その日のヒトツ鬼は、これまでとは何かが違っていた。歌と飛行機を極端に嫌い、かつ非常に疑り深く常に疑心暗鬼な男・白河明次が変貌したそのヒトツ鬼は、今までに確認されたどのヒトツ鬼にも当てはまらないイレギュラーな存在だった。
「ハーッハッハッハ! 面白い!」
「覚えていますかぁ!? 手と手が触れ合った時ィ!!」
「いちいち覚えてなどおらぁん!!」
そんな彼と交戦するのは、桃から生まれたドンモモタロウ。暴太郎戦隊ドンブラザーズのリーダーにして最強の戦士だ。専用武器のザングラソードを片手に、ヒトツ鬼を攻撃していく。
「ハーッハッハッハッ!! そんなものかぁ!!」
「ううう……! マクロの空を駆け抜けろぉ!!」
「なにっ!?」
窮地に陥ったヒトツ鬼が繰り出したのは、ワームホールを直接相手にぶつける攻撃だった。運悪く直撃を貰ってしまったドンモモタロウは、時空の狭間へと吸い込まれていく。そこにようやく、他のドンブラザーズが駆けつけるが……。
「ああっ、タロウが!」
「吸い込まれているのか……!?」
「桃井ッ!」
「桃井さぁぁぁん!!」
彼らの目前で、無情にもドンモモタロウは異次元の彼方に消えるのだった。
惑星ウィンダミア。雪に覆われた道を、身の丈よりも大きな荷物を背負った一人の少女が歩んでいた。
「飛べば飛べる、飛べば飛べる、飛べば飛べる……!」
彼女の名前はフレイア・ヴィオン。リンゴ大好き十四歳、天真爛漫で歌が大好きな少女だ。思い込んだら一直線な彼女がこれほどまでの荷物を背負っているのには、理由があった。
「わたしは絶対、ワルキューレになるかんね!!」
密航。現在の惑星ウィンダミアを統治しているウィンダミア王国は、地球人の文化に対して厳しい制限が設けられている。当然ながら、惑星外の戦術音楽ユニットへの志望などご法度もいいところだ。それでもフレイアは、ワルキューレへの憧れと希望を諦められなかった。故に、バレればどんな憂き目に遭うかもわからない密航という強行手段に出たのだ。
(……見えた)
数少ない、惑星外からの貨物船のスケジュールを調べ上げ、ワルキューレのオーディションに間に合う船だ。フレイアは意を決して、貨物船に潜り込むのだった。
「……ここはどこだ」
ドンモモタロウが目を覚ましたのは、なんと宇宙空間だった。辺り一面暗黒に染まってはいるが、周囲には小惑星の破片が大量に漂っている。アステロイドベルトと呼ばれる場所だ。しかも、周囲では爆風が吹き荒れている。宇宙戦争のまっただ中にでも放り込まれてしまったのだろうか。
「ヤツの力か……。ここはロボタロウだな」
ドンブラスターを取り出したドンモモタロウは、金色に輝くロボタロウギアをセット。スクラッチを軽快に回す。
『いよぉー! どん! どん! どん! どんぶらこぉ! ロボタロウ! ドン! ブラボー! ドン! ブラボー!』
「アバターチェンジ! ロボタロウ!」
『ドン! ロボタロウ! よっ! 世界一!』
ギアの力によって、ドンモモタロウはロボ形態のドンロボタロウにチェンジ。背中のバーニアによって、無重力空間でも自由に行動することができるのだ。とりあえず体勢を立て直したタロウは、周囲を入念に見回す。
「……宇宙船か!」
付近を航行する貨物船を発見したタロウは、すぐさま接近し、外壁に取りつく。出入り可能な場所を探していると、さらに別の機影が接近していることに気づいた。
「戦闘機か……?」
そこでタロウは、あることに気づいた。
「さっきから歌が聞こえるな。まるで讃美歌のようだが……それにしては、暗いな」
戦場の悲壮さを際立たせるような、暗く荘厳なメロディが鳴り響く。聞いたことのない言語で歌われるそれは、タロウに妙な不快感をもたらした。きっとなにかの意味があるのだろうと考えたタロウは、響く声を振り払うようにして、戦闘機からは確認できない位置に身を隠す。戦闘機は宇宙船に備えられた格納庫らしき場所に着陸する。
「おっと!」
バーニアを全力で吹かすと、閉まるシャッターに滑り込むようにして、タロウも宇宙船の中に侵入するのであった。
「さて、と……」
チェンジを解除したドンモモタロウこと桃井タロウは、薄暗い通路を歩いていく。その時だった。
「……頭の中に、直接歌が……?」
少しかすれ気味ではあるが、先ほどまでの歌とは違った声が脳内に響く。こちらは聞き馴染みのある言語であり、かつポップス調の恋の歌のようだ。
「……あれは!」
恐らくは先ほどの戦闘機のパイロットが、筋肉が異常に肥大化した男に組みしかれていた。ドンブラスターを構えるタロウだったが、今度は耳にもハッキリと歌声が聞こえる。
「アイツか……?」
奥の方にも、異常な体躯の男に今襲われそうな少女がいた。しかし男は呆然と立ち尽くし、動こうとしない。それどころか、歌によって苦しみ始め、気を失ったではないか。奇妙な光景に、流石のタロウも言葉を失う。
「ヴァールを歌で……!」
息を切らした少女は、パイロットの青年の方を向く。だが、その背後には当然タロウがいた。まだ冷静とは言えない少女は、思わず叫んでしまった。
「あっ、危ない!」
「なにっ!? ……あんたは!?」
振り向いて銃を構えようとする青年だったが、その手に銃はない。タロウが後ろを見ると、そこには小さな拳銃が転がっていた。揉み合いの最中に取り落としたらしい。タロウは黙ったまま拳銃を手に取ると、少しだけ観察する。どうやら玩具ではない、本物の拳銃のようだ。
「……返す。俺には必要のないものだからな」
床を滑らせ、持ち主に返す。呆気に取られた様子の青年と少女を意に介さず、タロウは質問した。
「何個か質問がある。ここがどこか、さっきの異様な連中はなにか。……そして、これが一番の疑問だが。どうして歌でコイツらが気絶した。さぁ、全部答えてもらおうか!」
少女とパイロットは、薄暗い船内にもかかわらず、タロウに不思議な輝きを見るのだった。
母艦であるマクロス・エリシオンへの帰路に着くハヤテ・インメルマンは困惑の中にいた。所属不明の生体フォールド波を関知して貨物船の調査に向かったのはいいものの、そこでヴァール化したクルーに襲われた。その時、ワルキューレに並ぶ歌声を持った少女に救われる。ここまでは理解の範疇だ。現に、後部座席にその少女ことフレイアも乗っている。しかし、本当の問題はその後だ。どこからともなく現れた青年に気圧され、やむなくエリシオンに彼を案内しようとしている。しかも、プロトカルチャーもかくやの超技術によって、パワードスーツを装着した姿に変身して、ハヤテの駆るVF-31Jの横を飛んでいる。意味がわからない。
「はぇぇ……ぶっちゃごりごりやね、あの人……」
「ごりごり過ぎて意味わかんねぇよ……」
感嘆なのか呆れなのか、フレイアの言葉にハヤテは心底共感するのだった。
マクロス・エリシオンのブリッジに通されたタロウを待っていたのは、天を衝かんばかりの巨体を持つ男に飄々とした顎髭の男、仏頂面の青年と制服らしき衣装を身にまとった女性だった。
「まずは……君の素性からだ」
最初に口を開いたのは巨体の男だ。服装からするに、この宇宙戦艦の艦長のようだ。
「桃井タロウ、二十二歳。シロクマ宅配便という会社で配達員をやっている」
「ハヤテ准尉の話では、未知の技術によってパワードスーツを装着することができると聞いているけれど……」
次に質問したのは制服の女性だ。歳はタロウに近く見える。
「パワードスーツ……? ああ、アバターチェンジのことか。確かに俺は変身できる。こうやってな」
改めてドンロボタロウへとチェンジすると、タロウは盛大に笑った。
「ハーッハッハッハッ! これで満足か?」
「……性格も変わるのか?」
「……少しな。それよりも、俺の質問にまだ答えてもらっていないぞ。それどころか、お前達の自己紹介すらないと来た。どうなっている!」
チェンジを解除したタロウは、不愉快さを隠そうともせずに言い放った。顔を見合わせる四人だったが、やがて巨体の男が笑いながら自己紹介を始めた。
「すまんな、君のイレギュラーさに思わず忘れてしまっていたようだ。俺はアーネスト・ジョンソン。この艦の艦長だ」
「アラド・メルダースだ。Δ小隊の隊長をしている。よろしく頼むぜ」
「カナメ・バッカニアよ。戦術音楽ユニット・ワルキューレのリーダーをしているわ。よろしくね」
「……メッサー・イーレフェルトだ」
四人の挨拶を満足げに眺めるタロウは、一通り終わってから声を張り上げた。
「……これでお前達とも縁ができたな!」
「縁……?」
「人と人の様々な繋がりをひっくるめて、俺は縁と呼んでいる。そんな縁にも色々あるが……」
わずかに口角を上げつつ、タロウは自信満々に言いきってみせる。
「お前達は幸運だ。何せ、俺との縁は超良縁だからな!」
惑星ラグナ。惑星全体が海に覆われた、自然豊かな惑星だ。特に、ワルキューレの本拠地でもあるバレッタシティは、豊かな海産資源の恩恵を受けて発展した銀河有数の港湾都市だ。そんなバレッタシティの街並みは、タロウにとっては非常に物珍しいものだった。
「賑やかだな。人との繋がりも感じる。縁に満ち溢れたいい街だ!」
(ど、どうして私が……)
タロウのお目付け役に任命されたのは、Δ小隊の紅一点にして生真面目な性格のミラージュ・ファリーナ・ジーナスだ。かつて、Δ小隊に加入したばかりの頃のハヤテの教育係を勤めたこともあるが、その時も自由奔放な性格の彼に振り回されたことをよく覚えている。
ただ、タロウは件のパワードスーツことロボタロウの存在と、やや突飛な発言を除けばハヤテほどの奔放さはない。その点では、意外と気が楽だった。
「……そういえば、聞きたいことがある」
「あ、はい。なんでしょうか……?」
「お前達のことだ。名前と所属している場所の名前は隊長とかいう男から聞いた。ただ、もっと詳しい事情を聞く前に、スルメをかじりながらどこかへ行ってしまってな。聞きそびれていたんだ」
ミラージュは内心毒づく。アラドが豪放磊落な自由人であることはわかっているし、軍に嫌気が差していた自分をΔ小隊にスカウトしてくれたことにも感謝している。しかし、時折見せるサボり癖のような行動にはあまり好感は持てない。
「……話せば長くなります。座って話しましょう」
ミラージュは近くのベンチを指差す。タロウに向けたその言葉には、少しばかりのため息が混ざっているのだった。
夜。自室に戻ったミラージュは、疲労のあまりベッドに飛び込んでしまった。我ながら子供っぽいな、と自虐しつつ、タロウとの会話を思い出して、今度こそハッキリとため息をついた。命令では、今日のタロウとの会話をレポートにまとめてアラドに提出することになっていたが、そんなことをする気力は湧いてこない。
「あの人……この世界のことを、何も知らないのか……?」
銀河辺境で猛威を振るうヴァールやワルキューレの存在を知らないだけなら、まだとんでもない田舎者、といったレベルで済む話だ。しかし、タロウの「知らないこと」はそんなものではなかった。
「なぜ戦闘機が宇宙に、とか、アーネスト艦長の巨体はなんだ、とか……。バルキリーとゼントラーディのことは、常識のはずなのに」
かくいうミラージュも、祖母がゼントラーディ──もっと言えば、祖父と合わせて初めての星間結婚を成し遂げた伝説的なカップルだ。だからこそ、タロウの嘘偽りのない無知に衝撃を受けたのである。
「……そういえば、ハヤテからはどんな風に出会ったのか聞いてなかったな」
アラドやアーネストから口止めされたらしいハヤテの、申し訳なさそうな表情を思い出す。イレギュラーだとは言われているが、何がイレギュラーなのかはさっぱりわからない。その片鱗に限るなら、ミラージュも既に感じているが。
そんな時、端末にメッセージの着信を告げるメロディが鳴る。
「こんな時間になにが……って、嘘!?」
文面を見たミラージュは、慌てて身だしなみを整えると、部屋を飛び出した。
ブリッジでは、ハヤテとメッサー、そしてフレイアがいた。冷徹な視線を送るメッサーに対して、ハヤテはフレイアを庇うように立ち、彼を正面から睨みつけていた。
「ハヤテッ!それに、フレイアさんも……!」
「遅いぞ、少尉」
「ミラージュ……!」
メッサーは厳しい口調でありながらも、三人に言い聞かせるように叱責する。
「ハヤテ准尉はフレイア・ヴィオンの同乗許可を出していない。これは、場合によっては反乱とみなされても文句の言えない行為だ。そしてミラージュ少尉。お前は准尉の教育係でもある。行動の責任を問われる立場にあることに、自覚を持て」
「……申し訳ありませんでした!」
「なんだよ……!? 説教なら俺にしろよ!」
なおも食い下がるハヤテを、メッサーは間髪入れずに切り捨てる。
「論外だ」
「何をしている!」
「あっ……ごりごりの……」
どこから聞きつけたのか、タロウまでやってくる。居並ぶ顔を順繰りに見ると、躊躇うことなくメッサーに近づく。当然、彼の眉間には皺が寄った。
「お前か。歌を中断させたのは」
「……部外者には関係のないことだ。下がっていてもらおうか」
「聞いたぞ。そいつはワルキューレのオーディションに合格したんだってな」
タロウの言葉を聞いたフレイアは、少し恥ずかしそうにルン──ウィンダミア人特有の、感情の機微を示す器官──を光らせる。
「何が言いたい」
「ワルキューレの使命は歌を届けること、お前達の仕事はその歌を守ること。合っているな?」
「……その通りだ」
「そのエースともあろう男が、歌を妨害するとはな。笑わせる!」
「貴様……」
タロウは恐らく、メッサーを相手に喧嘩をふっかけている。ハヤテもフレイアもミラージュも冷や汗まみれだ。Δ小隊を船、アラドを艦長に例えるなら、メッサーは船を制御する操舵士だ。規律を重んじる彼がいるからこそ、アラドの自由な指示が通ると言ってもいい。
「そこまで言うなら、俺に実力を示してみせろ。明日の昼、十二時だ。……逃げることは許さん」
「逃げるわけがない。相手になってやる」
明らかに怒気をまとったメッサー相手に一歩も引くことなく、タロウは宣戦布告を受け止める。彼らに背を向けたメッサーは、低い声で言い残す。
「……各自、反省するように。わかったな」
『は、はい!』
翌日、決闘まで約十分。マクロス・エリシオンの艦内は、メッサーと謎の民間人の決闘の話題で持ちきりだった。話題の渦中にいるその2人だったが、格納庫での様子はまるで正反対。既に自らのVF-31Fに乗り込み細かなチェックを欠かさないメッサーに対して、タロウは私服のままで待機している。
「なぁ、タロウ。やっぱりやめないか……?」
「断る。受けた喧嘩は、きっちり買わねば気が済まんからな」
(煽ったのはあんただろうが……)
刻一刻と迫る時間。タロウはここで、ようやく動きを見せた。
「行くぞ」
『ドンブラスター!』
「出たな、謎の銃……、」
赤いギアをセットし、スクラッチを回転。
『いよぉー! どん! どん! どん! どんぶらこぉ! アバタロウ!』
「アバターチェンジ!」
『ドンモモタロウ!』
「ハーッハッハッハ! 神輿は省略だぁ!!」
「また知らない姿に……!?」
満を持して、タロウはドンモモタロウへとアバターチェンジする。ハヤテ達には初めて見せる姿だが、本来はこちらがメイン。ロボタロウを使っていたのは、あくまで宇宙空間だったからだ。
「あのロボットみたいな姿で行くのか?」
「いいや、またとない機会だ! 面白ェもん見せてやる!! エンヤライドン!!」
「なんだそのバイク!? ……って、飛び降りやがった!」
どこからともなく出現した赤いバイク・エンヤライドンにまたがると、そのままブリッジを爆走。勢いのままに飛び降りてしまったではないか。
「ドン全界合体!」
『ドンゼンカイオー!』
しかし、直後に真紅の巨大ロボが浮上。右半身の形状を見るに、エンヤライドンともう一機の謎のマシンが合体したようだ。常識を越えた存在を間近に見たハヤテだったが、恐ろしいことに、彼はこの事態に順応しつつあった。
「ま、タロウならあれぐらいやるかもな。ミラージュ辺りは失神してそうだけど……」
そのミラージュは、失神こそしていなかったものの、摩訶不思議で奇天烈な光景に唖然とするしかない。それと同時に、彼の出自にさらなる疑問を覚えた。
(あなたは何者なの、桃井タロウ……)
その疑問の答えが明かされるのは、もう少し先のこととなる。
じかーい、じかい。
始まってしまった中尉と桃井タロウの決闘。二人とも、なんて動き……!
え? 決着は!? どっちが勝ったんですか!?
「ドン・Mission2 うたひめふたり」
……という、おはなし。
さぁ、楽しもうぜ!