不老になった徐福と、最期まで騙された男の話。   作:鴉の子

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めちゃくちゃ評価頂いていてびっくりしています……いやマジでびっくりした。
この小説は作者の幻覚みたいなものなのでそういうものだと思って見守っていただけると助かります。



2節:独り酌んで相親しむもの有り

玄関先で雪を払い、屋敷の自室に戻る。数人の使用人が怪訝な顔をしているが客だと言った。簡単な料理と、酒の用意を頼む。宴会の途中で抜け出した故、まだ夜は深くない、使用人たちが遅めの夕食の準備をしているところだったらしい。気を遣わせるのも申し訳がない、同じものでいいと言っておく。

 

自室に招き、椅子をもう一つ持ってこさせて共に席についた。酒と肴が運ばれ、お互いに杯を突き合わせ、飲み始めた。

 

「────ところで、方士って酒飲まないんじゃないのか」

 

「人に寄りますねぇ、僧とは違って、各々の裁量が大きいので」

 

互いの杯に酒を手酌で注ぐ、誰かに酌を頼むのはお互い好まないのか、自然とそのようになった。つまみは醤と大蒜に茹でた肉、煮た考麩。

 

「……揚州のあたりの料理じゃないです?」

 

「うちの使用人がその辺の出身だからな」

 

他愛もない話をしながら、酒を飲み、肴を食す。普段なら一人でやる事だったが、話し相手がいるというのも存外悪くない。

 

「私も好きですよ、暫くいましたし」

 

「ふむ、方士というからにはあちこち行ってるのか?」

 

「ええ!地元はここですが、咸陽に逗留していたこともありますし。会稽の方で出入りの船に乗せてもらっていたりもしました。他にもあちこち」

 

その細い体のどこに入るのか、という勢いで酒と肴を腹に収め、頬を赤らめて軽薄に笑う。甘える猫の様な声はわざとらしいものを感じるが、耳障りではなかった。

 

「そうか、そりゃ凄い。生薬売ったり長寿だの、金満だのそういうの吹聴して回るんだろ。俺なら三日三晩で詐欺師と呼ばれてタコ殴りだ」

 

「顔がよろしいと得しますね、なんて」

 

「よくもまぁそんな枯れ木みたいな見た目で言えるな。……冗談だ」

 

普段口から出ないような悪態が漏れる。どうにもこの女の前にいると、気が緩むようだ。こちらの放言に腹を立てたかと目をやった。鈍い金色がこちらの視線と交わる、逆さ月の様に歪む瞳には荊に触れた人間を嘲笑う薔薇の様な喜色が浮かんでいる。

 

「さっきはああ言いましたが。枯れ木かどうか、試してみます?」

 

「いやいい、後から何を取られるかわからん」

 

「……部屋に招いたのってそういう事では?」

 

「さっきも言ったろう、金を払っても嫌だ」

 

一度手を出せば、それなりの縁が生まれる、良きにせよ悪きにせよ。ただ、それは出会ったばかりの今に結ぶものではないと思った。

それにきっと、どんなに金を積んでも()()()()()()。そんな言葉を気の迷いだなと思考の片隅に放り投げる。

 

「うーん……これでも行く先々では持て囃されたのにな……」

 

「美人には違いないさ、何より瞳がいい」

 

鈍い黄金の様な瞳には澱の様な情念が込められている気がした。それがどうにも目を引いた、ここではない何かを、常に見つめているような瞳の影が。

 

「月並みな褒め言葉をどうも」

 

「素直に受け取れねぇのか」

 

「……ごほん、いけませんね。普段ならもうちょっとおべっかも出るんですけど。うーん」

 

目の前で首を傾げる姿を見て、笑う。どうにも調子の崩れる女だった。国を傾けるに足るであろう容姿と人の心に触れる手管を持っているようだったが、同時にそれら全てを扱いかねているような、有り体に言えば、雑な所が見え隠れしていた。

 

「必要ない相手に態々するほど愚かでもないからさ。人間、その辺の機微は無意識だろ」

 

「……つまり無意識に舐め腐ってると?」

 

「よくそんな堂々と言えるな」

 

「やだなぁ、これ以上褒められても何も出ませんよ?」

 

一瞬、細まった目が誘うような笑みを浮かべて、消える。目の前にいるのは酔いが回っているのか、朗らかにからからと笑う女が一人。

 

出会って数刻しか経っていなかったが、間違いなく、この女の素顔はこうなのだろう、と確信した。同時に、それが全てでは無いのだろうということも。

 

「────あんた、旅は長いのか」

 

「え、うーん……」

 

細く白い指先が、紅で照る口元に乗る。数瞬、考え込んで。

 

4()1()2()()

 

口元が、猫のように釣り上がる。あるいは、悪童が友を揶揄うような、悪性と、無邪気さを併せ持った笑みだった。濁り切った金色の瞳がこちらを試すように覗き込んでいる。

 

「──────」

 

息を呑む、おそらく、ほんの冗談。名乗る名前と、今の時代の年代を重ね合わせた悪い冗談。

 

「ふ、冗談ですよ。十数年でしょうか、ええ、私の父も方士でしたので連れられて────」

 

続けられる言葉、辻褄の合う、道理に合った言葉。嘘の匂いがした。俺は人を見る目に自信もない、才覚を埋めるほどの経験を積んだとも言い難い。だが、今、この瞬間『これは嘘だ』と確信にも近い感覚を覚えた。

 

「──いいよ、本当だろう?」

 

「え」

 

「多分、本当だろう、412年。信じるよ」

 

嘘だ、信じてはいない。ただ、信じようと思っただけで。何故かはわからない、衝動にも似たようなそれが、胸を裂くような勢いで喉を通り、口から吐き出された。きっと、この選択は間違いではないのだろうと、俺は思った。

 

「しかし……いいな、412年。俺もそれくらい生きてみたいもんだ」

 

これは本当。何はともあれ、長生きはいいことだ。読める本は増えるし、変わる音楽も聴いていける。しかし人にそれほど長生きは出来るのだろうか?仙人となるなら話は別だろうが、目の前の女は肉も食い酒も飲む。

 

目を瞑って、そんな益体もない疑問を杯の酒と共に飲み干して、目の前の女……徐福を見る。

 

一瞬、彼女の瞳に深い悔恨が浮かんだ気がした。大きな古い傷跡が、鈍い痛みを想起させるような苦痛の色だ。

それはすぐに消えた、その代わりに、媚びる様な笑みが浮かんだ。出逢った時に浮かべていたそれを、より蠱惑的にしたものを。

 

そして、気がつけば彼女はすぐ隣に席を寄せて近づいていた。今度は手を添えるのではなく、こちらの手を強く握り込む。爪痕すら残るかもしれないそれと、先ほどより強く伝わる体温に少し驚いた。

 

「本当に、信じてみます?」

 

挑戦的な含みのある言葉だった。進むのなら帰れなくなる、そんな気がした。無論、迷う気もなかった、どうしてそう思ったのかはわからないけれど。

 

「おう、信じてみるよ。お前が騙し切れるか、本当になるかは、知らないけどさ」

 

「わ、潔〜い。もしかして結構損する人?」

 

「お前が来るまではそうでもなかった」

 

「ふ、そっかー。でも、安心したまえー、これでも取引相手にはちゃんと利益は出すから」

 

「始皇帝は?」

 

「あれは別、それに、()()()()()()

 

「失敗?」

 

「あ、これ以上は秘密。それで……そうだなあ、信じてくれたお礼をあげるとしましょう」

 

大袈裟に、有難いとは思ってないだろうに彼女は言った。

 

「一晩、何の貸し借りも無し。これでどう?」

 

漢服の帯を緩めながら、目の前の女は言う。それに笑みを返してから、言い放つ。

 

「やだ」

 

「えっ」

 

困惑する目の前の女に盃を置き直し、酒を注ぐ。

 

「大蒜食った口で出来るか?」

 

「…………確かに!」

 

二人して、酒が入って頭が緩くなっていたらしい。ひとしきり大笑いをした後、まだ二人だけの酒宴は続いた。

 

 

 

 

 

────翌日。

 

「あったまいたい……」

 

「俺もだよ……」

 

二人して、寝台に死に体で転がっていた。服はぐちゃぐちゃ、寝台の布団も同様だ。無論、色気づいたことは何もない。

 

「……あ、しばらくここ泊まっていいですか?」

 

「……部屋なら余ってるからいいぞ……気持ち悪……」

 

「……薬持ってきます、薬。すぐ効くから」

 

「おう……助かる……ん?」

 

気がつけば、変な女が勝手に逗留していた。もしかしたら既に色々と騙されていたのかもしれない。

 

「────当然、あと、直感だけど、付き合い長くなりそうだからここまで言ったから。そこのところ、よろしく」

 

薬を飲んで元気になった後、そう言い放った女の笑顔は、出逢ってから初めて腹立たしいと思った。

 

 

 




考麩(コーフー)ってこの時代あったんですかね、わかんないけど呂布ロボいるし多分あるでしょう。醤油で煮ると美味しいのでおすすめです。三国時代の資料は当たりますが、地図感覚が終わってるので地名とかはガバい。

徐州は焼けます、多分次か、次の次。
大丈夫、まだ元気です。

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