 

「……ジャンヌは、好きな男ができたら」

「え?」

「そしたら……僕が君の側にいるのは、嫌になる…?」

 

彼は恐る恐る聞く。ジャンヌは驚いていた。

 

「そんなこと、考えたこともなかった」

「……だろうね」

「でも離れ離れにはなりたくないな」

 

今度はジャックが驚いていた。自己評価の低い彼のことだ。こんなことを言ってもらえるとは夢にも思っていなかったのだろう。

 

「だから、これはただの私の気持ちだから聞かなかったことにしてくれても構わないんだけど…もしジャックが誰かとお付き合いをして、誰かと結婚したとしても、私のこと忘れないでほしい。覚えていてほしい」

 

ジャックは絶句していた。これは…彼は遠回しに振られてしまったのだろうか。それとも…、

 

「じゃあジャンヌも……他の男と付き合っても、結婚しても。僕のこと、覚えていてね」

 

ジャックは少し歪んだ笑顔でそう言った。

 

 

「い、いっぱいありますね…」

 

翌日。頑張って1人で街へ繰り出したもののどうすればいいか分からなかったジャックは昼過ぎになり私にやっぱり来てくれと懇願してきたので今こうして街の中を歩いている。

 

「ジル…貴方だったら何を選びますか?」

「私の答えなど聞いてどうする」

「だ、だって…本当にこんなにたくさんの店があったら何を買えばいいか……一般論が知りたいんです」

「一般論であれば身につけられる物だよ」

「もう少し具体性が欲しい」

「あとは相手の女性次第だ。その子が喜びそうなものを贈るんだ」

 

彼は小声で喜びそうなもの…と復唱した。

 

「あそこの店はどうだ?鉄製の装飾品が売っている。値段もそこまで高くなさそうだ」

「あ、あの…」

「なんだ?」

「木製では、だめでしょうか?…その、あまり重たいとよくないかと思い」

「……」

「…やっぱり、だめですよね」

「いや、そんなことは…」

 

一般的な女性であればその観点は大事だと思うが、彼の想い人はあのジャンヌ・ダルクだ。我々と同じ重い鎧で戦ってきた女性だから今更薄い鉄製の装飾品が増えたところであまり変わらないだろう。

 

「あの店の装飾品は薄手に作ってあるからそこまで負担にならないと思うが、それでも木製のものがいいのか?」

「僕が…私が、勝手に贈る物だから。できる限り負担になりたくないんです。彼女が気にもならないほどの軽いものがいいんです」

「……君という子は」

「?」

 

健気というより、可哀想だとすら思える。これだけ重たい思いを抱えながら見返りどころか相手の負担ばかり考える彼の恋心は私が想像するよりきっと複雑で苦しいものだろう。

 

「いや、いい。君がそう思うのならそうすべきだろう。それで、どんな形がいいのか候補はあるのか?」

「あぁ。それは最初から決めています」

「ほう。聞いても?」

「十字架を…」

「十字架、か…」

「…ジャンヌが1番愛しているのはイエス様ですから」

 

彼は当たり前のようにそう言った。私は何と返していいか分からず曖昧に微笑んだ。

 

「では、まずは木製の装飾品を売っている店を探そうか」

「…付き合ってくれるんですか?」

「ここまで付き合わされたんだ。最後まで付き合うさ」

「!ありがとうございます、ジル」

 

彼はにこりと微笑んだ。

 

「まぁ、ここまで決まっていれば早いだろうさ。今日中に買ってしまおう」

「はい!」

 

私のこの読みは見事に外れ、彼と私は休暇最終日までジャンヌへの贈り物を探す羽目になった。

この時私は心に決めた。優柔不断な男の買い物には今後一切付き合わないと。

 

 

「で、結局君はまだ渡せてないのか」

「……はい」

 

思わずため息が出た。彼は小さく縮こまっていた。

 

「あれだけ彼女の側にいておいて……渡す機会などいくらでもあっただろう」

「っ…だ、だって……言ってしまったから」

「何を?」

「…男が、女性に贈りものをするのはその女性のことが好きだからってこの間遠回しに教えてしまったから…」

 

あぁそういえば、彼の買い物に付き合う前日にそんな会話をしたなと思い出した。

 

「それがなんだ」

「……重たいでしょ…側にいる人に、ただの幼馴染だと思ってる人からこんな事されたら。気まずく思われてしまう。僕は……私はジャンヌに嫌な思いをされるくらいなら何もしない方がいいと思います」

「……君というやつは」

 

なんともらしすぎる理由にため息を吐いた。

 

「明日、君たちはここを出発するのだろう?」

「はい。シノンへ向かいます」

「シノン…王太子か」

「はい。ここへきたのも王太子様からの命ですから。一度戻り指示を仰ごうかと」

「そうか。私はもうしばらくここにいるから暫しの別れとなるな…で、それはいつ渡すんだ?」

 

彼は目を逸らした。渡す気のないその態度に私は苛立ちすら覚えた。

 

「シノンへいくのも安全とは限らないんだぞ。今渡さずにどうする?死に別れて渡せなかった、なんて笑い話にすらならないぞ」

「……時が来たら渡します」

「その時とやらはいつ来るんだ」

「………分かりません」

 

ぶん殴ろうと思った。殴らなかった私をどうか褒めてほしい。彼の恋が実らないのは彼女の鈍さより彼自身のこのうじうじした実に男らしくない性格が原因なのだろうと今はっきりと分かった。

きっと彼は渡せないだろうと思った。

 

そして私の予想通り彼は結局最後まで渡せなかった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「よくぞ戻った!ジャンヌ!!あの黒騎士に勝つとはな!!」

 

シノン城へ着くと王太子、シャルル7世はジャンヌに抱擁した。

 

「フランスの希望の子。そなたこそ救世主だ!」

 

ニコニコと上機嫌に微笑む彼は、しかし僕には冷たい眼差しを向けた。

 

……まさか、王太子はジャンヌを狙っているのか。いやでも、ジャンヌは農民の出だ。王族と結婚なんてできるはずがない。いや、でもよく御伽噺や神話では国を救った英雄は身分など関係なしに貴族や王族といった身分の高い人と結婚していた。

…じゃあ、ジャンヌがフランスを救う救世主なら、シャルル7世と結婚することだってできるってこと、か…?

 

「ジャック、どうした。顔色が悪いが…」

「へ…」

 

ふと気がつくとジャンヌもシャルル7世も王太子に仕えている人全員が僕を見ていた。

 

「何か、気がかりなことでもあるのか?」

 

王太子は真顔で聞いてくる。

 

「えっ、い、いえ……」

「どうした。何が気がかりだ。言いなさい」

「……な、なんでもございません。実は、今朝腹を下してしまいまして…」

 

咄嗟に嘘をつく。まさか王太子に、ジャンヌのこと狙ってないですよね?なんて聞く勇気などなかった。

王太子はそうか、といいジャンヌと向き合った。

 

「ジャンヌ。私はランスで戴冠式を行わないといけないと、そう言ったな?」

「はい」

「今、ランスはイングランドが支配している。私がランスに行くためにはロワール川周辺を解放しないことにはいけない。私は万一にも命を落とすわけにはいかないからな。だが敵は多い。そこでお前に優秀な騎士を紹介しよう」

「騎士、ですか」

「そうだ」

 

王太子は入りたまえと声を張り上げた。

すると、1人の男が入ってきた。

 

とても男らしくかっこいい人だった。

 

「ジャン。彼女がフランスの希望。神の子 ジャンヌ・ダルクだ。そして彼がジャック」

「ほう。この子らが例の噂の……失礼ですがただの農民の子に見えますが」

 

にこりと微笑む。とんでもなくかっこよかった。ジャンヌも心なしか見とれている、気がする。

はぁ、どうしてこんなに魅力的な人ばかりジャンヌの側に来てしまうのだろうか。嫌気が差す。いや、僕に魅力がないのが悪いんだけども。

 

「彼はアランソン公ジャン2世。彼は屈強な軍隊を持つ優秀な騎士だ。彼と共にロワール川周辺の街を解放し、私をランスへと導いてくれ」

「はい」

「それからリッシュモンと名乗るフランス騎士が現れたら、戦いなさい」

「えっ…フランスの騎士なのにですか?」

「あぁ、そうだ。彼はフランスにとって良くない存在なのだから。必ず戦い、そして勝ちなさい。いいね。フランスの希望の子よ」

 

ジャンヌは困惑した顔をしていたが、やがて小さく返事をした。

 

 

「じゃ、ジャンヌの、将来の夢は何?」

「え?突然どうしたの?」

 

ジャルゴー城へと向かう途中ジャンヌに自然を装って聞いた。が、ジャンヌは不思議そうにこちらを見た。聞くことばかり考えて導入が全然自然じゃなかったな、と聞いてから悔いた。

 

「今まで、聞いたことなかったから」

「…突然将来の夢って言われても……今はフランスを救うことしか考えられないよ」

「じゃあ、今考えてみてくれ。フランスが救われた後、何かしたいことはある?ほら、き、貴族との結婚、とか」

「何言ってるの?私達は農民なんだから貴族と結婚なんてできるわけないよ」

「そんなの、分からないだろ。君ならできるかもしれないじゃないか」

「ジャック、さっきからどうしたの?お腹の調子、まだ悪いの?」

 

ジャンヌがとても心配そうな顔で僕を見た。近くにいたアランソン公爵様も怪訝な顔で僕を見ていた。

 

「結婚したいと思ったことはないけれど…でも、母さんの手伝いをもっとしたかったなって思ってるよ」

「そっか……じゃあジャンヌはこの戦いが終わったらご両親の元へ帰るんだね」

 

僕の言葉にジャンヌはにこりと微笑んだ。その笑みがなんだか少し寂しそうに見えた。

 

「この戦いが終わる頃には嬢ちゃんの結婚適齢期もいいところになってるだろうよ。今のうちにいい男見つけとけ。そのなよなよ男以外にな」

 

ラ・イール様がニヤニヤしながらこちらを見る。あからさまな挑発にむっとした。

 

「そういう貴方はどなたかと恋愛結婚でもされたんですか」

 

むすっとしながら言うと彼は更に笑みを深める。

 

「あぁ。私は恋愛結婚だよ。羨ましいだろう。お前と違って私はとてもモテてね。恋に落ちた女性を射止めるなど他愛もないさ」

「なっ…」

「えっ!?恋の経験があるんですか!?」

 

意外にもジャンヌがくいついた。よっぽど意外に思ったのかもしれない。僕も思った。

 

「恋とは甘い菓子のようなものだと母から聞いたのですがそれは本当ですか!?どんな味がするんですか?」

 

そっちか。完全に食べ物に釣られたのか。僕はほっとしたような残念な気持ちになった。

 

「…そんなんじゃないよ。恋なんて苦しいものさ。胸の奥をきゅーっと掴まれているような辛ささ」

「え?辛いんですか?」

「辛くない恋なんてあるわけないだろう。その辺りはジャックの方が詳しいかもな」

「えっ…」

 

ジャンヌが驚きに満ちた顔で僕を見る。

 

「そういえば…ジャックには、好きな人がいるんだよね」

「っっ……何で、覚えてるんだ」

 

僕は頭を抱えたくなった。何でそんな事覚えているんだ。普段は僕が言ったことなんてすぐ忘れてしまうくせに。僕にプロポーズされた事なんて全く覚えていないくせに。

 

「……誰?」

「い、言うわけないだろう!」

「どうして?私には恋の話ができないというの?」

 

どこの世界に恋している相手に恋の話をする頭の愉快なやつがいるんだ。

僕はジャンヌには返事をせずこの訳のわからない展開を作ったラ・イール様を睨んだ。彼は何が面白いのかニヤニヤしていた。ジャンヌは不満そうな顔をしていたが僕は結局まともな返しができなかった。

 

 

それはボージャンシーに向かう途中に現れた。

 

「っ!?前方にフランス軍を確認!!」

「増援か!助かる!合流しよう!」

「それが!!先頭を走るのがあのアルテュール・ド・リッシュモンです!」

「っ!?全員止まれ!!!」

 

公爵様の命に従い全兵士が馬を止める。前方にいる軍は、確かにフランス軍だった。

 

「ジャンヌ・ダルクはいるか!?」

 

前方の兵士のうち、先頭に立つ人物 アルテュール・ド・リッシュモンが大声を張り上げる。

ジャンヌは公爵様が止めようとしたが、それでも軍の先頭にでた。リッシュモンは手持ちの武器を捨て、馬からおり、無防備な状態でジャンヌの前まで歩いた。ジャンヌの後ろに立つ僕を含めた全兵士が彼に剣や弓矢を向けていた。

 

「フランスの希望。神の子よ。私は君を恐れない。何故なら神は私の意思をご存知なのだから。君の手足となりフランスを救うことをここに誓おう」

「私を、神の子だと信じるというのですか」

「…仮に君が悪魔の子だとしても、それこそ君を恐れる必要はない。私のフランスを思う気持ちは決して揺るがないのだから」

 

ジャンヌは静かにリッシュモンを見つめた。

 

「ジャンヌ、離れるんだ。彼とは戦わないといけない」

「ジャック。王太子様は彼と戦う理由を、フランスにとって良くない存在だから、と言った。けれど私はそうは思わない」

「君は、何を言っているんだ。まさか、王命に背くつもりか…っだめだジャンヌ!!そんなことをしたら君の立場が危うくなる!!」

「私の立場よりフランスを救う方が大事だよ!!!」

 

叫ぶ僕にジャンヌは叫び返す。

 

「ジャック、言ってたよね。フランスは今兵力が足りないって…なら内戦なんてしている余裕なんてない。それに彼は信頼に値する」

「そうだとしても誰よりもこの実情を知っている王太子が彼を討てと命じているんだ!」

「シャルル7世が私を討てと命じているのか」

 

リッシュモンは僕を見た。その顔がひどく悲しげで僕は動揺した。

 

「私はフランスに忠誠を誓いこの国のために身を尽くしているのだがな…不正を行った貴族を裁き反感を買ったことがそこまで王太子の信頼を損ねてしまうとは」

「え…?」

「大元帥。貴方の正義感の強さは尊敬に値する。がしかし度の過ぎた行為は粛清されるんだ。たとえそれが正義感であってもな」

 

公爵様が弓矢でリッシュモンを狙う。

 

 

「いいえ」

 

ジャンヌははっきりと言う。

 

「いいえ。粛清の必要はありません。何故なら彼はここに誓いました。フランスを救うと。ならば彼は私達の同胞です」

 

そして手を差し出した。

 

「さぁ、参りましょう。共にフランスを救うのです」

「ジャンヌ!ダメだ!何を言っているんだ君は!そんなことをしたら…下手したら君の命が」

「ジャンヌが新しい騎士を味方につけたぞ!!」

「これで俺たちはもっと強くなる!!絶対にボージャンシーでイングランド軍を倒すぞ!!!!」

 

僕の声を遮るように周囲の兵士が盛り上がりを見せる。ジャンヌがリッシュモンを味方だと認めた途端、まるで手のひら返しのように兵士たちは大歓喜した。公爵様だけが冷静に周囲の様子を見ていた。

 

「私を信じてくれてありがとう。ジャンヌ・ダルク」

「ジャンヌでいいです。リッシュモン」

 

リッシュモンは。大元帥はジャンヌと握手した。僕はそんな姿をやきもきしながら見ていた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「ジャック、怒っている、よね」

 

ジャックはグッと眉間に皺を寄せて私を見た。

 

「君には、僕が怒っているように見えるのか」

「違うの…?私が勝手にリッシュモンを味方に引き入れて……それからジャックは喋ってくれなくなったから」

 

ジャックは小さく息を吐いた。

 

「怒っているよ。君はあまりにも楽天的すぎる…それは真っ直ぐで人をすぐ信頼できる君の美点なのかもしれないけれど……いつも僕がどれだけその楽天さに怯えているか分かるかい」

「ごめんなさい」

「違うよジャンヌ。僕は謝って欲しいわけじゃないんだ…僕は、いつか君のその美点が君自身を滅ぼすんじゃないかって怖くなるんだ」

 

彼はチラリと後ろを見る。彼よりもずっと大柄で勇ましい騎士、リッシュモンを見ていた。

 

「君は楽天的だけど人を見る目は確かだと信じているよ。きっとあの騎士も君のいう通りフランスが誇る騎士なんだろうね…君と同じ全ての人を対等に愛せる素晴らしい騎士なんだろう。だから、人の反感をかってしまったんだろう、と僕は思っている」

「ジャック…」

 

彼はまた小さく息を吐いてから、真っ直ぐ私を見た。

 

「彼とは戦場で出会ったことにしよう。イングランド軍に勝つためにそうするしかなかったといえば、王太子様だって考えてくださるはずだ」

「ジャック…嘘をつくつもりなの?」

「……この先、イングランド兵と戦うことは避けられないんだ。公爵様の言う通り彼が優秀な騎士ならば僕らは彼に助けられることになるだろう。嘘だと断じられるほどのものではない。ただ少し過程の話をあやふさにするだけさ。いいかい、ジャンヌ。王太子様に報告するときは今の話をするんだ」

「それは、いや」

「ジャンヌ」

 

ジャックはグッと眉間に皺を寄せた。怒っているように見えた。

 

「お願いだよジャンヌ。聞き分けてくれ。本当のことをいえば、君が王太子様の恨みを買うことになる…フランスのために戦っている君が、フランスに裏切られることになる可能性だってあるんだ」

「…ジャックは私よりもずっと頭がいいからきっと正しいことを言っていることは分かる。貴方が私のことをずっと心配して守ってくれようとしているのも、分かっている。でも、私のために嘘を許すのはやめてジャック」

 

ふとラ・イールがこちらを見ていることに気付いた。彼は静かに私たちを眺めていた。

 

「ジャック。ありがとう。いつも私のことを考えてくれて。とても嬉しい。貴方がいたから私はここまで来れたのだと思う。私1人じゃきっと王太子様に会うことすらできなかったと思う」

「そんなこと…」

「どうか私を守ることを1番に考えないで。私は貴方のように頭は良くないかもしれない。でも、それでも私は…私だって戦えるから。私と対等になって。私は貴方に守ってもらいたいんじゃない。お互いに背中を預けられる関係になりたいの」

 

ジャックは驚いた顔をした。

私は彼の返事を待たず、だからね、と続けた。

 

「もし私が自分の行動が原因で危ない目にあっても、貴方は過度に助けようとしなくていい。私の自己責任だと思って、貴方は貴方のやるべきことをしてほしい」

「僕は…」

「大丈夫。私は戦場では死なないから」

 

私は笑って言う。けれどジャックの表情は晴れなかった。

 

「リッシュモンのことは正直に話すから。それで王太子様を怒らせてしまったら、それは私の受けるべき報いだから。ジャックが心配する必要はないの」

 

後ろを振り向く。リッシュモンは先ほどと変わらぬ姿勢のままそこにいた。

前を見るとジャックは少し泣きそうな顔をしていた。その顔を見た途端、ドンレミ村の中で迷子になった幼い頃のジャックを思い出して胸が暖かくなった。

 

「大丈夫。私たちはこれからも一緒だから。離れ離れになんてならないから」

 

ぎゅっと彼の手をとる。彼は気恥ずかしそうな顔で俯いた。その姿が少し可愛らしくて私は笑った。

 

 

 

しかし皮肉なことにこの後のイングランドとの戦い。

後にパテーの戦いといわれる戰で、ジャックは命を落とした。

 




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