不老になった徐福と、最期まで騙された男の話。   作:鴉の子

4 / 20
ちょっと短め、ようやく忙しいところから抜けたのでサクッと。


断章:黒猫のタンゴ

 

 いつだって道を間違えていた。何も気がつかないまま、ただ走り抜けていたら、望んでいた方向からは遠ざかっていて。

 

 私は、そうやって間違えた。

 

 航海は失敗した、不死殺しはなし得ず。ただ、不老だけを得て。数百、年を数えては、ただ放浪した。不老の霊薬を餌にして、ただ奪って、奪って、奪って、不完全な不死殺しを抱えて彷徨って。

 

 ────ふと、故郷に帰りたくなった。

 

 故郷に未練はない、それに、大した思い出もない。もう何も残ってすらいないのに。

 

 手持ちの資産を隠して、ただ足が向くまま旅ができるくらいのお金と……まぁ、方士として怪しまれないような薬師道具と道中はいい感じに道術で。ひぃひぃ言いながらなんとか故郷に辿り着いて。

 

 街並みは殆ど見る影もない。400年という月日は全てを擦り減らしていた。

 

 物珍しがられ、とある商家の人間に宴会に誘われる。特に目的もなかった、別に地元のお酒は好きでもないけれど、飲むこと自体は嫌いではない。酩酊は、どんどん渇いていく自分を誤魔化せる気がするから。

 

 酒宴は賑やかに、私一人を置いて進んでいく。話しかけられはするけれど、応対に思考は割かず、ただ反射的な世間話が口から返されるだけだ。

 

 ────ふと、視線を向けた、こちらを見ている男がいた。

 別段、特筆するところがあるわけでもない、才気や、美貌を持つわけでもない。

 

 ただ、瞳の色だけは、見覚えがあった。黒々と、澱んだ瞳の中に私の顔が映っていた。奥には、何かを求める子供のような鈍い光があった。それが何かは、わからないけれど、少しだけ興味が湧いた。

 

 男は近づいてくる、随分とつまらなそうだな、とこちらの余所行きの顔を簡単に見抜いて。でも、全くと言っていい程に裏の無い匂いがした。

 

 信用できる、などでは無い。ただ、そう言った場を過ごしていなかったか、あるいは無自覚にすり抜けてきたような、ある種の朴訥さのようなものだった。

 ただ、明るく、野に咲いている草花のようなそれにどうしてか、自身のような諦観が混ざっていた。

 

 男は周りの話からするに、この家の主らしい。なるほど、不自由無く育ったのだろう、となんとなしに思う。

 仲良くなれれば、いくらか便利なこともあるだろうと話しかける。少しばかり混ざる誘いは、長く生きている内に身についてしまった悪い癖だった。

 

 触れた手のひらから、感じた熱は、これまで何度も知った他の男のそれと大差なくて。

 

 ふと、誘いに乗らないで欲しいな、なんて考えが過ぎる。気の迷いだと思った。

 

 ……そしたら、乗るどころではなく、詐欺師呼ばわりされた。

 

 内心、ふざけんなよと思ったけれど、こういう相手もいないではない。いや、初対面でいきなり言ってくる奴はあんまりいなかったけど。

 

 ちょっとムキになって、じゃあ本当に何か奪ってやろうと考えて。困ったことに、特に欲しいものがない。

 とりあえず、気に入られて当面の宿とちょっとした商売が出来る場所を貰って、いつか資産も貰っちゃおうかななんて考えて。

 

 体は薄いけれど、顔とか、器量にはそれなりに自信があった。長く生きていると、自分のこういったものを武器にすることも何度かあったから。

 

 だから、同じように武器を使って、絡め取ろうとしたけれど、どうにも引っかからない。その癖、隣に潜り込むことを嫌がろうとしない。老人でも、もう少し色気つくというのに、どうしてなのか。首を傾げながらも、ちょっとだけ気に入っている自分がいた。

 

 だって楽だし。

 

 一緒にお酒を飲んで、歌を歌って、少しばかり薬師の仕事をして。気楽な日々だった。

 

 何より■■という男は、気が合った。そういう相手はそれなりにいたかもしれないけれど、今回は特にそんな気がした。

 

 雪の中で話すことも悪くない、お酒の趣味とかもまぁ悪くはない、余計なことを聞かないのも悪くはない。

 

 ……聞かないのではなく、聞けないのだろうけど。その弱さも、案外嫌いじゃない。

 

 束の間の休息で近くにいる人間にしては、悪くないとは思っていた。

 

 そうして数ヶ月が経とうとしたころ。

 

 ────────戦乱の匂いがした。

 

 ああ、そろそろ離れなきゃな。なんて乾いた感想が浮かんで、荷造りを始めた。故郷がきっと酷いことになるのだろうけど、私はもうそんなに悲しむこともできないくらいには擦り切れていた。

 

 次の行き先と、資産の回収と……とまで考えて、隣の男がどうするのか気になった。

 

 多分、残るのだろうと思った。

 

 薄情なようで、家族とか、友人とか、そういうのをそれなり以上に大切にしている人間だったから、きっとこの事を伝えても残るのだろうと思っていた。

 

 だから、世間話の様にそう伝えて、数日もすればお別れですね、なんて言おうとしたところ。

 

「一緒に逃げるか」

 

 なんて言われてしまった。

 

 …………もしかして、私のこと好きなのか? 

 

 まっさかあ、なんなんだろうこいつ? 

 

「逃げた先で商売する、財産半分好きに使っていいぞ」

 

「一緒に来てくれ、でなきゃ困る」

 

 

 …………困ったなぁ。

 

「えへ、いいでしょう。財産は共同でいいですよ」

 

 なんでこんなふうに答えちゃったんですかね? わかんないな。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。