はい、色々とありまして遅れましたが色々の理由の8割はAC6です。
ここから投稿ペースは戻しておきたいですね…………
夏の盛りはあまりに暑く、それでも人は忙しなく動き回る。
徐福という女も同様だったようで、あの日以来殊更元気に動き回っている。噛み切られた唇は傷もなく治ったが、まだ痛むような気がした。それで、悪くないとも思っていたけれど。
こちらといえば、日がな一日来る客の相手をして、帳簿をつけて、役人に怒られない程度に袖の下を渡して付き合いをしたりと特になんの変哲もない日々を過ごしている。
あの女のやることには特に文句はつけない、薬師仕事の利益は日に日に少しずつ増えている。彼女の為に幾らか金を割いて……時折、何処からか出所のわからない金が舞い込んでくることがあるが、深くは追及しなかった。
……いや、正確には個人的に聞きはしたが、帳面には残さなかった。抱いている時に道術で色々と危ういところから引っ張ってきた話をされると頭が痛くなるのでやめて欲しい。
「それで、ここ最近は……やけに元気だな」
「んー? そう?」
「そうだ、上手く行ってるのか?」
「そうだねぇ。次の春には船出せるんじゃない?」
数年かかるはずだったが、随分と早い知らせに驚くと、ニヤリと目の前の女は笑った。
「ふふん、船の準備が一番困ったんだけどね。早めに欲しいってゴネたらなんと一隻見つかったんだ。まぁちょっと……曰くつきだったけど」
「だからか」
「安いんだもん」
頬を膨らませていう彼女に、苦笑いをして。まぁ、幽霊くらいならばなんとかなるだろう。
「なら仕方ないな」
「でしょ〜いやー寧ろこの手腕を評価して欲しい」
「俺の知ってる中で、一番凄いやつだよ、お前は」
「……お、おう」
「照れるな、俺が恥ずかしくなるだろ……」
「じゃあ言うなよ」
そりゃそうである、誤魔化すように咳払いをして、茶を急須から注ぐ。今日は珍しく暇な一日だった、軒下で二人で茶を啜り、これからの事をぼんやりと考えるくらいには。
「暇」
「暇だなぁ」
お互い緩く流れる時間は嫌いではないが、続けば飽きが来るものである。とはいえ、この暑さの中で何かをする気にもなれない。
「……抱k」
「昼間からするか、阿呆」
「えー……外出たくない」
「六博か囲碁は」
「弱いじゃん」
「よわ……お前も大概だろうが」
特にやりたい事も思いつかない、お互い、本を読んだりして時間を過ごす事も多い。外に出るのも嫌いではないが、こうも暑いと二人で外で何かしようと思っても、何か祭りでもなければ思いつく事もなかった。
「……あ、仕入れた材料余ったし、お菓子作る?」
「……月餅しか作れんぞ」
「じゃあそれで、日持ちもするし」
とんとん拍子でやることが決まり、使用人に聞いて台所を借りる。一応は彼らの仕事場なので断りを入れておく。
「では餡を練ります」
「……火を焚いたら外より暑くないか?」
「誰が水飴作りからするんだよー買ってきたに決まってるでしょ」
「小豆は」
「あっ」
何故忘れていたのか、目の前で固まる徐福を置いて、火を焚く。当然死ぬほど暑いが、一度言い出したので当然やる、どうせ暇なのである。
「あつい」
「お前が言い出したんだろ、我慢しろ」
「忘れてたんだよぉ」
「焼くくらいならすぐ済むと思ってたのか……」
鍋に水を入れ小豆を煮る、一度水を捨て、もう一度水が減って炊けるまで、途中で水飴を入れてまたしばらく。
「あづい」
「脱ぐな!」
ほぼ上裸で鍋と向き合っているこちらが言えたことではないが、上着を殆ど脱いで生地を練っている姿は相当である。
「できたー……」
「こっちもできたぞ」
「焼けるまで待ちます」
「既に死にそうだぞお前」
何やら楽しげだが、体力のない目の前の女に水を飲ませる。
「まだいける」
「無駄に頑張るな、倒れるぞ」
この女が倒れると色々と困る。何より、こちらの心労が増えるのが嫌だった。楽しげな顔を見る、最近は笑顔が多い。冷たい夜に咲く花のような笑顔が減って、温かい笑みが増えた気がする。
「……暑いが、楽しいな」
「でしょう? 誰かと作るのは久しぶりだけどさ、料理とかお菓子作りって楽しいよ?」
「……そうだな」
そういえば、母と作っていた頃は楽しかった気もする。自分一人になってからはそうでもなかったと思うけれど、彼女と作るのはとても楽しいと思う。それを伝えるのは少しばかり癪だから言わないけれども。
遠くで使用人たちが心配そうに眺めているのをしっしっと追い出して、火を眺める。
「……完成!」
「ようやくか……」
苦労して作り上げた月餅は少し焦げていたが、まぁ問題ないだろう。
「あむ、美味しい!」
「うむ、美味しい」
纏めて大量に作ったので余ったのは使用人達に分ける。割と喜んでいたので多分美味しいのだろう。
「……よく食うなぁ」
「うるひゃい」
気がつけば三つ目を食い始めている彼女を見て、呆れる。甘いし、重いものを三つも四つもよく食べれるものだとある意味尊敬する。
「……それだけ食ってその細さか」
無言で脛を蹴られる、あまりふくよかにならないのを気にしていたらしい。別にそのままでも美人なのだから気にしなくてもいいと思うのに。
「その細いのが好きなやつに言われたくないですー」
「……好きではない」
「はー!?」
「いっっやめ、ひっぱるな」
耳をつねられる、なんてことをするのだ、というか油のついた手で人に触るとはなんてやつだ。
ひりひりと痛む耳をさすって、何やら満足げな顔をしている女の頬についた食べかすを拭き取る。
「それで、楽しかったか?」
「ん、まだやることあるけど。余ったのは全部紙で包んで」
テキパキと使用人に渡さなかった数個を油紙に包んでカゴに入れていく。
「そろそろ冷えてくるでしょ、そうしたらこれを持って出かけよう。近くに行きたいとこあるんだ」
「どこへ?」
「内緒」
そう言って笑う女の顔は、夕暮れの紅に染まっていた。いつのまにか、暑さは薄れ、少しだけ風が涼しい。
「そうか」
そして、また振り向いて菓子を包む手に後ろから手のひらを重ねた。重ねた手に指が絡む、顔は見えないが、多分、また笑っているのだろうと思った。
そうして、しばらくしていると少しして日が沈み始めるあたりに灯りがつき始める前に夕食の準備をしようとする使用人たちに追い出され部屋に戻される。
「追い出されたんですけど」
「まぁ、邪魔だからな」
家主がいたら邪魔で仕方ないだろう、なんとも扱いの悪いものである。気を遣われるのも嫌なので、構わないのだが。
「出来るまで、少し飲みますか」
「好きだな、お前も……」
誘われるままに甕から汲んできた酒を杯に入れて飲み交わす。
「我が儘、多かったけど怒らないんだ」
「なぜ怒る」
「えー、だって暑いの嫌なんでしょ。顔に出てたよ」
「寒いのよりは好きだよ、それに」
「それに?」
「楽しかったから、いいんだ」
「……ふーん」
蜩の鳴き声が響いている。
頬の赤さは、酒と、夕暮れの色だと思うことにした。
───夏の盛りは終わる。あとは季節は冷えていくばかりだ。
ああでも、一番暖かいのはこの頃だったのかもしれないな。燃える灯や薪と……側にいたことの記憶が多い。
うん、俺としては、春の記憶は血の匂いばかりが思い出されるからね。
日常回、しばらくは日常回で、春にみんな死にます。