不老になった徐福と、最期まで騙された男の話。   作:鴉の子

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こんなタイトルですけどさよならはもっと先です。死が二人を分つまで!!
まぁ分つかどうかもわからないけど……(不穏)


6節:さよならの準備

 

 偶然外れていたなどと言い訳して、使用人達を追い出しそれぞれ野営の準備と簡易的な天幕を貼って休ませた後。幌を貼り直した馬車の荷台の中、徐福と向き合って座る。血と泥で汚れた服は共にすでに着替えていた。

 

「で、なんで生きてる」

 

「不完全ですけど、不老不死の薬飲みましたからねぇ。主要な内臓をやられると暫くは動けなくなりますけど」

 

「…………本当に不老不死なわけじゃないのか」

 

「ええ、頭と心臓と……あと体の半分くらい無くなれば死ぬんじゃないですかね? 多分」

 

「そうか……」

 

「いやーしかし、バレなくてよかった。バレてたら石投げられて追い出されてましたね」

 

「大丈夫だよ、別に。金と恩があるうちはその辺気にしないのがいいところだ」

 

 誰にだってに言える事だ。利益と面子さえ立てていれば、人は基本的にわざわざ裏切ったりはしない。

 

「えー、昔やられましたよ」

 

「運が悪かったんだろ。……で、傷はもういいのか」

 

「勿論! 跡も残りません。色々迷惑かけましたね、いやー占いの最初の条件間違えちゃったみたいで」

 

 さらさらと紙に何やらよくわからない紋様を描きながら目の前の女は笑う。

 

「大人数の道行を占うのって大変なんですよー周りの人との関係も勘案しないといけないので。あなたの分だけ間違えたみたいですね」

 

「……どう間違えたんだ」

 

「いえ、皆を友人って事にして占ってたんですけど、もしかして私のこと嫌いだったりします?」

 

「………………何をどうしてそうなる」

 

「え、だって、それ以外だったら好きなことになりますけど」

 

 どうして否定するのも肯定するのも嫌なことを言い出すのだこの女は。

 

「…………………………」

 

 長い沈黙、どう答えても負けな気がした。

 

「…………お?」

 

 目の前の女は少しだけ首を傾げて、その後にたり、と笑う。腹の立つ笑みだった。

 

「そっか〜〜〜〜そうですか、そうですか。そういうことにしちゃお」

 

「何も言ってないぞ」

 

「じゃあ嫌いなんですか?」

 

「殴るぞ」

 

「さっき殴ったでしょ、まぁじゃあそういうことで」

 

「おい」

 

 人を馬鹿にしたようないつもの猫の様な笑み、その筈だった。それを咎めようと手を伸ばして、腕を掴んで。その時に、眼を見た。

 渇いた瞳だった、何もかもを諦めた様な、荒涼とした風に吹き曝されたような色だった。冷たくはない、ただ、寂しい色をした瞳がこちらを見ていた。

 

「……なんで、そんな顔をする」

 

 手は離さない。離したら、本当に離れていってしまう気がした。

 

「あんなの見て、まだ本気で同じこと思ってます?」

 

 笑みは消えない、試す様な声音だった。きっと、何度も言った言葉なのだろう。そして、何度も諦めたのだろう。

 

「……なぁ、死にたくなったことあるのか?」

 

 そうか、なら、聞こうと思った。俺にとっては何よりも優先される、彼女の事を。

 

「え、全然? 急に何?」

 

「……そうか、じゃあいい。なら別に、何も変わらん」

 

「へ?」

 

 安心した、なら、何かを変える必要はない。長く生きるのに苦労がないのなら、自分の存在が、彼女の通り道に過ぎないのなら、俺が何かをする必要はないと思った。

 

「辛いのなら、ここで道を別れるべきだと思った。それか、生き方そのものが苦しいのなら」

 

 そこまで言って、口を噤む。出来るかどうかわからないこと(殺す事)を、口にすべきではないと思ったから。

 

「────」

 

 彼女はきょとん、とした顔でこちらを見つめる。彼女にとっては、月並みな言葉だと思うのだが、何をそんな顔をするのだろう。

 

「……こういう風になりたい、とか言わないの?」

 

「なれるならなりたいが」

 

「えっ」

 

「当たり前だろう、長生きはしたい」

 

 出来れば一緒に。

 

「薬くれ〜とかは?」

 

「言ったらくれるような慈愛の精神の持ち主になら言ってたな」

 

「……ほら、なんでも財産渡すから〜とか」

 

「もう半分やってるんだぞ、誰がやるか」

 

 何を言っているんだこいつは、これ以上あげたら不老でも意味がない、ただの世捨て人だ。生憎、世の中が嫌になる程擦り切れてもいない。

 

「えー……なんか、そんなのでいいの?」

 

「いい、返せるものがないのに求めるのは不義理だ」

 

「そっちもそうだけどさー……好きなんでしょ?」

 

「………………」

 

 目を逸らす、絶対に肯定はしない。意地でも。というかそういう質問をするところは嫌いだ。

 

「こう……黙ってやるから〜とかは?」

 

「誰がするか、悪徳官吏か!? 大体お前に何度も誘われておいて手出してないんだぞ!?」

 

「ヘタレほどこういう時に危ないんですよ。経験上」

 

「マジかよ、何度かあったのか?」

 

「あったあった、もう鬼の首を取ったかの様に性欲を……じゃなくて。まぁもういいや、ありがとね」

 

 彼女の腕を掴んでいた手を包む様に握られる。思わず、掴んでいた腕から手を離した。

 

「態度だけでも、出さないってのはありがたいんですよ? ちょっと許してやろうと思ってる時にも」

 

 天幕を雨が叩く音に混じって、帯を解く音がした。目の前の女の服が、いつの間にか服を取り去って。

 

「やっぱりお礼に」

 

「いや無理、風呂入らないと嫌だ」

 

「は?」

 

「血塗れ泥まみれになったばかりだぞ、嫌に決まってるだろ」

 

「……うわ最っ悪、くたばれ」

 

 無言で、顔に張り手を入れられる。ぱしん、と派手な音を鳴らして、少しばかりの痛みが、頬に走った。

 

 どうせ近くで話を盗み聞きしていたであろう昔馴染みの使用人を馬車から頭を出して探す。案の定、天幕の縁で聞き耳を立てていた、小声で話しかける。

 

「なぁ、俺が悪いと思うか?」

 

「最悪です、私だったら包丁で頭殴りつけますよ」

 

「そうか……どのあたりが?」

 

「女性に汚いから嫌ですって言って許されると思います?」

 

「俺が汚いから嫌だろう」

 

「言いなさいよ、言い方最悪ですよ」

 

 兄弟よりも付き合いの長い世話係に言われては仕方がない。全面的に悪いのであろう、いや言われなくても俺が悪いなこれは。

 

「謝ってくる」

 

「そうしなさい、私は寝ます」

 

「おう……ちなみになんて言えばいいと思う」

 

「誠心誠意、当たって砕けて」

 

「頼りにならない助言どうも」

 

 幌から顔を戻し。不貞腐れた顔で横になる女に近づく。

 

「すまん、誤解させた、あれは俺が汚いだろうってことでだな……」

 

「知ってる」

 

「はい」

 

「……」

 

「……」

 

 気まずい沈黙が天幕の中を支配する。とりあえず、諦めて隣に横になった。呆れた視線が投げかけられる。

 

「どういう神経してたら隣に寝れるの?」

 

「ここしか寝る場所がないからな」

 

「……そう」

 

「おう」

 

 また沈黙、呼吸の音とぱたぱたと天幕を叩く小雨の音だけが響く。

 

「……もしかして細身には興奮しない方?」

 

「何故そうなる」

 

「だって私がこうして乗らない奴いないよー?」

 

 それはそうだろう、美人だから。大抵の人間はそうなるに違いない。だが、欲望を大きく上回る、恐れがあるならばそうではないだろう。

 

「……仮に、仮にだぞ。もし乗ったら、()()()()()()()()()()()()()()

 

 あの渇いた瞳が、あの澱んだ黄昏の光の様な瞳が、美しい花の様な枉惑に隠されてしまうのではないかと恐れていた。いや、もしかしたら、自身が見ているそれすらも、偽りなのかもしれない、という恐れ。

 

 だから、出来るだけ触れたくなかった。言い訳は色々あるにしても、いつもそうだ。

 

 この言葉を、どう思ったのだろう。情けのない男の弱音だと思って笑うだろうか、それならそれでありがたい。

 

「────そんなこと?」

 

 驚きと、軽い呆れの込められた声で。そのあと腹の底から出る笑いを堪える様に、ぷるぷると震えて、そうして耐えきれずに笑い出した。

 

「あはっ、あはははは! 馬鹿だ! 馬鹿じゃん!」

 

「わかってるよ、そんなの」

 

 ひとしきり笑い終えて、女は諭す様に語り出した。

 

「……変わるよ、変わる。身体を重ねるのって、そういう事だから。でも、悪いことじゃないよ」

 

「打算がなけりゃな、あるだろう」

 

「もっちろん! でもいいでしょ、あっても。何が本当か、何が嘘かなんて、誰にもわからないんだからさ」

 

 いつの間にか、背中合わせに横になっていたのが向かいあって。一枚の毛布を分け合っていた。目の前の女は、まだ服を殆ど直していない。

 

 向き合って、腕が巻かれて、抱きしめられて。

 

「これで、離れがたくなるのが嫌なんです?」

 

「……そうかもしれない」

 

「じゃあ、やめるー?」

 

「…………」  

 

「お前が死ぬまでは付き合ってもいいよ?」

 

 願ってもない話だ、きっと、そう言って俺が死んでからまだ彷徨うのだろう。あるいは、もっと前に目の前から消えているのかもしれない。それは少し嫌だった。

 

「信用できない約束は苦手だ」

 

「信じられないだけじゃない?」

 

「……何を信じればいい」

 

「これからすること?」

 

 自分の帯が外れていた、いつのまにか、外されていたのだろう。

 

「こんなものを?」

 

「こんなものに騙される人も多いんだよ」

 

「他にないのか」

 

「んー……はいこれ。これで刺すと私死ぬよ」

 

 懐から取り出した短剣を握らされる。見た目はなんの変哲もない。

 

「騙されたと思ったら、使っていいですよ?」

 

 鼻の触れるような距離で、にへら、と甘く、爛れるような笑みを浮かべた。ああ、きっと騙されているのだろうな、という確信を持った。

 

 ただ、騙されておくのもいいのかもしれないと思った。

 

 

 そうして、言葉に従って、目の前の女を抱いた。折れそうな、細い身体と重なって、初めて、泣きそうな程に寂しい気持ちになった。

 

 ────腕の中の女は、金木犀の香りがした。

 

 




欲望なのか、想いなのか、区別するべきなのか、区別しないようにするべきなのか。難しい話です、難しい話。

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