「嘘、だ…」
声が掠れる。
手が、肩が、足が、震える。
「嘘だ…嘘だ……なん、なんで」
ヒューヒューと喉の奥から変な音がした。あぁ感情が昂っている。抑えないと発作が酷くなって息ができなくなってしまう。そう思うのに僕は動揺を止められなかった。
「なんで、生きているの。父さん」
1年前イングランド軍に殺されたはずの父さんがいた。
父さんは冷めた目で僕を見ていた。
3ヶ月前のこと。後にパテーの戦いといわれる戦場で僕は拘束された。イングランド軍にではなくフランス軍に。今まで信頼していた騎士 ラ・イール様が油断しきった僕を殴って気絶させ拘束。そしてシノン城へと連行した。
「ジャック。どうして貴様にイングランドのスパイ疑惑がかかっているか、分かるか」
王太子様が鋭い眼差しで僕を見る。その目は前回と同じ目だった。そこで察した。あぁ前回。ジャンヌだけに抱擁し僕には冷たい眼差しだったのは、彼女を恋仲にと思っていたなんてことではなく。ただ単に、フランスの希望の子と、
僕は、なんて浅ましい勘違いをしていたのだろう。
「わかり、ません…何、で…いつから僕がそんな……僕は、僕は!フランスのために戦いました!!ジャンヌと共にオルレアンを開放するために!!貴方様のご命令通り!!貴方様がロワン川を渡れるように!!僕は!!!」
「リッシュモンと手を組んだと聞いている」
「っそれ、は…フランスを、救うために……必要な、ことで……っ僕の、独断で」
「ほう。貴様の独断か。貴様が反対するジャンヌを押し切りリッシュモンを仲間に引き入れたと?」
「………は、ぃ」
「ジャック。嘘はやめろ。もう王太子には私から報告をしている」
後ろから声が聞こえる。ラ・イール様だ。後ろを振り向くのは許されていないので今この場にいるのが誰なのか分からない。が気配の数からしておそらくラ・イール様と王太子様しかいないはずだ。
「貴様はイングランド軍の武器を知っているか。ロングボウのことだ」
「それは勿論。戦場に立ったことがある人間なら誰でも知っているはずです」
ロングボウとはイングランド軍の持つ特殊な長い弓のことだ。射程距離が600メートルというとても恐ろしい武器。昔父さんが教えてくれたこの国の歴史の中で何度も登場する恐ろしい武器だ。あの武器のせいでフランス軍は何十年も前から苦しい戦いを強いられている。
「ほう。知っているのかロングボウを…どこで知った」
「戦場で、嫌というほど見ました」
「そうではない。貴様は一体どこで、ロングボウという名前を知ったと聞いている」
「え…?」
「あの弓矢をロングボウという名称で呼ぶのは、イングランド軍だけだ。何故貴様はイングランド軍のつけた名前を知っている。我々フランスは長弓としか呼んだことがない、その名を何故フランス人のはずの貴様が知っている」
「え……」
頭が真っ白になった。じとりと冷や汗が背中を伝う。僕は、知らなかった。フランスではあの長弓に名前がつけられていなかったということを。
僕は知っていた。イングランドでは呼ばれている、あの長弓の名前を。
「う、嘘だ…だ、だって…僕は父さんに教えてもらったんだ!」
震える声で叫ぶ。叫びながら嘘であってくれと願った。これは冗談で本題は別なんだと彼らがそう言ってくれる未来を想像していた。
「お前の父親はどこだ」
「……おりません…1年前、ドンレミ村で、イングランド軍に…殺されて……」
「1年前…相次いでイングランド軍が村の焼き討ちをした時だな……我ら同胞の遺体を燃やしたという文字通り悪逆非道の限りを尽くした蹂躙」
「…そう、です。僕の父さんと母さんは、その、犠牲者だ」
「そうか。それは悪いことを聞いた。ところで貴様は両親が死んだと思っているのか」
「え……?何を、仰っているのですか」
意味がわからず顔を顰める。王太子は僕の問いには応えなかった。ただ独り言のように、そうか。死んだと思っているのか、と呟いた。
「ジャック。私とて貴様を疑いたくはない。貴様は良くやってくれている。パテーの戦いでも貴様の判断が多くの命を救ったと聞いている。そんな優秀な人物を私は失いたくなどない。だがな、私とて怖いのだ。イングランド軍しか知り得ない情報を知っている貴様が。たとえ貴様がフランスに忠誠を誓ったとして貴様が両親の人形だとしたらと考えるととても恐ろしい」
「何を…僕の両親を愚弄するおつもりですか!」
「では貴様は貴様の父親がイングランドの武器の名称を知っていた理由をどう説明する?」
「…っ!!」
何も言い返せなくなった僕を見て王太子様は小さく息を吐く。
「僕の、両親は…イングランド軍に殺されました。悪逆非道の限りを尽くされました…それがイングランド軍とは決して繋がっていない証明になるのではないでしょうか」
「ジャック。戦いの舞台は戦場だけではないと知っているか。仮に貴様がスパイだとしたら、スパイとしての戦い方があると知っているだろうが、私は貴様を信じている。貴様はきっとイングランド軍のスパイではないと」
僕の言葉などまるで聞こえなかったように王太子様は話す。
「知っているか。フランス人は忠義を尽くす。フランスを愛しているからな。それは騎士としては尊敬すべき性分だがスパイとしては相性が悪いんだ。だから過去イングランド軍へ送り込んだスパイはことごとく失敗している。おかげでこちらはイングランド軍の戦術がいつまで経っても見通せない。かたやイングランドはまるで我々の動きを知っていたかのように待ち構え我々を迎え撃っている」
じっと王太子様が僕を見る。疑いの眼差しを向けられているのだと察した。
「違います!僕は、そんなことしていない!僕はフランス人だ!!」
「あぁそうだ。貴様はフランス人だ。だからジャック、私のために戦いなさい。これまで誰も到達できなかったイングランド軍の上層部へ侵入し奴らの情報を我々に流すのだ」
「な…それ、は」
「フランスのスパイになれ。いいか。これは私から貴様への信頼によってなされる命だ。本来であれば貴様は処刑すべきだ。だが私は貴様を高く評価している。私は貴様を疑いたくない」
私を信頼させろ、ジャック。
王太子様は続けてそう言った。
僕は。
「そんな…」
僕は、嫌だった。
「僕が、ジャンヌの側を離れたら…一体誰がジャンヌを守るというのですか」
だって僕はジャンヌを守りたかった。
「貴様が消えたところで問題ないだろう。貴様が言ったのだ。ジャンヌ・ダルクはフランスの希望だと。であれば側にいる人間1人が消えたところで潰える存在ではないだろう」
「っ…!!!」
「それに貴様がイングランド軍の情報を持ってくればジャンヌも上手く立ち回れる。言っただろう。戦場だけが戦いの舞台ではないと」
王太子の言葉に僕は頭を殴られたような衝撃を受けた。フランスの希望。その言葉はジャンヌを悪意から守る言葉だったはずなのに。まさかその言葉に自分が苦しめられるとは思わなかった。
「さぁ選べジャック。今ここで処刑されるか。フランスのスパイとなり、陰からジャンヌ・ダルクを救う存在となるか」
王太子は真っ直ぐ僕を見下ろす。選択肢などあってないようなものだった。
その後聞いた話ではジャンヌの幼馴染のジャックという青年はパテーの戦いで死んだことになった。
後に語られる歴史では、ラ・イールがジャンヌにジャックの死を告げた時、彼女は泣き崩れたと言われている。
・
・
・
僕は、一体何をしているのだろう。
イングランド兵の遺体から鎧を奪い取った時、自分の行いに目眩がした。
僕は王太子様から聞いたフランス軍とイングランド軍の戦いの場に向かった。戦場へ向かうのではなく、イングランド兵の遺体を探し回った。見つけた遺体の鎧を奪い取り自分で自分の腹を斬った。深い傷になるよう何度も自分の腹を斬った時、死への恐怖と痛みで気が狂うかと思った。痛みのあまり叫ばないように、自分の口に布を詰め込んで必死に自分の腹を斬った。
そしてイングランド兵に近寄り重傷のあまり話せない味方の負傷兵を装った。
「報告!!!前方に敵兵!!敵兵!!!あのジャンヌ・ダルクです!!!」
「撤退だ!!助かる可能性のある負傷兵だけ馬に乗せろ!!!」
ダラダラと止まらない血を抑え意識朦朧の中、イングランド兵の言葉を聞き僕は絶望していた。イングランド兵の言っている言葉の意味が、分かるのだ。僕はフランス人でイングランド語等まともに聞いたことなかったはずなのに。失われた言語だと父に教わった言葉で、イングランド兵が会話しているのだ。
「おい、大丈夫か…安心しろ。撤退命令が出たからな。もう、助かるぞ」
僕を背負い馬にのせたイングランド兵が優しく声をかける。
「ぁ、が…っ!」
「いい、無理して喋るな……酷い怪我だな。よく
何を言っているんだ。悪魔は
「早く、この戦いが終わってほしいな」
ぽつり、と彼が呟く。悪魔のくせに僕らフランスと全く同じことを口にした事が、僕には信じられなかった。
僕がイングランド軍として前線を指揮したのは1ヶ月後だった。
かつて優勢だったイングランドはジャンヌ登場後は劣勢ばかりだった。どんなに優勢であってもジャンヌがきた途端フランス軍が凶変するのだという。あれの前にはもはや戦術すら意味をなさないと。イングランド軍の上層部が頭を悩ますほどだった。
僕が何の疑いもかけられずイングランド兵に紛れ込めたのも、腹の傷が癒えていない状態で戦場へ送り込まれたのも兵士の数が足りないからだ。北側のフランス領を支配はできていても、ジャンヌを率いるフランス軍が攻め込んできて取り返される。フランス軍の2倍は毎回戦死している。イングランド軍の士気は過去最悪だった。もはやジャンヌなしでも負けてしまうほどだった。
そんな戦場に僕は送り込まれた。
一戦目は弓兵としてだ。あの忌まわしき武器・ロングボウで敵を蹴散らせと命じられた。僕は死ぬ気でかつての同胞へ向かってロングボウを打った。死に物狂いで打った。大声を張り上げ、戦術などなしに突っ込んでくるフランス軍は、まさに狂戦士だった。怖かった。だから討った。殺した、何人も。何十人も。
死ぬのが怖くて、討った。殺さないと殺されるから、殺した。
1ヶ月前僕を助けてくれたイングランド兵 オリバーはそんな僕を見てお前の方が恐ろしかったと後に語った。
二戦目も弓兵としてだった。一戦目の成果を認められての参加だった。この時も僕はフランス軍を殺した。一戦目よりも多く殺した。碌な訓練も受けていないくせに使っていくうちに慣れたのか段々とロングボウは思い通りに命中するようになり、矢の無駄遣いをすることなく正確にフランス軍を殺すことができていた。
もうこの頃から、何人殺したかなんて覚えていない。
三戦目は地獄だった。イングランド兵12000に対し、フランス兵8000から始まったその戦いは驚くことにフランス軍が優勢になった。フランス軍の司令官が優秀だったのだ。僕はイングランド兵が壊滅寸前まで追い詰められたところで投入された援軍だった。敵の司令官を見て、僕は逃げ出したくなった。
ラ・イール様……否、ラ・イールだった。ラ・イールが司令官だった。
「弓兵!!時間を稼げ!!フランス軍の足止めをしろ!!」
最悪なことにイングランド軍の司令官はそう命じて自分は馬に乗り足速に逃げた。他の騎士達も逃げていった。残されたのは身分の低い歩兵と弓兵だけになった。ただでさえ低かったイングランド軍の士気が更に下がる。
指令を出す人物が誰もいなくなったことでイングランド兵は混乱した。もうどうすればいいかわからず逃亡するものもいた。当然、逃亡者はフランス軍に討たれ死んだ。
「オリバー…君は、指揮官をしたことがあるか」
「あ、あるわけないだろ。そんなの、訓練時代だけだよ」
「そうか。じゃあ君が指揮官をするんだ」
「はっ!?何言っているんだお前。指揮官なんてしたことないって言ってるだろ」
「訓練時代にはあるんだろう。君は優秀な訓練兵だったということだ」
「だから何だってんだ」
「これまで共に戦場を駆け抜けて気づいたことがある。君は他の兵士達に信頼されている。きっと君がどんな人物でも見捨てることをしない心優しい人だからだろう。いいかいオリバー。今この場を指揮できるのは信頼に値する人物だけだ」
「俺に何をしろっていうんだ」
「作戦がある。大きな賭けだがこの戦況をひっくり返すことができるかもしれない。失敗したら全滅だけど、どのみちここにいても全滅するんだ。オリバー、どうか私を信じて。私の指示を皆に伝えてくれ」
オリバーは驚いた顔で僕を見ていた。だが彼はすぐに頷いてくれた。
「お前らぁ!!なんて顔しやがる!まだ負けてないんだぞ!!今がチャンスだ!!いつも俺たちを見下してくる騎士どもが逃げやがった!!!奴ら腰抜けがいなくなって俺らはどうなる!?動きやすくなるだけだ!!もう俺らはあんな腰抜けどもの言うことを聞かなくて済むからなぁ!!!」
オリバーが叫ぶ。戦意喪失していたイングランド兵は彼をぼんやりと眺めていた。
「喜べお前ら!!俺はいま最高にイケてる作戦を思いついた!!だがな!残念ながらこの作戦は犠牲を伴う。死んでもいいというやつは俺につけ!!俺に賭けろ!!」
「馬鹿が!そんな奴いるわけないだろ!オリバーお前頭おかしくなったのかよ!?」
「死にたくねぇよ!!何でだよ!!俺らの方が兵士の数多かったはずなのに!何で負けてんだよ!!クソッタレ!!勝てるって踏んだから駆けつけたっていうのによぉ!!」
「あぁそうだ!死にたくねぇよ!!俺もお前らも!!だがな!!ここでただ突っ立ってても奴らは俺らを殺しにやってくる!!俺らみたいな身分の低い奴に身代金なんてかけたところで誰も払わないからな!!金にもならない邪魔な俺たちは容赦無く殺される!!!」
「クソが!!!他に道はねぇのかよ!!!!」
「あるさ!!!!言っただろ!!俺は最高にいけてる作戦を思いついたってな。さぁお前ら!!選べ!!!ここで悪魔らに殺されるのを待つか!!俺とともに命を投げうってでも一矢報いるか!!!!!」
オリバーは叫ぶ。仲間達に必死に訴える。彼の言葉に兵士達は迷う。本当に彼のいう作戦に乗るべきか。ここでフランス軍の攻撃を耐えるべきか。
僕は彼らが話している間フランス軍の動向を伺っていた。この状況のままフランス軍が攻めてきたら僕らは死ぬ。少しでも彼らの動きの変化に気付けるように僕は必死に彼らを見ていた。
ふと、フランス軍の司令官 ラ・イールが僕を捉える。その目が大きく見開かれた。
僕はその目を、知っている。何故なら僕もきっと同じ目をしているから。あの目は恐怖と決意の目。
「突撃ーーー!!!!」
僕を全力で殺そうとする目だ。
「っっ!!お前らぁあ!!!南に逃げろぉおおお!!!」
突然の奇襲にオリバーはそう叫ぶと自身も南にかける。僕も彼の後を追った。
「っはぁっはぁ…生き残ったのは……1000人も、いない…かな…っはぁはぁ……思ったよりも、少ないね」
南の森へ逃げ込むまで死者は多く出るだろうと思っていたが、まさか背後のフランス軍からの弓矢で半分以上死者を出すとは思わなかった。ぜぇぜぇと荒い呼吸のまま呟く。
「…オリバー…はぁはぁ…東と西に弓兵をわけて配置するんだ。数は300。真ん中は歩兵だ。盾を隙間なく並べ敵の攻撃を許すな。残りの兵は森を遠回りしてフランス軍の背後に回り、フランスの司令官を討つ」
「っお前、そんな危険な作戦をやるつもりだったのか…そんなん勝率どんくらいだよ」
「さてね。低いと思うよ。あぁ勿論。背後に回る隊の指揮は私がとる。君をここから下げて士気が下がっては困るからね」
「っ危険だっていってるだろ!!その役回りが1番危ないって分かってんのか!お前は死にたいのか!!?」
「死にたくないよ冗談じゃない。…こんなところで死んでたまるか」
「なら…」
「一体誰か司令官を殺してくれるっていうんだ…!こんな、勝率の低すぎる賭けに誰がのってくれるっていうんだ!!私がやるしかないだろう!!私が言い出したんだから!!!」
感情が昂る。喉の奥からまたヒューヒューと変な音がして僕は自分に冷静になれと命じた。
「私の隊のメンバーは君が決めてくれ。君が信頼する、イングランドへ命を、忠誠を誓った兵士を教えてくれ」
彼はグッと眉間に皺を寄せた。が、彼は私のいう通りに動いてくれた。
フランス兵として戦場にいた頃、僕はロングボウが憎く、そして恐ろしかった。
だが、イングランド兵になって初めて気がついた。この武器が非常に扱いづらい。ロングボウ自体が重く最初は敵に当たるより先に地面に落ちていた。そして弓を絞る作業はかなり力を使う。更には風の影響を受けやすく途中風向きが変われば命中などしなくなる。そんな困った武器だが、慣れれば扱いやすく感じる。僕はいつの間にか悪魔の象徴のその武器に触れることで冷静さを保つほどになっていた。
時はくる。
800メートル先にいるラ・イールを捉える。ここからロングボウをうっても届かない可能性が高い。が、これより先はフランス軍に気付かれる可能性があるため近づかない。
風が緩く吹いている。
彼らからは僕らに気が付かない。僕らは弓を引く。まだ手は離さない。
遠くで雄叫びが聞こえる。フランス軍の声だ。南の森はいつまでもつのかわからない。それでもまだ手は離さない。
風が止んだ。僕らは一斉に打つ。
ふいに彼がこちらを見る。その目が僕を捉える。大きく見開かれたその目が印象的だった。
彼に矢を向けることに戸惑いがなかったのかと言われれば、きっと僕はそんなことはないと答えただろう。
殺したくなんてないさ。誰がかつての同朋に手をかけたいなんて思うか。でも殺さなければ殺される。それがこの世界の理なのだから。
僕のうったロングボウは、相変わらず正確に敵の…ラ・イールの頭を貫いた。
”私は恋愛結婚だよ。羨ましいだろう。お前と違って私はとてもモテてね。恋に落ちた女性を射止めるなど他愛もないさ”
不意にフランスにいた頃の彼を思い出した。こんな時に僕は何を思い出しているのだろう。
”恋なんて苦しいものさ。胸の奥をきゅーっと掴まれているような辛ささ。辛くない恋なんてあるわけないだろう。その辺りはジャックの方が詳しいかもな”
「……」
ラ・イール様。悪魔なんかではなく、まさしく僕と同じ心を持った人間。僕なんかを信じて一緒にフランスを守ってくれた強く誇り高き騎士。
そんな彼が目を見開いたまま、ゆっくりと後ろへ倒れる。
さようなら。ラ・イール様。
倒れゆくその姿を僕は見つめていた。
その後は想定通り戦況はひっくり返った。名将ラ・イールのおかげで戦えていたフランス軍は彼の死により一気に動揺が走り隊列が乱れた。士気が低下し戦線離脱者すら現れた。
僕は冷静に逃げ惑うフランス兵を討った。逃げるふりをしているだけの可能性があるから。脅威は消し去った方がいいに決まっている。僕はロングボウをフランス兵に討つ。ふと、フランス兵と目があった。知らない人だ。彼の口が動く。
悪魔だ、と彼の口が動いた。そう言ったであろう彼の頭を僕のロングボウが貫いた。
あぁ。僕は一体何をしているのだろうか。
更に逃げるフランス兵にまたロングボウを構えながら僕は思う。
ジャンヌ。君が今の僕を見たらどう思うのだろうか。こんな僕でもまだ君は笑いかけてくれるかい。もうこんな地獄から逃げ出して君の元へいきたい。君のそばで君の幸せを願っていたい。
でも、もう無理だ。僕はもう何百人ものフランス人を殺して、今もこうして怯えるフランス人を殺している。
そんな僕が君の幸せなんて願える権利、あるわけない。
「ジャック!オリバーから伝令だ!」
「!レオ…オリバーはなんて?」
「フランス軍の撤退を確認した!この戦い俺たちの勝利だ!!!!」
彼はそう言って僕に熱い抱擁を交わす。周りのイングランド兵が雄叫びを上げる。
「この作戦を思いついたのはジャックなんだろう?オリバーが言ってたよ」
「えっ…あぁ、まぁ」
「ありがとうジャック。お前がいなけりゃ俺らは死んでた」
レオは笑顔でそう言う。
「何ぼんやりしてるんだ!ちょっとは調子に乗っとけ!お前は
バシバシと隣にいたエドガーが僕の背中を叩く。彼は僕がどんな思いでラ・イールを討ったのかなんてきっと何も知らないのだろう。
後に語られるこの戦いは百年戦争後半において、イングランド軍、フランス軍共に最大の死者数を出したと言われている。
・
・
・
「騎士への、昇格だって?」
「そうだ。この間の戦いで生き残った奴らのうち戦果を上げた奴全員が騎士になれるってよ…っつっても実際は戦果を自分のものにしたいお貴族様が俺らに自分の軍へ迎え入れるってことらしいがな。あぁでも中にはお貴族様の養子になれる奴もいるみたいだ。多分お前やオリバーがそうなるんじゃないかって噂されてるよ」
「へぇ…私でも貴族になるチャンスがあったのか」
「な。俺も初めて聞いたよ。多分あんまり公にはできない方法なんだろうな」
オリバーとレオ、エドガーは心底嬉しそうに語っている。純粋に身分の昇格をとても楽しみにしているようだ。この世界は身分によって受ける待遇がかなり異なる。僕らのような適当に殺されるような身分から衣食住を保証された身分になれるのだ。彼らが喜ぶのは道理と言えるだろう。
僕は、これは好機と捉えていた。インドランド人の貴族の養子になればもしかしたら軍の上層部と繋がれるかもしれない。
フランスへ有益な情報を渡せるかもしれない。
今の僕でもジャンヌのためにできることがあるかもしれない。
「ジャックはいいよなぁあの黒騎士の養子なんて」
「えっ…」
「何で本人が知らないんだよ。今日ずっとそのニュースで持ちきりだったろ。まぁ噂だから本当かどうか分からないけどな」
「本当だとしたら凄いことだぞ。この国の大英雄に認められたってことだからな!」
どくん、と心臓が高鳴る。
あぁ、ようやく。
ようやく、好機が訪れたんだと思った。
「嘘、だ…」
そして冒頭に戻る。
「嘘だ…嘘だ……なん、なんで」
ヒューヒュー、と喉の奥から変な音がした。
あぁ感情が昂っている。抑えないと、発作が酷くなって息ができなくなってしまう。そう思うのに、僕は動揺を止められなかった。
「なんで、生きているの。父さん」
1年前、イングランド軍に殺されたはずの父さんがいた。
父さんは冷めた目で僕を見ていた。そして目配せをして使用人を下げ、僕と2人きりの状況を作り出した。
「強くなったな、ジャック」
父さんはふっと表情を和らげた。
「身長は…あまり変わっていないが、顔つきは凛々しくなったな。戦場を駆け抜けた男の顔だ。聞いているぞ。先日の戦いではお前が戦術を立てお前が敵の司令官、あのラ・イールを討ったと」
「父さん……本当に、父さん、なのか?」
「実の父の顔も忘れたのかお前は。全く薄情な息子だ。私はイングランドに来てから一度もお前のことを思わなかった日などないというのに。だが許そう。お前は強く立派な男になった。かつてなりたかった姿にお前はとうとうなったのだ。誇りなさい」
「っ…誇れる、ものか…!」
僕が強くなりたかったのはジャンヌに振り向いてほしかったからだ。こんな、フランス人をたくさん殺して手に入れた強さなんて誇れるものか。
「そもそも…何で、生きているんだ!父さんはあの日殺されたはずだろう!!イングランド軍に!!殺されて遺体を燃やされたはずだ!!!」
「あぁそうだ。フランスにいた私は突如襲撃してきたイングランド側に殺され惨い事に遺体を燃やされた。そういうことになっている」
「は…?」
父さんは一度眼を閉じた。開いたその目は苦しげだった。
「あれは本当に酷いことをした…何の罪のない一人のフランス兵が私に背格好が似ているからという理由で燃やされた。気の毒だったよ」
「…どういう、こと…?あの遺体は……
「いいや。フランスの父さんと母さんさ」
「はぁ…?じゃ、じゃあ…っあんたは一体誰なんだ!!?」
意味の分からない言葉に思わず叫ぶ。
父さんは…父さんに似た何かは、動揺する僕を冷めた目で見つめ小さく息を吐いた。
「私は祖国へ帰っただけだ。フランスにいた私は仮初の姿に過ぎない」
「仮初…?」
「…私はイングランド軍の騎士としてこの戦争で指揮をとっていた。かつての英雄、黒騎士を敬愛し彼のようになるべく甲冑を真似た。フランスではそれが原因で黒騎士が蘇ったと言われていたな。全く愚かな連中だ。人間が生き返るわけがないという当たり前のことを忘れている」
「ッお前は、父さんじゃない!!!父さんはそんなこと言わない!!!」
「あぁそうだ。お前が知っている父はフランスにいた頃の父だからな。私は本来であればフランス人になるつもりなどなかった。しかし戦いに負けフランス軍から逃げる最中、怯えた馬が私に従わず崖を下ったせいで私は死にかけた。母さんはそんな私を助けた。田舎娘だから私がイングランド兵だと気付かなかったのだろう。私は死にたくなかった。傭兵だと嘘をつき体が癒えるまで彼女の村で生きることを決めた。だがな、不幸なことに私達はお互いを愛してしまった。彼女はお前を身籠ってしまった。だから私は決めたのだ。少なくともお前が一人立ちするまではフランス人になろうと」
お前が見ていた父はフランス人になった父だ。そしてそれは私ではない。フランス人になったお前の父は、イングランド軍に殺された。そしてその瞬間、私はイングランド人に戻った。
「わけが、分からない…つまり、あんたは、誰なんだ」
「お前に血を分けたイングランド人の父だ」
「じゃあ……じゃあ僕の身体には、悪魔の血が流れているっていうのか…!」
「ジャック。イングランド人は悪魔ではない」
「あんな悪逆非道なことをする奴が悪魔でなくて何だって言うんだ!!!奴らは何の罪もないフランス人を殺したんだぞ!!!」
父だという男は大きくため息を吐く。酷く疲れた顔をしていた。
「フランス人もイングランド人を殺しているだろう」
「フランス人を救うためだ!僕たちはお前たちみたいに無意味に人を殺したりはしない!!!」
「変なことを言う。今のお前はイングランド軍だろう?イングランド人なのだろう?フランス兵を殺したのだろう?」
「ッッ……僕、は」
咄嗟に言い返せなかった。
僕は、確かにイングランド兵の服を着ているけれど。それはシャルル7世に命じられたから仕方がないことで。戦場でまるで本物のイングランド兵のように逃げ惑うフランス兵を殺したのは、自分が死にたくなかったからで。
どれも仕方がないことのはずだ。だがそれは、その思いはこの男には伝えてはいけないから僕は情けないことにただ眼を泳がせていた。
「ジャック、何故お前がイングランド兵を装っているかは問わない。本来であればここで殺すべきなのだろうが、私とて人の子だ。愛する息子の命を奪うことはできない」
「…じゃあ、母さんは生きているの?」
男を見る。男は僕の言葉を聞いて悲しげに顔を歪めた。
「なんで、そんな顔をするんだ…」
「ジャック…私はな、ちょうどお前くらいの歳のころ、フランス人が憎かった。私の父はフランス人に殺されたからな。捕虜にすらせず殺したフランス人を私はずっと憎んでいた。いつかあの悪魔どもを殺してやると、その想いだけで生き続けていた……けれど、私はフランスで生きてしまい、フランス人というものを知ってしまった。母さんの命を奪わないといけないと分かった時、私は自分の運命に絶望した」
「は……」
「お前や母さんと過ごした日々は確かに幸せだったよ。ずっとこんな日々がずっと続いてほしいと思っていた。本当にそう思っていたんだ……だが私はイングランドのために戦わなくてはならなかった。あの頃よくイングランド軍が様々なところでフランスの街を襲撃しただろう。あれは全てフランスに取り残されたイングランドの騎士を回収するためだったんだよ。ドンレミ村を襲撃されたのはイングランドが私を取り返すためだった」
衝撃的な言葉に僕は絶句した。
何だ。それ。そんな話、聞いてないぞ。
”今、多くの村がイングランド軍に襲撃されている。君の村とイングランド軍にとって襲う価値の低そうな村が、いくつも襲撃されている”
”我々にはイングランド軍の目的が、見えないんだ。襲撃された村はどこも位置がまちまちで、特徴は何一つないんだ。一致していることは襲われる日が重なっていることだけ。村は完全にランダムで、襲われている”
ガツン、と頭を殴られたような激しい衝撃を受けた。
あぁ、そうか。やっぱり。あれはランダムじゃなったんだ。いつもいつもフランス国民を苦しめることばかり思いつくような腐った頭の奴らが、意味もなくそんなことするとは到底思えなかったから。
「じゃあ、あんたのせいで、村は襲われたっていうの?」
点と点が結ばれて、妙に納得できて、僕は吐きそうだった。
「そうだ」
男ははっきりと宣言した。
「っ母さんは、どこだ…あんたを回収するのが目的なら母さんは生きているんだろう」
「私とて母さんを巻き込みたくなかった」
「何を、言っているんだ。生きているんだろう!!母さんを殺す必要なんてなかったはずだから!!」
「ジャック。私は彼女を本気で愛していた。今まで悪魔だと罵っていたフランス人の彼女をね。だが、あの時はどうしようもなかった。母さんは身体が弱く歩けなかった。逃げ遅れてしまった。イングランド兵と私が立ち会った場に居合わせてしまった。私の正体が母さんにバレてしまったんだ」
男は苦しそうな顔をした。僕はそれが許せなかった。まるで自分が被害者のような顔をする男が怒りが湧いた。
「あんたが、母さんを、殺したのか。殺して、母さんの遺体を燃やしたのか」
「祖国のためだった」
男は意味のわからないことを言う。そして奴は真っ直ぐ僕を見た。
「祖国のために愛する人が死んでしまうのであれば、それは仕方がないことだ」
「あんた…っ自分が何を言っているのか、分かっているのか」
「ジャック。お前にもいつか分かる日が来る」
「っーー分かりたくない!!!」
僕は叫ぶ。
「何で!!何でだよ!!!僕は!ずっとイングランドを憎んでいた!!父さんと母さんがイングランド人に殺されたからだ!!!なのに!!何で!!!何で父さんがイングランド人なんだよ!!!何でよりにもよって黒騎士なんだよ!!!!何で!!!母さんを殺したんだ!!!!??」
ひゅっと僕の喉が音を立てる。急に興奮したせいで呼吸器官に負担がかかったんだ。僕はめまいを起こして膝をついた。
かひゅかひゅっと変な音が出る。
「落ち着きなさいジャック。お前は生まれつき病弱なんだ。感情を乱してはいけないと昔教えただろう」
父さんが僕の背中をさする。必死にその手を払うと彼は寂しそうな顔をした。
「ジャック。これくらいのことで感情を乱すな。お前はこれから誇り高きイングランドの騎士になる男だ。いいか。イングランドの情報が欲しいのであれば感情が揺らいではいけない」
「っー!?」
「イングランドのために戦う忠実な騎士を演じろ。イングランドのためにフランスを討て。お前のことだ。フランスにジャンヌを人質にとられて無理矢理スパイになんかさせられたのだろう?なら、全力でスパイとして生き残れ。お前は私と違い、愛する人を選んだのだから」
父さんは昔と同じ穏やかな表情で僕にそう教えた。
この半月後、僕はイングランドの貴族の仲間入りを果たし子爵となり。
イングランドの騎士としてフランス人を殺し続けた。
オリキャラしか登場しなくてすまないと思っている。
FGO編はもう少し先となります。すまない。
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