行き当たりばったりです。
熱い氷が凍った日
「行ってくるよ」
そう言って男は目の前で眠る女の髪を手に取り、口付けをした。
とても優雅で神々しい雰囲気を纏った、しかし、外で吹雪く雪のせいでどこか重暗く感じる神殿のような場所でその声は響いた。
男はその手に取った髪を、眠る女のそばに慈しむように優しく置くと、振り返り、その神殿の巨大で荘厳な雰囲気を放つ扉へ歩き出した。カツカツと男の鳴らすその足音だけが、この空間を占めている。
やがて扉へ辿り着き重いそれを開けると、目の前にはただひたすらに蒼く青い氷と雪が男の世界を覆っていた。しかしその身に感じる突き刺すような寒さも、きっと男の心には毛ほどの傷も与えられないだろう。
ギィという扉の音と共に閉じられたその空間には、先程までとは違う、雪の降る夜のような静かさがあった。
その中央にある棺のような物の中には、神が作ったかと思うような、美しい女が眠っている。
灯もないこの場所でその女の髪だけが外から雪を掻き分けて少しだけ差し込んでくる光に反射していた。透明な氷を通して覗いた蒼の様に輝くその髪は、毛先に行くにつれて雪色に変わっていた。
かつて男が好きだった、全てを見通しているかの様な雪色の瞳は、瞼が重なり閉じられている。
きっとこの先、その瞳が見えることは…
「おい蛍。もう直ぐ着くぞ 風が詠い、人の想いを運ぶ国。
モンドへ」
私がこのパイモンと名乗る非常…ガイドと一緒に旅をしているのは、離れ離れになってしまった兄を探すために、神の情報を集めるためだ。
次の世界へ飛ぼうとした時、その行手を阻んだあの者は…、あれからどれだけの時間が経ったのだろう…。何も分からない。だけど少しでも兄に、空に近づけるなら私はどこへだって行く。
「見えた!アレがこの世界に存在する7柱の神の内の1柱、風神の姿を模した七天神像だ!」
私の考えを遮る様にパイモンが口を開いた。彼女の指差す方向に目を向けると、像が見えた。まさしく神々しいという言葉が似合う雰囲気を放つ石の様な、そうでない様な、よく分からない材質で出来た像が池の中央に出来た小島にあった。
彼女の後を追ってその像に近づいて行く…、すると先程までは確認できなかった人影が像の元にあることに気が付いた。私の口から漏れる。
「んっ?、あれは…」
歩いて行く度に、人影の姿がはっきりして行く、ある程度わかるところまで来ると、向こうもこちらに気づいた様だ。
振り向いたその顔は真っ黒な髪に覆われていた。それから覗く二つは、その髪と同じく真っ黒だった。日に当たらことをまるで知らないと言わんばかりの肌を、この辺りの気候にはそぐわない少し厚そうな衣服で隠している。腰には何やら水色のアクセサリーらしき物がぶら下がっている。そんな長身の男だった。
その男の顔が少し広がるように私の姿を見て驚いた反応をした。その態度に対して、疑問にも思ったが今はそれを無視し、話しかける。
「こんにちは。」
少し微笑み掛けるような態度で、この関係性を始めてみた。すると相手側から先程の顔が何処かへ行ったかのようなスンッとした感情の感じづらい凪のような態度で、しかし、その表情からは想像できない優しい声で返ってきた。
「此方こそ、こんにちは。お嬢さんと…、お嬢さん?」
これが、この先何度も交わることになる、世界を壊そうとする者との出会いだった。
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