不老になった徐福と、最期まで騙された男の話。   作:鴉の子

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長引いた体調不良もようやく完治!!というわけで遅ればせながら続きの更新です。



8節:fragile

 

 眠りから覚める、隣にはまだ寝こけている女がいた。静かな呼吸とともに、ゆっくりと胸が上下する。そっと頬を撫でて、寝台から降りた。

 

 窓を開ける、まだ日は昇ったばかりだが、流れる風が何処か湿気を含んでいる。

 

 春が、終わろうとしていた。

 

 この場所の春は短い、次第に暑くなっていき、雨の多い茹だるような熱がやってくるのだろう。

 

 彼女の過去を知って、また少しの時間が流れていた。結局、俺たちの関係に名前はつかないままだった。

 

 ただ、少しだけ、あの女の笑顔から繕いが消えている気がした。どうにも、よく笑い、よく騒ぐ女だったらしい。時折、出る笑い声が出会った頃よりもぞんざいで、騒がしい。

 

 それがどうにも、むず痒く、嬉しいものだった。そして、この心を安心させてくれるものだった。

 

 あの日以来、静かに眠るこの女を見ていると、日に日に昏い気持ちが浮かぶようになった。

 

 この女は、いつまで彷徨い続けるのだろうか。いつまで、夢を追うのだろう。そして、何故、これほどまでに追い続ける者を、追われる者は報おうとはしないのだろうか。

 

 嘆きだったのかもしれない、憎しみにも似ていたのかもしれない。そして、これが筋違いであることも理解していた。

 

 だって、この女はずっとその人が好きなのだから。きっと、死ぬまで恨まないのだろう。

 そして、もし、この女が夢に追いつけなければ、憧れは気儘にまた歩き出すのだろう。

 

 ────納得がいかなかった。

 

 重苦しい心に呼応するように、粘ついた夏の空気がまとわりつく。思わず、顔を顰める。

 

 気分を変えようと寝室を出て、井戸へ向かい、水を浴びた。

 

 幾分かマシになった、使用人たちはもう何人か、朝が特に早い者たちは動き出している。軽く挨拶をして、自室へ戻る。今日は特に用事がない、久しぶりに書を読みながら時間を潰そうかと思った。

 

 歌が聞こえた。

 

 扉の向こうで、歌っている声がする。それは静かな声で、きっと起きたばかりなのだろう。

 

 扉を開けた。徐福が寝台に座る姿が見えた、窓からは朝日が差し込んでいる。何処か遠くを見る瞳は、恨みがましいほど綺麗だった。

 

「……ん、おはよう」

 

「おはよう、今日は何処か出るのか」

 

「んー、別に」

 

「そうか、じゃあ俺はここで……」

 

「遊び行こう、どっか」

 

 はて、珍しいこともある。基本的に、何処へ行くにしてもフラっと一人で行ってしまう女のはずだったのだが。

 

「……いいが、どうした、急に」

 

「そういう気分だったから?」

 

 そう言いながら、他所行きの服に着替える女を見て、どうやら冗談でもないらしいと俺も着替える事にした。

 

 しかし遊びに行くと言っても、この街に来てまだ長くは経っていない。何処で何をやっているのかも近場しかわからないのだが。

 

「一緒に回るんだよ、それくらいわかるでしょ。遊ぶ場所探すのも遊びだからね」

 

「……道理だな」

 

 それはそうなのだが、しかし何故急に二人で遊ぼうなどと言い出したのだろうか。首を傾げたまま、手を引かれ朝の街に繰り出した。

 

 街はもう人混みができるほどの騒々しさで、活気がある、というのはこういう事なのだろうと思うほどだった。粥や油条を売る人や、旅の人間に売るのだろう、よくわからない土産を道端で売る人間、大荷物を荷車に積んで忙しなく走る男たち。

 

 そんな中を、手を繋いで進んでいく。小さな手が、楽しげな笑顔と共に俺を連れていく。

 

 しばらく街の中を歩き回る。流しの芸人達が音楽と共に踊るのを見て、二人で笑う。街のはずれにある芙蓉の花を見に行こうと行きがけに焼餅を買って、花を眺めながら昼食を取る。

 

 多分、人から見ればなんの変哲もない一日なのだろうが、新鮮な感覚だった。思えば、出会ってから、二人で何かをしたという記憶もない。独りが、ただ寄り添っていたような、そんな感覚が常に二人にはあった。

 

「ねぇ、楽しい?」

 

 いつもの様な笑顔で、女はこちらに問いかけた。だが、少しだけ、気のせいでなければ、初めて不安の様なものが混じっていた。いや、もしかしたら、いつもそうだったのかもしれない。いつだって自信のある女ではあるが、思い返せば、いつも何処かで上手くいかない事を怖がっていた気もする。

 

「……そりゃあ楽しいだろうよ、景色は綺麗だ、飯もまぁ……悪くはない。あと、お前がいる」

 

「口説いてる?」

 

「……違う」

 

「えへへ」

 

「……それで、なんで急に?」

 

「んー……やりたかったから?」

 

 なんだそりゃ、と首を傾げる。そんなふうな、少女のようなことをするような女だっただろうか。

 

「……そうかい」

 

「ん、そうだよ」

 

 昏い、濁った金色の瞳が、こちらを見つめている。何かを試しているような、何かに怯えているような目だった。それが、なんだか酷く悲しいと思った。

 

「……いつでも行こう」

 

「え」

 

「俺はただ、一緒にいられればいいけど。それで何か不安になるのは、俺の方がそうだから」

 

 ただ、二人でいるだけで十分だったけれど、それだけでは何処か足りない気持ちもある。お互いを知るほどに、恐れは強くなる。

 

「ああ、すまん、そういう話でもないか。俺はそうだってだけだ、お前はもっと図太いかな」

 

 ほとんどは、自分の話だ。目の前の女が、そんな風に考えるほど感傷的なのかどうかは些か疑わしいと、冗談混じりの言葉が口をつく。

 

「んなわけないでしょ、立ち直るのが早いだけ」 

 

 そう反論する女が、本当は、同じことを想っていて欲しいとは口に出さない。言ったところで仕方のないことだし、そんな事を伝えてしまうこと自体が、傲慢な気がして嫌だった。

 

「それを世は図太いって言うんだ」

 

 代わりに言った言葉に、二人で笑う。

 

 夏の風が、笑い声を包むようにして吹いた。夕暮れになる前、紫影の空の下で、草花とともに、風に靡く黒い髪が彼女の笑い顔に掛かる。ああ、うん、永遠に続けばいいのだろうなと心底から思える景色だった。

 

「ねぇ、永遠に続いたら、いいと思う?」

 

 目の前の女が、微笑んだまま言った。同じことを思っていたら、本当は嬉しいけれど。でも多分そうではないのだろう。

 

「……お前の行きたい場所には、行けないだろ」

 

「そうだね」

 

 寂しそうに笑った気がした。気がつけば、紫がかった青い空は消え、日は沈み、夕暮れに空は染まり始めている。俺はその笑みを寂しいと感じたのは、そのせいだと思うことにした。だって、そうでなければ。

 

 そこまで考えて、頭の中の言葉を止める。きっと、それを思ってしまったら、ダメだ。

 

「────帰ろっか」

 

「そうだな、帰ろう」

 

 時が経てば、帰らなければいけない。今は、その道が同じな事に安心する。

 

 帰路につき、食事を屋敷で摂る。そして、月明かりの下で、同じ寝台で横になる。

 

 同じ寝台でも、体はいつも少し離れていた。その筈なのだが、俺の左手が彼女の右手に包まれる、珍しいことだった。

 

「寝てます?」

 

「起きてる」

 

「ん、じゃあこのままで」

 

「……なぁ」

 

「────言わないで」

 

「わかってる」

 

 手を引いた、向かい合って、細い体に手を回して。お互いの、心臓の音が響く。その音と、お互いの体温だけを感じて、眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 願わくば、二人で永遠にと思った。でも、この女の願いが叶わぬままだ。

 

 ──────ならば、と考えて。

 

 ああ、でも結局のところ、俺には無理だった。意気地のない男だろう? 

 

 ああ酷く、悲しい結末になったって? 

 

 そうだな……君はそう思うかもしれないけれど。でも、俺は、酷いやつだから。

 

 嬉しかったんだ。少しズレたけれど、終わりは一緒に選べたんだよ。

 

 精一杯を生きる君には、わからない話だろうけど。

 

 

 

 




このお話は、両方死にます。

でもまた会えないとは言ってないよ。
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