――おー、師匠仙人とおんなじだ
――アホ、儂の羽織なんぞ着たら一瞬で死ぬぞ
――えー! じゃあ、その槍と下駄は?!
――これもだ
――やだ! それ欲しい!
――だったらその羽織の使い方覚えろ。話はそっからだ
リチャード・エイルと名乗った禿頭の中年は、額か頭か境界のあやふやな顔に流れる汗を、しきりハンカチで拭いながら説明した。
「……つまり、我々が彼女に贈った品々は聖剣祭のタイミングで紛失していたと」
「は、はい! 警備や点検のタイミングから見てその辺りかと……」
「その辺りってのはどういう意味だ? それまで気付きもしなかったのか?」
笠に隠れたジテツの額に青筋が浮かび、リチャードは丸々とした体を縮こまらせる。
事実、今この場に居る四人は一人で国一つを落とせる怪物共。リチャードの発言一つで、大陸が阿鼻叫喚の地獄絵図に変わる可能性だってあるのだ。
リチャードは滝の様な汗を拭いながら慎重に言葉を選び、何が起きたのかを説明した。
「ま、まず、勇者様の遺物についてですが、普段展示してあるものはレプリカになり、聖剣祭の当日以外は地下にある保管庫にて厳重に保全しています」
「保安体制は?」
「はい、保安体制につきましては朝夕の交代制で警備と学芸員が付きっきりで監視をし、交代時には綿密にボディチェックとその際の映像保管も行っております。また、遺物の方も魔法、仙法、輝術の三方法で監視と保全を」
「映像の改竄や関係者買収の可能性は?」
「そちらの方も特異監視機構や魔法連盟、聖典教会から審問役をお呼びして先んじて審問と調査を行いましたが……」
「……全てシロ。参った」
はい、とリチャードの消え入る様な返事に、ジテツの青筋も収まっていく。
渡された資料には、審問と調査の内容が克明に記されている。〝覚〟の仙法や〝真贋看破〟の魔法、〝虚言禁止〟の輝術まで用いた審問と調査を行うも、担当者全員がアリバイが有り、映像にも不可思議な点は無い。
それに映像越しでも、この保管庫にある遺物が本物だと三人には解る。
「展示の際の移動でおかしな点はありましたの?」
「その点も調査しましたが、やはりそれらしいものはありませんでした」
リチャードが口惜しそうに顔を歪める。
「……皆様、此度の事は〝バロールの眼〟始まって以来の恥で御座います。これでもし、勇者様の遺物に何かあれば天におわすメイファン様に顔向けが出来ませぬ」
リチャードの言葉は本意だろう。
その証拠に、彼の広くなった額には青筋が浮かび、指には掌を突き破らんとばかりに力が籠められている。
「皆様のお怒りと我らの恥を承知でお頼み申し上げます。どうか……、どうか我々にお力をお貸しください……!!」
鈍い音と共にリチャードの頭が机に落ちる。
怒りと情けなさで震える彼に、ミネルヴァは背を伸ばしイルマは息を吐いて瓶を置く。
そして、ジテツが笠を直して口を開いた。
「リチャードさんよ、映像はあるか?」
「はっ、ございます」
「ジテツ、魔法と仙法、輝術まで使って精査しましたのよ?」
「あー、ちょっと使いたくないが、こういうのにうってつけの仙具があってな」
言いながらジテツは羽織の袖の手を突っ込み、なにやら探りだす。
「あー、あったあった。これだ」
羽織から取り出したのは、厳重に封が為された鏡だった。
厳重な封以外は特に警戒するものも無い鏡だが、ミネルヴァとイルマは露骨に顔を歪めて距離を取った。
「班長ー、それなんです?」
「これはね、ミヤちゃん。〝浄玻璃の鏡〟って代物で、〝真贋看破〟や〝覚〟とかよりもマジ強力なやつ。全員、儂の後ろに来な」
「なんでです?」
見ればイルマとミネルヴァの二人はさっさとジテツの後ろに居た。
ジテツは鏡をモニターの前に鏡会わせに置いた。
「この〝浄玻璃の鏡〟はさ、真贋看破とかの最上位互換の仙具でね。鏡に写った相手の過去やら隠し事やらをそのまま再生するって代物でね」
まあ、早い話
「これの前では嘘とか誤魔化しは効かない。そこにある真実と過去しか写さない鏡だからね。なんで、そこに居るとミヤちゃんの人生上映会始まるよ?」
ジテツがそう言うなり、宮木はミネルヴァとイルマ、リチャードまで盾にする位置に着いた。
「あの、宮木?」
「いや、連盟長達はいいでしょ。なんかもう、伝記とかで人生知られてる様なもんじゃないですか」
「宮木、貴女ね……!」
「……この子、強い」
騒ぐ三人と置いてけぼりのリチャードを横に、ジテツは〝浄玻璃の鏡〟の角度を調整して、モニターだけが写る様にする。
〝浄玻璃の鏡〟、失せ物や調査に便利なのだが、鏡に写ったもの全ての過去を写すので、その一点だけを狙っての使用には不向きでもある。
──融通が効かんというか、オクニの婆さんが作った仙具は大体こうなんだよな……
製作者の笑いが遠くから聞こえてきた様な気がするが、今は置いておく。
「さて、準備出来たぞ」
ジテツが軽く魔力を籠めると、〝浄玻璃の鏡〟は鏡面に僅かな発光を見せ始める。
「リチャードさん、 映像よろしく」
「は、はい」
リチャードがリモコンでモニターを操作すると、モニターの映像が動き出す。
モニターの映像はやはり何も変わらないが、ジテツやミネルヴァ、イルマは何か確信があるのか。ただ、じっと映像が終わるのを待っていた。
そして、映像が終わるとジテツは〝浄玻璃の鏡〟をモニターからこちらに向け直す。
「てなわけで、〝浄玻璃の鏡〟再生開始」
ジテツが魔力を再び籠めると、〝浄玻璃の鏡〟の鏡面には鏡写しになったカメラの映像が流れ始める。
内容には変化は無い。リチャードの説明時に見たものと変わらない内容に、宮木はふと疑問する。
「班長」
「なんだい? ミヤちゃん」
「この鏡、早い話が鏡に写ったものの情報を写すんですよね?」
「まあ、そうだね」
「じゃあ、このモニターとかの情報で見逃すとか無いです?」
「あー、そこは大丈夫。情報量で優先順位が決まるから、モニター単体よりモニターの映像の方が情報量多いでしょ?」
「割りとアバウトですね」
「まあ、オクニの婆さん手製の仙具だから。妙なところでアバウトなんだよね」
「あー、オクニちゃんなら有りそうですね」
ミネルヴァとイルマがなにやら味わい深い視線を宮木に向けるが、当の宮木は我関せずとリチャードが用意した茶菓子を摘まんでいる。
「お?」
そんな時だった。鏡に写る映像に乱れが出た。
しかし、それも一瞬の事。
すぐにノイズは収まり、また映像は戻り終わってしまった。
仙界最高位の仙人でもダメだったのかと、リチャードが落胆している横で、ジテツは顎を撫でながらミネルヴァに問いかけた。
「ミネルヴァ、今のどう見るよ」
「どうとも言えませんわね。しかし〝浄玻璃の鏡〟は真実と過去を問答無用で写し出す。そして、映像の乱れは移動中に起きた。なら、この画角の外で何かがあったと見るべきですわ」
「しかもこの映像から見るにかなりの早業」
「イルマ、手はありますの?」
「ここまで揃えば大丈夫」
ミネルヴァの問いにイルマは表情を変えないピースサインで答えた。