別視点のおまけみたいな話。
だいぶふんわりした話になっちゃったかも。
私は、寝静まった彼を置いて寝台から離れる。机の上、男が書き上げた呪符を見る。
15年、なるほど、それはなんて優しくて残酷な事なのだろう。
ずっと生きてきたのに、たった15年、それが随分と長く感じる時間だった。きっと、耐え難い時間だろうから。
あなたは私を置いて死ぬのだろう。でもまぁ、結局は殺してくれるのならいいのかなと思いながら、手元の呪符に更に数文字を書き込む。元々は死後、自身の肉体を呪詛にする呪いの方法だった。本来は人柱を使って行うものだけれど、それを少しだけ改悪する。
遠い西方では、魔術刻印という形で肉体に術式を刻むそうだ。似たようなものを呪いで再現する。死して呪いと化した血肉を他人に融合する。
それは、いずれ遠い未来で神秘主義者達が編み出した概念。
遠い、揺らぐ世界の神話では“融血呪”と呼ばれるモノ。
死して尚、永劫自らを苛む毒に、男を変質させる最悪の魔術。
「────ごめんね」
ああでも、この事を教えても、あの男はきっと笑って許してしまうのだろうなと思う。だから、うん、船に乗る前に殺してしまおう。
私を赦さないように、私が、赦さないように。
涙は流さない。だって、涙を流すにはあまりに酷い事をしているから。
「さようならは、言いたくないもんね」
最後に、呪符を自らの血で染め上げる。笑って許してくれるだろう男の顔を、思い浮かべないようにしながら。
二人で地獄に行くのならば、それもいいだろう。どうせなら、二人しかいない場所がいいのかな、ああでも、そうすると虞っ様には会えないなぁなんて思ってしまう。
うーん、それは嫌だなぁ。嫌だなぁ、頑張って、子供達があの人を殺してくれればいいな。そうすれば、きっと
ああ、そうだ。やっぱり、あの人と子供がいなくてよかったな。こんな不幸にしちゃ、悪いもんね。どうだろう、あの人もそんなふうに思っているのかな。
3279人、私が殺してしまったあの子達の声が聞こえるような気がする。そんな人のような幸福は、許してくれないだろう。
「────ごめんねぇ」
うん、声は聞こえるけれど、もう随分と顔も思い出せない。やっぱり薄情かな。寂しく海で死んだ子達のことを思う。それでも。
「それでも、寂しいのは嫌だなぁ」
死ぬのなら、暖かい方がいい。
人肌のように微温い血と、呪いの中で、死ぬのがいいなと思う。
だってそれは寂しくない。誰かに囲まれて、暖かく死んだ未来もあったかもしれないし、何もかも上手くいったら、きっとそうなるだろうけど。
それでも、やっぱり寂しい気がするから。
だから、連れて逝くのだ。
殺して、殺されて。それがきっと私達にはいいのだろう。
多分、お互い痛いのは嫌だけど、だからこそこの方がいいと思う。馬鹿な男だったから、私にはずっと優しい男だったから。
ああ、どうして、こんなのがいたのだろう。いなければ、きっともっと上手くやれたし。もっと上手く……。
ああ、上手くできて、それで。どうなのだろう? 私のかみさまを殺して、それで……。
ああ、そうか、この人は。
「────夢から、私を守りたいのか」
なんて、傲慢で、無知で、愚かな人なのだろう。何で、こんなに優しいのだろう。
わからなくて、分からなくて、解らなくて、
顔を、引き裂いてしまうほど強く指が食い込んだ。裂ける皮膚から血が、頬を垂れた。
涙は、流さない。
血が涙の様に流れていても、涙は流さない。
「許さない」
何を?
「赦さない」
誰を?
「────許してよ……」
一体、何を?
分からない、分からないけれど。
何も、恨めなかった私の心に、何かが灯った。
何もかもが私のせいだったとしても、何もかもが彼のせいだったとしても。
それでも、許してはならないと思ってしまったのだ。
なんて理不尽、なんて身勝手なのだろう。それでも、そんなことはわかっていても。
ああ、ただ、かみさまを愛しているだけでよかったというのに。ただ、そうあるだけの
あなたの
そうだ、なら、私は果てに走るしかない。
「そうだ、そうしなきゃ」
燃え尽きるまで、走らなければいけない。そうだ、果てまで、この身を燃やしながら。そうだ、私の愛は、全て彼女の為にあったのだから。だから、彼に与えられるのはそれしかないじゃないか、だって。
私が彼を◼︎してしまったら、彼は私を◼︎してくれないと思ったから。
いいや、うそだ。
そうじゃないだろう。
私が、彼を◼︎していないと思ってしまうのは、許せない。
そうだ、あの男は証明した。
なら、私もしなければならない。
呪いを更に書き換える、融血呪の呪いを、更に強固に。そうだ、仮に、私が死んでも死体が呪いとなる様に。
死の蒐集、その基点。
ここから始まる全ての死と呪いが、全て私と彼に集まる様に。
そうだ、消えない、消せない、永遠に、消させない。
この焔を、私の最高傑作にする。この焔で、
これが、私の◼︎だ。
融血呪はゆらぎの神話からです。
なんでアヴェンジャーなの?って話がこういう感じになりました。
急に怖くない?作者もそう思う。