適当魔女と草臥れ仙人   作:ジト民逆脚屋

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――ねえねえ、師匠仙人
――どうした?
――ボクも師匠仙人みたいな仙人になれるかな?
――あのな、チビ。お前は儂の弟子だ。だから、儂越えは決まってる。
――ふふん、だよね
――……お前、最近どうした?
――うぇ?! なんでもないよ!!
――本当にか? 
――本当だよ!
――ならいいが、なにかあったら言えよ。三界最高峰の四人が居るんだ。大抵の事はどうにかなる。
――……うん、師匠仙人ならどうにかしてくれるよね
――なら、さっさと寝ちまえ
――うん! おやすみ! 師匠仙人!
――ああ、おやすみ


仙具

「班長ー、まーだ歩くんですかー?」

「まだまだだよ」

 

仙界の深山、その一つを二人は登っていた。

 

「飛べばいいじゃないですかー」

「ミヤちゃん、あれ見てみな」

 

やる気無さげな宮木が、ジテツの指差す方向を見ると雲の切れ間に目が在った。

 

「……なんです? あれ」

「龍、仙界の空の主だよ。邪神討伐の時、あれを邪神にぶつけよう。なんて話が出るくらいの存在」

「因みに勝手に飛んだらどうなります?」

「一飲みだね。あと、あれの体内はこっちとは違う法則が働いてるから、仙法も魔法も通じないよ。飲まれたら消滅、ミヤちゃんの魔法の原理と似てるね」

「そんな存在が、何故にこっちを?」

「この高度は奴さんの縄張りだから、余所者を見にきたんでしょ。チビは大はしゃぎだったよ」

 

笠の位置を直し、山道を見る。

我ながら、中々な場所に置いてしまったとは思うが、愚か者に余計な真似をされるのも癪なので、過去をよしとする。

 

「チビって勇者の事ですよね。つまり、勇者もここを登っていたんですか?」

「そうそう、仙法の基本の一つに呼吸があるから、空気の薄い場所での修行ね。あいつ、魔力の練り上げは下手くそだった癖に、その辺は大得意でさ」

「はー、勇者の知られざる歴史ってやつですか」

 

木々の生えない岩山、もう登山道と呼べる道も無くなっているが、ジテツも宮木も息が上がる様子は無い。

 

「というかミヤちゃん、息切れしてないね。ミネルヴァやイルマ、メイファンの奴でもここまででぐったりしてたのに」

「仙人の呼吸ってやつでしょ? 他の仙人の真似してるだけですよ」

「……普通、魔女ってのは他の技術の取り入れに閉鎖的だと思うんだけど?」

「あー、死んだ先生もそんな事言ってましたね。魔法こそ至高とかなんとか。まあ、楽する為なら魔法も仙法も変わらないってやつですよ」

 

宮木は当然の如く言うが、実際はそうではない。

魔法と仙法、魔女と仙人では魔力の扱い方が異なる。

魔女は魔力を体内で循環させるが、仙人は体内と自然にある地脈を繋ぎ循環させる。

これにより、基本的には仙人は魔女よりも低い燃費で仙法を行使し、身体を変化させる仙法に適応できるようになる。

仙人の呼吸は、その魔力循環を無意識に行う為の修行であり、仙界の深山という特殊な環境を安全にやり過ごす為の方法だ。

そして、これは魔女には使えない。

魔法は自身の魔力を顕現させる為に、自身の魔力のみで扱う必要があり、だから地脈からの魔力が混入すると魔力暴走を引き起こし、最悪は死に至る。

なのに、宮木は平然としているので、ジテツは問うた。

 

「ミネルヴァも試してみて、魔力循環が狂って昼飯吐いてたけど、ミヤちゃんはどうやってんの?」

「は? んなもん、仙人のやり方でやればいいだけの話じゃないですか。魔女だからー、でやるから吐くんですよ」

「それ、ミネルヴァには言わないであげてね? かなり凹むから」

「言いませんよ。言って絡まれるの面倒臭いですし」

 

仙界の深山の環境は特殊で、この呼吸か別の対策をしなくては環境に呑まれて気が狂うか、深山の獣かあの龍の餌になる。

イルマは輝術独自の身体保全法で、メイファンは自身の拳法にあった呼吸で、ミネルヴァは吐いたので持ち前の魔力で環境からの干渉を捩じ伏せた。

宮木もミネルヴァには劣るが、かなりの魔力量があるのでそうしているかと思っていたが、まさか仙法の呼吸を覚えていたとはジテツも予想していなかった。

 

「で、班長。その仙具は本当にこの山にあるんですか?」

「あるよ。儂のだもん。分かるさ」

「そんなもんですか」

「そんなもんだよ。ミヤちゃんも魔法具作って、あと千年くらい生きたら解るよ」

「永いですね」

「あっという間さ。五百年も千年も、ちょっとあれこれしてたらさ」

 

背中しか見せないジテツの声には、どこか悔恨の色がある様に感じる。

五百年も千年もあっという間という、仙人や魔女の感覚からすると、ジテツが勇者と過ごした日々は本当に一瞬の出来事だったのかもしれない。

人界生まれで人から魔女になった宮木には、いまだこの時間感覚は慣れない。

だが、今までの言葉の端々から、ジテツにとってその一瞬の出来事が千年に勝る日々だったという事は理解出来る。

 

「班長、勇者ってどんな子だったんですか?」

「チビ? あいつは世話の焼ける奴だったよ。ちょっと目を離したら、大蝦蟇の口に頭突っ込んでたり、オクニの婆さんの所に入り浸ってたり、自由なチビだったよ」

 

ジテツが語る勇者の人柄は、よくある好奇心旺盛な子供そのもので、宮木が知っている勇者のそれとは離れていた。

あまねく全ての人々に手を差し伸べ、高潔な精神と類い希な身体能力と魔力、四人の英雄を率い邪神に対抗する知謀を持つ無欠の大英雄。

よくある伝記にはそう記されている事が殆どだが、ジテツの話に在る勇者はそうではない。

本当に何処にでも居る少しばかり好奇心旺盛な子供。

 

「初めて会った時も、儂の庵にいつの間にか居て勝手に飯食ってたし」

「かなり自由ですね」

「まあね。出会ってその瞬間に仙法を教えろって言ってくるだけあるよ」

 

苦笑混じりの声、それが聞こえた時。ジテツの下駄の音がやけにはっきり響いた。

 

「ここは……」

 

そこは鬱蒼とした原生林の中に囲まれる様にして突然現れた。苔むした石畳が敷かれた不思議な場所だった。

 

「墓だよ。一人立ちする前に死んだ仙人、仙女の」

「じゃあ、これは」

「その子らが受け継ぐ、与えられる予定だった仙具だよ」

「あー、なるほど」

 

宮木が納得しながら見るのは、石畳の上にある古いが手入れの行き届いた祠の群れだった。

少し覗き込んで見れば、そこには刀剣や巻物、杖の類いが納められていて、祠もそれに合わせたものになっている。

 

「魔女もそうだったと思うけど、一人立ちする前の仙人、仙女ってのは意外と死にやすい」

「まあ、自分の限界が解ってないですからね」

 

仙人も魔女もただの人間から見れば、ほぼ不老不死と言える寿命と生命力を持つ。

だが、実際はそうではない。

ただの人間が持ち得ない規格外の魔力や術で、肉体を修復したり保たせているだけだ。

事実、イルマがそうやって五百年以上を生きている。

 

「修行中に事故や仙法による呪いで自身の限界をダメな方に超えたり、病に罹ったりして仙人ってのは割りとね」

「魔女も似た様なもんですよ。大抵は魔法実験中の事故か呪いです。まあ、こんな集合墓地は無いですけど」

「そこは仙人と魔女の弟子に対する認識かな」

 

魔女は血統や固有魔法で師弟関係が決まる。これには魔女が使う魔法に関係する。

魔女は汎用魔法の他に、固有魔法というものを持ち、これは血筋や遺伝により発現する。

固有魔法の具体例は宮木の〝崩壊〟や、ミネルヴァの〝全属性〟がそうだ。

この固有魔法の使い方を学ぶ為に、魔女は自身の親や同一の魔法を持つ魔女に弟子入りする。

だが、仙人は違う。

 

「魔女と違って、仙人は子供が異様に産まれ難い。まあ、永い時間を生きるからそこまで焦らないというのもあるし、体質もあるね」

 

ジテツの言う通り、仙人は魔女や人間の様に子供が産まれ難い。

これは仙人の異常なまでの寿命や、肉体年齢の停滞が由来するとされている。

だから、仙人は弟子を取る。

 

「だから、人界から弟子を選ぶんですよね」

「そ、オクニの婆さん達の代から仙人の数が減ってね。人界から弟子を募ったんだ」

 

オクニ達最古の仙人達はまだ三界が融合する前、仙人の減少に危機感を覚え、人界と仙界を一時的に繋げた。

そこから、今の仙界の弟子入りが始まった。

 

「だから、仙人にとって弟子ってのは我が子も同然でね。一人立ちする前に逝ってしまった弟子は、こうやって供養するんだ」

「じゃあ、この祠の中身は」

「この子達が受け継ぐ筈だった仙具だよ」

 

下駄の音が止まった。

気付けば石畳は終わり、目の前には巨木の側にポツンと祠がある。

そこには一振の仙具が納められ、こう刻まれていた。

 

「偉大なる未達の仙女〝アカネ・コジ〟の魂はここに眠る。……勇者の名前ですか」

「そうだよ。チビ、……アカネは結局、あの鉄屑の側に埋葬されたけど、儂らはここに弔った」

「そうですか」

 

ジテツの顔は見えない。だが、その草臥れた顔は更に草臥れているだろうと判る。

我が子を救えなかった親、弟子を救えなかった師。

それは魔女も変わりない。

 

「チビ、すまんが借りるぞ」

 

祠を開け、中にある仙具の柄を掴む。

永く、千年以上を過ごし、五百年は離れていた相棒はやはり変わらずそこにあった。

 

「槍? 矛? なんですそれ?」

「月牙鏟。まあ、刃付きの棍だよ」

「テキトーですね」

「まあ、儂の使い方がそうなだけだよ」

 

そう言って、ジテツは手を伸ばすが止まった。

 

「班長?」

「……はぁ、お前さんは来るよな。サジン」

「当然だ。馬鹿者」

 

二人が振り向くと、一振の棍を携えた胡服の仙女が鋭い目付きで立っていた。

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