「あら、こんにちは」
「ええ、こんにちは、アビゲイル・ウィリアムズ」
「うわっ、我が家(墓場)が邪神の集合場所に」
何処からか出てきた霧の中から、角を生やした女、殺生院キアラ……だっけ? が歩み出てくる。
そして、同時に、銀色の光が輝いた。当然、名状し難い触手と共に現れるのは、魔女、アビゲイル。
「墓場に集まるのも魔女らしくていいわね、うふふふふふ」
「……シンプルに可愛い女の子が不気味に笑うだけで怖いな……」
「あら、シャイ○ングとか、定番でしょう?」
「あー、まぁ悪くはないけど。古典よねー」
「古代の方に言われたくはないでしょうが……」
困ったような、小馬鹿にしているような笑みでキアラはこちらを見る。いや、多分そんなに悪意はないのだろう、子供の戯言に近い。
「ふふふ、もう何百本見たと思ってるの……」
血走った目で答える、恐怖の蒐集という意味で何本もこの村に残ってる映画を片っ端から見たが、何が恐怖かわからなくなってきた。主に眼精疲労で。
「あら、随分とお疲れなようで、えいっ」
キアラが指先でこちらのこめかみと、眉間を叩く。その瞬間、痛みが遠のく。
「うそ、ツボ治療にしては効果ありすぎじゃない?」
「それなりにズルもしましたが、基本は指圧ですよ。本来はもっと……今はやめておきましょう、そういう気分でもありませんし」
「えっちなことだな……」
別に初心でもないのだ、受けた瞬間わかる。多分、そういうことに使うのだろう。というか、私だって道術の房中術だって使えるし。あんま上手くないけど。
「あらはしたない、言わないのが花ですよ? これでも禁欲中の身ですので」
「……あ、尼なんだ。私の時代にはあんまりいなかったけど」
仏教が西からやってきて、広まり始めたのは何となく覚えている。何か、役に立つものはないかと思って調べたが、私の望みには程遠かったのも。
「……禁欲してる人にしては、何というか」
その手のことに手慣れているような気がする。しかも何というか、手段としてのそういうことに慣れている以上のものを感じなくはない。
「うふふふ」
怖い笑みを浮かべている、多分、あんまり触らない方がいいやつだ。藪を突いて人魚どころかもっととんでもないのが出てきたら大変なことになる。
「…………破廉恥な話は終わりかしら」
「あ、ごめんね?」
「……怒ってないわ、怒ってないわよ。ちょっと、まだ慣れてないの。ほんとよ」
子供に聞かせるには困った話をしてしまったかもしれない。
「それで、何の話をしにきたわけ?」
「ええ、そろそろマスターが動き出すわ。半分に分かれて、騙されてはいるけれど。霧の中と夢の中で、惑わされながら歩んでいるの」
「そう、それじゃあ、準備をしないと」
「あら、もう。では彼にも急がせないと……」
小声で、まるで少女のようにキアラがつぶやいたのを聞いた。詳しくは聞かない、多分、大切なものだから。
「じゃあ、そっちも頑張ってね。何がしたいのかなんて、知らないけどさ」
「ええ、そちらも、孔を開けるなんて、ああ、見た目より随分激しいコトが好きですのね? うふふ」
「言い方」
ああ、でも、孔か。間違ってはいない、おそらく。
本来の方法ならば、仮面に蒐集された死では世界に孔を開けるには足らないだろう。
だけど、この身体には本当の
人形に与えられた死には方向性がない、怨念が形を保つには、意志が、火種となる妄念がいる。
「ああ、そうね、世界に開く孔には違いない。扉なら開けられるけれど、私には出来ないわ」
鍵を揺らして彼方の魔女は呟く。
魔女、そうだ、ここには
魔術世界におけるそれに近いけれど、遠い意味。第一のそれが1番近いだろうか。閉じ込める者、己の夢を、閉じた世界に取り込む女たち。
「どうなるか、わからないけど」
「あら、扉の先はいつだって、何もわからないわ」
遠い世界で、ンガイの暗黒そのものを見届けた少女は嗤う。
「せっかく、黄金色の瞳なのだから、大事なモノは見逃さないで?」
「……それは、もう無いんだよねぇ」
困ったように、笑うしかない。
「あら、そう? 見えてないだけよ」
「そうかなぁ?」
「そうよ」
2人の会話を、呆れたような顔で殺生院キアラは眺める。自分の大事なモノだけで全てを塗り潰そうとした獣は、2人の先達と言える故に。
「(ああ、そういう。ある意味では、私と)」
同じと言うには程遠く、違うと言うにはあまりに近い。少なくとも、同じモノで世界を踏み潰そうとしている女なのだろうと言うのはわかった。だからこそ、戯れに手を貸す。
気が乗れば、戯れに邪魔をするのだろう。人魚姫の続きよりは遥かにどうでもいい些事ではあるけれど、面白そうなことには変わりない。
「……ふむ」
悪性情報の取り扱いならば、あの2人より一日どころではない長がある魔性菩薩である。先程、指先で触れた際に、直に触れた魂と精神から徐福という女の霊基の根底を解析する。
「あら、あらあら」
糸を繰るように、中心となる怨念を読み解く。
「とはいえ」
それに手を加える必要もないと、手を出すのを止める。サーヴァントとしての霊基では、限度がある上に……。
「……存外に面倒な方ですのね。……みんなこうなのかしら」
「それじゃあ、徐福さん」
「ん? どしたの人魚さん」
「こちらをどうぞ」
小さな貝殻を一つ。単純な魔術と、少しの権能を込めた礼装の一種だ。
「お守りの一種です、ええ、貴方がどうしようもなくなったときに砕けますので」
「……それで?」
「それだけです」
「なんも役に立たないじゃん!?」
「ええ、それが砕けぬように立ち回るとよろしいでしょう」
それだけを預けて、キアラは消える。無論、渡したモノについては嘘であるが、互いになんとなくわかっていた。
「……」
いつのまにか、アビゲイルも消えている。今は、夢と現世の狭間に潜む彼女の気配は特異点の主であったとしてもわからない。
独り、ため息を吐いた。
「……よーし、がんばろ」
知らぬ間に、炎は燻る。
「──────なんだ、ここは」
黒き焔と化した男が、特異点に焼かれている。
「不味いぞ、これは、我が共犯者……!」
その身を構築する黒い焔が、削り取られていく。否、燃やし尽くすべきモノを燃やそうと、消費されていく。
あらゆる
そんな状態に陥る場所など、この世には一つしか存在しない。
かつてこの男が作り上げた、オガワハイム、“地獄”の似姿。その原型。
「────ここは、既に……廃棄孔か……!」
オガワハイムと小川マンションと徐福の特異点が同じ廃棄孔の似姿なんですよね、この女もしかしてとんでもねぇことしてたんじゃない?