不老になった徐福と、最期まで騙された男の話。   作:鴉の子

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遅れました。バレンタイン良かったですね。良かったですね、ええ、本当に。
好きな子が好きな子にチョコ渡すのって嬉しいけどめちゃくちゃ悲しいですね、誰のこととは言いませんけど。
俺じゃダメなんでしょうか、ダメです。


3節:美人珠簾を巻き深く坐して蛾眉を嚬む

 変な女が屋敷に住み着いて2週間。空いている部屋に私物を持ち込み、完全に長居をする気になっていたのを微妙な顔で眺めていた。

 

 別段、それに特に文句はない。美人が家にいるのに悪い事はないし、何よりたまに家賃代わりに仕事を手伝えば極めて仕事が早い。

 

 ……不慣れな仕事をやらせるとそれなりに酷いことが起こるが、意外と普通な奴だと少しだけ安心した。

 

 使用人や、周りの人間も突然現れた怪しげな女を多少は警戒していたが、しばらくすればそれも薄れた。そのあたり、やはりこいつは詐欺師じゃないのかと思わないこともないが、構わなかった。

 

 そうして空いた部屋に住み着いただけでなく、俺の部屋にこの女が平気な顔で出入りするのにも慣れた頃の話だ。

 

 まだ冬も深い、外に雪は降りしきり、火鉢には何度か炭を入れる事になる。籠に入った炭を読書の合間に入れる。がり、がり、と薬研が薬草を潰す音、紙を捲る音、ぱちりと炭の燃える音だけが部屋に響いた。 

 

 次の頁に紙を捲る少しの間、薬を作る女の手を何度も見た。火鉢の近くとはいえ、石の薬研を握る以上、手は冷えていく。赤らんだ細い指を時々火に当ててはまた作業に戻っていた。

 

 身体の心配をする気などなかったが、少し居た堪れなくなった。

 

「……今、何を?」

 

 目線は本に向けたままで、ただそう尋ねた。

 

「胃薬と、熱冷まし。あとは……数人に頼まれたの夜のあれこれの」

 

「……誰が頼んだかは聞かないでおく、知り合いの事情とか聞きたくねぇ」 

 

「知っておいた方がいいですよ、いつかは役に立つので」

 

「どうせ使わん」

 

「心の余裕になりますよー」

 

 あはは、と笑って目の前の女は潰した生薬を小分けにしていく。紙に包む様子はいやに様になっていた、長いことやっていたのだから当たり前なのだろうが、その生真面目な様子がどうにも目の前の女の姿から浮いているように見えた。

 

 一通り作業が終わったのか、徐福は小分けにした薬を一纏めにして、火鉢に手を当てる。先ほどよりも指先の赤みは増していた。

 

 ──思わず、手を取った。

 

「わ」

 

「火に当てるよりこっちの方がいい」

 

「意外とやりますね、他の女の子にもこんなこと?」

 

 にへら、と女は笑った。いつもの、本心の見えない甘い笑顔だった。それがどうにも癪に障った。

 

「やらん」

 

「なんだ、つまんなーい」

 

 今度は、一転してケラケラと子供のように。暫く過ごしていても、相変わらずに掴み所のない女だった。

 

「……あ、でもあったかい。あんまりこういう事されなかったから、新鮮かも」

 

「……? 家族とかならあるだろう」

 

「……あー……あんまり覚えてないかな」

 

「そうか」

 

 しばしの無言、お互いの息遣いだけが部屋に満ちた。冷たかった手から次第に血の通った熱を感じるようになるくらいの時間が経つ。

 

 伝わる熱から逃げるように、手を離した。

 

「作業、火に寄ってやれよ」

 

 それだけを伝えて読書に戻った。先程の行動がどうにも、慣れないことをして気恥ずかしい。

 

「ん、出来るだけね。温めると困るのもあるから」

 

 幾らか砕けた口調で、それだけ言って。ふと、寂しげな目をした気がした。ただ、それには気が付かない方がいいと、目を逸らした。

 

「……今日はもう終わりか?」

 

「大体」

 

「そうか」

 

 ただ、それだけを伝えて。火鉢を囲んで隣に座る。気がつけば日は暮れていた。雪のせいか、静かな夜だった。

 

 ただ二人で並んで座る、炎の熱とお互いの熱が触れる肌から伝わった。

 

 この屋敷に来てから1週間ほど経った頃から、こうしている時間が増えた。何をするわけでもなく、ただ隣り合って暖を取るだけの時間。どちらかが言い出したわけでもない、気まぐれの猫が暖をとるように、火鉢の横で本を読む俺の横にいつの間にかこの女は並んでいた。

 

 こうなると、お互いに言葉は交わさない。こちらは、ただ本を読むだけ。徐福は、その時々によって違う。本を読んでいることもあるし、ただ何もせずに燃える炭を眺めていることもあった。鈴の鳴るような声で静かに歌っていることもある。僅かな時間だが、気まぐれなそれが心地よかった。

 

 今日は隣から小さな声で口遊む歌が聞こえてくる。夜の森に吹く風のような、静かな歌だった。文字を追う目が揺らいだ。少しだけ、本を閉じ、隣にいる女に体重を預け、声に耳を傾けた。

 

 歌う女の顔は、綺麗だった。どこか楽しげではあったが、憂いが何処までもついてくるような薄笑い。遠くを見るときだけ澱みが薄まって、星のように金色の瞳が煌めいていた。

 

 その歌は、遠い所に置いてきた何かをを想う古い歌で。大切なものがない自分には些か苦手なものだったが、それでも彼女が歌うそれを、綺麗だと思った。

 

 ……ただ、彼女の想うモノは、もう無いのか、あるいは遠く離れているのであろう。歌う声に混ざる声音に、僅かな悲しみと、後悔の色があった。

 

 だが、それを伝えることはなかった。ただ、耳を傾けて、窓から外を眺めた。月明かりに照らされて、積もる雪が全てを白く染めていた。

 

「良い歌だな」

 

「どうも、古い恋の歌ですよ。知ってます?」

 

「少し離れたとこの諸葛のやけに博識な子供が色々と本が入り用らしくてな、頼まれて集めたやつに載ってたよ」

 

 随分と古い歌だ、失ったもの、届かなかったもの。そういったものへの悲しみと、思い出を語る優しさが込められている歌。

 

「そうしてれば、文句無しに美人なんだがなぁ」

 

「何言ってるんですか、普段から美人ですよ?」

 

「態度のでかさと胡散臭さを除けばな」

 

 喉の奥で笑い声を抑える、おそらくバレているとは思うのだが。本を片付けて、寝台に潜る。

 

「部屋、戻るなら────」

 

 ひたり、と首筋に何かが触れた。細い指だった。

 

「ね、寒いですし一緒に寝ます?」

 

「何もしないぞ」

 

「何もしなくても、もう噂は立ってますけど。それならした方がお得じゃありません?」

 

 どういう理屈だ。確かに噂はもう随分と立っているが、どうしても目の前の女とそういう風になるのは受け入れ難いと感じていた。自分でも、ここまで頑なになる理由はわからない。

 

「とにかく、眠いから寝るぞ」

 

「ツレないな〜」

 

「…………大体、なんで俺をそうやって嵌めようする。渡せるものなんてないぞ」

 

「……お金?」

 

 ニヤケ面で布団に潜り込んでくる女を、払いのける事もできず、溜め息を吐いた。

 

「欲しけりゃ額面と用途を書面で出せ」

 

「うげー」

 

「嫌そうだな、そうだろうと思って言った」

 

 へっと笑って、精一杯の嫌味と皮肉を。背中の体温からは意識を逸らして。好意は無い、敵意もない、警戒心も、本当のところは殆どない。

 ただ、どうしても離れ難いという感覚と、どうして彼女は離れないのだろうという疑問が頭の中でぐるぐると回り続けていた。

「なぁ、聞きたいんだが」

 

「んー? なんです?」

 

「いや、いい。寝る」

 

 お前がどうしても大事なものは、なんなのか。お前は何をしたいのか。それを聞くには、まだ時間が足りない。

 

「……? おやすみなさーい」

 

 それを最後に、背中合わせに伝わる呼吸だけが炭の灯りだけが灯る部屋に残った。

 

 ────灯りが灰になる様に、時間が終わるのが少しだけ悲しくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そもそも、終わるのは悲しいものだ。それがなんであれ、特に、命とか。

 ──────だが、冬の静けさですら、いつかは終わる。

 

 春と共に、土の中から湧いてくる蟲のように、騒乱と死の気配が近づいていた。無論、それは二人を飲み込んで。

 

 だからこそ、ただ二人でいようと、決めたあの日が近づいていた。

 

 

 ……まぁ、結局叶わなかったけれども。どんなに一緒に長生きしても、一人を置いて逝くって中々くるもんだね。




理性「────古代なんだから窓ねぇじゃん!」
理性2「うるせぇ!ロボいるんだぞロボ!ペルシャから窓ガラスくらい入ってきててもおかしくないだろ!」
理性「そうかな……そうかも……」

実際は窓すらない家が殆どみたいですね、まぁ武侠ドラマとかも木枠の窓とか、たまに窓ガラスあるしいいんじゃないかな、多分。

次回はおそらくめちゃくちゃ遅れます(ここから1週間ほどリアルが修羅場なので)

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