――どうした? チビ
――次の町はどんな場所なの?
――町って言っても、対邪神の前線基地だ。お前が楽しめそうなもんがあるかどうか
――あら、前線基地と言っても町ですわ。ちょっとした商店街はありますわよ
――賭場!
――酒場!
――そこのダメ人間人界代表二人は御黙りなさいな
「で、あれ何なんですか?」
ジテツが戦う中央広場に結界を張り、その近くで遠隔監視魔法にて戦いを見ていた宮木がミネルヴァに問うた。
その言葉にミネルヴァは、この若い魔女はもう少し目上に敬意とかを持たないのかとも思いつつ、追加の結界を張りながら答えた。
「ボルゼア、かつて魔女界のある地方に現れ、その地の魔女の七割を殺した邪神の眷族ですわ」
「でも、倒したんですよね?」
「ええ、倒しましたわ。あの子、勇者とフェイランの決死の一撃で」
魔女の使う魔法の殲滅力を、危険視した邪神が産み出した魔法も仙法も通じない怪物。
あれを倒せたのは、フェイランの拳法と勇者の聖剣があったからだ。
無論、ミネルヴァも魔法が通じないからと諦めた訳ではない。
だが、あの怪物ボルゼアは根本的に魔力を使う業に対する天敵だった。
「何故私達が奴一人に全滅しかけたか。簡単に言いますと、ボルゼアには魔法も仙法も通じませんの」
古い魔女や仙人達が苦虫を噛み潰し、若い魔女や仙人達が驚愕する。
魔法、仙法、これらは魔力に対するアプローチ自体の違いはあれど、この融合世界に於ける絶対的な力だ。
それが通じない存在、それは世界のルールから逸脱した存在でしかない。
「正確に言うと、魔法も仙法も通じはするけど効かない。全て吸収されて返される」
「魔力吸収ですか。それは厄介……」
「違う。魔法や仙法に変換された魔力を、再度魔力に変換して吸収する」
「ちょっと言っている意味が分かりません」
宮木はイルマの補足に異を唱えた。
魔力というのは変換されれば、使用されるまでその変換後の性質は変わらない。
火の魔法に変換すれば、それは火の魔法のまま。使用されてから、素の魔力というエネルギーへと戻る。
つまり、魔法に変換された魔力をその魔法のまま魔力に変換し直すという事は、絶対に不可能な事なのだ。
「でも事実。ボルゼアは魔法をそのまま魔力に変換吸収する。だから、私達は全滅しかけた」
「あー、勇者パーティー五人中三人が魔力ありきだから」
「あの時は邪神に、そんな判断能力があるとは思ってませんでしたの。恥ですわね」
「でも、それなら班長危なくないですか? 仙法通じないなら、あの人ただの草臥れオッサンですよ」
「ジテツの扱う仙法は近代仙法とは違う古式……。いえ、源流と言える古い仙法ですの」
「つまり?」
「ジテツには仙法を用いた格闘術がある。それであの日も二人の時間を稼いだ」
「はえー、すっごい。格闘術なら魔力を撃たないから吸収しようがないか。魔力切れになる前に炉心回すか、戻せばいいし」
「はい?」
ミネルヴァ、イルマ。そして、周りの魔女や仙人達が何かすごいものを見る目で宮木を見た。
一体何を言っているんだこの現代魔女は。
使った魔力は回復を待つか、外部から供給を受けるか。
この二択だ。だが、このぐうたら現代魔女は使った魔力を戻すと言った。
「あー、宮木?」
「え? 撃ったら戻せばいいじゃないですか。自分の魔力ですよ」
その言葉に、宮木以外が円陣を組んだ。
「今のどう考えるよ?」
「いやいや、魔法は撃ったら霧散するのよ? それで世界の魔力循環は成り立ってるし、あんたら仙人もそうでしょ」
「俺らは自然から魔力汲み上げて回復したりするよ? あのぐうたら仙人が常にそれやってるし。でも、仙法を戻すのは無理」
「というか、それが出来るのにボルゼアが意味分からんとか言ってましたの?」
「端的に頭おかしい」
ちょっと目上だけど崩壊魔法撃ち込んでやろうか。
宮木はそう思ったが、面倒臭いのでやめた。
それより、ジテツの状況だ。
「うわー、班長ったら天狗礫連射してる。ダメージは無さそうだけど」
「何やってますのジテツー?!」
「待ってミネルヴァ、ジテツも考え無しに……」
「あ、爆発した」
「何やってるジテツー?!」
「うわー、班長しっかりしてくださいよ。今日の奢り無しとか嫌ですよ」
「何か言ってるこいつー?!」
――なんか聞こえた気がするー!?
「という訳でちょっとタンマ」
「…ごしゃ!」
「無理だよな!」
三度目の爆発、威力と範囲、そして周期は掴んだ。
大体三割の出力の仙法四発で爆発する。
そして、
「やっぱボルゼアのパクりだな! 仙法〝手長足長〟……!」
ジテツの手足が伸び、極太の鞭の様な打撃を浴びせると、残滓の体は弾けて欠けた。
本物のボルゼアならこんな打撃は食らわず、当たってもダメージにはならない。
正真正銘の強敵、それがボルゼアだった。
「せ……け…の…しゃ」
「喧しい!」
一撃、あと一撃。深く入れる事が出来れば、核を割れる。
だが、その一撃が入らない。
核の周辺が異様に分厚く、ゴムの塊の様な弾性で弾いてくる。
「そんなに核を割られたくないか!」
「んけ……!」
繰り返される爪の一撃を掻い潜り、コンクリート製の噴水だか塀だかが衝撃で断たれるのを背後に、ジテツは掌底を構える。
「……守っててもな、それを抜く業もあるんだよ」
顔面狙いの貫手を避け、捻り込む様に左の掌底を胸に叩き込むと同時に、右の掌底を心臓の位置に叩き込む。
「……見よう見まねだが、お前ならどう評価するよ。なあフェイラン」
異なる位置から破壊部位に衝撃だけを打ち込む業。
あの日にフェイランが本物のボルゼアの守りを崩した業だ。
見よう見まねだが手応えは通り、そして手応えの答えは崩れていく残滓の姿だ。
「流石に疲れた……」
仇敵に瓜二つな感情も意思も無い顔。
邪神の残滓に共通して、こいつの様に生命体の形を取るものは姿形こそそれだが、そこには意思や感情といったものが欠落している。
あるのは、ただひたすらに破壊の限りを尽くす。
邪神が持っていた根源的欲求に従い、その欲求を満たすだけ。
「これならミネルヴァとイルマも居て大丈夫だったな。というか、そっちの方が楽だった」
肩を落とし下駄の音を立てて、ジテツは崩れていく残滓に背を向けた。
そして、驚愕する。
「せい…けんの、しゅごしゃ……」
「……は?」
完全に崩れ去る直前、残滓はジテツを指差しそう言った。
ミネルヴァ達が再び現れるまでの一分足らずの間、ジテツはその言葉に動かず、聖剣が祀られる祭壇の方角を睨んでいた。