――なんだ? チビ
――仙人はさ、一人前になったら師匠から仙具をもらうってホント?
――ああ、一人前になれたらな
――じゃあ、師匠仙人が使ってるそれくれるの?!
――お前な。まだ一本鑪も出来んのに一人前気分か?
――えー、いーじゃんかー。師匠仙人、それ重い重いって愚痴ってるし
――余計にやれるか、バカタレ。第一お前にゃ、その剣があるだろうよ
――……んー、これはそういうのじゃないからノーカン! だからちょうだい!
――はいはい、全部終わって儂が覚えてたらな
――……約束だよ
――へいへい
「仙界到着ー」
「……見事な無人駅と山ですね。あそことか水墨画でしか見た事ないですよ」
「まあ、仙界の大半は未開だから」
仙界行きのやけに古い機関車に乗り、揺られる事数時間。
漸く到着した仙界は魔女界とも人界とも違う未開の山中。水墨画か京劇くらいでしか見ないような岩山と河川ばかりの世界。
「魔女界はイッツアファンタジーな世界なんですけど、仙界は別方向でイッツアファンタジーですね」
「儂からしたら人界と魔女界がイッツアファンタジーだよ。お、舟が来たから乗るよ」
「はーい」
駅の目の前の河に無人の木舟が浮かぶ。
普通なら警戒しそうなものだが、宮木は平然と舟に乗る。
「いやー、ホント物怖じしないよね。宮木ちゃんは」
「ビビって魔女なんかやれませんよ」
人界の駅で買った菓子を摘まみながら、宮木は視線を前に座るジテツから動かさず、辺りの気配を探る。
「……班長から聞いてた話より長閑なもんですね」
「まあね。前も言ったでしょ? 仙界は大半が未開だけど平和なもんだって」
「そうですねー」
あまりに気配が無い。無さすぎる。
つまり、これはそういう事だ。
「で、あんた誰なんです? というか、ここ仙界の何処ですか?」
「いやだな、宮木ちゃん。儂だよ」
「班長はマジのマジな時以外、私を宮木とは呼ばないんですよ」
普段と変わらない口調で、立てた人差し指と中指をジテツの背に向ける。
当たれば問答無用で全てを崩壊させる宮木独自魔法は、既に装填済みだ。
ジテツ、否、偽ジテツはその事に気付いたのか。
ゆっくりと動き、宮木に顔を向けた。
「ありゃりゃ、これはジテツちゃんが気に入るわなぁ」
鈴の音の様な声とともに振り向き、そこにあったのは草臥れた中年のジテツの顔ではなく、吊り上がった目の美女の顔だった。
「だから言ったろ? ミヤちゃんには通じないって」
「嫌やわぁ。ウチ、自信無くすわぁ」
そして霧が開けると、そこは河でも舟でもなく、机と椅子がある落ち着きながらも豪勢な部屋となっていた。
宮木は向けた二本の指を下ろし、普段通りの草臥れ中年に問う。
「班長。何処ですここ?」
「仙界は仙崖郷。つまり首都だよ」
「そしてウチの部屋やなぁ」
ジテツと宮木以外、誰も居ない部屋で三人目の声だけがある。
辺りを探っても、それらしき気配は無いが確かにそこに居る。
「それで今も仙人お得意の幻術中ですか? そこのソファーに寝そべってる人、よく見えないんですけど」
「おお? ミヤちゃん、オクニの婆さん見えんの?」
「見えんのもなにも、そこに居るじゃないですか。こんな吊り目の美人仙女」
宮木が両方の人差し指で自身の目尻を押し上げて見せる。
すると、豪奢な刺繍が施されたソファーから鈴の音の様な声がする。
「嫌やわぁ、美人仙女とか照れてまう」
「年甲斐もなくはしゃぐなよ婆さん。しかし、解脱したオクニの婆さんが見えるとは、やっぱり第三位なだけあるね」
「解脱ってなんです?」
「あれ? ミヤちゃん知らない? 儂ら仙人の最期だよ」
「ああ、魔女が最期に魂を魔法書に封じるみたいな」
「そうそう、魂の寿命が無い儂らの死だよ」
魔女、仙人には肉体的寿命が無い。肉体的な成長は全盛期で止まり、後は永い時間をかけて精神的修養を積んでいく。しかし、魂には寿命が存在する。
「最低でも千年は生きる儂ら仙人は、魂が寿命を迎えると仙界の深奥で、終わりの時まで座って肉体と魂が自然に還るのを待つのさ。それが解脱」
「はえー、暇そー」
「まあ、暇なんじゃない? 解脱迎えた長老とか時々仙崖郷まで、こんな感じで降りてくるし」
「いけずな事言うなぁ、ジテツちゃんは」
「解脱終えたのに、魂が還ってない婆さんが文句言うなよ」
ケラケラと笑うジテツと姿の無いオクニだが、宮木の興味は二人には無い。
宮木の第一の興味は、この話の途中から運ばれている料理の山だ。
「班長ー、これ食べても大丈夫なやつです?」
「ミヤちゃん、ホント正直だよね。食べても大丈夫だよ。石とか蛙になったりしないから」
「仙界飯は気になってたんですよね」
言うなり箸を持って、肉なのかなんなのかよく分からない肌色の塊の餡掛けを掴み、口に運ぶ。
「いきなりそれにいくのは通やね」
「あ! 太歳じゃん! 婆さん、マジの高級品出してきたな」
「なんですこれ? 野菜にしては肉肉しいですね」
「仙界深奥の山の地下にしか生えん茸や。その大きさやと、千年ものやねぇ」
「ミヤちゃん、バクバクいってるけど、それ一皿でミヤちゃんの給料一年分は軽いよ」
「マジです? じゃあ遠慮無く」
「ホンマ容赦ないなぁ」
「儂の分も残しといてよ」
ひとりでに浮いて来る皿に箸を伸ばす宮木に、ジテツは急いで箸を取る。
「太歳とか何年振りだ?」
「ジテツちゃんが仙界から出る前だと、あの子と食べた五百年前やない?」
「あの子って勇者です?」
「そうそう、あのチビも遠慮なしに食ったよ。チビの癖によく食うんだわ」
「いきなり仙界に落っこちてきた時は驚いたわぁ」
「まだ三界の融合時代が終わったばっかりで、何処もまだピリついてたから余計にな」
「ホンマに。人界がまぁた特攻してきたか思たわぁ」
麺を勢いよく啜り、付け合わせの菜っ葉の塩漬けらしきものを齧る。
醤油の様な気配の不可思議な味のそれを食べ進めながら色々と話をしている二人を眺めるが、宮木は基本的に今の事にしか興味は無い。
故にジテツが言う仙界の高級料理を、遠慮なしに限界まで食べる事に集中している。
だが一つ、そんな宮木にも気になる事がある。
「そう言えば、オクニさんはなんで班長呼びつけたんですか? 私は仕事サボる口実出来たからいいんですけど」
「嫌やわぁ。この子ホンマに正直やわぁ」
「まあ、ミヤちゃんだし。で、オクニの婆さん。仙界の現最高権力者のあんたがなんで儂を呼んだよ?」
「話を急ぐなぁ。ジテツちゃん、人界行ってから変わってもうた」
「そう言うな。儂も儂で人界でやる事がある。仙界に戻ったのは、そのついでだ」
「やる事ねぇ。それは聖剣の事やろ?」
「やっぱ、気付いてたか。んで、なんか知ってんのか?」
「知らんなぁ。知らん事は知っとるわぁ」
胡乱なオクニの言い様に、ジテツは眉を潜める。
「仙界最古の仙女のあんたが知らん?」
「せやね。ウチもあれに関しては知らんのよ。いや、分からん言うた方が正しいかもねぇ。三界を見通せるウチの千里眼でも、あれは分からへん」
一気に手詰まりになった。
オクニは不老不死に近い仙人仙女の中でも最古の存在であり、その千里眼は三界の全てを見通せる。
そのオクニですら、あの聖剣については何も分からないと言う。
「人界にえらい力の塊がポンっと落ちてきたのは気ぃ付いたんやけど、それがなんなのかはあの子が手にするまで分からんかったわぁ……」
「まさか、三界の融合時代前に仙界を一度閉じたのは……」
「あれを警戒してやねぇ。まあ、こっちに関係無さそうやったからすぐに結界解いたけどねぇ」
「つまり、融合時代前には聖剣は人界にあったって事ですか?」
「せやねん。その辺りから人界が発展しだしてなぁ。あん時の長老衆が慌てとったわぁ。バカやねぇ」
姿ははっきりしないが、明らかにバカにしている嗤い声だ。
ジテツもその時には覚えがある。ある日突然、長老衆から召集が掛かり無視して百年程昼寝をしていた時期だ。
起きたら長老衆付きの仙人達に詰められた嫌な記憶だ。
「あー、確か連盟長が何か言ってましたね。ついに仙界が動き出したかと思ったとかなんとか」
「あ、研修のやつ?」
「そうです。魔女連盟は研修で歴史もやるんですけど、これが面白くなくて」
「ミネルヴァちゃん、その辺下手やからねぇ」
「ミネルヴァの奴はホントに下手なんだわ。チビも懐いてたが、授業は嫌いってな。っと、話を戻すぞ。オクニの婆さん、儂を呼びつけた理由は一体何なんだ?」
「ホンマ話を急ぐなぁ。……まあ、せやね。ジテツちゃん」
一拍置いて、オクニは理由を答えた。
「あんたが仙界に置いていった仙具。あれ、もうそろそろ持って行き。墓標にしといたまんまやろ」
「あれはチビにやるつもりのもんだった。だからそうしたまでだ」
あまり強い口調ではなかったが、ジテツの声にははっきりとした拒絶の色があった。
だが、オクニはそれを無視して話を進める。
「ちゃうねんなぁ。芭蕉扇やら紅葫蘆やらは持っとるやろうけど、これからのジテツちゃんにはあれが必要になるんよ」
「どういう意味だ?」
「そのまんまや。あれを相手にするんやったら、そのくらいは用意しとき」
それは明らかな警告だった。